三百二十四話 冒険者ギルド
書籍化記念の連続更新になります。普段と違うタイミングでの更新ですので、昨日の更新分を飛ばしている可能性がありますので、お気を付けください。
メルの工房に立ち寄り、メルとメラルを楽園に連れて行く打ち合わせと、ファイアードラゴンの短剣の仕上がりを確認した。短剣の出来に満足したことを伝えると、半泣きで喜ぶメル。なんかごめんなさい。
「メル、この短剣の柄頭に文字を入れることはできる?」
結構忙しいって分かっているのに、新たな仕事をお願いしてしまった。でも、同じような短剣だから、名前が入ってた方が分かりやすいはずだ。
「あっ、はい。削って磨くだけなので大丈夫です」
「どのくらいでできる?」
「なにを入れるかによって変わりますが、削るための道具も作りましたので、そこまで時間はかからないと思います」
「それならよかった。じゃあ、柄頭にそれぞれの名前を彫ってほしい。裕太、ジーナ、サラ、マルコ、キッカ、メルだね」
本当はもっとカッコイイ文章とかを彫ってもらうことも考えたけど、頑丈な短剣だから後世に残る気がする。遥かな未来に黒歴史になりそうな文章を残すのは避けよう。最強の精霊術師裕太とか、入れたら未来でどんな反応をされるのか、少しだけ興味はある。
「えっ? 私の名前もですか?」
メルが混乱している。自分に渡されるとは思ってなかったようだ。
「うん、その短剣は俺の弟子の証にしようと思ってるんだ。メルは俺の弟子なんだから、メルの短剣も必要だよね」
「えっ? でも、高価な物ですし……」
「それでも俺の弟子なんだから、もらってくれないと困るよ。それとも俺の弟子をやめる気?」
「い、いえ、でも……分かりました。ありがとうございます、お師匠様」
なんかメルが疲れた顔をしている。自分で作った短剣が、自分に贈られるってどうなんだろう?
「まあ、短剣を贈るのは、明日みんなと一緒にってことで、明日までに彫り終わる?」
「はい、名前だけでしたら十分に間に合うと思います」
「忙しいところ悪いけど、お願いね。明日の朝にみんなで受け取りにくるよ」
「分かりました。時間までに仕上げておきます」
「うん、お願いね。あっ、先に料金を支払っておくよ。えーっと、いくら?」
ぶっちゃけ鍛冶の代金ってどのくらいか分からん。
「いえ、素材はお師匠様の物ですし、いい経験をさせていただきました。そのうえ短剣までいただくんですから、料金を受け取るわけにはいきません」
うーん……それなりの時間をこの短剣に費やしてるはずなんだよな。微妙に仕事があるとはいえ、そこまで儲かってもなさそうなのに、タダ働きをさせるのは気まずい。でも、メルはめちゃくちゃ真剣な顔で俺を見ている。絶対に受け取らないぞって顔だな。
「えーっと、メラル。メルが代金はいらないって言うんだけど、工房の経営は大丈夫なのか?」
自分で説得するのをあきらめて、シルフィに色々と質問していたメラルを呼び寄せる。メラルなら工房の状況がよく分かってるだろうし、メルが困っていることを教えてくれるはずだ。
「メルは仕事もしてるし、先代が残した財産もあるから大丈夫だぞ」
あっ、そうなんだ……俺の余計なおせっかい? でも、弟子にタダ働きさせるのはどうなんだ? 短剣を渡すにしてもそれはジーナ達も同じ条件だし……あれ? なにをどうしたらいいのか分からなくなってきた。
「んー、じゃあメルにはファイアードラゴンの牙の残りをあげるよ。それでなにかしら儲けを出してね。じゃあ、また明日」
言うだけ言って逃げるように工房を出る。とりあえず、メルに利益がないのは間違ってるはずだし、大丈夫だろう。
「裕太。メルが受け取れませんって騒いでたわよ?」
「まあメルが落ち着いたら、また説得するよ」
とりあえず今は押し付けた感じでも報酬を渡したってことにしておこう。
***
メルの工房をあとにして、冒険者ギルドに立ち寄った。普通に中に入ったのに、速攻でギルドマスターの部屋に通される。VIP感がハンパないけど歓迎されていると言うよりも、もめ事を起こさないための隔離な気がするから切ない。そういえばベリルの宝石でも同じような扱いを……。
「裕太殿、お久しぶりです。どうかされましたか?」
部屋に入るとギルドマスターが声をかけてくる。相変わらずの肥り具合、成人病が大丈夫なのか心配になる。
「ええ、俺の身近な人間に対して護衛を頼んでましたよね。変なちょっかいが出されてないかを確認しにきました」
「ああ、そういうことですか。今のところ大きなちょっかいは出されてませんね。時流が読めない商会がお弟子さんの食堂にちょっかいを出しましたが、そこは冒険者ギルドと商業ギルドで潰しました。それからはおとなしいものですな」
商会を潰すくらいのことが、大きなちょっかいには入らないのか。
「貴族や軍はなにもしてきてないですか?」
「はい、貴族は国王様が厳しい通達を出しました。なんでも、裕太殿に余計なちょっかいを出すと、厳罰に処すそうです。爵位の消滅とのお言葉も添えられておりましたので、迂闊に動けないでしょう。軍の方は主流派のガッリ派閥と非主流派の権力争いが表面化して、こちらに関わる暇はないようです」
王様が結構な通達を出してくれたようだ。罠がある部屋に招き入れられたから不信感があったけど、あれは用心のためだったらしい。軍は知ったこっちゃないな。好きなだけ争えばいいと思う。あとは護衛をいつ打ち切るかだな。
「もう、襲われることはないと考えてもいいですか?」
「そうですね……襲われる可能性はゼロとはいえませんが、もう安全と言ってもいいでしょう」
「では、護衛は引きあげますか?」
「そうですね……人員を減らしますが、まだ少数は護衛を付けておきます」
意外と慎重に考えてくれているようだ。助かる。
「ありがとうございます」
聞きたいことは聞けたし帰ろうと思ったら、ギルドマスターに引き留められた。迷宮の翼やマッスルスターがものすごく頑張ってくれていることを教えられ、彼らの疲労がとても心配なんですと打ち明けられた。
迷宮の翼とマッスルスターの環境はブラックになっているらしい。言いたいことは分かる。俺に50層の突破者を増やして彼らを楽にしてあげたいって言いたいんだろう。
でも、あきらかにおかしい。素材を欲しがっているところからの圧力があったとしても、冒険者ギルドが矢面に立って守れば休日くらい手に入るはずだ。そんなにチラチラ見ても騙されないよ。太ったおじさんのチラ見とかダレ得なんだよ。
「帰ります。ありがとうございました」
引き留める声を無視して冒険者ギルドからでる。ちゃんと契約した通りのことなのに、あの哀れっぽく訴える表情を見ると罪悪感が沸き上がるから不思議だ。
「裕太、次はジルの工房よね。ディーネ達はいつ呼ぶの?」
そうだった。もう宿に戻ってベル達と戯れたい気分だけど、まだ予定があったな。1日に無理して予定を詰め込む癖をどうにかしたい。ここは異世界で仕事に追われているわけでもないんだから、余裕があるスケジュールを組んでもいいはずだ。少しゆったりとした生活を送れるように考えよう。
(ジルさんの工房の近くで召喚するよ。一気に全員を呼んだら待ち時間が大変だろうし、まずはシルフィと一緒に住むディーネとドリーから呼ぶね)
「そうね、分かったわ。ふふ、一生懸命考えたんだから、裕太も頑張ってジルに伝えてね」
(はは、うん、まあ難しそうだけどある程度の対策もできてるし、サフィに説明用の絵も描いてもらったから、なんとか頑張るよ)
シルフィ、表情はあんまり変わってないけど、あきらかに楽しそうだ。ディーネが楽しみにしているとか言ってるけど、シルフィも十分に楽しみにしている印象だな。
どんな家にしたいかをしっかりまとめたけど、当初予想していた形とずいぶん違うから、ジルさんに作ってもらえるかが不安だ。
前回ジルさんに頼んだ時は、収納用の家ってだけで断られそうになったし、変わった家だとどんな反応になるんだろう。説明が面倒そうだ。
***
「お姉ちゃんの出番ねー」
「裕太さん、家の注文ですか?」
うん、予想通りテンションが高い。長い時を生きている大精霊にとっても初めてのイベントなんだし、しょうがないか。夢のマイホームって言うもんな。
(そういうこと。いまからジルさんに会うけど、できるできないって話にもなるだろうから、3人とも話を聞いて上手に俺に伝えてね。なんとか頑張るから)
「分かったわー。お姉ちゃんに任せなさい!」
ムフンと胸を張るディーネ。俺の中でディーネの意見が一番伝え辛い気がするんだけどね。滝とか……駄目って言ったのに滝とか……。
まあ、押し切られちゃったもんはしょうがない。俺は頑張ってジルさんに通訳するだけだ。シルフィがいうには自分の庭に滝を作ってる貴族も居るらしいから、家の中に滝があってもなんとかなるさ。
日本でも壁から水が流れてる店とかあったし、流行の先取りってやつだな。気合を入れて建築会社っぽい建物に足を踏み入れる。
「すみません。前にジルさんに家を作ってもらったんですが、またお仕事を願いしたいので、お会いできますか?」
「少々お待ちください。確認してまいります」
少しこじゃれた感じの受付フロアで、受付嬢にジルさんを呼んでもらう。今更だけど、アポなしで突撃しちゃったな。これでジルさんに会えなかったら、気合が入っているディーネとドリーを送還する時、相当気まずい。こういう時に携帯があれば、ちょろっと連絡出来て便利なんだけどな。
「久しぶりじゃな。あの家の住み心地はどうじゃ?」
少し待つと普通にジルさんが出てきてくれたのでホッとする。
「ええ、いい住み心地でみんな気に入ってます。追加で4軒ほど家を建ててほしいんですけど、大丈夫ですか?」
「4軒か? まあ注文されたら作るのが仕事じゃから構わんが、前と同じような家か?」
「いえ、そのうち2軒はちょっと特殊な注文もあるので、前とはだいぶ違いますね」
「ふむ、まあ話は聞いてみてからじゃな。いくぞ!」
ジルさんが奥に向かって歩き出した。前に通された部屋で話を聞いてくれるらしい。とりあえず、忙しくて注文を受けられないって感じじゃないのは助かった。あとは説明次第だな。
読んでくださってありがとうございます。