三百二十八話 やられるところだったぜ
ファイアードラゴンの短剣の授与式を無事に完了した。少し大げさにやっちゃったけど、なんとなくジーナ達にも気合が入ったようだし、いい機会だったと思う。
「師匠、このたんけん、すごくかっこいい!」
マルコが短剣を抜いてものすごく嬉しそうに言ってくる。キッカの時にも思ったけど、子供に刃物を与えると不安になるな。それよりも強力な精霊と契約しているから今更なんだけど、可愛い精霊達と不注意で自分を傷付けてしまう刃物、一緒にできない。もう一度迂闊に使わないように注意しておこう。
短剣の取り扱い方法と、この短剣がどれほどの切れ味があるのかを、メルに協力してもらいながら説明する。刃物を作るプロフェッショナルなメルの言葉は、子供達の心に響いたようで丁寧に短剣を扱ってくれるようになった。プロの言葉は重いな。
「じゃあメル、メラル、俺は迷宮に潜るから9日後のお昼に迎えにくるね」
「はい。ちゃんと仕事を終わらせて準備をしておきます!」
「裕太、遅れるなよ!」
メルとメラルが笑顔全開で応える。たぶんあれだな、俺が遅れたらものすごくソワソワして待たせることになるんだろうな。大丈夫だとは思うが遅れないようにしよう。メル達と別れて迷宮に向かう。
「師匠、あたしたちはあんまり時間がないから、16層の森林あたりまででやめておいた方がいいんだよな?」
歩きながらジーナが質問してくる。
「ああ、今回は今日も含めて9日しか時間がないから、ジーナ達は迷宮の攻略じゃなくて草原か森林あたりで行動した方がいいと思う。俺がベリル王国に行く前に出した課題や、それ以外にも楽園で色々と開発してた技も試してみるといいよ」
精霊達が実体化できるようになって、ジーナ達もフクちゃん達もかなりコミュニケーションが進んだからな。今までよりももっと効率的に魔物を倒せるようになるだろう。
「分かった。色々と試してみるよ。課題の方もある程度目途はついてるから、調整しながら頑張ってみる」
「うん、一度くらい宿に戻る時間もあるだろうし無理はしないようにね。それと、しつこいと思うけど、短剣で戦うことがないように注意してくれ。信じてない訳じゃないけど、マルコのハイテンションがちょっと心配なんだ」
マルコの場合は前から剣に憧れみたいな物を持ってたから、頭で理解していても勢いで突っ走りそうで怖い。子供って予想もつかない動きをするからな。
「分かってる。間違いなく止めるから安心してくれ」
「お姉ちゃんも見てるんだから心配ないわよー。裕太ちゃんは安心して迷宮攻略してくるといいわー」
ジーナとディーネが請け負ってくれたので、これ以上は無粋だと考えて口をつぐむ。完全に過保護だな。サラ達をスカウトした時は利用する気満々だったのに、人間変われば変わるものだ。
今後の予定をすり合わせながら、迷宮に到着してジーナ達と別れて迷宮を進む。シルフィが他の冒険者をできるだけ避けながら最適なルートで進んでくれるから、俺は長時間のジェットコースターを堪能するだけだ……地味に辛い。
***
「ふぅ、到着したわ」
「とうちゃくー」「キューー」「ついた」「ククー」「らくしょうだぜ!」「……」
「ん? 到着したの?」
「ええ、96層に続く階段まで止まらずにきたわ。よかったのよね?」
「うん、宝箱の探索は帰りに時間があったらするから、今回は攻略優先で問題ないよ。ありがとうね」
「おはよー」と集まってきたベル達を撫でくり回しながらシルフィにお礼を言う。俺は寝ていたけど、ベル達はずっと起きていたらしい。迷宮内をシルフィと一緒に飛ぶのを楽しんでいたから、そこはかとなく満足気だ。
そういえば、いま何時くらいなんだろう? 時間短縮のために俺が眠っている間もシルフィにぶっ飛ばしてもらったから、微妙に時間が分からない。まあ、丸1日は経ってないから、余裕を持って帰るために1日と考えておけばいいだろう。
「じゃあとりあえず……朝食にしようか」
寝起きで戦闘は辛い。少しゆっくりと目を覚まそう。
「ゆーた、さいきょうのくしやき、たべるか?」
フレアが期待した目で俺を見る。……朝からあの串焼きは辛い。でも、飛んでいる間の食事の時に、落ち着いたらゆっくり食べようねって言っちゃったんだよな。そしてここは次の層に進む階段の前。シルフィが魔物を防いでくれるだろうし、落ち着いた場所といえば落ち着いた場所だ。
迷宮内ってことで断ることもできるが、なんども断るのも辛い。ついに覚悟を決める時がきたか。ならばフレアの契約者として、華々しく散って見せよう。あっ、牛乳を用意しないと。
「じゃあ、今朝の朝食は屋台で買った料理にしようか」
「やったぜ!」
フレアが飛び上がって喜ぶ。まあ、元から飛んでるんだけどね。ベル達も集まって大喜びだ。
「裕太、本当に食べるの?」
シルフィが心配そうに聞いてくる。風の大精霊に心配させるとは……フレアが言ってる最強の串焼きってのもあながち間違いじゃないな。
「……うん。まあ準備はするし、ムーンもいるから大丈夫だよ」
「命の精霊に頼るつもりな時点で、大丈夫じゃないわね」
決意が鈍るからそういう事は言わないでほしい。これは身をもって赤い食べ物にも危険な物があるって示すために必要なことなんだ。それに、地球と違って鷹の爪の辛さの追求とかをしているわけじゃないから、ハバネロやチェロキアみたいに、洒落にならない激辛ってことはないはずだ。
「大丈夫、俺は男だから!」
「裕太って変なところで意地を張るわよね。普通に説明したらフレアも理解してくれるのに」
呆れた視線のシルフィを見ないふりして朝食の用意をする。牛乳よし! ムーンの隣確保よし! さあ、食べるぞ。
いただきますのあとに、最強の串焼きに突撃してきたベル達を押し止め、辛いから俺から食べることを説明する。
「からいー?」「キュー」
ベルとレインがコテンと首を傾げて聞いてくる。そういえば野菜の苦みは苦手だって知ってるけど、辛い料理は食べさせたことがなかったな。
「うん、この串焼きはとっても辛いんだ。まずは俺が食べて、ベル達でも食べられるか確認するよ」
「わかったー」「キュー」
元気に手をあげるベルとレインの隣で、フレアが最強だからなって頷いている。トゥルは怪しい雰囲気に気がついたのか、タマモを抱きしめながらおそるおそるこっちを見ている。
「では、実食です!」
シルフィとベル達に見守られながら、真っ赤に染まったオーク肉の串焼きを一口かじる。……ん? そこまで辛くは……オーク肉の脂が……。
「辛! あっ、口の中が弾けた! ゴホッ! い、痛い。牛乳!」
あせって用意しておいた牛乳を一気飲みする。あっ、一気じゃ駄目だ。口の中に牛乳を含んでおかないと。もう一杯牛乳を! バタバタと騒ぎながら牛乳を口に含み、口の中で暴れまわる辛みを我慢する。
ヤバいな。まさか自分で激辛料理を食べる芸人みたいなリアクションをするとは。あれって大げさにリアクションしているだけじゃなかったんだな。体中の毛穴が開いた気がする。汗が止まらない。
あっ、口の中を生活魔法で洗浄すればいいんだ。日本での辛さ対策に気を取られて、ここが魔法がある世界だって忘れてた。ムーンの側を確保しておいて、なぜ洗浄の魔法を忘れてるんだ俺。
口の中に洗浄をかけると、違和感が残っている気もするが辛さは落ち着いた。ついでに体にも洗浄をかけて噴き出した汗を綺麗にする。んー、毛穴が開きっぱなしなのか、あの一口でカプサイシンが体内に染み渡ったのか汗が引かない。まあ、胃が熱い気がするのと汗が止まらないだけだし、時間が経てば落ち着くだろう。
しかし、一瞬ピリ辛で意外と美味しいかもって思わせておいてからの、辛みの爆発。一度油断させてからだから質が悪い。
「ゆーた、だいじょうぶ?」
ベルが心配そうに聞いてくる。
「うん、もう落ち着いたよ。でも、食べてみて分かったけど、ベル達が食べるのは難しいかもね。挑戦してみる?」
煙を浴びた時点で食べなくても分かってたけど、一応食べて確認しておかないとな。異世界だから鷹の爪の粉をまぶした刺激物が美味しい可能性も極わずかながらあった。まあ、結果は単なる刺激物だったけどな。
「んー」「キュー」「こわい」「クー」「……」
ベル、レイン、トゥル、タマモ、ムーンは戸惑ってるな。まあ、あれだけの痴態をみたらそうなるのもしょうがない。
「た、たべるぜ!」
真剣な表情で宣言するフレア。……なんかちょっぴり震えてるけど、大丈夫なのか? 別にたかが食べ物なんだから、決死の覚悟で挑まなくてもいいんだよ? そもそも精霊は食事自体をとらなくてもいいんだからね。
「シルフィ、大丈夫なのかな?」
「さすがに子供が激辛の物を食べたらどうなるかなんて知らないわ。でも、別に毒って訳じゃないんだから、大丈夫なんじゃない?」
簡単に言うシルフィ。まあ、たしかに死にはしないんだし俺の痴態を見た上で、それでも食べるというのであれば、その意見を尊重するべきなのかも……でも、止めるだけは止めておこう。
「フレア、この串焼きはとても辛い。食べたら口の中が爆発したように痛くなって、転げまわりたくなる。あと不味い。本当に食べるの?」
「…………負けないんだぜ!」
「あっ!」
食べたくなくなるように事実を羅列すると、なぜかフレアは負けないとか言って俺が持っている刺激物にかじりついた。大丈夫なのか? モムモムと刺激物を咀嚼するフレア。もうすぐ辛みが爆発するぞ。
「ムグ……ら、らくしょうだ……ぜ……あぁぁぁぁぁぁ」
空中で叫びながら転げまわるフレア。言葉にできない衝撃に襲われているらしい。口の中を洗浄しようとしても、転げまわるフレアに洗浄の狙いが定められない。くそっ牛乳、牛乳か? 周囲のベル達も大慌てでプチパニックだ。
「裕太、種火の魔法で火を付けるのよ。燃やしてもいいもので火を大きくして!」
よく分からんが、シルフィの指示に従って種火を唱え、魔法の鞄から紙を取りだして燃やす。
「フレア、火に溶けなさい」
シルフィの大声に従い、転げまわっていたフレアが火に飛び込む。なるほど、シルフィも風に溶けたら酔いが治ってたもんな。自然に溶けると辛さからも逃れられるんだろう。しかし、シルフィの大声って珍しい。
フレアが溶けた火を眺めていると、ポンって感じでフレアが現れた。見た感じ辛さは収まったようだ。
「ふー、きょうてきだったぜ。もうすこしでやられるところだった」
……フレア、確実に負けてたよ。自慢げにベル達に勝利宣言をするフレアを見て思う。いよいよ迷宮の新しいステージに挑む場面で、俺達はなにをやってるんだろう?
読んでくださってありがとうございます。