三百四十四話 ガッリ親子4
ふー、番頭に最高級の宿を用意させて3日。体もある程度休めたゆえ、そろそろ動き出すべきであろう。まずはダブリンを呼んで今後の計画を伝えねばな。
「父上、ついに叔父上を討伐するのですな! 兵を揃え、デール叔父上達を打ち取って堂々と帰還いたしましょう!」
我が最愛の息子、ダブリンがはしゃいでおる。この3日、十分に腹を満たし女を抱いたからか、肌艶が増しガッリ侯爵家の跡取りとしての風格も取り戻してきたようだ。だが、まだまだ考えが足らぬな。
「ダブリンよ、跡目争いと言ってもデールは罪を犯したわけではないのだ。ガッリ侯爵家の当主の弟として、自分が当主にふさわしいと名乗りを上げたにすぎん。儂が無事に戻れば実権は儂に戻る」
「し、しかし父上。叔父上の継承権は弟達よりも低いではないですか。それなのに当主として立つこと自体が罪です」
ダブリンはまだまだ貴族社会が分かっておらぬな。
「むろん継承権は儂の直系であるダブリン、ダブトス、ダブシンの方が高い。しかし、継承権は絶対ではないのだ。状況次第では力で捻じ曲げることも可能。デールは侯爵家の政務に携わっておった。儂等が行方不明という緊急事態ゆえに当主代理に立ち、そのまま実権を握ったのであろう。ダブトス、ダブシンに領地で勉強させておったのも不利に働いたな」
「では、叔父上を罰することができないではありませんか! そうだ、我々を誘拐し異国に放置したのが叔父上なんですよ!」
いらだち叫ぶダブリン。自分が受け継ぐはずの栄光あるガッリ侯爵家をかすめ取られようとしていたのだ。怒る気持ちは分かる。
「それはない。ガッリ侯爵家を乗っ取ろうとしての行動であったのならば、儂等の命を確実に奪う。異国に放置するなど、そのような温いことはせぬだろう。それを切っ掛けに無理やり断罪することもできぬわけではないが、儂等の恥を広めるだけだな」
「ではどうしろと! 叔父上達を許せとでも言うのですか!」
「ダブリンよ、こういう時にこそ男の力量が試されるのだ。怒りを叫ぶのではなく、どう敵を追い詰めどう滅ぼすかを考えるのだ。ただ敵を倒せばいい訳ではない。たとえ身内であっても、いや身内だからこそ徹底的に滅ぼし、ガッリ侯爵家の恐ろしさを内外に示さねばならぬ。分かるな?」
儂の言葉にハッと表情を改め、深く考え込むダブリン。冷静になったようだな。ダブトスとダブシンの動向も気になるところだが、まあ、あ奴らは問題無いであろう。
「……はい、父上。このダブリン、ただあ奴らを殺すことしか思い至っておりませんでした。なるほど、表面上は叔父上達にも言い分があり、それを我々も認めなければならないのですね。ですが、表面上は認めたとしても裏で力を削り、最終的には無残な滅びを与える」
さすが儂の息子だ。少しのヒントで物事の裏を読み取りおった。ふはっ、ガッリ侯爵家の未来は明るいな。
「そういうことだ。儂が無事に戻ればあ奴らを破滅させることなど簡単だ。そしてデール達も儂が戻ればそうなることを理解している。死に物狂いであらがうであろうな。まずは無事に王都で儂等の帰還を広め、実権を取り戻さねばならぬ。その前にデールに儂等の存在がバレれば、速やかに暗殺を企てるであろう」
「なるほど、もう少し骨休めをしたいところですが、そろそろ動く時なのですね」
「そうだ。すでにあの商人には準備をさせておる。準備が整い次第動くぞ!」
まずは王都で実権を取り戻し、デールの一族の始末。それが終われば、儂等を攫った愚か者を捕まえる。それと、旅の間に儂等に無礼を働いた者達に身の程を教えることも重要だな。
***
「父上、このように粗末な馬車で王都に戻るのは、ガッリ侯爵家の恥になりませぬか?」
ダブリンはこのみすぼらしい馬車が気に入らぬのか。たしかにこの馬車は下級貴族が使うような情けない馬車だ。不満に思うのは当然だな。
「うむ。儂としても不本意ではあるが、こやつにはこの程度の馬車しか用意できぬのだ。まあ、商人風情が儂等が乗るにふさわしい馬車を簡単に用意できぬのも道理だ。下賤な者ではあるが、こやつは貴族に奉仕することを知っておる。そういう者には、寛大な心で許してやるのも高貴な者の務めだ」
「なるほど、高貴な我等に奉仕することは当然ではありますが、下賤な者ではそのことすら理解できぬ者もおりますからな。たしかドルネオであったな。万全の奉仕とは言えぬが、最低限の奉仕は認めてやる。我らが戻れば跡目争いなどすぐに収まる。その折には褒美をくれてやるぞ」
「ははぁ、誠にありがとうございます。馬車につきましては力及ばずで申し訳ありません。ですがご命令の地点にはエヌゲウス商会の最上級の馬車をご用意いたしております。それでも高貴なガッリ侯爵様にご満足いただけぬとは思いますが、派手な行動は命取りになります。なにとぞご容赦を頂きたく……」
「分かっておる。それよりも儂の命令は確実に遂行されておるのであろうな?」
「はい、それは間違いなく。侯爵様のご命令通りに渡りをつけており、内密にことが進められるように手配しております」
「それならばよい。ただし、少しでも不穏なことがあれば、その瞬間にお前の命はなくなる。励め」
「お任せください。このドルネオ、細心の注意を払っておりますれば、必ず目的地までお連れ致します」
ふむ、まあよかろう。こやつがデールに儂等を売る可能性もなくはないが、しょせん王都で苦戦しておる商会の番頭、儂からの褒美を蹴って自分の命を失う覚悟はあるまい。
***
「おお、坊ちゃま、この爺めは坊ちゃまのご無事を信じておりましたぞ!」
「爺。儂がガッリ家を受け継いで何年になると思っておるのだ。いつまでも子ども扱いするな」
「なにを仰います。ガッリ侯爵家の当主ともあろうお方が親子で行方不明になるなど……この爺、先代様に申し訳なくポックリ逝ってしまうところでしたぞ」
絶対に信用できる者として爺を選んだが……相変わらず儂を子ども扱いか。だが、儂の教育係でもあり、父の腹心として共に戦場を駆け抜けた男だ。今の状況で爺ほど信頼できる者はおらぬ。子ども扱いは甘んじて我慢するべきであろう。
「すまぬ。だが気がついたら異国の地に放置されておったのだ。どうしようもあるまい」
「ふむ、手紙では詳しいことは分かりませんでした。詳しく聞かせて頂けますかな?」
「詳しくと言っても儂にもよく分からぬのだ。儂をさらった者には必ず報いを与えるが、今はデールの問題を解決するのが先だ」
「そうでしたな。坊ちゃまはデール様をどうなさるおつもりで?」
「弟ではあるが、ガッリ侯爵家の直系を侵そうとしたのだ。許すわけにはいかぬ。すぐに罰する訳にはいかぬが、最終的にはガッリ侯爵家の恐ろしさを広める役に立つであろう」
「おお、よくぞ仰いました。ここで日和ったことを仰られたら再教育でしたが、身内ですら厳格に処分する気概、見事でございます。この爺めも全力でお支え致します」
「う、うむ。頼りにしておる」
ふぅ、爺が張り切ってしまったか。2年ほど前にようやく引退させたのだが、これでまた毎日屋敷にくるようになるのであろうな……。
「それで、人数はこれしかおらぬのか? 50もおらぬように見えるぞ?」
「国境に近いのでここにはあまり人数を連れてきておりませぬが、爺の伝手でこの先に軍500ほど演習させております。坊ちゃまの合流次第、すぐに王都に出発できますぞ」
「デールに気づかれておらぬか?」
「心配ございませぬ。デール様は坊ちゃまのお子様方との争いに夢中にございます。軍を自分の味方につけようとはしていますが、軍がどこに向かうかなどには気を配っておられませぬな。爺が付けた監視の目もまったく気がついてないご様子。情けないことでございます」
ふむ、デールにはガッリ家の運営補佐を任せておったから、軍事に関しては気が回らんのだろうな。身の程をわきまえておりさえすれば、栄光あるガッリ家の一員として生きていられたものを。
「そうか、問題なのであれば構わぬ。行くぞ!」
***
「父上、そろそろ王都に到着しますよ。長かったですな」
ようやく不自由な生活が終わり、王都で私にふさわしい生活が戻る。いや、私にデール叔父上達に対する罰と、今回の旅で私に無礼を働いた者どもに対する拷問。そしてなによりも、私と父上をあのような場所に放置した愚か者を探し出し、生きていることを後悔させてやらねばならぬ。やれやれ、忙しいことだ。
「うむ、だがここからが本番だ。油断するでないぞ」
「分かっております。叔父上達共々、ガッリ家にはむかったすべての愚か者達に必ずふさわしい罰を与えてやります」
「よくぞ言った。それでこそ、ガッリ家の次期当主だ。ダブリンよ、今回の始末をお前に任せる。ガッリ侯爵家の次期当主として指揮をとってみよ。よいな」
「なるほど、次期当主としての試練ということですな! 父上、このダブリン、見事父上の期待に応え、我等の敵を打ち滅ぼして見せましょう!」
「さすが坊ちゃまの後継者でございますな。この爺も及ばずながらお手伝い致しますぞ!」
「むっ、爺、張り切ってはならんぞ。お主は手伝うと言ってすべてをやってしまう癖がある。それではダブリンの教育にならぬから、見守るだけにしておくのだ。なに、心配するな。これくらいのこと、ダブリンならたやすく熟してしまうであろう」
「さようなこと、ございましたかな? おや、王都の城門に到着しましたな。ダブリン様、準備はよろしいですかな?」
「無論だ」
私にとってこの程度のことなど児戯と変わらぬ。
「ダブリンよ。指揮をとるのであれば馬に乗り直接指揮をとるがいい。儂等の帰還を大々的に王都に知らしめるのだ!」
「父上、我等の帰還を派手にしてしまえば叔父上達に逃げられるのでは? それに暗殺の危険性もありますぞ?」
「ダブリン、状況が変わったことを理解せよ。500の兵がおれば暗殺の心配はない。爺の監視があればデール達は逃げられぬ。ならば内密に帰還して、他に知られぬうちに暗殺される危険を防ぐために、儂等の帰還を広めるのだ。よいな」
「……なるほど、私としたことが迂闊でありました。もはや内密にすることに意味がないのですな。では、ガッリ家に相応しく派手に帰還いたしましょう」
ぐふふ、500の兵を先頭で率いる私。……いや、私の才覚からすれば後方から指図をするだけですべてが終わるのが当然だ。
本来私が直接兵を率いるなら最低でも万の兵を率いるのがふさわしいと思うが、今回は身内のことゆえ勘弁してやろう。爺の情報では叔父上もデームも屋敷に居るらしい。我らの帰還を知れば、デール叔父上達は恐怖に震えるであろう。簡単に捕えて軟禁だな。
そして王都の下賤な民どもは、栄光あるガッリ家の当主の帰還に感涙にむせぶことになる。栄光あるガッリ家次期当主にとって悪くない舞台だ。
読んでくださってありがとうございます。