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三百四十三話 出発 

 トルクさんに料理を作ってもらい、マーサさんに挨拶をして宿を出る。さっそくメルとメラルを迎えに行かないとな。


「ジーナ、帰る前にご両親のところに顔を出さないでいい?」


「昨日、オーク肉とラフバードの肉を持って顔を出したから大丈夫だ。それに別れが面倒だから帰ることすら伝えてないんだ。今から顔を出したらたぶん今日中に帰れなくなる」


 帰ることすら伝えてないのか。親不孝な気もするが、あの親父さんの愛って重そうだもんな。しょうがない気がする。


 俺やサラ達からしたら家族に会えるってのは羨ましいことなんだが、羨ましいよりも大変そうって感想が先にくるのが不思議だ。サラ達まで同意見なんだから救いがないな。


「そっか、まあ……頑張ってくれ」


 俺の内心が伝わったのか、少し引きつった顔で頑張ると頷くジーナ。ジーナの旦那さんになる人って大変だろうな。


「おししょうさま。メルちゃんといっしょにかえるんだよね!」


 ピョンピョンと俺の周りを飛び回りながらキッカが聞いてくる。完璧に友達が家に泊まりに来るときのテンションだ。


「ああ、今から一緒に楽園に行くよ。一緒に生活するから沢山遊んでもらうといい。でも、メルはメラルと会うのが目的だから、2人がなにかを話している時は邪魔をしないようにね」


「うん。キッカもマメちゃんとあえたとき、すっごくうれしかったもん。メルちゃんもやっとメラルさまにあえるんだから、キッカはじゃましないの!」


 おお、幼い少女から大人な意見が飛び出してきた。これが成長ってことなんだな。マルコも感動してキッカを褒めまくっている。


「ふふ、マルコがキッカを褒める姿って、裕太がベル達を褒める姿にそっくりね。弟子は師匠に似るって言葉を実感できたわ」


「……シルフィ、俺ってあんな感じなの?」


 顔中を緩めて、周りの目も気にならない感じでワシャワシャしているんだけど……。


「マルコの方が子供だから微笑ましいわね。裕太のはあれね、知らない人が見たら警備隊に通報すると思うわ」


 かつてないほどの衝撃で俺の心が張り裂けそうなんですけど。自分のイメージでは休日に子供達と優しく遊ぶお兄さん……せめてパパ的なポジションだと思っていたのに、まさか通報されるレベルだったとは……あれか? もしかしてベル達は嫌がってたりするのか?


「あはは、そんなに落ち込まないの。見た目は犯罪っぽいけど、裕太がそんなつもりがないのは分かってるわよ。ベル達もいっつも裕太に褒めろって集まってくるでしょ。愛されてるわね」


「そ、そうだよね。俺にやましいところなんてないし、大丈夫だよね」


 ホッとした。すごくホッとしたよ。シルフィ、ありがと……? どん底に叩き落してから、優しい言葉をかけるって……洗脳とかでそんな手法があったような気がする。シルフィって俺をどうしたいんだろう?


「でも、ベル達が大きくなったら分からないわね。ちゃんと成長を見極めてから相手をしないと、いつまでも猫かわいがりしていると嫌われちゃうわよ」


 それって反抗期が精霊にもあるってこと? 一緒に洗濯しないで的な……いや、洗浄の魔法があるし、そもそもベル達の服は洗濯しない。心がえぐられるようなそんなセリフは聞かないで済むはずだ。


「あの、シルフィ。大きくなったらってタイミング的にはいつ頃なの? 今ももうヤバい感じ?」


「いえ、下級精霊のうちは今のままで大丈夫よ。中級精霊になったらそれなりに大人扱いをしてあげなさいってことね」


 なるほど、中級精霊になったらか……なんでだろう。子供の成長って喜ばしいはずなのに、ずっと小さいままでいてほしい気持ちもある。


「ベル達はいつ頃中級精霊になるか分かる? 精霊術師と契約していると成長しやすいんだよね?」 


「んー、裕太は聖域に滞在しているし、精霊との関りも深いからベル達の成長は他よりも早くなるでしょうけど、それでもまだまだ当分先ね。中級精霊ってそんなに簡単になれるものじゃないわ。裕太の周りだったら、間違いなくフクちゃん達が下級精霊になるのが先ね」


「そっか、ちょっとホッとしたよ」


 そういえばメラルも、何代もメルの一族と契約して中級精霊になったんだもんな。思っている以上に時間はありそうだ。通報されないように気を付けながら、ベル達を全力で猫かわいがりしてやる。それにしても、シルフィは確実に俺を混乱させて楽しんでるな。なんか出発前にすでに疲れたよ。


 ***


「裕太、来たか! 待ってたぞ!」


 メルの工房に近づくと、メラルがすごいスピードで飛んできた。出発が待ちきれなくて、外で俺達がくるのを待っていたようだ。


「メラル、こんにちは。メルも準備はできてるの?」


「ああ、準備は完璧だ!」


 ご挨拶に群がってくるベル達とフクちゃん達を上手にあしらいながら、俺に返事をするメラル。これが中級精霊、たしかに中級精霊になったら大人として扱うべきなんだろうな。


「それならすぐに出発できそうだな。じゃあさっさとメルの荷物を収納して出発しよう」


「いや、それがな……ユニスが来てるんだ」


 少し気まずそうに言うメラル。マジか……なんでスムーズに出発できないかな。少しためらったあと、覚悟を決めてメルの工房の中に入る。


「メル、いっちゃやだ!」


「ユニスちゃん、10日間留守にするだけだから、すぐに帰ってくるよ。心配しないで」


 中に入ると褐色系グラマラス美女が小さいメルを抱きしめて駄々をこねている。想像していた通りの状況だな。とても声をかけ辛い。メルと会うのを楽しみにしているキッカまで戸惑って、様子をうかがっている状況だ。


「でも、ちゃんと帰ってこられるか分からないじゃないか。メルは可愛いんだぞ!」


「ユニスちゃんはお師匠様がすごい冒険者だって分かったって言ってたよね。そんな立派な人がウソをつくわけないでしょ」


 いや、別に立派じゃないよ? できるだけ真っ赤なウソは避けてるけど、この前も黙ってベリル王国で夜のお店に突撃してきたし……。


「ギルドマスターもペコペコしてるし、すごい人なのは理解してる。でも、秘密の場所に連れて行かれるんだろ? なんでメルがそんなところに行かなきゃいけないんだよ。迷宮があるんだからここでだって精霊術師の訓練はできるだろ。わざわざ10日も工房を休ませて連れ出すなんて普通じゃないよ」


 俺、そんなふうに見られてたんだな。ギルドマスターがペコペコしているのは、大部分が性格だ。グランドマスターなんてものすごく適当な口調だったもん。俺のせいじゃない。


「それは……ここでは訓練できない、精霊術師にとても大切なことを教えてもらうためだからだよ。私は絶対に行かないと駄目なの」


「じゃあ、私も一緒に行く」


「駄目だよ。秘密の場所だってお師匠様が言ってたもん。いくらユニスちゃんだって連れて行ってもらえないよ」


 その通りです。


「うー、じゃあどうしろって言うのよ」


 なにも言わずに素直にメルを送り出してください。


「あっ、お師匠様!」


 気づかれてしまった。できればメルがユニスを穏便に説得したあとに気づいてほしかったな。


「ちょっと、えーっと、裕太さん、私も一緒に連れてってください」


 ユニスがメルを抱きかかえたまま近づいてきて、不器用な敬語を使いながら頭を下げた。あれだけ俺を嫌ってたのに、敬語を使って頭を下げるなんて……なんか今日は人の成長を実感しまくってるな。でもさすがに楽園に連れて行くのは無理だ。


「あー、気持ちは分かるけど、秘密の場所だから弟子以外を連れていくことはできない。悪いね」


「じゃあ私も弟子になる!」


 おっと、予想外の答えが返ってきた。揉めたとはいえユニスは獣人でグラマラスな褐色美女。弟子になってくれるのならそれはそれで心が浮き立つものがある。でも、シルフィがなにも言わなかったってことは、ユニスに精霊術師の才能はないんだろうな。


「ユニス、弟子になるって言っても、精霊術師になるには最低でも精霊の気配が分からないと無理なんだ。今、この工房にどのくらいの精霊がいるか分かる?」


「…………」


 必死な形相で工房の中を見渡すユニス。ケモ耳がピコピコ動いて可愛らしいけど、今まで分からなかったなら、今頑張っても無理だと思う。メルに対する愛情と執念で精霊の気配が分かるようになったらどうしよう?


「うぅ。わかんない」


 奇跡は起こらなかったようだ。涙目の美女とかすごく罪悪感があるんだけど、ユニスの涙に気づいたベル達が、見えてないのに一生懸命にユニスをなぐさめようとしている姿にホッコリする。


「そういうことで、さすがに精霊の気配が分からないと弟子にはできないよ」


「じゃあ、どうしたら連れてってくれるの?」


 涙目で見あげてくるユニス。なんか幼児返りしてない? いじめているようで酷く心が痛い。簡単にたどり着ける場所じゃないんだから、連れて行ってあげてもって気にはなるけど……人間って欲望に火が付くと大抵のことを可能にしちゃうんだよな。


 精霊樹の果実ってだけで国境線が変わったらしいし、精霊樹があるってバレたらどんな汚い方法を使ってでもやってきそうだ。俺だって夜の歓楽街で遊ぶのを心の支えに、頑張ってきたところがある。欲望は強いんだ。


「ごめんね。本当に秘密の場所なんだ。メルはちゃんと無事に返すってことしか約束できないけど、納得してくれないかな?」


「ユニスちゃん、心配してくれて嬉しいけど、さっきも言った通り私にとっても大切なことを教えてもらうの。ちゃんと無事に帰ってくるから待ってて。お願い」


 俺の言葉とメルの言葉を聞いたユニスは、ギューっとメルを抱きしめたあとに小さく頷いた。今まではいじって楽しんでたけど、今度からは優しくしよう。あれだな、メルにお土産としてなにか持たせるのもいいかもしれない。


 一瞬、50層以降に連れて行くのもいいかと思ったけど、実力が合わなかったら死んじゃうし、止めておいた方がいいよな。


「ありがとうユニスちゃん!」


 メルもユニスが納得して嬉しかったのか2人でぎゅっと抱き合う。なんだろう、女の子同士って尊い気がする。いいものも見れたし、ユニスの気が変わらないうちに出発したいな。

読んでくださってありがとうございます。

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[一言] ユニスも連れてってあげればいいのに。
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