三百四十一話 予想外の帰還
マリーさんとソニアさんが秘密を守ってくれる約束をしてくれたので、迷宮のコアと魔法の鞄についてぶっちゃけた。目をむいて驚いてはいたが、なんとか持ち直したようだ。
「海の魚介を大量に集めてくれたんですね。定期的に確保してくださりますか?」
ニコニコとマリーさんが海産物について尋ねてくる。結構重大なことを話したはずなのに、海産物が定期的に買えるのかが気になるのか。
「定期的にってのは無理だと思います。いつも迷宮都市に居る訳でもないですし、迷宮に潜っても海産物を確保する時間があるとは限りません。たまに時間があった時にって感じですね」
「そうですか。定期的に確保できないのは残念ですが、それでも海の魚介が手に入るのであれば、十分商売になります。高値で買い取りますので、時間がある時にはよろしくお願いします」
「ええ、分かりました。時間がある時には確保してきます。でも、驚きですね。マリーさんなら海産物よりも、迷宮のコアや魔法の鞄の方に興味を示すと思ったんですが、海産物はそんなに魅力的なんですか?」
「はは……話が大きすぎて頭が追いついてないんですよ。そこまで大きな儲けにならないはずの海産物が愛おしいほどに混乱しております」
……落ち着いたと思っていたら、表面上だけだったらしい。よく見たら、マリーさんもソニアさんも目に光がないな。こういう時は無理に落ち着かせようとしても無駄だ。マリーさんなら欲望を刺激した方が頭の回転はよくなるだろう。
「マリーさん、ソニアさんよく聞いてください。廃棄予定の素材を集めるのは大変かもしれませんが、迷宮に恩を売ってリクエストに応えてもらえるそうです。まあ、次の層が作れるようになるまでどのくらいの時間がかかるか分かりませんが、いままで手に入らなかった希少な素材が手に入るようになるかもしれません。俺はなにも思いついていませんが、マリーさんのリクエストを伝えることはできますよ」
おっ、ピクッて反応した。
「それはどんなものでもですか?」
「大抵のことは大丈夫だと思いますよ。世界に混乱を及ぼすようなものは、俺の方で拒否するかもしれませんが」
重力石のことは話してないが、そういうシルフィ達が嫌がるものをリクエストされたら断るつもりだ。シルフィを見ると喜んでいる雰囲気なので正解なんだろう。ブツブツと欲望をたれ流しにしだしたマリーさんに追い打ちをかける。
「それと、魔法の鞄の容量が相当大きいことは話しましたよね。さすがに属性竜はライトドラゴンとダークドラゴンの俺が確保する以外の素材しか卸せませんが、グリーンドラゴンをはじめとした、迷宮で倒せる魔物の素材は腐るほどありますよ。そのまま流通させるのは素材の価値が暴落するので無理ですが、マリーさんの方で、俺のことを誤魔化しながら上手に手配できるのであれば、沢山卸せますね。大陸一の大商会の足掛かりになりそうですか?」
あっ、プルプルと震えだした。自分で自分をぎゅっと抱きしめている姿が色っぽいです。
「うふふふふふ、ライトドラゴンの素材にダークドラゴンの素材。しかも属性竜ではないとはいえ、ドラゴン系統の素材を含めた迷宮素材が価値が暴落するほどですか……うふふふ、あははは、私の目に狂いはありませんでした! 裕太さんの実力を一目で見抜き、がっちりと魅了した私が大陸の経済を支配するんですよー! あははははーー」
どこぞの悪の大幹部のような高笑い。マリーさんが見事に復活したな。背後のソニアさんもそれでこそマリーですとか言ってるから正常に戻ったんだろう。
ちょっと前までは涎をたらさんばかりの欲の亡者っぽかったけど、今は欲望の化身にまで進化しちゃった気もする。でも、混乱しておとなしいマリーさんよりも、今のマリーさんの方が正常に近いと思えるから面白いよな。
人によってふさわしい感情は違う。マリーさんにとっては今の姿こそ輝いているんだ。でも、実力は見抜かれてなかったと思うし、がっちりと魅了されてはいません。そこだけは譲れない。
「落ち着きましたか?」
「ええ、大丈夫です。落ち着きました。さあ始めましょう。我がポルリウス商会の野望の第一歩を!」
ポルリウス商会はマリーさんのお父さんの商会じゃなかったっけ? ついでにお兄さんもいたはずだけど蹴落とす気ですか?
「……まあいいです。とりあえず、迷宮のコアに貢ぐものは、汚くないものや腐らないものであれば極論ゴミでもなんでも構わないので、できるだけたくさん集めてくれたら嬉しいです」
別に汚いものや腐ったものでも迷宮なら吸収できそうだけど、俺が魔法の鞄に収納したり取りだしたりするのが嫌だ。
「分かりました。他の商会にも話を通して倉庫が満杯になるまで集めておきます。他の商会も疑問に思いはするでしょうが、廃棄する手間が減るので喜ぶでしょう」
自信満々だから集める当てはあるんだろうな。コアも喜ぶだろう。
「ありがとうございます。とりあえず俺からの提案は以上ですので、マリーさんの方で段取りを組んでください。特に素材の流通に関しては騒ぎにならないようにお願いしますね」
「お任せください。他国に流すのを禁止されている素材以外は、ポルリウス商会の繋がりを使い、しっかりと捌ききります。それとグリーンドラゴンの素材は、アサルトドラゴンとワイバーンを大量に捌いたあとにしましょう。見栄を張る貴族達は、あとから出たグリーンドラゴンにも大金を投じて下さるはずです」
もう素材を卸す順番まで決めてるのか。
「貴族やお金持ちからむしり取るのは構いませんが、そのしわ寄せが重税とかで一般の人に向かったりしませんか?」
俺に関係ないといえば関係ないけど、夢見が悪くなりそうなのは嫌だぞ。
「大丈夫ですよ。そんなことで重税を課す貴族は、とっくにギリギリまで重税を課しています。いたるところで戦争が起こっているんです。限界を超えたバカ貴族はさっくり潰されて逆に一般人は助かりますよ」
……よく分からないけど、戦争が起こりまくっている大陸で、内乱につながるようなことは国があっさり処分するってことでいいのかな? まあ、夢見が悪くならないのであれば問題ないか。なら、あとは他の細かいことを打ちあわせして、倉庫で素材を卸すか。
「あっ、そうでした。バカ貴族で思い出しました。裕太さんにお知らせしておくべき情報があったんです」
バカ貴族で思い出される情報って、ろくなもんじゃないよな。どこぞのバカ貴族が俺にちょっかいを出してくるのか? 国王様の通達を無視とかいい度胸だな。いや、マリーさんからの話ってことはポルリウス商会になにか仕掛けてきたのか?
「なにかマリーさんのところに圧力でも?」
「いえ、まあ、ポルリウス商会にもいろんなところから圧力がかかっているのは間違いないんですが、それ以上に有利な立場なので、なんの問題もありません。父も嬉々として立ちまわっています」
圧力をかけた相手の弱みでも握りながら、反撃しているんだろうか? 魔力草と万能草の独占は崩れたとはいえ、希少な素材をほぼ独占しているのは立場的に強いんだろう。
そうとう恨みや妬みを買ってそうだけど、商業ギルドとか国とか敵に回したら怖いところには優遇しているみたいだし、圧力をかけてくるような相手はよい鴨扱いしてそうだ。
「それではどんな情報なんですか?」
「ガッリ侯爵とガッリ子爵がいきなり王都に現れ、自分達の無事を証明したそうです。裕太さんもガッリ子爵とは少しもめていましたよね。お知らせしておいた方がいいと思いまして」
へー、ガッリ親子が帰ってきたのか。……えっ? マジで? あのおデブで訳の分からん特権意識を持ったバカ貴族が? 粗末な衣服と銀貨10枚しか渡さずに遠くの国に捨ててきたのに帰ってきたの? どうやって?
シルフィの顔を見ると、珍しくシルフィの表情が崩れて、驚きがあらわになっている。そうだよね。驚くよね。自分達ではなにもできなさそうなあの親子が、短時間で国に戻ってくるんだもん。あれか、銀貨10枚が多すぎたのか? どうなってるんだ? ものすごく情報がほしい。
「たしかに迷惑をかけられましたね。なにが起こったのか情報は明らかになっているんですか?」
「いえ、ガッリ侯爵の登城で大騒ぎになり、ガッリ家の屋敷でも騒ぎは起こっているようですが、それ以外の詳しい話は分かっていません」
「バカ貴族は国がサクッと潰すんですよね? 跡目争いや当主の行方不明ってことで、国に潰されたりしないんですか?」
国王様、サクッとガッリ家を潰しちゃってください。確実にバカ貴族ですよ!
「ガッリ侯爵家は先代が優秀で、当代のガッリ侯爵も軍部に根を張っています。今回のことで罰則は課せられるでしょうけど、爵位の剥奪等の処分はおこなわれないと思われます」
潰す影響が大きすぎて、迂闊に潰せないってやつだな。銀行とかの経営がピンチになると国の助けが入るのに似ている気がする。そっかー、帰ってきちゃったのか。また捨てに行くか? 今度はもっと遠くに……別大陸とかいいかもしれない。
「跡目争いってことですが、侯爵と子爵が戻ったことですぐに落ち着くんですか?」
「そうですね、ここからは私見になりますが構いませんか?」
私見っていっても商会の情報網から推測した私見だろうし、確度は高そうだよな。
「ええ、なんの情報も持ってないので、聞かせてもらえれば助かります」
「分かりました。本来であればガッリ侯爵家、子爵家共に直系の男子が居ましたので、跡目争いになるはずもありませんでした。ただ、今回は分家の当主が本家を乗っ取ろうとしましたので、無事には終わらないと思います」
「当主が戻ったからといって、簡単に丸く収まることはないと?」
「はい、ガッリ侯爵としても乗っ取りをたくらんだ弟は油断できませんし、弟側も野心をあらわにしたからには、ガッリ侯爵を殺さない限り自分の身の破滅です。表面上は落ち着いていたとしても、内部では骨肉の争いが始まるでしょう」
そうなると、落ち着くまではこっちに手を出されることはなさそうだな。
「跡目を狙った弟は優秀なんですか?」
優秀ならガッリ侯爵をもう一度捨てに行って、弟が侯爵になった方が安全な気がする。
「いえ、ガッリ侯爵と似ていて評判は悪いです」
駄目なのか。なら弟が侯爵になってもこっちにちょっかいをかけてくる可能性もあるな。
「なるほど、ありがとうございました」
先代侯爵って優秀だったらしいけど、子育てには失敗したんだな。忙しすぎて子供の教育ができなかったのかもしれない。
こうなると、手を出さないで骨肉の争いをやってもらった方が、俺には平和がやってきそうだ。しばらくは様子見で、なにかアクションがあったら対策を講じよう。なんかもう疲れたから、ジャイアントディアーとかの話を手早く済ませて、倉庫に魔物を出して帰ろう。
読んでくださってありがとうございます。