三百十八話 予定外の増加
昨日はジーナ指揮の楽園音楽隊が見事な演奏を披露してくれて、ものすごくホッコリした。ベル達も大喜びでお土産としては大成功だけど、指揮を任されたジーナは大変そうで、そこだけは少し申し訳ない。
「ゆーた、れんしゅー」
朝食が終わるとベルがやる気満々で宣言した。
「昨日も沢山練習したのに、今日も朝から練習するの?」
「あたりまえだぜ!」
おうふ、隣のフレアも当然とばかりに宣言する。フレアもハンドベルでの演奏が気に入ってるからやる気がハンパない。残りのレイン達やサラ達、フクちゃん達も演奏は嫌いじゃないからこちらを期待した目で見ている。
「えーと……じゃあ、お昼まで練習しようか。お昼からはみんなも遊びにくる精霊達を案内する仕事があるからね。いい?」
元気に「わかったー」と返事をするちびっ子軍団。元気いっぱいだね。
「ジーナ、頑張ろうね」
「う、うん、まあ、訓練にもなるんだから頑張るよ」
ジーナに声をかけると、少し引きつった表情で請け負ってくれた。まあ、ちびっ子軍団はみんないい子達だから、一度言えば分かってくれる。それでも集団をまとめるのは結構大変なんだよな。
もっと大人数を相手にしている幼稚園の先生とか、洒落にならないくらい大変そうだ。好きじゃないと続けられない仕事だって聞いた事があるし、想像すると子供の集団に耐性がない俺だと怖くなる。
「じゃあ、練習を始めようか。まずはキラキラでスターな感じの曲の復習をして、次は蝶が飛んでいる感じの曲を練習だね。ハンドベルを出すから、昨日、自分が担当した音階のハンドベルを取ってね」
元気に返事をしたあとに、わらわらと自分が担当しているハンドベルを取り、ワクワクした表情でジーナを見つめるちびっ子軍団。準備万端だ。
ジーナが指揮棒を取りだし指揮を始めると、リビングに綺麗なハンドベルの音が響き渡り、少したどたどしいが可愛らしい音楽が流れる。
「ふふ、だいぶ上手になったわね。歌を歌う子は結構いるけど、楽器を演奏するのは珍しいから、遊びにくる子達も喜ぶわね」
シルフィが優しい表情でちびっ子軍団を見守りながら言う。そうか、楽器の演奏は珍しいのか。……ん?
「シルフィ、精霊は歌うの? 聞いた事ないよ? シルフィも歌う?」
「私も昔はディーネやドリー、イフと一緒によく歌ってたわね」
なんですと、それってすごく聞きたいんだけど。とりあえず、シルフィ、ディーネ、ドリー、イフのユニットとか、見た目だけでも下手なアイドルとか真っ青になるよ?
「えーっと、俺もシルフィ達の歌を聞いてみたいな。ベル達の練習が終わったら聞かせてくれない?」
「んー、結構長い間歌ってないから駄目ね。気が向いたら練習して聞かせてあげるわ」
「気が向いたらって、別にその練習でも聞かせてもらえれば十分に楽しそうなんだけど……」
「ふふ、駄目よ。大精霊として、中途半端な歌を披露する訳にはいかないわ。気が向くまで待ってなさい」
……笑いながらだけどキッパリと断られた。なんかプロ意識というか大精霊のプライド的に、ハンパな歌は許せないらしい。
「分かった。でも気分が乗ったら聞かせてね」
「ええ、気分が乗ったら練習しておくわ」
うーん、そこまでやる気がある感じじゃないな。あんまりしつこくお願いして歌わないって言われたら困るし、今はこれ以上お願いするのはやめておくか。しばらく待っても聞けなかったら、ディーネに話をふってみよう。なんとなくだけど、ディーネなら簡単にその気になってくれる気がする。
「うん、楽しみにしておくね」
悪だくみしている事を悟られないように返事をして、ちびっ子軍団の演奏に耳を傾ける。ベル達にも歌を教えれば……言葉が話せない子達をどうしたらいいか分からないな。歌を教えるのは、他にやる事がなくなってからでいいか。
「ふふ」
「ど、どうしたの?」
いきなり笑ったシルフィに悪だくみがバレたかと思い、ひやっとする。
「いえ、普段ならすぐに醸造所に移動するノモスやイフが、リビングに残って子供達の演奏を聞いてるのが、なんだか少し面白かったのよ」
「ああ、なるほど。そういえばそうだね」
リビングのソファーに座ったまま、つたない演奏に身をゆだねるノモスとイフ。よく考えると、とても珍しい光景だ。特にノモスとか、前ならすぐに姿を消してたよな。俺も途中まで、ノモスは本気で子供が苦手だと思ってたもん。実際はツンデレだったんだけどね。
イフも普段の勝気な雰囲気が若干穏やかになっている気がする。音楽ってすごいな。まあ、ちびっ子軍団の魅力も相当貢献している気がするけど……。
ジーナからの質問に答えたり、違和感を覚えた部分を修正しながら、午前中丸々をハンドベルの練習にあてる。ちびっ子軍団もジーナも曲を完全に記憶したのか、音の伸びが安定しない事を除けばほぼ完ぺきになった。
この調子で曲を覚えられたら、曲のストックが簡単になくなってしまう。次の曲は少し難しいのを教えて時間を稼ぐか? ……時間を稼いでも、知っている曲が増える訳じゃないから無駄か。
それなら難易度順に教えた方がベル達もやり易いだろうし、ジーナの負担も減る。でも、聖なる者が行進する感じの曲とか、ノリがいいから教えたら面白そうなんだよな。まあ、ちびっ子軍団の上達を楽しみに待とう。
***
「楽園にようこそ!」
楽園にいる全員(醸造所の精霊を除く)で遊びにきた精霊達を出迎える。今回、遊びにきた子達もバラエティ豊かで可愛らしいな。
歓迎のあいさつのあとは、ルビー達は自分の店に戻り、ちびっ子軍団+ジーナは遊びにきた精霊達の集団に合流し、キャイキャイとはしゃぎながら楽園の説明をしている。
「裕太、今回も世話になる」
「こちらこそよろしく。まあ、俺はほとんど見ているだけだから、気にせずに楽しんでくれたら嬉しい」
声をかけてきた、風の大精霊のアルバードさんにぶっちゃけた返事を返す。実際に俺がいない間もしっかりと精霊達を受け入れて、精霊の村は順調に回っているから俺は必要ないんだよな。
それにしても、アルバードさんってウインド様の補佐役の1人なはずなんだけど……頻繁に付き添いにきて大丈夫なんだろうか? 少し心配になるが、ウインド様の相手でストレスも溜まってそうだし、ここにきたほうが精神的に楽なのかもしれない。無粋な質問はやめておこう。
「そうか、じゃあ楽しませてもらうぞ」
そういって軽く笑うと、アルバードさんが他の付き添いの精霊達に指示を出し、綺麗に6組に分かれる。事前に決めてあったのかスムーズな組み分けだな。
その組み分けに、うちのちびっ子軍団+ジーナも違和感なく混ざっているところがすごい。しかも、トゥルとかキッカは自分が遊びたい相手を瞬時に見極めてる気がする。
トゥルは一番モフモフ率が高い組に合流しているし、お姉ちゃんっぽくお世話をしたいらしいキッカは赤ん坊や小さい子がいる組に合流している。子供っていつの間にか成長しているものなんだね。
感慨にふけっている間に、付き添いの精霊と中級精霊が上手にちびっ子達を誘導して、精霊の村に散っていった。最初は混み合わないように、順繰りに施設を回って両替をすまし、昼食を食べ終わったあとから自由行動になるらしい。
これが数回の楽園訪問をへて導き出された、一番混乱が少なく楽しめる手順らしい。自由で元気いっぱいな精霊達には似合わない気がするが、拘束時間が長い訳じゃないし、上手に回っているのなら問題ないんだろう。
さて、俺もアルバードさんのグループに引っ付いて、一緒に精霊の村を見て回るか。ルビー達も地味にマイナーチェンジを繰り返してるって言ってたから、目新しい物もあるかもしれない。雑貨屋とか、ベリル王国で買ってきた雑貨が陳列されてるはずだから、ちびっ子達の反応が楽しみだ。
***
「師匠、本当にやるのか?」
「うん、ベル達やフクちゃん達は完全にやる気になってるから、今更やめられないよね。それともジーナはみんなを説得できる?」
一通り精霊の村をみんなと一緒に見てまわった。大興奮で食堂でご飯を食べるちびっ子達、大喜びで雑貨屋で小物をレンタルするちびっ子達、両替所、ローズガーデン、精霊樹、公園、しっかりと精霊の村を楽しんだあと、ちびっ子軍団+ジーナによる楽園音楽隊の演奏会が行われることになった。
「うぅ、それは無理だけど、いきなり人数が増え過ぎだよ。子供達の前でちょこっと演奏するだけじゃなかったのか?」
「言いたい事は分かるし俺もそのつもりだったんだ。でも、ベル達が誘いに行ったら来ちゃったんだもん。今更帰れとは言えないだろ」
完全に予想外だ。付き添いの精霊達は理解できる。でも、醸造所の精霊達って酒の事以外、まったく興味がないんじゃなかったのか? 俺が誘っても酒造りがあるからって断るのに、ベル達が誘いにいったらなんでヒョコヒョコ出てくるんだよ。
いや、ベル達の誘いを断り辛いのは十分に分かるんだけど……おかげで、全員で70人以上に観客が増え、宿屋に入りきらずにローズガーデンで演奏会をすることになった。急な予定変更と観客倍増で、ジーナ、サラ、マルコ、キッカは緊張気味だ。ベル達とフクちゃん達は、やる気満々なんだけどね。
「ちくしょう、やるしかないならやってやるよ」
あっ、ジーナが自棄になったのか、ガラが悪くなっちゃった。まあ、いきなり観客が倍になっちゃったら気合を入れたくなるのも分かる。今回は聞こえなかったことにしておこう。
「うん、あれだ、頑張ってね」
自棄になって気合が入ったジーナを指揮者として紹介し、楽園音楽隊を呼び込んでの演奏会が開幕した。
結果としては、新曲を含めて問題なく演奏を熟し、ちびっ子達の大興奮と大人たちの微笑ましい表情での拍手を受けて演奏会は閉幕した。
まあ、そのあとはハンドベルに興味を持ったちびっ子達がハンドベルに群がり、臨時ハンドベル講習会が開幕しちゃったりしたけど……無事に終わったって事にしておこう。ジーナ、お疲れさまでした。
読んでくださってありがとうございます。