三百十七話 演奏
昨日はベリル王国から戻り、みんなにお土産を渡した。俺がいない間にもベル達やジーナ達は一生懸命頑張っていたようで、沢山の話を聞かせてもらえてすごくホッコリした。ルビーのお子様ランチも大好評だったし、いい感じで楽園が回っている気がする。
「ゆーた、はやくっ、はやくー」
「分かった。ちょっと待ってね」
朝食が終わり、はしゃぐベルに急かされて、ちびっ子軍団+ジーナにハンドベルを渡す。楽しみにしていたのかリーンリーンっと音を鳴らすベル達。大人数でハンドベルを一斉に鳴らすと、綺麗な音でも結構うるさい。
「じゃあ使い方を教えるからよく聞いてね。ハンドベルには一つ一つに音階があって……」
頑張って説明した。楽器の説明をする事がこんなに難しいとは。ハンドベルで童謡を教えるくらいなら大丈夫かと思ったが、幼稚園の先生はすごいな。
「これ、どーー」
「キュキューキュー」
「これ、み」
教えた音階を言いながら音を鳴らすちびっ子軍団。ものすごく楽しそうだ。
「なあ師匠、これって収拾がつくのか?」
ジーナが不安そうに聞いてくる。俺もとっても不安です。サラは比較的落ち着いているが、マルコとキッカもテンションが高い。
「ジーナ、協力してね」
「手伝うのは構わないけど、あたし、音楽の事なんてなにも分からないよ?」
俺だって音楽の授業で習ったこと以上はできない。ハンドベルを発見した時はちびっ子軍団+ジーナの音楽隊を想像して、これしかないって思ったけど現在は若干後悔している。
「……ジーナ、一緒に頑張ろうね」
「う、うん」
戸惑いつつも頷いてくれるジーナ。面倒見のいい子だし力になってくれるはずだ。
「よし、じゃあみんな、教えたとおりに並んでね」
元気にお返事して綺麗に並ぶちびっ子軍団+ジーナ。普通のハンドベルは横一列に並ぶイメージだけど精霊は違う。ジーナ達の上空に浮かびつつ綺麗に並ぶベル達……なんとなく曼荼羅みたいだな。
「じゃあ、俺が合図したら、ベルから順番に音を一回ずつならしてね」
おうふ、ものすごくワクワクした表情で俺を見るちびっ子軍団。早く合図がほしいようだ。少しカッコつけて指揮者のように合図を出すと、トップバッターのベルがリーンとハンドベルを鳴らす。
リーン リーン リーン と音階が一段ずつ上がりながら綺麗な音がリビングに響く。もう、ちびっ子軍団+ジーナの可愛らしさと合わせたら、これだけでお客を呼べそうだ。
「みんな、とっても上手だったよ」
迂闊にほめ過ぎたのかもしれない。ベル達とフクちゃん達が褒めてっと集まってしまった。……集まってしまったならしょうがないよね。全力で褒めながら撫でくり回す。シルフィ達やジーナの呆れた視線が少し気になるが、これはしょうがない事なんだ。
一通り戯れたあと、再び曼荼羅陣形に戻り、今度は俺が指をさしたら音を鳴らしてもらう事にした。ただ、2オクターブのハンドベルでは、使わない音階が結構出るので構成を考えないと、一度もハンドベルを振らない子が出てしまう。さすがにそれは悲しい。
うーん、今から教えるのは七音しか使わないし、全部の音を使うような曲は知らない。……今回は七人ごとに組み分けして……うーん、ややこしい。この時点で面倒になる俺は指揮者には向かないんだろう。
あとハンドベルも二十五個のセットのは必要なかったな。一オクターブのハンドベルで十分だった。発見した時に沢山ある方がカッコイイって思った俺が考えなしだったな。
……とりあえず二組作った。一人二つ持って四人でもよかったんだけど、今回は一人一つにしておこう。
指揮 ジーナ
一組 ベル、レイン、トゥル、タマモ、フレア、ムーン、サラ
二組 マルコ、キッカ、フクちゃん、ウリ、マメちゃん、シバ、プルちゃん
なんとなくこんな感じで、人数が合わないのでジーナには鳴らす順番を指示してもらう事にした。まあ、曲が変われば編成も変わるし、あまり意味がない気もする。
曲の練習をする時は同じ音を担当する二人が一緒に覚えれば練習がしやすいな。さて、準備も整ったし今度こそ練習開始だ。
***
「では、ジーナ指揮、楽園音楽隊の演奏をお楽しみください」
拍手で出迎えてくれるシルフィ達とルビー達。ちょっと練習しただけだけど、みんなを発表会のために呼び集めた。醸造所の精霊にも声はかけてみたが、お酒を造るって言われた。
「裕太ちゃん。お姉ちゃんはお酒を飲みながら演奏が聴きたいわー」
「演奏中は飲食禁止です」
ピシャリとディーネに注意する。昨日、お土産のお酒をたらふく飲んだのに、まだ飲みたいらしい。いや、たぶん毎日飲んでも大丈夫なんだろうな。
楽園音楽隊を呼び込むと、なんでこんな事にって表情のジーナに続いて、やる気満々のベル達がハンドベル片手に登場。サラを中心に扇状に広がり、ペコリとお辞儀をする。うん、教えたとおりにできてるな。可愛い。
ジーナも俺達に一礼したあと、ベル達の方を向き指揮棒で指揮をはじめる。ジーナが指揮棒でベルをさすと、満面の笑みでベルがハンドベルを鳴らす。ジーナがサラをさすとサラがハンドベルを鳴らす。
少しペースがゆっくりだけど、ちゃんとキラキラでスターな感じの曲になっている。
「へー、可愛らしい曲ね」
シルフィが感心したように呟く。ふふ、そうだろうそうだろう。これだけ可愛らしくて、愛らしい音楽隊はなかなかないはずだ。あれ? いま褒めてたのは曲だったか?
最後の一音が鳴り、少しの余韻のあとにジーナを筆頭に音楽隊がペコリとお辞儀をする。俺は立ち上がって全力で拍手する。おお、頑張ったベル達がめっちゃドヤ顔している。特にフレアのドヤ顔が秀逸だ。
続いてジーナを除いた一組が二組と入れ替わる。おっ、マルコが自信満々で出てきた。マルコって舞台度胸があるタイプみたいだ。キッカは少しオドオドしているが、まあ慣れたメンバーだし大丈夫だろう。
練習時間が短いので、二組も同じくキラキラでスターな感じの曲の演奏だが、こちらもマルコとキッカと小動物+スライム……童話かファンタジーな感じで、楽しく可愛らしい。
二組の演奏も終わり、再び盛大な拍手で感動を表す。思っていたよりも大変だったけど、ハンドベルのお土産は大正解だったな。
観客の様子を伺うと、シルフィ達もルビー達もニコニコと笑顔全開だ。楽園音楽隊の初舞台は大成功だな。ん? ……ノモスが好々爺みたいな顔に……見なかったことにしておくか。
一組と二組の演奏が無事に終わり、一組も再び舞台に出てきて全員でペコリとお辞儀をする。これで楽園音楽隊の初舞台も無事終了だな。再び拍手をしながら褒めると、ベル達が満面の笑みで集まってきた。
「べる、じょうずにできたー」「キューキュー」「がんばった」「ククー」「かんぺきだったぜ!」「……」
「うん、みんなとても上手だったよ。楽しかった?」
興奮気味のベル達を撫でて落ち着かせながら感想を聞くと、口々に楽しかったと言葉や態度で応えてくれる。ベル達が楽しくて、俺達も楽しい。まさしくwin winの関係って奴だな。
一通り報告して満足したベル達はシルフィ達やルビー達の元に突撃、もう一度報告して褒められまくってご満悦だ。可愛い。おっと、ジーナ達にも感想を聞いておこう。フクちゃん達もシルフィ達に褒められてるし、今なら話しやすい。
「ジーナ、サラ、マルコ、キッカ、ハンドベルの演奏はどうだった?」
「あっ、師匠。うーん、楽しかったのは楽しかった気がする? でも、指揮すると、順番を間違えないようにするのと、タイミングが難しいな」
若干疲れた表情で言うジーナ。まあ、指揮は演奏全部をコントロールしないと駄目だから、負担は大きいよな。俺が指揮をしてもいいんだけど、おっさんに片足を突っ込んだ俺よりも、ジーナが指揮する方が確実に見た目がいい。俺は舞台監督とかそんな感じで頑張ろう。
「まあ、そこら辺は慣れもあるだろうし、ゆっくり練習しようか。こうやって精霊達に指示を出す事は、精霊術師にとって必ず役に立つ事だからね」
「あっ、師匠! これも精霊術師の修行だったんだな。気付かなかったよ」
なんとなくそれっぽい事を言ってみた俺を、尊敬の目で見るジーナ。
「う、うん……そうだよ。精霊とのコミュニケーションは大切な事だからね。うん、あー、サラ達はどうだった?」
ベル達がハンドベルを鳴らしたら絶対に可愛い……としか考えてなかったとは、師匠として絶対に言えない。少し挙動不審になりながらもサラ達に話をふって誤魔化す。
「楽しかったですし、勉強になりました」
「もっと沢山ならしたかった」
「きれいなおと、すき」
シンプルな感想が返ってきたな。サラは真面目な返答。マルコはもっと音を出したかったらしい。キッカはハンドベルの音が気に入ったようだ。感想はシンプルだけど、内容的にはハンドベルでの演奏は楽しかったみたいだな。
「他にもいくつか曲を知ってるから練習してみようか」
俺が言うとサラ達は嬉しそうに頷いた。問題は、曲のレパートリーが本当にいくつかしかないんだよな。知っている童謡をコンプリートしたら、次をどうするのか考えておこう。
「ゆーた、もういっかいー」
ジーナ達と話していると、みんなに褒められてテンションマックスなベル達が集まってきた。
「もう一回って、もう一回演奏会がしたいって事?」
「そー」
ちっちゃな手足をワキワキしてやる気をみなぎらせるベル。とはいえ、明日には精霊達が楽園に遊びにくるから、準備があるルビー達をつき合わせるわけにはいかない。演奏会じゃなくて、新しい曲の練習で我慢してもらうか。
「じゃあ、新しい曲の練習をしようか。明日から遊びにくる精霊達に聞かせてあげたら喜ぶと思うよ」
「おおー」
みんなの前で演奏する事を想像したのか、楽しそうだと頷き合うベル達。新しい曲の練習で問題ないみたいだ。
しかし、あんまり楽園でのんびりしているわけにもいかない。そろそろ迷宮都市に顔を出さないと、ジーナの両親が心配しそうだし、メラルも待ちくたびれてしまうだろう。あと、薬草をそろそろ卸さないと、マリーさんが儲け話に飢えて情緒不安定になってそうだ。
今回、楽園に遊びにくる精霊達が帰ったら、迷宮都市に出発する感じで調整するか。
読んでくださってありがとうございます。