三百二十五話 家の注文
メルの工房、冒険者ギルドに寄ったあとに、シルフィ達の注文の為にジルさんを訪ねた。アポなしで突撃だから、会えるか心配だったが無事に会うことができ助かった。
「それで、家の注文じゃったな。特殊な注文とはどんなんじゃ?」
……よく考えたらディーネとドリーを先に呼んだから、一番最初に一番面倒な家の説明をしないといけない。いきなり色物をお願いするのは度胸がいるな。
「えーっと、とりあえずこれを見てください」
魔法の鞄からシルフィ、ディーネ、ドリーの希望をまとめた絵を取りだす。サフィが描いた絵は細やかにシルフィ達の希望を描き込んであるので、大まかな希望はすべて伝わるはずだ。ジルさんが絵を手に取り、じっくり確認する。
「…………なんじゃこれは? こんなもん、まともな家とはいえんぞ。キッチンも便所もないし、なんで家の中に滝や池を作るんじゃ? だいたい2階の1部屋に水路を通してまで滝を作る意味は? それに1階の池の中心に石畳を用意して、その上にテーブル? それとこの一階にある様々な突起はなんだ? あと1階の両サイドにある窓が大きすぎる。部屋の壁ほぼ一面を窓にするなど、窓ガラスをお主が用意するにしても、日差しが遮れんぞ。ん? この大きな窓を可動式にして上に上げる事で開くようにする気か? 面白いが重量を考えると普通の鉄では支えきれんぞ」
絵を見せただけでドンドン問題点が出てきた。そうだよな、俺もそう思う。でも、大精霊達はバッチリ対策を考えてるんだよ。シルフィ、ディーネ、ドリーのコンセプトは、2階の自室は普通の人間らしい暮らしを満喫。1階は自然に寄り添った家だそうだ。
なので1階には池と滝を作り、沢山の植物を置き、大きな窓を作ってよく風が入るリビング……そういう感じにするらしい。正直外でもいいような気がするが家の中にあることに意味があるらしい。俺にはよく理解できない。
「あら、こちらの予想外の指摘は出てこなかったわね。裕太、説明してあげて」
「そうよー、裕太ちゃん、お姉ちゃんのためにジルちゃんに室内に滝を作る必要性を分からせてあげてー」
「裕太さん、頑張ってください」
シルフィ、ディーネ、ドリーが背後から応援している。たしかに、想定された質問ばかりだから反論は可能だ。いっちょ頑張りますか。
「トイレとキッチンに関しては、前回作ってもらった家の隣に設置するので必要ないんです」
「いや、じゃが、2階に部屋があるじゃろ? それなら泊まった時のためにトイレがないと不便じゃろうが」
ジルさんの言うとおりなんだけど、精霊はトイレに行かないんだよね。実体化してお酒も飲んで食事もするのにトイレに行かない。昔のアイドルみたいなことを言ってるけど、この場合は本当に行かないからしょうがない。
人間のためにトイレを作ろうかとも思ったが、シルフィ達の家で本人達がまったく使わない設備を作るのもどうかなって感じだし、隣に自分の家があるんだから自分の家のトイレを使えばいい。
「この家の目的は貴族の庭とかにある、散歩中に立ち寄る休憩所みたいな感じです」
休息所にもトイレはあっていい気もするがな。
「それなら水路があるんじゃから、その近くに屋根だけ建ててテーブルと椅子でも置けば十分じゃろ。儂は贅沢は好かん!」
シルフィ達との約束の家だけど、無いなら無いで別に死ぬわけでもないから贅沢と言われれば否定はできない。でも、これだけは言わせてほしい。作ればもうかるんだから、そこまで否定しなくてもいいじゃん。
自分でも変な家だとは思うけど、お世話になっている大精霊達のための家。俺になんら恥じる要素はないぞ! ……少ししか。
だいたい頑固一徹の職人とか、異世界テンプレでは凄腕の鍛冶師だよね。なんで俺の場合は大工なんだよ。そこはかとなく納得がいかない。改めて注文を言ったらその通りに作ってくれる大工さんを紹介してもらうか?
……でも、頑固一徹だけど、頑固一徹だからこそ腕がいいんだよな。今住んでいる家も、普段気にしないところまで細やかな気づかいがされていて、正直住み心地は最高だ。……シルフィ達のための家だ。諦めないで頑張ろう。
「贅沢ではなくて、お世話になっている方達をおもてなしするために必要なんですよ。自然が好きな方達ですから、1階の窓を開けて自然を感じられる空間が必要なんです」
精霊王様達が来たら、たぶんシルフィ達がおもてなしするからウソじゃないぞ。お茶会というよりも宴会って感じになるだろうけど。
「お主は厳しい環境に家を設置すると言っておったではないか。自然が好きなら外を散歩をすれば十分じゃろう」
死の大地は厳しい環境だけど、自然も死滅してるんだよね。言わないけど。
「厳しい環境だからこそ、落ち着いて安全に自然が楽しめる場所が必要なんですよ。ちなみにジルさんが気にしていた1階の突起は、植物を置くための突起です」
「……お主、いったいどこに住んでおるんじゃ?」
「内緒です」
「むぅ……じゃが、百歩譲って自然を楽しむ環境が必要だと言っても、家の中に滝を作るのはやりすぎじゃろう。水路があるんじゃから、直接1階の池に水をひけば問題ないはずじゃ。バカ貴族が滝を作る場合でさえ庭に作るんじゃぞ!」
少しずつ納得してくれてるのかな? 百歩譲ってだけど、滝がなければ作ってくれるような言い方に聞こえる。
「裕太ちゃん、今こそジルちゃんに滝の素晴らしさを植え付ける時よー! がんばってー」
ディーネがなんだか怖いことを言いながら応援してくる。植え付けるってなんだよ。洗脳みたいで怖いよ。
「好きなんです」
「はっ?」
……いかん、なんか面倒になって言葉を端折りすぎた。
「滝が好きなんです。バカ貴族が庭に滝を作る以上に滝が好きなんです。家の中に滝が作りたいくらいに滝が好きなんです」
驚くくらいの力業だ。だって、家の中に滝を作る真っ当な理由がまったく思いつかなかったんだもん。マイナスイオンとか聞いたことはあるけど、この世界では理解されそうにないし、力業で納得させるしかないんだもん。
……人生の中で一番無駄でくだらないウソをついている気がするな。だって俺、今でも家に滝とかいらないって思ってるし……。ディーネは大喜びだけど、シルフィとドリーのなんだか憐れむような視線が心に刺さる。
「お、おう、そうじゃったんか。好きならしょうがないな。そういうことは理屈ではないからの」
あれ? ジルさんが優しい目をしてる。俺、泣いていいんだろうか?
「わ、分かってもらえて嬉しいです」
「じゃがな、先ほども言った通り窓はどうするつもりじゃ? これだけ大きな窓、しかも分割するのではなく一枚で作ることになっておる。しかも開閉式じゃと、窓ガラスの自重も金属にかかる負担も相当なものじゃ」
たしかにそうだよな。しかも上にスライドする形じゃなくて、鳥の羽みたいに両サイドに開く形で設計しているから、かなり負担がかかる。少し趣味に走ったことは否定できないな。
「窓に使うガラスは、十分な厚みをもった強度の高いガラスを用意します」
「じゃが、それならガラスがかなりの重さになるじゃろう。どう考えても鉄では耐えきれんぞ。壊れずとも歪みは確実に起こる」
「大丈夫です。窓枠に使用する金属もこちらで用意します。アダマンタイトを使うので、強度は心配ありません」
ちゃんとノモスからお墨付きをもらってるんだから大丈夫だ。重さも滑車を使って軽く窓を開けられるように設計してある。
「この2枚の大きな窓の枠にアダマンタイトを使うつもりなのか? 開閉する装置にも?」
「はい」
「お主、アダマンタイトの価値が分かって言っておるのか?」
「だいたいの価値は分かってますけど、アダマンタイトは迷宮でタダで取れるので問題ないんです」
ドヤ、そこら辺の金持ちとは違うんだよ。高級素材は自前で用意できる。アダマンタイトの家だって簡単だぜ。住み心地は悪そうだから作らないけどな。
「……ふぅ、お主が凄腕の冒険者なのは知っておったが、突き抜けたバカじゃったんじゃな。まあいい、バカ貴族のくだらない見栄のための家は好かんが、突き抜けたバカの、バカな家なら作ってやる。ある意味面白そうじゃ」
考えたのはシルフィ達なんだし、俺がバカなんじゃなくて大精霊達がバカってことになるな。でも、世間では、俺が突き抜けたバカってことになるんだよな。ちょっと切ない。
シルフィ達を見つめると、ディーネ以外に目を逸らされた。ディーネはニコニコと笑顔だけど、たぶん俺の気持ちは伝わってないな。
「……ありがとうございます」
「うむ。では、詳細を詰めるぞ」
やる気になったジルさんと家の詳細を詰める。シルフィ達も真剣に考えていたが、プロの目から見ると不合理な部分や動線の無駄など、問題点がポコポコ出てきた。長い時を生きた大精霊といえども、建築に関しては素人だったらしい。ノモスは……技術はあるけどセンスが……ね。
問題点を洗い出しに結構な時間がかかった。まだ1軒目の注文で、残り3軒あると考えると気が遠くなりそうだ。
「ありがとうございました」
お礼を言って建築会社から出る。気が遠くなりそうだと言ったけど、案外スムーズに注文は終わった。ノモス、イフ、ヴィータの家は、特徴がないとは言わないが、普通の家の範囲に入る注文で普通に受け入れられたからだ。なんかジルさんが物足りなさそうな表情をしていたが、どっちなんだよと言いたい。
家の値段も注文は色々拘ったにも関わらず意外と安く済んだ。一番高かったのはイフの家だけど、これは結構大変だから8千万でも納得ではある。
逆にシルフィ達の家が6千5百万と、前の家よりも安かったのが面白い。ギミックは色々と付けたが、魔道具が少なく、お金がかかるガラスやアダマンタイトは自分で用意するから安いんだそうだ。
ノモスの家は置いておいて、ヴィータの家はあれでよかったのかな? リクエスト通りではあるけれど8百万で済んでしまった。
「裕太、ちゃんと注文が終わってよかったわね。家具屋も寄っちゃう? ベッドの受け取りもあるでしょ?」
シルフィが上機嫌で言う。……家具も自分の目で選びたいって言ってたから、またディーネ達を召喚しないといけないし、今から買いに行くのは辛い。
(家具は明日にしよう。家が完成するのも先だし時間はあるよ)
「それもそうね。じゃあ戻りましょうか」
(うん)
今日は結構頑張ったし宿にも戻ってベル達と戯れよう。たぶん屋台の話を沢山聞かせてくれるはずだ。
読んでくださってありがとうございます。