三百四十七話 アルバードさんの相談
メルとメラルを連れて楽園に到着した。歓迎会を兼ねた気軽な宴会をするつもりだったけど、なぜか遊びにきていた精霊達が宴会に参加を希望し、醸造所の精霊達まで参加が決定して大宴会に発展した。どうせなら精一杯楽しむか。
「あっ、うまい」
楽しそうに騒ぐ精霊達や弟子達を眺め、乾杯をしたのに飲んでいなかったエールに口をつけると、思わずその味にシンプルな感想が出てしまった。
「ふふ、美味しいわよね。これが楽園醸造所の初めてのエールよ」
いや、味にも驚いたんだけど、いつの間にか醸造所に名前がついてたことも驚いたよ。楽園醸造所ってなに? 販売予定なの?
「なんか雑味が少なくてコクが深くなった感じかな? 迷宮都市で仕入れたエールよりも美味しいね。それで、楽園醸造所って名前はいつ決まったの?」
味覚に自信があるわけじゃないから上手く語れないけど、アルコール度数も日本のビールよりも高いのか、かなり酔いそうだがどっしりとした飲みごたえがある。これが長年お酒を造り続けた精霊の実力か。
「ふふ、醸造所の精霊達も色々と揉めたもの。方針が決まったのに変更になったりして、最終的に怒ったノモスが質と量を兼ね備えたエールを作れってハッパをかけて完成したのがそのエールね。自信作なのよ。あと楽園醸造所って言うのは、いつの間にか広まってたからいつ決まったのか分からないわ。名前が気に入らないなら変更も可能よ?」
お酒にこだわりが強い精霊の酒職人をまとめるのに、ノモスも結構苦労してたから大変だっただろうな。
まあ、そのおかげで質と量が揃ったエールが完成したんだ。ノモスも苦労したかいもあったんだろう。実際に少し離れた場所で、醸造所の精霊達とガンガンエールを流し込んでるからな。
「いや、別に楽園醸造所って名前はそれでもいいよ。これだけ美味しければ迷宮都市でも売れそうだね」
「売るくらいなら全部飲むでしょうね」
「だよね」
出来上がったお酒を迷宮都市で売りさばいたりしたら、精霊達が反乱を起こしそうだ。精霊が作ったお酒……マリーさんが知ったら、ブランド化しそうだな。
「俺は飲みながら宴会を見て回るけど、シルフィはどうする?」
「そうね、私は裕太の護衛も兼ねてるから一緒に回るわ」
「別に楽園の中なら危険もないだろうし、シルフィも自由にしてもかまわないよ?」
聖域には魔物が入れないうえに、たとえ入れたとしても精霊達に消滅させられるだけだよね。
「ふふ、醸造所の精霊達は飲むのも好きだけど、飲ませるのも好きなのよ。無事に宴会が終わるまで意識を保っていたいのなら、私を連れて行った方がいいと思うわよ?」
シルフィが首をコテンと傾げながら、なかなか物騒なことを言う。あれか? やたらとお酒を注いでくる体育会系のノリなのか? 恐ろしすぎるな。
「えーっと、護衛、お願いします」
「ふふ、任せておきなさい」
心強い護衛もついたし、まずは飲みのスペースから見て回るか。精霊は酔い辛いと言っても、酒が入れば入るほどテンションは上がるから、後半になるにつれて危険度がマシそうだもんな。
ふらふらとエールを口にしながら、お花見会場と縁日が混ざったような宴会場を見て回る。どこを歩いても樽が設置されてるから、コップが空になるタイミングがないな。俺も結構な量の酒樽を放出したけど、それ以上に楽園醸造所のエール樽が大量だ。質と量を兼ね備えるって言葉は事実のようだ。
「裕太ちゃーん。お姉ちゃんは蒸留酒を飲んでるのー。裕太ちゃんも飲みましょー」
ディーネの側を通ると、すでに蒸留酒が入っていたとおぼしき空瓶がいくつか転がっている。ディーネを囲むように集まっている集団は、どうやら蒸留酒でスタートしたらしい。あの場所に近づくのは危険だな。手だけふってそそくさと離脱する。近づいたらあの場所だけで意識が飛びそうだ。
それにしても蒸留酒か……海に沈めた蒸留酒はどうなったんだろう? まだあと3ヶ月くらいは寝かさないと駄目っぽいけど、無事なんだろうか?
「シルフィ、海に沈めた蒸留酒ってどうなったか知ってる? まだ無事だよね?」
「ええ、ディーネとノモスとイフが何度も蒸留したお酒を沈めているし、そのたびに確認しているから大丈夫よ。私も蒸留したてのお酒は苦手だけど、海で寝かせたお酒は楽しみだわ。裕太が飲ませてくれたウイスキーにどれだけ近づくのかしら?」
シルフィが無表情ながらもワクワクした雰囲気を漂わせて言う。何度も蒸留したお酒を寝かせに行ってるのか。どれくらいの量が確保されているのかちょっと不安だ。
「さすがに寝かせた年月も違うし、ウイスキーと比べたら味は落ちると思うよ。でも、少しは美味しくなってるんじゃないかな?」
そうであってほしい。海で寝かせるとすごいんだぜって漫画知識をぶっ放したから、陸地で寝かせている蒸留酒と違いが出なかったら恥ずかしいもん。
「ふふ、楽しみね。あらアルバードとドリーとヴィータが居るわ。たしか裕太に話があるって言ってたわよね?」
「そういえばそうだった。まだ全然見回ってないけど、先に話を聞いておくね」
「分かったわ」
なんか遠目でイフがエール片手に火の玉で遊んでいるのが見えた気がするけど、たぶん気のせいだ。ゆったりとテーブルに座り、落ち着いた雰囲気で飲んでいる3人に合流する。
「アルバードさん、ドリー、ヴィータ、宴会を楽しんでる?」
「急に宴会に参加させてもらって悪かったな。だが、めったにできない体験を子供達にもさせてもらって感謝している」
「ええ、楽しんでますよ」
「うん、大勢で賑やかなのも楽しいよね」
アルバードさんがちびっ子達が、楽しそうに料理に群がっているテーブルを優しい表情で眺めながら言う。アルバードさんって苦労人っぽいから付き添いに選ばれているのかと思ってたけど、この顔を見ると、ちびっ子達に優しいから選ばれているのかもな。ドリーとヴィータも賑やかな雰囲気が嫌いじゃないのか、問題なく楽しんでいるようだ。
「それならよかった。そういえばアルバードさん、なにか話があるってディーネから聞いたんですけど、場所を変えて話しますか?」
「前にも言ったが敬語は不要だ。あと、話はあるんだが特に内密な話じゃないから、ここで構わない」
アルバードさんってすごく真面目な雰囲気だから、ついつい敬語になっちゃうんだよな。会うたびに言われている気がする。まあいずれ慣れるだろう。内密の話でないことに少しホッとしながら席に着く。
「それで話って?」
「ああ、今までも楽園に子供達を受け入れてもらっているのに言い辛いんだが、頼みが2つあるんだ」
「頼み? 俺にできることなら協力するけど、どんな頼みなの?」
「1つは精霊王様達をまた楽園に連れてきたい。ウインド様はともかく、他の精霊王様達は普段から忙しく働いておいでで、できれば楽園で息抜きをして頂きたいんだ。いまは子供達が順番待ちをしているから、口には出されないが、ここのことは気に入っていらしたから、よい息抜きになると思う」
ウインド様はともかくって言葉に、アルバードさんの心境が如実に表れているな。真面目なアルバードさんにそこまで言わせるほどウインド様は迷惑をかけているらしい。ただそのことにツッコミを入れると、お酒も入っているし愚痴が始まる気がするからスルーしよう。
それにしても精霊王様達の息抜きか。ダーク様やファイア様は楽しそうにお酒を飲んでたし、アース様は食べ物に夢中だったな。ライト様にも甘味を食べてもらいたいし、ウォータ様も常識人っぽくって苦労してそうだから息抜きをしてほしい。
「なるほど。宴会する感じでいいのか?」
精霊をおもてなしするのは、宴会以外思いつかない。
「そうしてもらえれば助かる。もちろん精霊貨になるが料金は支払うつもりだ。他になにか希望があるなら用意しよう」
今までのパターンから考えると、他に希望を出したらとんでもないものが報酬になりそうな予感がする。でも、ちびっ子達が報酬を支払ってるのにタダってのも困るんだろうな。
「精霊王様達には楽園を聖域にしてもらってお世話になってるんだ。事前に連絡をもらえれば息抜きに遊びにくるくらい構わないし、報酬も楽園で使っている精霊貨で構わないよ。ただ、今のところエール以外のお酒は俺が管理しているから、くるなら俺がいる時を選んだ方がいいと思う」
「ありがとう。それなら次の次に、7日後に子供達がくる時に精霊王様達を連れてきても構わないか?」
7日後なら俺は居るな。メルとメラルもその頃には落ち着いているだろうから、精霊王様が来ても大丈夫だろう。メルがビビりそうな気もするが、精霊術師なら精霊王様に会えるのはいい経験だ。頑張ってもらおう。
「うん、問題ないよ。料理、お菓子、お酒を準備しておくって伝えてくれ。それでもう1つの頼みはなんなの?」
「もう1つは、精霊王様達のことも頼んだあとに申し訳ないが、遊びにくる精霊の枠を増やしてもらえないか? まだ待っている子供達も居るし、一度遊びにきた子供達もまた来たがっていてな……」
アルバードさんが申し訳なさそうに言う。なるほど……毎回30人程度だと回転に時間がかかるのか。ようやく順番が回ってきても、もう1回遊びにくるにはまだ長く待たないといけない。ちびっ子には辛いだろうな。ただ、それだけ待ち望んでいるなら、無制限にしたらとんでもないことになりそうだ。
「うーん、俺としては協力したいところだけど、お店をやってるのはルビー達だし、俺がいない間に手伝っているのはディーネ達だから、彼女達に意見を聞かないと判断できないな」
お店のキャパをオーバーしたらルビー達も大変だし、遊びにきたちびっ子達も楽しめないだろう。
「それならルビー達とディーネ達に話を聞いてある。食堂、雑貨屋、両替所は時間を上手にずらせるのなら倍になっても問題ないそうだ。宿屋は増築してベッドを増やすか、宿屋の遊ぶ場所にベッドを置くのなら大丈夫らしい。ノモスとイフは醸造所が忙しいが、ディーネ、ドリー、ヴィータは裕太に召喚されている時以外は手伝ってくれるそうだ」
すでにみんなの意見を聞いてた。さすが精霊王様の秘書官、できる男だな。この場にいるドリーとヴィータも頷いているから問題ないんだろう。あとは宿屋の増築とベッドか……増築はシトリンに頼めば問題ないがベッドはどうしよう。
「問題はベッドだけだな。わらのベッドと入れ替えるつもりで新しいベッドを買ってきたから数は揃ってるんだけど、ベッドの質の違いが不公平になりそうだ。次に迷宮都市に行った時に注文して、その次になれば同じのを揃えられるけど、時間がかかる」
ちびっ子の寝具に差があるのはなんか気まずいよな。アルバードさんも同じ気持ちなのか少し困った顔をしている。
「それなら悩まなくてもいいじゃない。寝るのは2回なんだから、ベッドが揃うまでは1泊ごとに交代すればいいのよ」
悩んでいると、やたらと単純な解決策をシルフィが出してくれた。これだけ簡単な方法が思いつかなかったのはちょっと恥ずかしい。
「えーっと、問題はないみたいだし構わないか。でも人数がいきなり倍になるのは怖いから、次は15人と付き添いを増やして、それで問題がなかったら30人に増やす感じでいいかな?」
「ああ、待っている子達も喜ぶだろう。助かる」
単純に考えれば、来れる人数が倍になれば待ち時間が半分になるもんな。んー、お店とかも増やした方がいいんだろうか? 酒場は……シルフィ達の家のこともあるし様子見でいいか。
実際、楽園はどれくらいの精霊を受け入れられるんだろう? お店をしたい人をガンガン連れてきて、ガンガン開拓すれば大都市になりそうな気もするが……そうなったら俺は幸せなのか? ……なんか哲学っぽいことを考えてしまった。
とりあえず、今は明らかに受け入れが間に合ってないんだし、ある程度落ち着くまでは頑張ってみるか。
読んでくださってありがとうございます。




