三十一話 契約
森の大精霊と森の下級精霊が仲間になった。これで野菜がメニューに加わるのも遠くないだろう。
「自分で言っておいてなんだが、俺は異世界を楽しむ予定だから、本当にコツコツとしか開拓しないと思うぞ。良いのか?」
「ふふ。コツコツとでも開拓が進むのなら問題ありません。それにある程度はお願いを聞いてもらえますよね?」
「世話になるんだから、お願いを聞くのは何の問題も無いが、無茶なお願いは止めてくれよ」
「無茶は言いませんよ。凄い魔法の鞄を持っているそうなので、シルフィと契約して元気な森に行った時などに腐葉土や、益虫を持って帰って来て下されば十分です。余裕があれば動物もお願いしますね」
それぐらいなら大丈夫だよな。益虫は魔法の鞄に収納できるか分からないが、袋に入れて持ち帰る事は出来るだろう。動物は……いけるのか? まあ、森の環境が整ってから考えよう。
「それぐらいなら大丈夫だと思う。シルフィの協力次第だけどな」
「私もそれぐらい構わないわよ」
「では問題ありませんね。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく。あっ、そうだ。これは切実な問題なんで怒らないで聞いて欲しいんだが。芽が出た植物は何時頃食べられるようになる? あと森の精霊は植物の成長を早める力があると聞いた、その子狐と契約出来たら、行使してもらえるのか?」
「食料が必要なのは分かっていますから怒ったりしませんよ。まずあの野菜は三十日程度で収穫可能です。成長を早める魔法はその子でも使う事が出来ますが、まだ力が弱いので収穫時期を半分に短縮出来たら良い方だと思います」
おおー。三十日。もしくは十五日でお野菜が食卓に。テンションが上がって来た。
「ただ、今の畑では魔法の使用はお勧めできません。厳しい環境でバランスが整っていない土なので、急激な成長は土の力を奪います。もう少し土が馴染んでからが良いでしょう」
成長の魔法で即日収穫は無理そうだな。聞いた感じではドリーなら、土のバランスが整っていれば即日収穫も出来そうだな。
「土の感じだと後五日ほど寝かせれば、少しは魔法を使っても構わないと思います。あの子に毎日少しだけ魔法を使って貰えば、最終的に五日から十日は早く収穫できるかもしれません」
「それだけでも随分助かるよ。野菜をまったく食べていないから、少し不安なんだ」
海藻は食べてるんだが、それだけで良いのか疑問でしょうがない。海藻ってカロリーは少ないんだよな? 栄養はどうなんだ? あとヨウ素とか入ってるって聞いた気が……そもそもヨウ素ってなんだよ。不安でしょうがない。
「あの子と協力して頑張ってください。そうすれば美味しいお野菜が食べられますよ。ではそろそろあの子と契約してくださいますか?」
「喜んでお願いします」
子狐を見ると、いつの間にかベルとレインとトゥルに加え、ディーネにシルフィまで参加してモフっている。流石に大丈夫なのか心配になるな。
「ベル。その子と契約がしたいから連れて来てくれるかな?」
「はーい」
ふわふわと子狐を抱っこしたまま飛んで来るベル。……幼女と子狐か。幼女とイルカ並みにフォロワーがつきそうだ。スマホの電波が届かない事が悔やまれる。
「えーっと、ちょっと疲れているみたいだが大丈夫か?」
俺もモフりたいが、なんか毛並みの輝きが落ちたように感じられる小動物を、モフるのは抵抗がある。
「クー」
力なく頷く子狐。本当に大丈夫なんだろうか?
「ベル。離してあげて」
「はーい」
ベルはとっても聞き分けが良い子だよね。子狐が俺の目の前までふわりと浮かび上がる。つぶらな瞳が俺を見つめる。ピンとたった三角の耳がたまらない。モフ……名前を考えないと。
うーん。イメージとしては、子狐だし森の精霊なんだよな。フォックス……子狐って何て言うんだ? リトルフォックスだったか? 名前に利用するのは難しそうだ。森はフォレストか……これも名前にし辛い。
キツネに関する名前が良いよな。天狐とか空狐とか九尾とか……いかん玉藻しか思いつかない。タマモ……響きは可愛いんだけど、妖狐なんだよな。でも凄い美女に……。
「決まったよ。君の名前はタマモ。俺の国で一番有名な狐から貰った名前なんだ。どうかな?」
「クー」
受け入れてくれたみたいだ。これで契約成立だな。ちょっと欲望に流された気もするが、精一杯いい子になるように願おう。この世界ではタマモは善狐の名前にするんだ。
「契約が成立しましたね。仲良くしてあげてくださいね」
「ああ。これから一緒に生活するんだ。家族同然だよ。なっ。タマモ」
問い掛けるとクーっと鳴いて頬をペロっと舐めてきた。ヤバいな。レインといいタマモといい破壊力があり過ぎる。
「ふふ。家族ですか。良い絆が結ばれる事を願っています。ではタマモこちらに」
ドリーがタマモを目の前まで呼び寄せる。
「私が連れて来た下級精霊が契約したんです。お祝いぐらいしても良いでしょう。タマモ。これは契約のお祝いです。様々な木や草の種が入っています。裕太さんと相談してしっかり頑張りなさい」
「クーー」
嬉しそうに俺の拳二つ分ぐらいの包みを抱え尻尾を振るタマモ。可愛いな。しかしこのお祝いは、植物が足りない事を見越して事前に準備してくれてたんだよな。
お祝いという形が罰則の抜け道になっているんだろう。ドリーの前で白々しいやり取りをしないで良いのはかなり助かる。戻って来たタマモを抱き寄せドリーに質問する。
「ドリー。この種は直ぐに此処に撒いても大丈夫なのか?」
「先ほど見たのですが、土があまり馴染んでいません。こちらも水で湿らせながら五日ほど時間を置いた方が良いでしょう」
「分かった。タマモこの種は俺が預かっておくが構わないか?」
「クー」
うん。って頷いたから問題無いよな。収納しておこう。よし戻るか。しかし契約精霊が幼女にイルカ、少年に子狐……混沌としてるな。
***
「裕太。無事契約が済んで良かったわね。もうレベル上げに行っちゃう?」
シルフィがたのしそうに聞いてくる。んー、まだ午前中だし時間は有るな。しかし自分で戦う訳でも無いのに、シルフィって戦闘関連のイベント好きだよな。
「あー、そうだな。でもその前にタマモがどのぐらい戦えるのか確認しないと」
「あら……ごめんなさい、裕太さん。タマモはまだ下級精霊なので、周りに緑がないと戦えません」
「そうなのか?」
「クー」
いかん。なんかタマモが落ち込んでいる。
「タマモ。落ち込むな。植物を育てて貰うだけで十分助かるんだ。それに町に行ったら自然も近くにあるんだ、その時に力を貸してくれ」
俺の言葉に気を取り直したように、顔を上げ頑張ると言った感じに尻尾を振っている。結構単純?
「よし。レベル上げに行くか。タマモは此処で畑の様子を見ておいてくれ。頼むな」
「クー!」
任せてって言っているように感じる。大丈夫だろう。
「よし。頼むなタマモ。俺は少し話し合いがあるから、おまえはベル達と遊んでおいで。俺と契約しているお前の仲間だ。ベル、レイン、トゥル。タマモを頼む」
「はーい」
「キュー」
「……さわる」
話し合いの最中だったから遠巻きにタマモを見守っていた精霊達が、許可を得て突撃して来た。しかしトゥルはモフラーだったのか?
「タマモはまだ来たばかりだからな。あんまり無茶しないようにな」
ベルとレインの元気な返事が逆に気になる。構い過ぎないと良いけど。走り去っていく精霊達を見送り、話し合いに戻る。
「それで、シルフィ。魔物の巣に行くんだよな。注意点とどんな魔物がいるのか教えてくれ」
「そうね。最初に行くのは小さな巣だからたいした魔物は居ないわね。その巣を支配しているのはスケルトンナイトだから、ザコ以外はスケルトンが主体になっているわ」
「ん? スケルトンナイト? 主体になっている? 良く分からん。詳しく説明してくれ」
シルフィの説明によると。同じアンデッドなので階級は同じ感じらしい。
ソルジャー。シーフ。アーチャー。メイジ。ナイト。ジェネラル。キング。生前の経験に左右されるらしい。スケルトンの場合はキングの場所にリッチが収まる事もあるそうだ。あと、シーフはゾンビには向かないらしく警戒不要だそうだ。
主体になると言うのは、一番強い魔物が同種の魔物を集めて支配するので、上層部は統一されている事が多いらしい。ただ、キングやリッチクラスになると同種以外にも配下に従え、巨大な群れを作るそうだ。
「だいたい理解した。しかし巣を誰が支配しているとか良く分かるな」
「私は風の大精霊よ。空気があって風を送る事が出来れば、大抵の事は分かるわ。まあ深すぎるとコッソリ風を行き渡らせられないから、難しいんだけどね。でも大抵の巣は確認できているから安心してね」
「いつの間にそんな事を確認してたんだ?」
「レベル上げの時とか暇な時間よ。いままで裕太を案内する時には巣を避けてたから、場所は確認してたの。その時についでに内部も見てたから、ここら辺は大抵分かるわよ」
知らない内に色々手間を掛けさせてたんだな。まったく知らなかったよ。もうシルフィには頭が上がらないな。元々上がってなかった気もするけど。
「それと注意しておくことがあるわ。裕太の武器は威力が大きすぎるから、壁や地面に武器を当てないように気をつけなさい。生き埋めになるのは嫌でしょ?」
確かに地下空間でハンマーでドカンは怖いな。サバイバルナイフに変えるか? でもアンデッドは叩き潰した方が楽なんだよな。
「生き埋めになるって、トゥルがいれば何とかならないのか?」
「間に合えば何とかなるわね。間に合えばね」
「気をつけます」
「ふふ。じゃあそろそろ行くわよ」
巣の攻略かー。レベル上げの為にはしょうがない頑張ろう。
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