三百四十二話 料理の受け取り
明後日にはメルとメラルを連れて楽園に戻る予定なのに、ガッリ親子が戻ってきたとか嫌なことを聞いてしまった。とりあえずお家騒動になるみたいだから様子を見るけど、どうなるのかはちょっと不安だ。
ガッリ親子についての情報を得たあと、マリーさんにジャイアントディアーのこともお願いして、グリーンドラゴンのお肉の配達もお願いした。魔物もマリーさんのリクエスト通りに、アサルトドラゴンとワイバーンを中心に新たな鳥の魔物を少しと各種薬草を卸した。
ついでにライトドラゴンとダークドラゴンを見せてくれと言われたので、マリーさんに披露したら飛び跳ねて喜んでた。マリーさんがどんな性格であろうとも、あの弾む母性の象徴は素晴らしいと思います。なんか得した気分でマリーさんと別れ、用意してくれた馬車で宿に戻る。
「相変わらずマリーは元気いっぱいね」
シルフィが楽しそうに言う。たしかに今日のマリーさんのテンションのアップダウンは激しかったな。
(うん、でも少し心配だな。俺が色々とお願いしているからだけど、マリーさん働きすぎかもしれない。ねえシルフィ、過労って万能薬とかで治る?)
牧場にも手を出しているし、枝豆もお願いした。今日のお願いで忙しさはさらに増すだろう。マリーさんの性格上、利益が出るのなら永遠に働き続けそうな気がするから、少しだけ心配だ。
「過労って働きすぎのことよね。万能薬やポーションでも疲れを少しは緩和できるらしいけど、ゆっくり休養を取らないと根本的な解決にならないんじゃない?」
(やっぱりそうか)
マリーさんの場合、ある日突然パタリってことになりそうだ。まあ、欲望の力で死神すらも撃退しそうな気もするが、無理はしてほしくない。
「マリーが心配なの?」
(うん、働きすぎて潰れそうな気がする。でも、マリーさんは休めって言われて休むタイプじゃないんだよね)
「それなら夜に……今日は飲む予定だから、明日の夜にヴィータを召喚しなさい。私がヴィータを案内するから、マリーが寝ている間に体調を整えさせればいいわ。ヴィータなら完璧にマリーの体をリフレッシュさせてくれるわよ」
寝ているマリーさんの体をリフレッシュ……なんかエロいって思春期みたいなことを思ったけど黙っていよう。命の大精霊が体調を整えてくれるのなら、過労死の心配はないな。勝手に治療って倫理的にはどうかとも思うが……まあ、マリーさんだからいいか。
飲みの予定で明日に治療は延期になったけど、さすがに今日倒れることはないよな。宿に到着して送ってくれた御者さんにお礼を言って宿に入る。
「お帰り裕太。食事のことはジーナから聞いてるよ。時間になったらカルクに運ばせるけどいいかい?」
「ただいま戻りました。食事は時間通りで大丈夫です。それでなんですけど、明後日の昼前に宿を出ますので、また料理をお願いしてもいいですか? それと明日の昼にはグリーンドラゴンのお肉が届くので、それの料理もお願いしたいんです」
「ああ、迷宮に出かける前に言ってたやつだね。グリーンドラゴンは初耳だけど、旦那もやる気満々だから任せておくれ。旦那は料理中だから詳しい話はあとでいいかい?」
夕食前の忙しい時間帯だから、さすがのトルクさんも出てこられないか。でも、グリーンドラゴンについては聞こえている気がする。
「ええ、それとグリーンドラゴンについては沢山のお肉を届けてもらいますから、マーサさんもカルク君と味わってください」
「あはは、役得ってやつだね。毎回裕太には貴重な食材を食べさせてもらえて感謝しているよ。本当ならこっちで用意できる食材くらいはこっちが持ちたいんだけどね。裕太に教えてもらった料理で儲けさせてもらってるから、それくらい平気なんだよ?」
「まあ、そこら辺は支払わせてください。それくらいしないと、無理を頼み辛くなりますから」
頻繁に俺の要求で徹夜で作業させるのに、食材費まで持ち出させると良心が痛む。
「ああ、分かってるよ。まあその分、旦那には美味いもんを作らせるから期待しておきな」
「正直言うと、それが一番嬉しいですね」
トルクさんの料理はくるたびに進化をしているから、その料理が手に入るだけで十分に嬉しい。マーサさんにお礼を言って別れ部屋に戻る。
「裕太ちゃん、おかえりなさいー」
「ゆーた、おかえりー」「キュキュー」「おかえりなさい」「ククー」「もどったか!」「……」
部屋に戻るとディーネとベル達が明るく出迎えてくれる。ホッとする一時だな。ベル達を引っ付けたままベットに倒れ込みベル達を撫でくり回す。夕食前にジーナ達のところに顔を出すことにして、しばらくのんびりするか。
「裕太ちゃん、明日はどうするの?」
ベッドに寝転んでいると、ディーネが質問してきた。明日は特にやることはないし、のんびりしてもいいよな。
「お土産を買いつつ散歩でもして、ついでにお酒の補充もしておこう」
散歩って言葉にテンションが上がるベル達をなだめる。シルフィもお酒の補充ってところで明らかに機嫌がよくなる。お酒の補充ってだけでご機嫌になる大精霊。簡単で助かる。
シルフィとディーネが明日買い込むお酒の話と、今日飲むお酒をどうするかの相談を聞きながら、ベル達と戯れる。迷宮でもちゃんとベッドで寝ていたけど、ちゃんとした宿でまったりするのもいいな。
***
一昨日にはトルクさんと作ってもらう料理の打ち合わせをして、昨日はまったりと迷宮都市を散歩して買い物を済ませ、夜にはヴィータを召喚してマリーさんの治療をお願いした。
驚いたことにマリーさんはものすごく健康体だったそうだ。気力の充実が肉体を活性化させているってヴィータが言っていた。やりがいがあって疲れを感じていないんじゃなくて、儲けを原動力に超回復しているようだ。
昨晩も深夜まで書類の整理をしてなかなか眠らなかったのに、眠ったら疲れが見る見るうちに回復していったらしい。普通に仕事をしている人でも疲れは蓄積するはずなのに、普通以上に働いているはずのマリーさんは完璧な健康体で、命の大精霊のヴィータを驚かせる回復力。本気で儲けがある間は死なない生物なのかもな。
でも、これから更に忙しさが増すだろうし、ヴィータにお願いして偶に健康診断をお願いしておくか。さて、そろそろトルクさんから料理を受け取ってメルの工房に移動しよう。メラルは待ちくたびれているだろうな。ベル達を部屋に残して厨房に向かう。
「トルクさん、こんにちわ。料理の受け取りにきました」
「おう、さっきまでジーナとサラも手伝ってくれたから、しっかり準備はできてるぞ。そこにある煮込みとデザートを先に収納しておけ。揚げ物と炒め物は今から作る」
ジーナとサラも少しはトルクさんの役に立っていたようだ。今は出発準備で部屋に戻ってるけど、あの2人もホクホクしてたから、トルクさんと一緒に料理ができて楽しかったんだろう。
「分かりました。ジーナとサラの腕前はどうです? 上達してますか?」
トルクさんが忙しいって分かっているのについつい質問してしまった。でも、気になるんだからしょうがないよな?
「おう、ここに居ない間も料理しているんだろ? ジーナは料理の段取りを覚えれば小さな店くらい出せるぞ。サラもしっかり基本はマスターしている。野菜の下ごしらえは任せられるレベルだ」
なんか孫の成長を見守るおじいちゃんみたいな目をしているから、話半分に聞いておくにしてもしっかり上達しているみたいだな。普段の頑張りが成果として表れているんだろう。
「はい、時間があると料理に挑戦してますよ。精霊術師より料理人になってしまいそうで俺は不安ですけどね」
「そりゃあいいな。俺は宿を増築する予定だ。食堂も広くするからいつでも雇うって伝えておいてくれ」
増築するかもって言ってたけど、具体的に進みだしたみたいだ。だが、ジーナとサラは渡さん。
「…………」
「なんで返事をしないんだ?」
「では、料理を受け取りますね」
なにかを言っているトルクさんを無視して、厨房の隅に並んでいる沢山の鍋を収納する。俺がお願いしたとはいえ、ずいぶん沢山作ってくれたな。鍋を収納してトルクさん自慢の冷蔵庫に移動し、各種デザートを収納する。あとは揚げ物と炒め物だな。
「トルクさん、収納終わりました。沢山の料理ありがとうございます」
ジーナとサラについてはなかったことにして、お礼を言う。
「構わん。俺も思いっきり料理ができるし、今回はグリーンドラゴンの肉も料理できたから大満足だ。残った肉は本当にもらっていいのか?」
少し苦笑いをしたトルクさんが、普通に話に乗ってくれる。大人だな。
昨日の昼にマリーさんのところの従業員が届けてくれたグリーンドラゴンのお肉は、荷車に満載されてたからな。お肉を運んでってお願いしただけで量を言うのを忘れてたのが原因だ。足りなかったらまた運んできますって言われたけど、さすがに十分だ。
「ええ、またグリーンドラゴンのお肉を持ってくると思いますので、その時にもっと美味しい料理が食べられるように研究しておいてください」
昨晩食べたグリーンドラゴンのステーキ。部位によって違いがあるのかもしれないが、ファイアードラゴン、ワイバーン、アサルトドラゴンとは違った肉質で、弾力がハンパなかった。
口の中で強い弾力のお肉をザクっと噛むと、内包された強い旨味が弾力に押し出されるように口の中で弾ける。噛む感覚は全然違うが、小籠包並みの肉汁が飛び出すから面白い。ただ、煮込んだりしたら弾力と肉汁が無駄になりそうで、どんな料理が一番なのか想像がつかない。これはトルクさんとルビーに期待だな。
「ああ、任せておけ。しっかり研究しておく」
「研究はお願いしますが、徹夜を続けないようにしてくださいね。料理でもなんでも体が資本なんですから」
この世界には労働基準法はないみたいだし、マリーさんといいトルクさんといい、ワーカーホリックな人は見ていて心配になる。
「分かっている。これでも体力には自信があるから多少の無茶もできるんだが……マーサが許してくれんからな。嫌でも休まされるから安心しろ」
話が進むにつれて小声になって遠い目をするトルクさん。マーサさんの調教がしっかり行き届いているらしい。マーサさんの管理下にあればトルクさんが過労で倒れるってことはないだろう。
安心したところで、トルクさんにお礼とお別れを言って厨房を出る。さて、あとはマーサさんに挨拶をして出発だな。
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