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三百十四話 引き分け

 いよいよウナギの調理を開始した。漫画知識なので不安はあるが、料理の為に集まってくれた女性陣はエレンさん以外、貫禄がある方達だったので、なんとなく大丈夫な気がする。


「たしか頭に金串を打ち込むんだよね」


 ズムっとウナギを掴んだ貫禄がある女性が、バタンバタンと暴れるウナギに金串をぶっさし、金槌でガツガツと金串を叩きつける。なんでだろう、心強いはずなのにためらいがなさ過ぎて、怖い。


「キャッ」


「ああ、エレン、私がやろう」


 ……唯一の貫禄がない女性枠が、ジュードさんといちゃつきだした。こっちはこっちで普段ならイラっとするはずなんだが、ここ二晩ほど限界まで頑張ったからか、優しい気持ちでいられる。やっぱり溜まってると人間は余裕がなくなるんだな。 


「ふう、思った以上に難しい。普通の魚を開くのとは違うね。それで、次はこの中骨を切り取るんだね?」


 おっと、いちゃついてる夫婦を見ている場合じゃないな。他の女性陣はすでにウナギを開いて、肝を取り外している。肝は肝吸いにしたいところだが、今回は肝焼きにしよう。


 それにしても難しいって言ってたけど、結構綺麗に捌けているな。本職の人からみたら粗はあるんだろうが、素人目からしたら上等だ。女性陣はダンっと頭を切り離し、器用に中骨を切り取っていく。


「へー、これがウナギかい。味はどうだか知らないけど、こうやって捌くと美味しそうに見えるね」


 女性陣の一人が嬉しい事を言ってくれる。そうなんですよ。泥抜きせずに、ウナギをぶつ切りや丸のまま料理しても、ウナギの神髄は味わえないのです!


 さばき終わった身を軽く水洗いして血や汚れ、ヌメリを落とし、皮に切れ目を入れる。次はいよいよ串うちか……串うち三年、裂き八年、焼き一生って言うらしいけど、裂きの時点で素人だからな。串うちに三年もかけてられないよ。百点満点は無理にしても七十点を目指して頑張ろう。


 ***


 女性陣は俺のうろ覚えな漫画知識を元によくやってくれたと思う。色々と疑問も質問もあったが。俺の目からすれば、立派なウナギの白焼き、肝焼き、骨せんべいが完成した。


 次の機会があれば、蒸す方法も教えてもいいかもな。まあ、蒸し加減とか分からないし、ルビー達に研究してもらってからにしよう。とりあえず実食だ。


 今回は一番泥抜きしている八匹しか使えなかったから量が少ないが、肝以外は切り分けて一応ここにいる全員に分ける事ができた。子供達にもこの美味しさを味わって、ウナギ漁を頑張ってほしいからな。


「では、食べてみましょうか」


 みんなが興味津々でウナギを見ているので、さっさと味見をしよう。俺の発した言葉に、みんなが一斉にフォークをウナギに突き刺し口に運ぶ。……別に海外では普通の事なんだろうけど、ウナギの白焼きにフォークって日本人としてはちょっと違和感があるな。まあ、一人だけお箸を使うのも空気が読めてない気がするので、今回は我慢しよう。


 軽く塩を振っただけのウナギの白焼きを口に運ぶ。……このなんと表現したらいいのか、身はふわっとしているようで弾力があり、あっさりとした味なのに、上品な脂が口の中に広がる。かば焼きも美味しいけど、白焼きも美味しいよね。


 ただ、泥抜きが十分ではなかったのか、少し泥臭い。白焼きだと特に鼻につくから残念だ。かば焼きだったら泥臭さも誤魔化せたのかな?


 でも、食べられないほどではない。わさび醤油がほしいところだけど、さすがにここで貴重な醤油は使えない。わさびは楽園に戻ったらドリーに相談しよう。顔を上げると、みんな静まっている。口に合わなかったか?


「えーっとですね、少し焼き過ぎてしまったのかもしれませんし、泥抜きや調理に慣れればウナギはもっと美味しくなります! ウナギのポテンシャルはこんなものじゃないんです!」


 慌ててワタワタと言い訳してしまう。漫画知識での俺sugeeeは残念ながら失敗してしまったらしい。ちょっと、いや、結構ショックだ。


「なにを慌ててんだい。別に不味くて黙っている訳じゃないのさ。ウナギが美味しく食べられるって事に驚いてるのさ」


 一番貫禄がある女性が、慌てる俺を見て説明してくれた。……ほほーう、このパターンはあまりの美味しさに、言葉が出ない! そういうリアクションだったんだな。自分では初めての体験だったから焦ってしまったが、料理漫画ではよくあるリアクションだった。


「親分。確かに癖があるけど、この人が言ってたように、このウナギがもっと美味しく食べられるのなら商売になるよ。でも、話の持っていき方を間違えると、ウナギ漁にも規制がかかるね」


 貫禄があるおばちゃんが、親分に商売の話をしだした。あれ? 美味しくて言葉が出ないんじゃなくて、商売の話? あっ、他の女性陣や男性陣も、意外と美味しくてビックリしたとか言ってる。美味しくて言葉が出ないんじゃなくて、ウナギが意外と美味しいって驚きだったようだ。ちくしょう。


 この状況は知識チートとして成功なんだろうか? ウナギは認められているが、望んでいたリアクションとは違う……引き分けって事にしておいてやるか。


 大人たちに比べて、ウナギを捕ってきてくれた子供達は、美味しいと喜んで食べている。あとでお小遣いをあげたい気分だ。


「確かにな。今でも十分に食えるのに、これより美味くなるてんなら、ウナギを俺達で独占できればスラムの利益になるな。今までは慣習としてウナギ漁はスラムの権利だったが、明文化したいところだ」


 脳筋だったはずのブラストさんが、明文化とか言ってる。ウナギって頭にもいいのか? まあいいや、とりあえず少し口を挟んでおこう。


「ブラストさん。スラムで利権を確保するのは構いませんが。儲かりそうだからって、子供達からウナギを取り上げるような事はやめてくださいね」


 そんな事になったら寝覚めが悪い。


「ん? ああ、それは問題ないぞ。ウナギが金になるならガキどもからウナギをいい値段で買い取れる。ウナギの加工にも女手を雇えるし、少なくとも今より悪くなるようにはしねえよ」


 ウナギの買い取りの話を聞いて子供達が喜んでいる。売る手間が省けて値段が上がる事が嬉しいらしい。


「それなら、こっちの肝と骨せんべいもお金になりますよ。お酒のつまみにもなりますし、元気になります。下世話な話ですが、ウナギとウナギの肝を食べると力が湧いて、下半身の一部が元気になるんですよね」


 実際のウナギには精力剤の効果はないらしいって聞いた事があるが、栄養満点で体に活力を与えるのは確かだ。元気になるのなら下の部分も元気になるはずだから、大きな括りでは間違ってないって事にしよう。


「下半身の一部ってーと……本当か?」


 ブラストさんが真剣な顔で聞いてくる。はちきれんばかりの肉体だけど、いい歳だから元気がなくなっているのかもしれない。


「個人差はありますが、少なくとも体は元気になりますね」


 個人の感想ですってやつだな。おっと、貫禄がある女性陣が旦那に食わせるって騒ぎだした。……旦那さん、なんかごめんなさい。


 ……とりあえず、女性陣の話は聞かなかった事にして、肝焼きと骨せんべいの味を確かめる。肝は泥抜きが足りないのか、日本で食べたよりも臭みがあったが大人達に結構好評で、骨せんべいは大人達にも子供達に大好評だ。


「骨せんべいだったかい? 油を沢山使うからスラムでは厳しいって思ってたけど、この味なら商売になりそうだね。親分が仕切ってる飲み屋で出すかい?」


「ああ、悪くねえな。肝の方も酒のつまみにもピッタリだ。ウナギってだけで忌避されるが、下半身に効くってだけで男達は掌を返すだろうよ。間違いなく商売になる。ジュード、漁業組合に話を通す。下準備を頼むぞ」


「ええ、ネタは色々あります。確実に話を通しましょう」


 ……ウナギの乱獲が心配になる熱意だ。まあ、あれだけ大きな湖だし、ウナギって海から登ってくるんだったはずだ。ベリル王国にウナギフィーバーが起こっても、この世界なら海で稚魚の乱獲も起こらないだろうし、大丈夫だろう。


 ちょっと俺が思ってた知識チートと違った形になったが、無事に試食会が終わった。この調子ならスラムにくれば、ウナギを売ってもらえるようになるだろう。抗争なんかに巻き込まれて予想以上に苦労が多かったけど、最終的に目的は達成できたんだ。満足しておこう。


「じゃあ俺はこれで失礼しますね。またウナギを買いにきますのでよろしくお願いします」


 スイっとジュードさんが近づいてきた。


(先生、次回いらっしゃる時は、ぜひとも歓待させて頂きたいと親分からの伝言です)


 面倒なんだけど、親分の立場としたらなにかしらお礼をしないと不味いんだろうな。……でも面倒だ。


(先生、親分が仕切っている店で、綺麗どころが揃った面白い店があるんですよ)


 俺が乗り気じゃないのを察したのか、ジュードさんが嬉しい提案をしてくれる。そういう事なら話は違ってくるな。接待とかする事はあってもされた事がない。ちょっと……いや、ものすごく興味がある。


(次にきた時にお願いします)


(分かりました)


 ジュードさんとの怪しい話も終わり、ブラストさん達やウナギを調理してくれた女性陣や、ウナギを捕ってきてくれた子供達にもお礼を言って帰る……ウナギの樽、どうやって運ぼう。魔法の鞄には入らないよ。ここでシルフィを呼ぶか? 樽を浮かばせて王都を歩くとか注目の的だな。門で札も入場証も返さないと駄目だし……。 


「あっ、ジュードさん、ウナギを運びたいんですが、荷車を貸してもらえますか?」


「分かりました。すぐに準備させます」


「じゃあ、行くっす!」


 なんで連絡役の男が、自慢げに荷車を引いてるんだ?


「いや、荷車だけ貸してもらえれば十分なんですが……」


「大丈夫っす。任せてくださいっす」


 ……荷車を返す手間も省けるし、まあいいか。手間をかけるけどお願いしよう。


「城門の外までお願いしたいんだけど、大丈夫?」


「余裕っす!」


 連絡役の男と話をしながら王都を出る。ウナギ、美味かったっす。すごいっすと治療した時よりも尊敬度合いが上がっていた気がするが、結構会話が弾んだ。問題は門を出て人気のない場所に樽を降ろしてからだ。


 お見送りするっす、自分の役目っすとなかなか帰ってくれない男。最終的に迎えがくる。身分を知られるわけにはいかないと適当な事を言って追い返した。次にスラムに行った時は変な噂が広まってそうで嫌だな。


 ……いや、すでに変な噂は広まってるんだった。まあ、次の事は次に行った時に考えよう。楽園のみんなにも早く会いたいし、シルフィを召喚してさっさと帰るか。

読んでくださってありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] >> この状況は知識チートとして成功なんだろうか? ウナギは認められているが、望んでいたリアクションとは違う……引き分けって事にしておいてやるか。 白焼きでは勝てなかったよ……orz
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