三十三話 森への第一歩
ドリーとタマモが来てから五日が経った。今日は森用スペースに種を植える日だ。最近は毎日アンデッドの巣に乗り込んで殲滅ばかりして、少し気持ちが荒んでいたから、良い気分転換になる。
「ドリー。種を植えるんだが、何か注意点は無いか?」
「樹木の間隔をあけておけば大丈夫ですよ。タマモに種を見せたら、植える場所を指示してくれるはずです」
「そうなのか。頼むぞタマモ」
「クー!」
うむ。力強い返事だ。期待できそうだな。
「よし、ベル。レイン。トゥル。聞いていたな。種をタマモに見せて、指示された場所に植えるのが今日のお仕事だ。頑張るぞ」
「がんばるー」
「キュキュー」
「がんばる」
みんな元気いっぱいだな。ちなみに大精霊達は見学だそうだ。子供達だけで頑張りなさいって感じらしい。俺が子供達に入っているような気もしたが、おおらかな気持ちでスルーしておいた。緑を扱う日に無粋な怒りは必要無いのだ。
さっそく始めるか。まずは種の包みを取り出し、タマモの前に広げる。タマモは熱心に種を確認して、スペースを確認している。何処に何を植えるのか考えているのか?
ベル。レイン。トゥルもタマモの後ろから種をのぞいて、フンフンと頷いているが分かっているのか疑問だ。俺は大小様々な種があるんだな、ぐらいしか分からない。
「クー」
「おっ。もう良いのか?」
タマモが頷いたので、試してみる事にする。種を一つ手に取りタマモに見せると、テッテッテと小走りに移動して、土の上をタシタシと前足で叩いている。
……なんか珍しい物を見たな。ベル、レイン、トゥル、タマモ、みんな移動する時は空を飛ぶから、地面を普通に移動するのを初めて見たかもしれない。
いや、トゥルが土をいじくっていた時は歩いてたか? 移動方法を気にしていなかったから思い出せない。どうだったかな? 微妙に気になる。
「クー」
「ああ、すまないタマモ。そこに植えるんだな」
考え事をしていたらタマモに催促されてしまった。シャベルを小さくして穴を掘る。種を入れて軽く土を被せる。
「大体こんな感じみたいだ。みんな出来るか?」
聞いてはみたけど簡単だから問題無いよな。問題なのは種の数が多いから、時間が掛かりそうな事ぐらいだ。
「できるー」
「キュキュー」
「できる」
「よし。では始め」
わーっとベル達が種を手に取り、タマモに殺到する。これって一番大変なのはタマモだな。
「ほら。お前達。タマモは一人しかいないんだから、順番にな。時間は有るんだからのんびりやるぞ」
俺がそう声を掛けると素直に順番を決めて、タマモに案内してもらっている。良い子達だ。
様子を見ていると、みんな器用に種を植えるな。ベルは風で土を切り取り種を入れて土を戻す。レインは水の渦を地面に押し当て、土を削り穴を開ける。なんかドリルみたいだな。トゥルは流石土の精霊。勝手に土に穴が開き、種を入れると勝手に土が戻っているように見える。
ボーっと見てないで俺も種を植えないとな。そういえば種を別の場所で育てて地面に植え替えるとか、日本ではやってた気がするけど……無理か。
そもそも別の場所がこの場所とたいして変わりがない気がする。あれは施設が整ってるから出来るんだろうな。俺は精霊頼みでいくしかない。
うー。腰が固まった。レベルアップで体は強くなったはずなんだが、まだまだレベルが足りないらしい。合間に休憩を挟みつつも、朝から始めた作業が昼をだいぶ過ぎるまでかかった。
ベル達は終始楽しそうに作業していた。そういえば精霊の体力ってどんな感じなんだろう? 少なくとも半日ガーデニング? をしても平気な事ぐらいしか分からないか。
「ふー、終わったー」
固まった腰を解しながら晴れ晴れと終わりを宣言すると、タマモがこちらに飛んで来てクー、クーと何かを訴えている。なんだ? タマモがさす方向にはレインがいる。
「おみずをあげてっていってるー」
「ああそうか。ありがとうベル。レイン、タマモに聞いて水を撒いてくれ」
「キュー」
頷いてタマモの指示通りに泉から水球を打ち上げる。イルカに指示を出す狐。なかなかレアな光景だよな。
「裕太、お疲れ様。なかなか大変そうだったわね」
「そうだね。シルフィ達が手伝ってくれたら、もっと早く楽に終わったんだけどね」
「あはは。契約していないのに大精霊を動かしたいなら、もう少し考えてやる気にさせないとね」
まあ、そうなんだけど、自分で出来る事を白々しいやり取りで、要求するのも恥ずかしいよね。
「何か恥ずかしく無くていい方法が無いか考えてみるよ」
「どんな方法か楽しみにしてるわ。そういえば畑の方も少しだけど成長させる事が出来るようになったのよね? この後試すの?」
「そうだね。でもその前にもう一度確認しておくよ。ねえ、ドリー。タマモの魔法を畑の野菜に掛けて貰おうかと思ってるんだけど、大丈夫かな?」
「ええ、問題無いと思いますよ。ただし、前にも言いましたが、急激に成長させて土の力を奪わないように、毎日少しずつですよ」
一気に成長させたい気もするんだが、土が死んじゃったら辛いもんな。
「タマモも分かってるし、トゥルもついてるから大丈夫だよ。変な事したらノモスに怒られそうだしね」
「ふん。安心せい。今の状況で馬鹿な事をしおったら、怒らずに見捨てるわい」
そっちの方がキツイよね。陰ながら色々と土に手を加えてくれているみたいだし、裏切れないよ。
「見捨てられるのは困るからな。より慎重にタマモにお願いしておくよ」
「トゥルに伝えさせれば問題無いわい」
なるほど。土の精霊と森の精霊が決めれば、どちらにとっても大丈夫だな。
「そうだな。トゥルに頼んでおくよ」
「ゆーた。おわったよー」
話している間に水撒きが終わったのか。次は畑だな。
「ベル。知らせてくれてありがとう」
飛び込んで来たベルを抱っこしてレイン達の所に向かう。ベルは自分の植えた種の場所を覚えているようで、何処にどんな種を植えたのか教えてくれた。凄いな。俺はまったくどこに何を植えたのか覚えて無いよ。
「みんな、ありがとう。畑にもう一仕事あるけど大丈夫か?」
元気よくオッケーしてくれたので畑に向かう。
「タマモに魔法を掛けて貰いたいんだけど、成長させすぎると土に悪いから、トゥルと相談して魔法を掛けてくれるかな?」
「クー」
「そうだんする」
二人でごにょごにょ、クークー言い合った後、おもむろにこっちを見て来る。
「決まったのなら、始めて良いよ」
俺の言葉にタマモが野菜の前に立ち「クーーーーー」っと鳴くと、野菜がぼんやりと輝き、二枚だった葉っぱの真ん中から、三枚目の葉っぱがぴょこんと言った感じで生えて来た。
「おー。凄いねタマモ。これで食卓のお野菜が並ぶ日が一歩近づいたよ。ありがとう」
「クー!」
元気に返事をしてくれたので頭を撫でておく。ベルとレインとトゥルも集まってきたので、撫で繰り回す。なんか最近、子供とイルカと子狐を撫でている時が一番幸せな気がする。
このままでは嫁さんも居ないのに、お父さん的な気持ちが完全に芽生えてしまいそうだ。せっかく異世界に来たんだしハーレムとまではいかなくとも、美人の嫁さんが数人欲しいんだが、それまでこの父性を抑えていられるだろうか?
なんかもうこの子達の幸せが自分の幸せです。っとか言い出しそうな未来が見えるんだけど。この世界は重婚は可能なのかとか色々調べて心を強くもとう。枯れるには早すぎるはずだ。野望を持つんだ俺。
「キュー?」
おっと撫でる手が止まっていたようだ。終わりなのって目でレインが俺を見ている。無論、止めないよ。
***
ベル達を撫で繰り回した後、夕食を終えてノモスに大事な話があると呼び出した。
「なんじゃ大事な話とは。なんかあったのか?」
「ああ、この世界の夜の風俗について話が聞きたい」
「……真面目な顔をしていきなり何を言い出すんじゃ? 大丈夫か? 死の大地には教会も無いから治療も出来んぞ?」
そういえば治療魔法は教会が独占しているんだっけ。いや独占してなくても死の大地に人は居ないんだし、どっちにしろ治療は無理だな。
「いや。大真面目な話なんだ。なんか最近お父さんみたいな気持ちになってな。こう男の欲望的な物に火をつけないと、色々とヤバそうなんだよ」
「はぁ、何じゃそれは。しかも土の大精霊に風俗を語らせるつもりなのか?」
「そうは言ってもな。ノモス以外に聞ける奴が居ると思うのか? シルフィ。ディーネ。ドリーに聞いたら俺はどうなるんだろうな?」
「いや、まあ、それはそうじゃが。ふぅ。しょうがないの。しかし儂も伝聞でしか知らんぞ。それでもよいか?」
「このさいだ。どう言う店があるのかだけでも分かれば良い」
流石に俺も土の大精霊が風俗に通ってるなんて思って無いからな。
「儂が聞いた事があるのは、王都と冒険者が集まる街が風俗は盛んと言った所じゃの。確か王都は高級な店も多いらしい。冒険者が集まる街は金払いも良いし、持て余している奴も多く、風俗店が集まる地区もあるらしい」
やっぱりいるんだな冒険者。そして風俗街みたいな場所もあるのか……悩みどころだな。風俗店の詳しい内容は知らなそうだし、種族を聞くか? いや、種族は町に行った時のお楽しみにしておこう。ただこれだけは聞いておかなければ。
「なあ、ノモス。この世界にはサキュバスは居るのか?」
「ん? たしか魔族の中にサキュバスという種族はおるはずじゃぞ」
よし。出会えるかも分からんがサキュバスが居るのなら、サキュバスに会うのも一つの目標にしたい。
「魔族か……人間と魔族ってどんな関係なんだ?」
「関係と言っても普通じゃぞ。争っとるところは争っとる。仲の良い所とは仲が良い。それだけじゃ」
魔族と人族の敵対は無いのか。まあ、あったら至る所で戦争なんてしないよな。頑張ればサキュバスにも会えそうだな。
「ありがとうノモス。おかげで気合が入ったよ」
「う、うむ。じゃが、あんまりはしゃがんようにな」
今ははしゃがないさ。この気合を胸に秘めて、今を精一杯生きよう。ありがとうノモス。
読んでくださってありがとうございます。