三百三十三話 相性
シルフィがベル達を煽り、自然の鎧ver.4が完成した。風の大精霊でさえも逃げ出す完成度。ベル達は恐ろしい物を作り上げてしまったようだ。
「しるふぃ、かえってこないー。ゆーた、なんでー?」
コテンと不思議そうに首を傾げるベル。
「なんでだろうね? 急に用事を思い出したのかな?」
真実は言えないので言葉を濁して分からないふりをする。シルフィを呼んでも出てこないので召喚しようかとも思ったが拒否られそうなので、おとなしくおやつタイムを満喫しよう。笑いの衝動が収まったら普通に出てくるだろう。
「あー、しるふぃきたー」
30分ほどベル達と戯れながらドラゴンの倒し方を相談していると、ようやくシルフィが戻ってきた。かなりツボにハマってたんだな。どこ行ってたのと質問しながら群がってくるベル達を、上手に誤魔化すシルフィ。なぜかジト目で俺を見るが、自業自得だと言いたい。
「じゃあシルフィも戻ってきたし、そろそろ出発しようか。もう一度自然の鎧をお願い。ついでに風壁もね」
このままだとなにかしら言われそうなのでさっさと出発することにする。シルフィは自然の鎧を装着した俺から目を逸らすが、今回はツッコまない。またシルフィが逃げたらいつ出発できるか分からないからな。
重力石に飛び移る前に、鎧の重さを確かめるためにその場でジャンプしてみる。ん? 気のせい、いや気のせいじゃないな。明らかに落下がゆっくりになっている。
「ジャンプして落ちる時に落下が緩やかになったけど、どうして?」
「まんとー」
質問するとベルがドヤ顔で教えてくれた。よく分からんが可愛い。
「ベルが作った風のマントの影響ね。そのマントが風を捕まえて落下を遅くしているのよ。たぶん裕太が飛び石で着地に苦労していたから、頑張ってくれたのね」
「そーー」
微妙に目をそらしながらもシルフィが詳しく説明してくれた。ベルもそうだよって言ってるし、この輝きが増した風のマントの効果で間違いないらしい。なんか自然の鎧のバージョンアップで、ベル達の優しさに溺れてしまいそうだ。自然の鎧、大切にしよう。人前では装着するのを躊躇うけど。もう一度ベル達を褒めまくって出発する。
「裕太、グリーンドラゴン相手だと、魔法のハンマーよりも魔法のノコギリのほうがいいんじゃない?」
「そう? なんかうっかり重力石を切っちゃいそうで、魔法のノコギリは怖いんだけど」
ハンマーが軽く当たったくらいなら表面が砕けるくらいだけど、ノコギリはスパっといっちゃうからな。
「でも、グリーンドラゴン相手に足場が不安定だと、ハンマーは辛いわよ」
……たしかにグリーンドラゴンは大きいから、手とかをハンマーでぶん殴っても倒すのに時間がかかりそうだな。切り裂いて失血を誘った方が倒しやすいかもしれない。重力石を切らないように注意する方が楽かもしれないな。
「それもそうだね。今回は魔法のノコギリを使うことにするよ」
シルフィのアドバイスにお礼を言って、ノコギリを片手に目の前の重力石に飛び移る。四つん這いになろうかとも思ったが、風のマントのお陰で落下がゆっくりだから余裕がある。重力石の中心部分を狙い着地。着地の衝撃が小さいために重力石の揺れも小さい。
ジャンプする時にバランスの調整は必要だけど、進む苦労は半減したな。ベル達も96・97層での経験で俺がどのくらい動けるのか理解しているので、ピョンピョンと重力石を飛び移っていく。四つん這いにならなくていいと、無駄に体を動かさなくて済むからとても順調に進める。
「裕太、グリーンドラゴンに気づかれたわよ」
そうだった。普通にアスレチック気分で楽しんでたけど、ドラゴンがいるんだよな。気を引き締めてシルフィが指さす方向を見る。たしかに1匹のドラゴンがこちらに向かって急降下してくるな。シルフィの話では、ピンチになると仲間を呼ぶくらいの知能はあるらしいので、手早く片づけたい。
「ベル、作戦通りグリーンドラゴンがまっすぐ突っ込んできたら、風でコースを俺の右側にズラしてくれ。羽を切り落とす」
あの巨体に直接突っ込まれたら重力石の上では耐えられない。今の調子ならギリギリで隣の重力石に飛び移って避けられそうではあるが、最初は安全策を取るべきだろう。
「わかったーー」
グングンと滑空してくるグリーンドラゴンを見ながら、魔法のノコギリを最大にして構える。おおう、グリーンドラゴンが口をパッカリ開けた。食う気満々だな。ある程度の知能があるはずなのに、俺が強いとか考えないのか?
「ふうだん!」
ベルの風弾がグリーンドラゴンの横っ面にヒット、グギャっと変な声を出しながらコースが逸れる。うおっ、思った以上に羽が大きい。羽を避けるように魔法のノコギリを振ると、手ごたえもなく羽がスパっと切れる。
ギャーーっと悲鳴をあげながら落ちていくグリーンドラゴン。ドラゴンといえども羽が片方なくなると飛べないらしい。敵が鳥に代わってドラゴンになったから、用心を重ねたのに村食い鳥と対して違いがない結果になったな。これって空の上だと羽さえ使えなくすれば勝てるってことだよな。ある意味楽かもしれない。
ただ、唯一の誤算は魔法のノコギリの切れ味だな。羽を切ることは考えていたけど、切った羽は勝手に左右に分かれていくものだと思い込んでいた。でも実際には切れ味がよすぎたからか、途中まで本体から別れなかった。
今回は滑空して斜め上から襲ってきたから避けられたけど、コース次第では切ったあとの羽が、俺か重力石に直撃するかもしれない。風壁で弾けるのなら大丈夫だけど、結構な勢いな上にかなりの大きさだから、破られる可能性もゼロじゃないんだよな。
三代目大泥棒の仲間で、コンニャク以外はなんでも切れる剣の持ち主がスパっと切ったあとは、左右に綺麗に別れてたんだけど、どういう仕組みなんだろう? アニメだからか?
どちらにしろ、グリーンドラゴンが襲ってきた時の弾く角度も考えておかないと、大空にフライアウェイしてしまう。作戦会議が必要だな。
「裕太、あのグリーンドラゴンはどうするの? 一応、生かしてあるんだけど」
落下したグリーンドラゴンをシルフィがキープしていてくれたらしい。下を見ると切られた羽から血を流しながら、もがいている。魔物に同情するのは変かもしれないが、むごい。
「えーっと、確保してくれてありがとう。下に落ちた魔物が生きていた場合は、シルフィの方で止めを刺してあげて」
「分かったわ」
サクッとシルフィが止めを刺してくれたので、手元に移動してもらって魔法の鞄に収納する。グリーンドラゴンのお肉か。どんな味なんだろう? 食材が増えると食卓が豊かになる。早めに帰れて解体ができたら、トルクさんの眠れない夜が始まるな。
まあいい、どんな味かはあとの楽しみにおいておいて、作戦会議をしよう。ドラゴンと言えども羽を攻撃すれば倒せるってことが分かったし、敵が攻撃してくる角度を調整すればなんとかなるだろう。1匹は自分で倒したし、無理に自分で倒すことにこだわる必要もないか。ベル達にも攻撃に参加してもらおう。
***
「あと5つ重力石を渡ればポイズンドラゴン……案外簡単に進めたね。グリーンドラゴンってアサルトドラゴンよりも強いって聞いてたけど、アサルトドラゴンの方が強い気がするよ」
「言っておくけど、グリーンドラゴンの方が断然厄介なのよ。普通ならあの羽を切り裂くのも大変なの。ただ、裕太との相性が最悪だったのよ」
なんでシルフィはグリーンドラゴンの立場で話しているんだろう。そこは俺にとって相性がよかったと言ってもらいたい。
ベル達の不意打ちからの羽への奇襲。切り裂くのにも苦労するはずの羽が、あっさりと切り裂けるチートなノコギリ。チート万歳ってやつですな。もはやワイバーンとか羽がついたトカゲです。
少し調子に乗ってしまいそうになるが、浮ついた気持ちでポイズンドラゴンに挑戦したらひどい目に合いそうな気がする。気持ちを落ち着けて万全の状態で挑むべきだな。なぜかグリーンドラゴン寄りのシルフィには触れないで、毒対策にヴィータを召喚するか。
「……裕太だよね?」
ヴィータを召喚しての第一声が、契約者かどうかの確認ってどうなんだろう? 葉っぱのフェイスガードで素顔が隠れているからしょうがないのか? 群がるベル達をあやしながら、不思議そうに俺を見るヴィータに事情を説明する。
「なるほど、ポイズンドラゴンの毒対策で召喚されたのか。この子達が作ったその鎧があれば大丈夫そうだけど、万が一の時は任せてもらって構わないよ」
さりげなく自然の鎧を褒めながら、治療を請け負ってくれるヴィータ。自然の鎧が褒められたことで大喜びのベル達……なんか男として負けた気がする。あのさりげなさが、モテる男の秘訣なんだろうか?
「……うん、頼むよ」
ヴィータの了解が得られたので、ポイズンドラゴン戦の作戦会議をする。シルフィの話ではアサルトドラゴンと同タイプで、毒をまき散らしながら巨体で暴れまくるのがポイズンドラゴンの特徴らしい。
「ねえ、アサルトドラゴンと同じな脳筋タイプなら、島の端っこで待機しておいて、突撃してきた時に避ければポイズンドラゴンは急に止まれないし、自爆して島から落ちたりしないかな?」
火山で会ったアサルトドラゴンも、突進を避けたら止まれずに火山の下の方まで走り去っていった。ここなら飛べないポイズンドラゴンは真っ逆さまで助かる見込みがない。
「危険を冒さずに勝つのは大切なことだから裕太が間違ってるとは言わないけど、自然の鎧を強化してヴィータまで召喚したのに、その方法で勝って本当にいいの?」
……難しい問題だな。自然の鎧の強化を煽ったのはシルフィなんだけど、それはこの際置いておこう。楽に勝てるのならそれでいいじゃんって思う自分もいるが、それならシルフィ達に頼ればいい。自然の鎧に毒対策までして強化してくれたベル達は……まっとうに戦ったほうが喜ぶだろうな。
「うーん……自然の鎧の効果も確認したいし、今回は普通に戦うよ」
頑張ってくれたベル達には契約者として応えないと駄目だろう。最近、楽な方法ばかり考えてまともに戦ってない気もするから、いっちょ気合を入れるか。
「ゆーた、がんばるー」「キュー」「どくたいさくばんぜん」「ククー」「らくしょうだぜ」「……」
ちゃんと戦うことを決めると、ベル達が嬉しそうに応援してくれる。シルフィもよく言ったわって目をしているし、俺の選択は間違ってなかったんだろう。
気合も入ったので重力石を飛び移り、ポイズンドラゴンが待つ巨大な重力石の島に降り立つ。おおう、さすがにアサルトドラゴンと同クラスの地竜、大きいな。そして色が紫だ。
綺麗な紫色は好きなんだけど、ポイズンドラゴンの色は毒々しいというか、食べたら危険な派手な毒キノコと同じような禍々しさを感じる。ポイズンドラゴンって知らなくても毒持ちだって分かりそうだ。
読んで下さってありがとうございます。