三十四話 日常の会話
「ねえ、裕太。そろそろ遠征に行かない?」
森のスペースに種を植えてから十日程経った夜。シルフィから次なるレベル上げの提案が出された。
「俺もレベルを上げたいから遠征は問題無いんだけど、後二日から三日後でも良いか?」
「それは裕太しだいだから構わないけど、何か予定があったかしら?」
「予定というか、遠征に行ったら暫く戻れないんだろ? ドリーに聞いたらもうそろそろ野菜が収穫できそうなんだ。出来れば一番美味しい時に収穫して、食べたいんだ」
「あら。予定よりちょっと早いわね。土は大丈夫なの?」
「ああ、トゥルとタマモが相談してしっかり管理してくれたから、まったく問題ないそうだ。毎日大切に面倒見てくれたおかげだな」
「ふふ。それは良かったわね。待ち焦がれていたお野菜なら、ちゃんと食べて出発しないと気もそぞろになりそうね」
そうなんだよなー。日本に居た頃は肉派だったんだけど、まったく緑が無い場所に来てしまうと、野菜に恋い焦がれてしまった。肉をあまり求めないのは、ゾンビにほぼ毎日出会っている影響だと思う。肉が食べたくなっても肉が無いのである意味助かっている気がする。
まあ、町に行けば肉を食いまくる予定ではあるが、今は野菜だ。毎朝みんなで一緒に畑を散歩して、水を上げたりタマモの魔法を見たりと、手塩にかけた野菜たち。同時にまいた他の種も芽を出し、まだ小さいが緑で煌めいている。
一番最初に芽を出した野菜は日に日に大きくなって、現在は青々とした葉っぱを茂らせている。ドリーのもう少し待った方が良いと言う言葉が無ければ、既に食べていただろう。
この野菜は俺には小松菜にしか見えないんだが、オイルリーフと言うらしい。お浸しにしたい処だが、顆粒出汁を持っていないので、どうやって食べるか今から悩み中だ。
「ちょっと裕太。私の話を聞いてた?」
シルフィの声で現実に戻る。ちょっと膨れっ面なシルフィ……良いもの見た気がする。
「ん? あっ、すまんシルフィ。どうやって食べるか妄想してしまってた」
「ふぅ。しょうがないわね。まあ、今の状態で遠征に出ても集中できないでしょうから、遠征はお野菜を食べてからにしましょう」
「俺の為なのに、わがまま言って悪いな」
「私達精霊にとって二日や三日はなんて事無いわ。気にしないでしっかりお野菜のお世話をしなさい」
「あはは。俺が手を出さないで、精霊達に任せた方がよく育つんだ」
悲しいかな、水を撒き過ぎたり、出たばっかりの芽を潰しそうになったりして、最近はちょっと離れた所で見学している。特に森のスペースは畝も作っていないので、かなり危険だ。
まあ、まったく関わらないのも寂しいので、慎重に近場だけは水を撒かせてもらっている。
「ま、まあ、あの子達は精霊だからね。裕太より上手にお世話が出来るのも当然なのよ」
「あはは、そうだよねー。精霊だもんねー」
なんかおかしな空気になってしまった。話を変えよう。
「そういえば遠征に行くと、もしかしたら契約に必要なレベルまで一発で上がるかもしれないだろ。大精霊相手だと契約も派手になると言ってたけど、必要な物とか無いのか?」
「経験値になる敵が沢山いるから、レベルが上がる可能性はかなり高いわね。契約は手順がちょっと増えるだけで必要な物は特に無いわよ。派手なのは……その時のお楽しみね」
焦らされた! なんか大精霊が派手とか言うと、どのぐらいの規模か分からなくて怖いよね。
「お楽しみなのか。気にはなるけど、物凄く期待して待ってるよ」
「そんなに期待しなくても良いんじゃないかしら。平常心が一番よ」
「そうか? 大精霊がお楽しみって言うぐらいだから、ある程度心構えをしておかないと、醜態を晒しそうだからな」
「大精霊って言うけど、裕太っていまだに大精霊がどの位凄いとか良く分かって無いわよね?」
確かに良く分かってないな。大きな力を使う所を見た訳でも無いし判断が難しい。
「なんとなく凄いのは分かっているんだが、ディーネを見るとなんか大精霊って……って思うんだよな」
「……って何よ。ディーネが何かしたの?」
「何かしたって訳じゃないんだが、この前早く起きたから朝の散歩をしてたら、ディーネが泉に死体みたいに浮かんで爆睡してた。かなり驚いたと同時にあれは無いなーって思ったんだ。精霊って消えられるよね?」
「ええ。消えると言うより、自分の属性に溶けるって感じなんだけど……注意しておくわ」
「お姉ちゃんの事話してなかった?」
いきなりディーネが現れた。どう言う理屈か分からんが、探知が優れているシルフィをも驚かせるとか、意味が分かんない存在だよな。瞬間移動とか出来るんじゃ無いのか?
「お、おう。話してたけど、聞いてたのか?」
「聞いてないわよー。何となくそう思ったの」
「そ、そうか」
ディーネって天然なのに野生の感みたいなのも持ってるから、質が悪いと言うか何というか……。
「それで何の話をしていたの? お姉ちゃんの好きなところとか?」
なんなんだその自信は。なんでそこでドヤ顔になる。
「いいえ。ディーネの困った所について話してたのよ」
「えー。そんなところないよ。失礼しちゃうわね」
「この前、裕太が朝の散歩をしていたら、ディーネが泉に浮かんで爆睡していたそうよ。まるで死体みたいに眠っていたんですって?」
「裕太ちゃん。レディの寝顔を見るなんてマナー違反だよ」
何で俺が責められるんだ?
「別に水に溶けて眠れとは言わないけど、眠るんならもっと目立たない所で寝なさい。裕太が精霊の姿をハッキリみる事が出来るのは知ってるでしょ?」
「水の精霊が水に浮かんで眠る事は、おかしい事じゃないと思うの。この場合はお互いに見なかった事にするのがベストなのよ?」
「なんで疑問形なのよ。そもそもディーネは見られた事も気が付かなかったんでしょ。一方的に見られただけよ」
「ひどーい」
「なんで俺を睨むんだよ。普通、水に人が浮かんで微動だにしなかったら焦って確認するだろ」
「ここには精霊しかいないんだから、裕太ちゃんは確信犯よ。お姉ちゃんの事が気になっちゃったのね」
確かにディーネは美人だと思うが、頭に残念が付くタイプの美人だ。俺はもうディーネに夢は見ていない。
「ふっ」
「あー。シルフィちゃん。いま裕太ちゃん鼻で笑ったよね。お姉ちゃんの事を見て、鼻で笑ったよね」
「そうね。裕太。いくらディーネがアレでも鼻で笑ったら駄目よ」
「シルフィちゃんアレってなに。お姉ちゃんちょっと悲しくなってきた」
ありゃ。からかい過ぎたか? シルフィと目配せして慰める方向にシフトチェンジする。
「まあ、あれだな。ディーネが好かれているから注意されたり、心配されたりするんだよな。俺もディーネが水に浮かんで眠っていたのを見た時、とっても心配になったからな(主に頭が)」
「そうねどうでも良い相手だと、注意したりしないものね」
ディーネは機嫌よく去っていった。
「シルフィ。俺は大精霊がどんな存在なのか良く分からない」
「そうね。結構凄いんだって思ってくれるだけで良いわ」
シルフィがため息を吐きながらそういった。まあ、ディーネが少し変わっているんだって事は、分かっているから安心して欲しい。
「了解だ。それで……なんの話をしてたんだったか?」
「ああ、えーっと、そう、契約の話ね。裕太は町に行ったら何がしたいの?」
女性には語れない事も考えているが、今の質問はそんな回答を求めている訳じゃないだろう。
「何がしたいって言われても、何が出来るか分からないからな。取り敢えず、野菜は食べられそうだから、次は肉かな。あと砂じゃない柔らかいベッドで寝たいな」
「何だかささやかなのね。それだけなの?」
「一番シンプルな願望が今言ったやつで。他にも旅がしてみたいとか、冒険者になって活躍してみたいとか、商人になって大儲けしたいとか、色々な欲望はあるぞ」
冒険者はシルフィ達がいれば俺tueeee出来そうだ。文明しだいでは、商人になって知識チートもありだ。
「冒険者に商人ね。商人の才能は分からないけど、冒険者になって活躍は問題無く出来ると思うわよ。裕太の道具だけでも物理面では高威力だし、複数の精霊と契約してるんだもの。魔法面でも相当な物よ」
精霊が見えて話せるのが一番のチートだよな。開拓ツールも凄いんだけど地味だし……。
「魔法と言えば、町に行ったら精霊魔法とか習った方が良いのか? 今のところ我流で何となくだから不安なんだよな」
特別な技とか精霊とのコミュニケーションの仕方とか、色々学んでおいた方が良い気がする。無知だと思わぬところで、しっぺ返しをくらいそうだからな。
「んー、そうね。裕太が学ぶ事は無いと思うけど、一般的な精霊術師と自分の違いを確認しておくのも良いと思うわ。私たちが言ってもピンと来てないみたいだしね。まあ、見学だけで十分だと思うわよ。あと精霊が使うのが魔法で、人が使うのは魔術だから、町に行ったら魔術って言っておきなさい」
ピンと来てない? 俺の中では十分にチート能力だと思っているんだが、まだ認識不足なのか? あと魔法と魔術って区別されてたんだ、ちょっと恥ずかしい。
「ん? でも生活魔法はどうなんだ? 魔法だぞ?」
「魔法で間違って無いわ。生活魔法は魔力が有れば誰でも覚えられる根源的な物だから魔法。技術を用い魔力を使うのが魔術よ。少ない魔力で効率的に威力を出せるから人に流行ったのね。まあその分自由度はかなり低いんだけど」
魔術師は魔力を扱うプロの技能職って感じか。なんかエリートって感じがするな。
「色々と区別されているんだな。まあ、町に行けたら色々確認するよ。異世界ってだけで常識がかなり違いそうだしな」
「それが良いわね。どんな所に行きたいとかも考えておきなさい。出来るだけ希望に沿える場所に案内するわよ」
「ありがとう。楽しみにしてるよ」
出来るだけ綿密に考えて、目的の場所に行けるようにしないとな。
読んでくださってありがとうございます。