三十話 森の大精霊
目が覚めて寝室の扉代わりの岩を収納した途端、待ち構えていたのかベルとレインが突進してきた。慌てて抱きとめて、どうしたのか聞こうとすると、その前に興奮したベルが話し出した。
「ゆーた。あのねー。めがでたのー」
「キューーー」
なるほど。だからベルとレインはハイテンションなんだな。
「べるがうめたのも、れいんがうめたのもでてたー」
「キューーー」
「凄いな。さっそく見に行かないとな」
「はやくー」
「キュー」
ベルに手を引っ張られ、レインに背中を押されながら畑に向かう。畑に到着するとディーネ。ノモス。トゥルも畑を見ていた。
「あっ。裕太ちゃん、おはよー。芽が出たわよー」
「おう。なかなか悪くない成長具合じゃぞ」
「……でた」
「みんなおはよう。俺にも見せてくれよ」
畑に視線を向けると、小さいのに鮮烈に目立つ緑があった。まったく植物が無い場所では小さくても凄く目立つんだな。しゃがみ込み、出来るだけ間近で観察する。
薄く半透明にも見える頼りない茎と、ちょこんと二枚に分かれた小さな葉っぱが可愛らしい。植物を育てて感動するのなんていつ以来だ? 朝顔は花が咲いた時、嬉しかったなー。小学生の時以来かも。
「うん。うん。死の大地の畑に間違いなく植物が生えてるね」
「ゆーた。これっ。べるがうめたの」
「キュキュー」
ベルとレインが自分が埋めた種から出た芽を自慢げに見せて来る。発芽した喜びも含めて盛大に撫でまわしてやった。
「しかし、本当に発芽したんだな」
発芽するように願ってはいたけど、実際に芽が出ると驚く。本当に何も生えていない土地だからな。
「裕太ちゃんが頑張ったからよ。一人で死の大地に緑を生やしたのって長い時間の中で、裕太ちゃんが初めてだと思うわ」
「そうじゃの。大規模に開拓しようとした者達で、やっと細々とした収穫を得ておったぐらいじゃの。胸を張って良いぞ」
「……えらい」
ディーネ。ノモス。トゥルが褒めてくれる。結構嬉しい物だな。
「ん? そう言えばシルフィは?」
いつもなら直ぐに褒めてくれるんだが。
「シルフィなら芽が出たのを確認した途端に、森の精霊を迎えに行ったぞ。厳しい環境じゃから、このまま育つとは限らんからの。直ぐに枯らしたくは無かったのじゃろう」
おうふ。シルフィには助けられてばかりだな。お礼をしたいが……酒以外思いつかない。他に何か喜びそうな事は無いのか探そう。
「そうか。ありがたいな。いつ頃戻って来るんだ?」
「ふむ。相手の事もあるし正確には分からんが、昼前には戻って来るじゃろう」
「そうね。シルフィちゃん張り切っていたから、もっと早いかもしれないわね」
シルフィも喜んでくれたんだな。素直に嬉しくなる。
「そう言えばレイン。水やりは終わったのか?」
「キュイー」
レインが首を横に振る。
「直接水の粒を当てると芽が折れそうだから、前にやってたように霧状にして水を撒いてくれるか?」
「キュー」
頷いているから大丈夫だな。他の種類の種の発芽はまだみたいだし、楽しみはまだまだある。
レインが水撒きを終えたので、ベルとレインとトゥルと一緒に朝食を取る。いつもと変わらない魚介類だが、野菜が現実味を帯びて来たのでテンションが上がる。
森の精霊が来たら、急激に成長させて貰えるかもしれない。そうなると夕食には緑の野菜が! 楽しみになって来た。
食事を終えて、もう一度畑を見回っていると、ベルがシルフィが近づいていると教えてくれた。早いな。畑の前で出迎える事にしよう。シルフィの姿を見つけ、大きく手を振る。
「ただいま。裕太」
「お帰りシルフィ。直ぐに迎えに行ってくれて助かったよ。そちらの方が森の精霊なのか?」
「ええ、そうよ。ドリーって言うの」
「お初にお目に掛かります。森の大精霊のドリーと申します。この子は今回付いて来て貰った森の下級精霊です。裕太さんでしたね。よろしくお願いします」
優雅に流れるようにお辞儀をする森の大精霊。緑色のストレートヘヤー。サラサラだ。優しい眼差しで微笑む儚げな美少女。深窓の令嬢って雰囲気だ。
そして連れて来た森の下級精霊もヤバい。そんなの反則だろ。ふわふわモコモコな体毛。特に尻尾が素晴らしい。体毛の色は金に近く艶々で輝いている。つぶらな瞳でこちらを見上げる子狐。もはやあざといと言って良いほどの可愛さだ。抱きしめたい。
「裕太さん?」
「あっ。失礼しました。森園 裕太と申します。裕太と呼んでください」
「ふふ。普通の話し方で構いませんよ。裕太さんのことはシルフィから聞いています。ドリーで構いませんし敬語も必要ありません。私が敬語なのは癖なので気にしないでくださいね」
「そ、そうか。じゃあドリー。来てくれてありがとう。本当に助かるよ」
「どりー。またあったー」
「キュー」
「いえいえ。シルフィの話を聞いて興味があったので構いませんよ。ベルちゃん。レインちゃん。また会えましたね。おつかいを立派に務めた様で、とても偉いですね」
「えへー」
「キュー」
おう。ベルとレインがデレデレだ。恐るべし深窓の令嬢パワー。もしくは森の精霊らしくマイナスイオン効果とか有り得そうだな。
子狐に興味が移ったベルとレインが突撃する。ふわふわーとか言いながら抱きしめている。羨ましいな。
「ドリーちゃんお久しぶりね。元気だった?」
ディーネが突然現れて、ドリーに抱きついて頬ずりしている。仲良しなのか?
「来たか。待っておったぞ」
ノモスとトゥルも来たな。トゥルが微妙に居づらそうにしているので、子狐の方に誘導する。トゥルは恐る恐る子狐に近づいて、ゆっくりモフモフを堪能している。いいなー。
「ディーネ。ノモス。お久しぶりです。私は元気でしたよ。話は聞きました。あなた達も楽しそうで良かったです」
「うふー。楽しいわよ。ドリーちゃんが来たからもっと楽しくなるわー」
「ふむ。退屈はせんの」
「ドリー。旧交を温めるのは後にして、そろそろ、畑も見て? 枯れたら困るから急いできたんだから」
おお、そうだった。一番大事な事を忘れていたな。
「ごめんなさい。そうだったわね」
そう言ってドリーが芽に優しく触れたり土を確認したりと、畑を確認する。見ているだけで緊張して来た。
「確かにちゃんと育っていますね。土のバランスがあまり良く無いですが、この子達も厳しい環境に強い品種です。無事に育つでしょう」
おお。野菜が目前まで迫って来たー。あとどれぐらいで食べられるようになるんだろう。……さっきまで種から芽が出た事に感動していたのに、もう食べる事しか考えられない。
「良かった。何か注意点はないか?」
俺が聞くと、少し考えた後で応えてくれた。
「厳しい環境に強いとはいえ、限界があります。土を乾かさず、湿らせすぎないようにお願いします」
「水撒きはレインにお願いしているんだ。霧状の水で湿らせてもらっているんだが、後で確認してもらえるか?」
「分かりました。ご一緒しますね」
水の分量とかまったく分からんから、助かるな。
「お願いするよ」
「それでドリーは此処に留まれそう?」
「そうですね。植物が生える環境になっていますし、滞在する事は可能です。ただし、この畑だけではいずれ限界が来ますので、植物が増やせる環境が必要です。もう一つ条件がありますが、それは植物が増やせる環境をお作り頂けたらお話いたしますね」
おお。流石ノモス。言われた通りに森が育てられるスペースを作っておいて良かった。
「それならノモスに言われて、森が育てられるスペースを作ってある。確認してくれないか?」
「あら。もう作ってあるのですね。素晴らしいです」
ドリーを案内して森を作る予定の拠点の南側に案内する。
「ここだ。森としては狭いかもしれないが、勘弁してくれ」
「まあ、中心に泉があるんですね。しかもこの土は畑の物とよく似ています。微生物が少し少ないようですが……これならなんとかなりそうです」
おお、良い反応だ。と言うかこれで駄目だったらどうして良いか分からないよな。微生物は流石にまだ増えていないだろう。
「そうか。微生物は土を混ぜたばかりだから、時間が経てば増えると思う。問題が無ければ最後の条件を教えて貰えるか?」
「そうですね。最後の条件は、この地の開拓を諦めない事です。シルフィの話を聞いていると、裕太さんは町に行ったらなかなか戻られないように感じました。ここまで頑張ったのですから是非とも開拓を続けて欲しいのです。如何ですか?」
元々頑張って作ったんだ。手放すつもりは無かったが、開拓を諦めないってどういう事だ? 開拓に全力投球とかは無理だぞ。俺だって異世界を楽しみたい。
「なあ、シルフィ。町に行けるようになったら、片道どのぐらい掛かるんだ?」
「そうね。一番近い町で、裕太を運びながらだと、三時間ってとこかしら。でもベル達は付いて来れないわね。まあ、この大陸の中ならどこでも半日あれば行けるわね」
風の大精霊って凄いんだな。お荷物の俺を抱えていても、ベルより速いのか。でもそのスピードなら、いつでもここに戻って来れるな。
「シルフィって凄いんだな」
「当然でしょ。風の大精霊を舐めたら駄目よ」
うん、このドヤ顔は許せるな。だってこの大陸内だと半日で移動できるって凄すぎだよな。
「あー、ドリー。俺はこの地を手放す気は無いんだけど、開拓に全力を尽くすつもりも無いんだ。異世界を楽しみつつ、この地に足りない所を補っていくつもりなんだ。だから開拓ペースは緩やかになるし、必要が無ければ範囲は増えないと思う」
「この地を捨てられず、開拓を細々とでも続けて頂けるのであれば問題ありません。この地に滞在させて頂きますね」
深窓の大精霊令嬢と魅惑のモフモフ子狐精霊が仲間になりました。
読んで下さってありがとうございます。