三百十九話 家具
昨日はローズガーデンで楽園音楽隊の演奏会を開催。予定外の観客増加などのアクシデントもあったが、見事に演奏を熟し、観客からの高評価を頂いた。ハンドベル、買ってきてよかったな。
午前中は楽園を見回り動物達に餌を運び様子を確認した。そろそろ本格的に仲良くなりたいんだけど、慣れる前に出かける事になるからなかなか上手くいかない。グァバードのヒナも結構増えてるし刷り込みチャンスを何回逃したんだろう。
「師匠! 今時間ある?」
昼食が終わり楽園を飛びまわって遊ぶちびっ子達を眺めながら、動物のことを考えているとジーナ達が声をかけてきた。
「うん、なにも予定はないから構わないけど、どうしたの?」
「師匠に大工道具をお土産でもらっただろ。シバ達も家具があったら喜ぶだろうし、家具を作りたいなって思ってるんだ。教えてくれないか?」
ジーナだけじゃなくて、サラ達も気合が入った表情をしている。……なるほど、午前中は精霊の村でちびっ子達と遊んでたし、その時に宿屋の精霊用の家具でも見て、やる気が再燃したんだろうな。小さな家具だし、木工用のニスも大工道具と一緒に購入したから、ケガに注意さえすれば特に問題ないか。
「いいよ。じゃあ今から作ろうか。まずは自分の契約精霊の家具を作るんだよね。なにを作るか考えてる?」
「あたしはシバ用の犬小屋を作りたい」
「私はフクちゃん用の止まり木と、プルちゃん用のすっぽり入れる木の穴を作りたいです」
「師匠、おれもウリのいえをつくりたい」
「マメちゃんのとまりぎ、つくる」
……止まり木は比較的簡単に作れると思う。シバの犬小屋も大丈夫だ。でも、ウリの家って? イノシシの巣がどうなってるかなんて知らないぞ。犬小屋と同じでいいのか?
「えーっとマルコ、ウリの家ってどんな家を作るんだ?」
「……ウリは、狭いあなに入るのがすきだから、犬小屋とおなじでいい?」
おなじでいい?って言われてもな。どうやらマルコも自信がないようだ。せっかく作ってもウリが気に入らなかったら悲しい。フクちゃん達と相談しながらデザインを決定した方が無難な気がする。
「とりあえずジーナ達はフクちゃん達を召喚して、どんな家具が欲しいのか相談して決めた方がいいね。言葉は分からなくても絵を描いたりして相談すれば、意思疎通もできるはずだから頑張ってくれ。これも精霊術師としていい練習になる」
「シバが使うんだから、たしかにシバが欲しい家具を作った方が喜ぶよな」
うんうん頷くジーナ。コッソリ家具を作って、サプライズプレゼントにしたいって訳じゃなかったみたいだ。それならちゃんと話し合った方がいい家具が作れるだろう。
さっそくジーナ達がフクちゃん達を召喚して相談を始めたので、俺もベル達を召喚してなにが欲しいか聞いてみる。
「んー、いす?」「キュー」「いすとつくえがほしい」「ククー」「でんせつのぶきだぜ!」「……」
うん、思ってた通り、ベルとトゥル以外のリクエスト以外は理解できなかった。いや、フレアのリクエストは理解できる予定だったんだけどな。
「フレア、伝説の武器は俺には作れないよ」
「むりか?」
「うん、無理」
そんなに上目遣いで見られても、要求が大きすぎてどうしようもない。迷宮でなら伝説の武器とやらも手に入るかもしれないが、日曜大工気分の俺に作り出せるものではない。
もう一度、俺が作れる簡単な物と前置きをして、ベルやトゥルに通訳してもらいながら全員の欲しい物をすり合わせる。
ベル、トゥル、フレア
子供部屋に自分専用の椅子と机。
レイン
子供部屋にゆったり水に浸かれるような桶。
タマモ
子供部屋で植物が育てられるプランター。
ムーン
スッポリピッタリ収まれる穴。
以上になった。机と椅子は問題ない。レインの水桶は……一瞬ガラスで作ろうかとも思ったが、みんなと同じ木の方が喜ぶだろう。プランターも木で大丈夫だ。水桶とプランターは酒樽を利用すれば作らなくてもいいんだけど、せっかくのリクエストなんだし俺が作った方がいいよな。ムーンのリクエストの穴に至っては簡単すぎる。あとは、ベルとトゥル、フレアのサイズを測っておこう。
「こっちは作る物が決まったけど、ジーナ達の方は決まった?」
「決まったよ。シバは犬小屋よりも火がついた暖炉みたいなのが欲しいんだって。暖炉は暑いから火が灯せるランタンにしてもらったんだ」
そっか、レインもそうだけど、イルカや犬じゃなくて精霊だもんね。属性に関連した方が嬉しいか。それにこの環境で暖炉が厳しいのも賛成だ。どう考えても暑すぎる。暖炉って言葉を知っていた時点で驚きなレベルだな。でも……ランタンってどうやって作るんだ?
形はなんとなく分かるが仕組みが……燃料を使ったランタンは作れる気がしない。ランタンの形を作ってロウソクを入れればいいか。単にランタンの形をした提灯な気もするが、そこは勘弁してもらおう。木が燃えたら怖いし、金属でメッキした方がいいかもしれない。
続いて話を聞くと、サラは変わらずに止まり木と穴。キッカは止まり木。悩んでいたマルコは部屋の中で砂浴びしたいらしいウリのお願いで、砂が入った小さな箱を作る事になったらしい。レインの水桶の砂バージョンだな。俺がベッドを手に入れる前に使っていた砂のベッドみたいな感じでよさそうだな。
「それぞれ作る物が決まったな。なら次は設計図作るよ。だいたいの大きさや、どんな形にするのかを契約精霊とよく相談してこの紙に書くように。絵でも構わないからね」
本職が作るような細かな設計図は書けないだろうけど、紙に書けばどんな物を作りたいのか俺にも理解できる。そうすれば、ジーナ達のイメージに近づけるように手伝う事は可能だろう。
***
「えーっと、本当にこれを作るの?」
「……だめ?」
不安そうに俺を見つめるキッカ。あざとい上目遣いとは違う本気で不安そうな顔だ。できればどうにかしたいんだけど……。
「いや、駄目ではないんだけどね……ちょっと枝の数が多いかな?」
キッカの絵は意外と上手なんだけど、問題の止まり木は本物の木のように四方八方に枝が伸びている。冬に全部葉っぱが落ちた木みたいだ。
作れないとは言わないが、初めて作る作品がこのレベルだと難しいし、これをマメちゃんが利用できる大きさで作ったら、かなりの大きさになってしまう。
「えーっと、形はそのままで枝の数を減らす感じは駄目かな? 例えば、ところどころ書いてある小さな枝は、マメちゃんも止まりづらいと思うんだ。雰囲気としてはあった方がかっこいいけど、今回は初めて作るんだし、もう少しシンプルな方が作りやすいと思うよ」
……固唾を呑んでキッカを見つめる。キッカは自分の絵を見て、マメちゃんを見つめたあとコクンと頷いた。なんかごめんね。よし、作ろうって言って実際に完成させられたらカッコイイ大人なんだけど、俺には無理そうだったんだ。
もう一枚紙を取り出して、キッカとマメちゃんと相談しながら枝を減らしてシンプルにした止まり木を書く。
「こんな感じでいい?」
「うん」「ホー」
キッカとマメちゃんも納得してくれたか。とりあえずこれで設計図は完成。あとは具体的にどんなパーツが必要なのかと、大工道具の使い方の説明と練習か。……結構大変だし、今回はハンマーと釘を使った工程は省いて、ドリーにお願いしよう。
***
「印はつけ終わってるから、この印に合わせて切ればパーツは出来上がるから頑張ってね。それと自分ではできなさそうな場合は手伝うから、教えたとおりケガをしないように注意して作業すること。いいね?」
迷宮に送り込んでいるのに、木を切り分けるくらいで心配するのも不思議な気分だな。
「分かった」「はい」「うん」「がんばる」
やる気をみなぎらせて頷くジーナ達。とりあえず、最初は様子を見ながら作業すれば大丈夫だろう。
さっそく素材を手に、ノコギリでパーツを切り出すジーナ達。キッカとか小さいから上手に大工道具を扱えるのか心配だったけど、レベルが上がった効果か、安定したノコギリ捌きを見せてくれる。
小さな子供でも大人顔負けの体力を得られるとか、よく考えたらレベルってシステムがチートっぽいよな。まあ、魔物を倒さないとなかなかレベルが上がらない事を考えると、バランスが取れているのかもしれない。
「ゆーた、べるのいすー」
おっと、考えごとをしながらジーナ達の様子をみていたが、自分の椅子が作られるのを待っていたベルが我慢できなくなったらしい。待たせるのも悪いし、俺もさっそく取りかかるか。
スパっと材料を切って、なんとなく申し訳なくなる。ジーナ達はギコギコと一生懸命にノコギリを使っているのに、俺はチートな道具でスパスパしている。こういう時はチートなのも考え物だな。自分用に普通の大工道具を手に入れておくべきだった。
まあ、ないものはしょうがないと開き直り、スパスパとあらかじめ印をつけていた木材を切り分ける。この過程で一瞬でムーンの穴は完成……ムーンがピッタリ収まることができる大きさにハンドオーガーの大きさを調整して穴を開けるだけ……これはDIYって言っていいんだろうか?
ムーンのは手抜き感がすさまじいので、大きめの木にピッタリ収まれる穴を一つと、その隣にトンネル付きの穴を用意してみた。これで少しは手抜き感は薄れたはずだ。
はしゃぐベル達に見守られながらすべてのパーツを切り分け終える。次はこのパーツのやすり掛けだな。子供が利用するんだし、角を取って丸みを持たせておこう。ついに始めて使う開拓ツールの出番がやってきた。
魔法の紙やすり
どんな凹凸もサラっとスベスベ! 木材、石材、金属、なんでもござれ。2メートルまで自由自在にサイズ変更。持ち手に重さを感じさせません。
……紙やすりを2メートルまで大きくすることがあるのかとか疑問に思うところはあるが、すごい性能なのは間違いないだろう。最初の方に見つけていれば、魔法のカンナを使うよりも食器を作るのがだいぶ楽だったはずだ。
とりあえず切り分けたパーツに魔法の紙やすりを当てて、さっと擦るとサラサラっと木の粉が零れ落ちる。……一往復で木の表面がスベスベになるんだ。凹凸はわずかに残っているが、これも数回擦れば平らになりそうだ。紙やすりのチートって地味に便利だな。
パーツの角を取りながらジーナ達の様子をみる。んー、ジーナはランタンだから、木材の切り出しは終わって、ナイフで大まかに形を削りだしている状況か。
サラ、マルコ、キッカはまだノコギリでパーツを切り分けている状況だな。汗を拭いつつも結構楽しそうに作業をしている。大きな失敗もしていないし、この調子なら無事に完成させられるだろう。
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