三百五十話 丸洗い
妙な尊敬を勝ち取ってメルとメラルの楽園案内が終了した。少し師匠としてのハードルが上がってしまったので、軽くだらしないところを見せて、師匠の威厳をちょうどいい場所に軟着陸させたい。
「メル、メラル、午後からは自由時間にするつもりなんだけど、それでいい? なにかリクエストがあるなら言ってくれ」
「私は……楽園を散歩させて頂いて、メラル様と話せるなら十分です」
「俺もメルと話せれば十分だぞ!」
この2人、楽園にきてイチャイチャしだしてないか? 仲がいいのはいいことだけど、ここまで甘い雰囲気を出されると不安になる。
シルフィ達の様子を確認すると、シルフィ、ドリー、ヴィータは微笑まし気に見守っている。ノモス、イフは興味なさげで、ディーネは興味津々だ。放っておいてもよさそうだな。俺の心はすり減るけど。
「そっか、なら自由行動にするね。あっ、メルとメラルで話をするなら、訓練も兼ねてるんだから鍛冶と戦いについても話し合っておいてくれ。それと、明日からはジーナ達と一緒に訓練するのも勉強になるぞ」
昨日は、歴代のメルの一族について話してたし、なにも言わなければイチャイチャして終わりそうだ。
「メルちゃん、いっしょにくんれんしよ!」
メルといっしょの訓練にキッカが食いつく。キッカも楽園では先輩だから、実体化した精霊とのコミュニケーションでは教えることもあるだろう。誘われたメルも微笑みながら頷いているし、いい感じで訓練が行われるはずだ。
あっ、ジーナがおりてきた。昼食になっても起きてこなかったら様子を見にいこうかと思ってたけど、さすがに昼過ぎまでは寝られなかったようだ。
「師匠、おはよう。ごめん、起きられなかった」
髪がぼさぼさで青白い顔をしたジーナが2階から下りてきた。年頃の娘としてはどうかと思う身だしなみだが、あのグッタリ具合だと、身だしなみに気を回す余裕がないんだろうな。
「ジーナ姉ちゃん、だいじょうぶか?」
「おねえちゃん、きもちわるいの?」
「あ、ああ。だいじょうぶだ……」
完全に大丈夫じゃない声で返事をするジーナ。二日酔いにマルコとキッカの声が響いたのか、頭を押さえてうなっている。ビックリするくらいに説得力がない大丈夫だな。
「ムーン。ジーナの体調を回復してくれ」
「ありがとう師匠……」
絞り出すようにお礼を言うジーナの頭の上にムーンがプルンと着地する。あれはあれで気持ちよさそうだな。あっ、プルちゃんがムーンの上に乗った。自分では二日酔いの回復ができないから、近くで勉強したいのかな?
「ん……あぁ……」
ムーンの治療が始まると、ジーナが色っぽく悶える。落ち着くんだ俺、あれは二日酔いの治療。二日酔いの治療なんだ。ムーンの二日酔いの治療が気持ちいいのは理解しているだろ。弟子で変な妄想をするんじゃない。
普段は美人だけど色気を感じさせないジーナの甘い吐息と、青白い顔に赤みがさしていくさまは教育に悪い。幸い、サラ達やベル達はなにも感じてないようだが、メルは顔を赤らめている。幼く見えても成人しているもんな。
とりあえず、俺もムーンに二日酔いの治療をしてもらう時は、部屋で1人の時に頼もう。男の悶える顔とかきもいだけだからな。それと、女性の二日酔い治療はヴィータにお願いするだけだな。ヴィータの治療は気持ちいいって感じる前に治ってるから悶える暇もない。
まあ、ジーナ以外は二日酔いの治療が必要な女性は居ないけどな。マリーさんやソニアさん、ユニスなんかと飲む機会があったら……二日酔いで放置だな。マリーさんとか、商売にしようって言いだしそうだもん。いや、二日酔いの治療よりもダンジョンに潜った方が儲かるだろうからそれはないか。
「んー、すごくスッキリした。ありがとうムーン」
大喜びでプルプルのムーンとプルちゃんを抱きしめるジーナ。胸元がすごく柔らかそうだ。……さて、ジーナも復活したし、昼食にして午後からはなにをしようかな。そういえば今遊びにきている子達は今日帰るんだったな。ちょうど俺も楽園にいるし、お見送りもしておこう。
***
「じゃあ俺は重力石を洗ってくるね。みんなは自由行動だから好きにしてて」
賑やかな昼食を終えて、動物達の食事、遊びにきた精霊達を見送ったあと、なにをするかを考えて重力石を楽園に設置することにした。
ライトドラゴン、ダークドラゴンの解体や、財宝の鑑定、俺やジーナ達の装備品の変更。他にも色々とやることはあったんだけど、どうしても重力石を死の大地の空に浮かべたくなってしまった。やっぱり空飛ぶ島とかロマンだよね。
メインの島はポイズンドラゴンの毒で汚染されているので洗ってこないといけない。
「師匠、重力石ってなんだ?」
ジーナが首を傾げて質問してくる。サラ達もキョトンとした顔をしているから知らないんだろう。かなり希少な鉱石って言ってたし、知らないのも無理はないか。
「ふふ、とってもすごい石なんだぞ。説明するよりも実際に見た方が感動するだろうから、楽しみに待っててくれ」
空飛ぶ島とか、子供達なら確実に大興奮するはずだ。大人な俺だって初めて見た時も、設置を考えている今現在もワクワクしているんだから間違いない。
「お師匠様、すごい宝石かなにかですか?」
「宝石なんかよりももっとすごい石だな」
「師匠、どんな石なんだ、おしえて!」
「おしえて!」
サラは価値がある宝石と考えたみたいだ。マルコとキッカもすごい石って言葉に興味が引かれたのか、ものすごく知りたがっている。掴みはバッチリだな。重力石に関してはいくらハードルを上げても、驚かせることができるから平気だ。
「お、お師匠様、重力石ってもしかして……フグァ」
「メル、少し黙ろうか」
重力石を知っていたらしいメルの口を慌てて塞ぐ。駄目だよメル、内緒にしているんだから空気は読まないとね。
「みんなに重力石を見せて驚かせたいから、知ってても内緒にしてね」
シルフィ達やベル達にも内緒にするようにお願いする。メルは口を抑えられたままコクコクと頷き、シルフィ達は呆れ気味に、ベル達は元気に内緒にしてくれると約束してくれた。
マルコとキッカは、なんでだってぶーぶー言ってるけど、言葉よりも見て驚いてほしいから教えないよ。俺に教える気がないと分かったのか、マルコとキッカの標的がメルに代わった。
「メル、信じてるからね」
勝手に信じられたメルは、マルコとキッカにまとわりつかれながら涙目で頷いてくれた。なんかごめんね。
「じゃあ改めて行ってくるね。シルフィ、ディーネ、お願い」
「べるもいくー?」「キュー?」
出発しようとするとベルが質問してきた。ベル達はどうするかな? 戦いに行くわけじゃないし、どっちでも構わない。いや、一緒にきたらお手伝いをしてくれるだろうけど……大丈夫だと分かっていても毒を扱わせるのは気が進まないな。
「ベル達は楽園の見回りをお願いできる? 久しぶりだし動物達のこともお願いね」
「みまわりー。べる、おしごとするー」「キュー」
仕事があるのが嬉しいのか、すぐにお仕事モードに突入したベル達。可愛らしく頭を寄せ合って、誰がどこを確認するか相談しだした。こっちはこれで大丈夫だな。シルフィとディーネに合図をして出発する。とりえず死の大地の奥地に移動すればなにが起こってもなんとかなるだろう。
「ここら辺でいいんじゃない?」
シルフィの高速飛行での移動だから、どれくらい離れたのか分かり辛いけど、シルフィが問題ないと判断したのなら大丈夫だろう。
「了解。じゃあ重力石を出すから、シルフィは俺と死の大地に毒が広がらないようにしてくれ。そのあとはディーネが重力石についたポイズンドラゴンの毒を丸洗いしてくれ。かなり大きな島だけど、大丈夫だよな?」
「分かったわ」
「ふふー、お姉ちゃんにかかれば島くらい簡単に丸洗いよー。国だって洗えちゃうんだからー」
ディーネがのんきな口調で物騒なことを言う。国を洗うって意味が分からないな。いや、島を丸洗いって時点で意味が分からないか。考えるだけ無駄だ。大精霊はすごいってことで納得しよう。
「じゃあ頼むよ。重力石を出すね。あっ…………ねえ……シルフィ、重力石が空に飛んでいっちゃったんだけど……」
「重力石は浮かぶ高さが決められてると教えたでしょ。あの重力石が浮かぶように設定された場所がもっと上だったってことね」
「そういえばそんなことを聞いた気がする」
ノモスに調整してもらわないといけないんだった。いまからノモスを召喚するか? いや、他の小さな重力石の調整もしないといけないんだし、楽園で頼もう。まずは丸洗いが先だな。浮かんでいる影が小さく見えてるし、宇宙空間までは行ってないようだから大丈夫だろう。
「裕太ちゃん、行くわよー」
「ああ、水はこぼれないように頼むぞ!」
「分かってるわー。それーー」
ディーネは気合を入れているんだと思うけど、なんとなく気が抜けてしまう声と共に大量の水が生み出され、ポイズンドラゴンが住んでいた大きな重力石の島を包み込む。
「とりゃー」
続いて気が抜けたディーネのとりゃーの掛け声とともに、水が渦のように回転しながら重力石を丸洗いしだす。なんかすごく綺麗になりそうだ。
「シルフィ、空気中にはポイズンドラゴンの毒は漏れてない?」
「ええ、大丈夫よ。ディーネが水で覆うまでは私の風が毒を閉じ込めていたし、水で覆われてからは、ディーネが毒を封じ込めるように洗っているから漏れてないわ」
風と水の大精霊にかかれば、ポイズンドラゴンの毒と言えども綺麗に丸洗いできるんだな。
「これならわざわざ楽園から離れなくてよかったかな?」
「んー、魔法の鞄から出した瞬間はわずかに毒も漏れてたし、離れて正解だったと思うわよ。大抵のことは大丈夫だけど、大精霊にも失敗はあるんだから用心は大切ね。特に危険物を扱う時は細心の注意を払った方がいいわ」
シルフィがミスするのは考えづらいけど、ディーネだったらうっかりでミスする可能性も否定できないし、イフなら熱くなって目的を忘れる可能性もある。大精霊だから大丈夫って考えは危険なんだな。
「それもそっか……あれ? わずかに漏れた毒は大丈夫なの? 空気中に漏れた毒でも人が死ぬって言ってたよね」
「風で覆う前に漏れた毒もかき集めたから、死の大地を汚染してないわ」
「……そうなんだ。ありがとう」
死の大地を汚染……よく考えるとおかしな言葉に思えるな。まあ、生物が死滅した土地でも、毒に汚染されたら危険度は増すんだ。離れた場所に移動したのは正解だったってことだ。
重力石の丸洗いが終われば、あとは重力石の配置をノモスに相談しながら配置だな。自宅に空飛ぶ島があるとか燃えるシチュエーションだ。
読んでくださってありがとうございます。