三百二十七話 短剣授与式
昨日は迷宮都市の色々なところに顔を出して、シルフィ達の家の注文まで終えた。結構頑張ったよな。宿に戻ってからはベル達の屋台報告と、サラ達の街ブラの報告を聞いた。夜遅くに帰ってきたジーナがひどく疲れていたので話を聞いてみると、親父さんとお兄さんにさんざん引き留められたそうだ。家族の理解が得られないって辛いな。
まあ、ジーナの家族は……頑張って実績を積んで安心させるしかないだろう。ジーナは精霊術師の訓練を頑張ってるし、今朝もサラと一緒にトルクさんから料理の手解きを受けている。
いずれは家族の理解を得られるとは思う。……ジーナを愛しまくっている親父さんから以外は。あれ? ジーナのお兄さんもヤバいんだっけ? なんか無理っぽいな。どうしようもないから今日の予定を確認して、頑張れることを頑張ろう。
えーっと、今日の予定は……ベッドの受け取りと家の家具の注文、メルの工房での短剣授与式を終えれば、迷宮都市の最低限の目的は達成できるな。これはそこまで時間はかからないだろうし早めに済ませて、そのあとは迷宮探索に力を入れるか。
9日後にメルとメラルとの約束があるから、そこまで時間が取れる訳じゃないけど、100層に挑戦してみよう。宝箱は時間がある次の機会に探すことにして、攻略に集中すれば100層突破も目指せるだろう。気になるのは100層の続きがあるかだな。
「じゃあ、出発するよ。まずは屋台を巡りながら家具屋に行って、そのあとメルの工房にいくよ。それから迷宮だね」
簡単に今日の予定を説明して、マーサさんに俺がしばらく戻らないことと、ジーナ達のお世話をお願いして宿屋を出発する。帰ってきたら沢山料理してもらいたいことも伝えたから、トルクさんが張り切っていた。
「ゆーた、さいきょうのくしやきはこっちだぜ!」
屋台で買い物しながら家具屋に向かうということで、ベル達が張り切って案内してくれる。この子達の笑顔のためなら多少の遠回りは許容範囲内だ。ただ、フレアが自慢げに案内する最強の串焼きとやらに、一抹の不安を覚えるのはなんでだろう?
はやくはやくと急かすフレアに連れられて到着した屋台……これは駄目なやつだ。屋台からでた煙で目が痛い。だが、フレアはすごいだろっと胸を張っている。買うしかないんだよ……な?
「師匠、あの串焼きを買うのか?」
ジーナが恐る恐る聞いてくる。気持ちは分かるよ。俺だって1人だったら遠目で見るだけで近寄らないもん。
「うん、フレアがものすごく嬉しそうに勧めてくれてるんだ。買わない訳にはいかないんだ」
理由を説明して買わないって方法もあるけど、あれだけ気に入ってるんだ。現実を見せない限り、ずっと気になってしまうだろう。
「そっか……」
ジーナには精霊が見えないけど、楽園ではフレアとも触れ合っているし、得意満面のフレアが想像できるんだろう。しょうがないなって感じで頷いてくれた。別にジーナが止めてくれるのならそれでも構わないんだけど、止めてはくれないらしい。
「いらっしゃい。こいつは最高に美味いぜ!」
屋台の迷惑なおっさんが得意満面に兵器に仕立て上げた串焼きを勧めてくる。軽く殺意が湧くが、おっさんは本気で美味しいと思っているようだ。いるんだよな、自分が美味しいと思うものは他のみんなも絶対に美味しいって思う人。
日本にも辛さを売りにする料理は沢山あった。俺も別にそこまで辛いのは嫌いじゃない。でも、この屋台の串焼きは単なる暴力だ。鷹の爪を粉にしたものの山に、オーク肉と思しき物体が突っ込まれているだけだ。
他の調味料は塩以外に確認できない。普通激辛料理って、辛さの中にも旨味を感じさせるように考えて作るよな。そんなの関係ねえとばかりに鷹の爪の粉に突っ込むだけってのはどうなんだ?
そのくせ鷹の爪が焦げないように、遠火でじっくり仕上げてやがる。その細やかさがあるのなら、他の部分にも気を配ってほしい。
「……とりあえず10本ください」
「まいど!」
「そんなに買うの? 私、食べないわよ」
シルフィが速攻で自分は食べないことを伝えてくる。まあ、あれだ魔法の鞄に入れておけば腐らないし、罰ゲームには使えるだろう。本当は1本だけにしたかったが、フレアがガッカリしそうで本数を増やしてしまった。
そのフレアはベル達と一緒に興味深げに覗き込んでいる。精霊には煙でその食べ物の危険度を見抜く力はないみたいだな。とても残念だ。
あっ、焼きあがった鷹の爪を塗り込んだ串焼き、再びその串焼きに鷹の爪の粉を振りかけやがった。真っ赤だぞ。ああそうか、フレアは赤いケチャップ大好きだもんな。
「よし、完成だ! 待たせたな!」
お金を払い串焼きを受け取ると、串焼きの周りで「おいしそー!」とか「あかくてさいきょう!」とかベル達とフクちゃん達が騒いでいる。
この子達には合わないだろうと、辛そうな料理を食べさせなかった俺の失敗だな。せめて赤いから美味しいってことはないと教えておくべきだった。その点、ジーナだけではなくサラ達も引いてるから、弟子達はこの料理の危険性を理解しているんだろう。赤い串焼きを魔法の鞄に収めて歩きだす。
「ゆーた、いつたべるんだぜ?」
フレアがワクワクしながら聞いてくる。いつ食べるか……ずっと寝かせておきたい気分だが、これだけ期待しているならベル達は忘れないだろう。
(……そうだね、初めて食べる料理だし、落ち着いて食べた方がよさそうだから、ゆっくり食事がとれるタイミングで食べようね)
「わかったぜ!」
まずは俺が食べて、この串焼きの危険度を認識させるべきだろう。たしか辛さを緩和するには牛乳が有効だったはずだ。用意しておこう。
***
激辛っぽい串焼きを購入したあともベル達の案内でいくつかの屋台を巡った。あの激辛っぽい串焼き以外は、そこまで危ない物もなかったので助かった。到着した家具屋では注文しておいたベッドを受け取り、ディーネ達を召喚して家で使う家具を吟味しながら注文した。
ついでにサフィの宿屋の広間に敷く、ジャイアントディアーの毛皮も注文できたのはよかった。ただ、ジャイアントディアーの毛皮はめったに入荷されないので、俺の魔法の鞄の中に入っているジャイアントディアーをマリーさんの店に卸し、毛皮だけ家具屋に回すことになったのは少し手間だな。
まあ、大量に注文した家具が完成した時に一緒に受け取ることにしたから大丈夫だろう。召喚したディーネには、迷宮でジーナ達の護衛をしてもらうために残ってもらい、全員でメルの工房に向かう。
「メルちゃーん」
メルの工房に到着すると、キッカが嬉しそうにドアを開けて突撃していった。キッカ、明るくなったよな。子供らしいキッカの行動になんだかホッコリする。
キッカに続いて工房に入ると、キッカがメルの両手を掴んでピョンピョン跳ねている。メルは慈母のような微笑みでキッカを見ているが、傍目で見ると小さな少女同士の戯れで微笑ましい。
「メル、こんにちは。短剣を受け取りにきたんだけど、完成した?」
ジーナ達がメルに挨拶したあとに、俺もメルに話しかける。ベル達とフクちゃん達はお団子状態でメラルにご挨拶している。可愛い。
「あっ、お師匠様。短剣は完成しましたけど、ファイアードラゴンの牙の残りは受け取れません」
メルがキッカと一緒に近寄ってきて、一生懸命訴えてくる。
「あはは、気にしないでいいよ。大丈夫大丈夫。それよりも短剣を持ってきてくれる?」
「大丈夫じゃありません」
「大丈夫大丈夫。短剣を持ってきて」
説得する方法が思いつかなかったので、大丈夫で押し通すことにした。室内に滝を作る時もそうだったけど、説得を力業に頼ってばかりなのが不安だな。何度もメルの言葉に大丈夫って答えていると、あきらめたのか、ため息をついて短剣を取りにいった。なんかごめんなさい。
メルが奥から短剣を持ってきたので受け取り、ジーナ達を横一列に並ばせる。あっ、ベル達、フクちゃん達、メラルは並ばなくていいんだよ。短剣は6本しか用意してないし、持てないでしょ。ちびっ子軍団+メラルには俺の背後にシルフィ、ディーネと一緒に整列してもらって、短剣の授与式を始める。
「この短剣はメルにファイアードラゴンの牙で作ってもらったんだ。この短剣を俺の弟子の証として君達に授ける。名前を呼んだら一歩前に出るように」
おお、なんかジーナ達がすごく真剣な顔で返事をした。高校の卒業式をイメージした雰囲気を出したかったんだけど、真面目な表情を作りすぎたか? ……今更ふざける雰囲気でもないし、このまま続けるか。
「ジーナ」
「は、はい」
「ジーナは年長者として色々大変だろうけど、精霊術師としても人間としても大きく成長している。これからもシバと仲良く精霊術師の道を歩んでほしい。これが俺の弟子の証だ。受け取ってくれ」
そう言って柄頭にジーナの名前が彫られた短剣を渡す。
「ああ、いえ、はい。頑張ります」
ぎこちない雰囲気でジーナが短剣を受け取った。短剣を渡すってのは言ってあったけど、こんな雰囲気になるとは思ってなかったんだろうな。かなり戸惑ってる。
俺としてもその場のノリで始めちゃったから予想外なんだよな。ちょっと偉そうな話し方をしているから二の腕に鳥肌が……こうなるとあと4人にも偉そうなことを言わないといけないんだ。なんとか言葉をひねり出さねば。以下同文じゃあ駄目かな?
「次、サラ」
「はい」
「サラ、君もジーナと同じく、マルコとキッカの面倒をよくみて大きく成長した。けど、サラは少し自分よりも他人を尊重して、我慢しているようにも見える。君もまだ子供なんだから、もう少しワガママを言って、フクちゃんとプルちゃんと一緒に、好きなように楽しく生きてほしい。この短剣が弟子の証だ。受け取ってくれ」
「はい、ありがとうございます」
なんか褒めると言うよりも、俺がお願いする感じになってしまった。あと、君って言葉は俺には似合わないな。でも、なんとなくサラも嬉しそうだし悪くない手ごたえだ。
「マルコ」
「はい!」
「マルコは俺の弟子の中で唯一の男だ。これからも力をつけて、妹のキッカだけではなく、ジーナ、サラ、メルを守れるような立派な男に育ってほしい。マルコとウリならそれができると信じている。この短剣を受け取ってくれ」
「うん! みんなおれがまもる!」
「頑張れ。でもあんまり無理はしないようにな」
なんか男の子だと無茶振りしやすくて楽だな。日本だと男女差別だ!っとか怒られそうな言葉だけど、厳しい世界なんだし、マルコには気張ってもらおう。
「キッカ」
「ふぁい」
あっ、噛んだ。なかなかの破壊力だな。
「キッカもすごく頑張ってるね。マメちゃんと一緒にとても強くなってる。キッカも十分にみんなの助けになれる存在だけど、一番小さいのも事実だ。あせらず無理せず努力してほしい。この短剣が弟子の証だ。受け取ってくれ。あっ、すごくよく切れるから、ケガしないように慎重に扱ってね」
「はい」
キッカが一番難しかったかも。なんかキリっとできなかったし……まあ、あれだ、サラでも罪悪感があるのに、更に幼いキッカ相手ならしょうがないよね。短剣の扱いについては、あとでもう一度全員で確認しておこう。
「メル」
「はい!」
「メルは鍛冶師と精霊術師の両立は大変だと思う。でも、あれだけ悩んで苦労して契約したんだ。初心を忘れずにメラルと共に両立してほしい。メルが作った短剣だけど、弟子の証として受け取ってくれ」
そして、鍛冶師の腕をあげて、ロマンあふれる武器とか作ってくれたら嬉しい。言わないけど、精霊剣とか厨二っぽいけどカッコイイ気がする。
「はい、メラル様と共にお師匠様に恥じないように努力します」
「楽しみにしている」
俺、恥多き人生を送ってきてるから大丈夫だよ。黒歴史も沢山あるから、気にしないで気楽にやってほしい。言わないけど。
一気に力を抜いて、授与式の終わりを伝えると、俺の背後に並んでいたフクちゃん達とメラルがジーナ達に飛んでいき、一緒に頑張る的なことをたぶん言っている。なんかいい雰囲気になったな。
読んでくださってありがとうございます。