三百十三話 気分がいい
ほぼ意地みたいなものだったが、無事にベリルの宝石に入店する事ができた。クールビューティーなロミーナさんの、まさかの大笑いでリラックスできたのは助かったな。
「太郎様。ロミーナが失礼いたしました」
「さっきも言ったけど、気にしないでいいよ。勢いでこの店で飲むって決めたから、なにを話せばいいか分からないんだ。笑ってくれて逆に助かったよ」
「あら、好きな事を話していいんですよ。さすがに大騒ぎされるのは困りますが、ここは楽しくお酒を飲む場所ですから、太郎様の話したい事を話してください」
「そうなの?」
「はい。そうなんです」
……あの服屋の店長と言ってる事が違う……あぁ、そういえば、あの店長もベリルの宝石では飲んだ事がなかったんだ。もしかしなくても、あの店長……自分の想像のベリルの宝石のイメージを語ってたんじゃ……。
「どうかされたんですか?」
突然頭を抱えた俺に、クリスさんが心配そうに声をかけてくれる。せっかくだし俺が服屋の店長に教えてもらった、この店でのしきたり的な事を、ベリルの宝石のお姉さんに確認してみよう。
「……その服屋の店長さんのおっしゃった事は、正解とも言えませんが不正解とも言えません。このお店のルールというわけではないのですが、来店されるのは身分のある方々ですので、どうしても政治や経済等の話が多くなるんです。ですのでお客様の間で、そういった話をするのが当然といった事になっているのかもしれませんね」
あー、なるほど。男はお酒を飲むと結構自慢話したくなるもんね。それで女の子にカッコよく見せたいから、俺、すごいんだぜアピールで政治や経済で活躍した話をするのか。それで、その話を理解するために女の子達も政治や経済を勉強する。そんな感じでベリルの宝石って店が完成したのかもしれない。よし、特に難しい話をしなくていいのなら気が楽だ。適当に話したい事を話そう。
……………………
「そう! それで財宝を手に入れたんだ! いま身に着けてる宝飾品もその時なんだ」
「太郎様すごいですわ」
「カッコイイわね」
いい感じに酔っ払って、今までに経験した事で話しても問題なさそうな部分を、少しだけ盛って話す。クリスさんもロミーナさんも聞き上手で、なんとなく話したら駄目な部分も少し話しちゃった気がするけど、精霊に関係する事は話してないし大丈夫なはずだ。
うん、最初は緊張したけど、ものすごい美女に自慢話を笑顔で聞いてもらえるって楽しい。承認欲求だっけ? しかも一流のクラブの女性だけあって、冒険者の話に対しても知識があるのか、上手に話を引き出してくれる。世間のおじさん達が飲み屋のおねえちゃんに、自慢話をする気持ちがとてもよく分かった。
それに、さすが王都一のクラブだけあって、出されるお酒が全部美味しいんだよな。ついつい飲み過ぎて更に口が軽くなりそうだ。注意しよう。
***
注意しようって思ってたはずなんだけどな……。昨晩の記憶を思い出すと結構ギリギリまで話している気がする。まあ、お酒の席だし、クリスさんもロミーナさんも本気にしたりしないよね。
王都一のクラブ……楽しかったな。クリスさんとロミーナさんは話し上手の聞き上手だし、出てくるお酒やおつまみ、フルーツも美味しかった。支払いの時に一瞬素面に戻ったが、偶の贅沢と考えれば悪くないはずだ。またクリスさんとロミーナさんに会いにいこう。
そのあとは高級なエッチなお店に行ってする事をした。高いお店だけあってサービスもよく楽しかったが、俺としては大きさこそ正義のような、色々と企画した感じのお店の方が好きかもしれない。
「先生、待ってたっす!」
昨日の事を考えながらスラムに到着すると、なぜか昨日連絡役をしていた男が待っていた。またなんかあったのか? 今日帰るんだから面倒には付き合えないよ?
「今はこの格好だし、先生呼びはちょっと……」
「んー、じゃあなんて呼べばいいんすか?」
「…………とりあえず太郎と呼んでください」
「了解っす。じゃあ太郎の兄貴って呼ぶっす」
……ルビー達に裕太の兄貴って呼ばれるのとすごい違いだな。正直、嫌っす。なんとか説得して呼び方を太郎さんに変えてもらう。なんで頑なに兄貴を付ける事に拘るんだよ。
「それで、なんで俺を待ってたの?」
「ジュードの兄貴が料理ができる姉さん達を集めて待っているので、太郎さんがきたら案内するように言われたっす」
なるほど、昨日言ったように準備してくれてたんだな。ウナギを捌いてくれる人がいなかったら、まともに教えられないから、ありがたい。連絡役に連れられてブラストさんの家に向かう。
ジュードさんが大人数で料理を食べる事が多く、道具もそろっているからと、ブラストさんの家の厨房を貸してくれたそうだ。親分の家で料理ってのもどうかと思うが、準備してくれたのならありがたく使わせてもらおう。
「それで、ウナギを料理するんっすよね? ウナギって本当に美味いんすか? 骨は多いし泥臭いし、見た目も悪いしで美味くないっすよ?」
「俺が食べてたウナギは美味しかったよ。問題は捌きかたと泥抜きじゃないかな?」
よく知らないけど、淡水魚の臭みってそんな感じだった気がする。
「そうなんすかね?」
しきりに首を傾げる連絡役。俺としてはグルメ漫画のうろ覚え知識だけど、上手に料理できさえすれば大丈夫だと思っている。ウナギが広まるかはジュードさんが集めてくれた料理人次第だな。
***
「ブラストさん、場所を貸してくれてありがとうございます。ジュードさんも料理をしてくれる人を集めてくれて助かりました」
ブラストさんの家に到着し厨房に案内されると、そこにはすでにブラストさんが待機していた。親分なのにいいんだろうか? とりあえずいきなり先生とか言い出しそうなので、お礼を言いながら一応お願いしておく。
「なに、ウナギの美味い食い方らしいからな。本当ならスラムにも恩恵がある。楽しみにしてるぜ!」
「はは、まあ頑張ります」
ブラストさんとジュードさんに挨拶をしたあと、ウナギを捕ってきてくれた少年達のところに向かう。
「やあ、ウナギは捕れた?」
「ああ、罠を増やしたから結構捕れた。この樽の中に入ってる」
リーダーの少年が樽の蓋を外し、中を見せてくれる。おおう、ウネウネと結構な数のウナギが入っている。待望のウナギではあるんだけど……気持ち悪いです。
「大量だね。何匹捕まえたの?」
「えーっと、一番向こうの樽が、話を聞いてすぐに捕った奴で八匹。真ん中の樽が昨日捕った奴で三十四匹。この樽には四十六匹入ってる。全部言われた通りに小まめに水を入れ替えて生かしてるぞ」
おお、思った以上に大量なんですけど。全部で八十八匹か……ウナギに人気がないと結構簡単に捕れるものなのか? とりあえず今日使う予定の八匹のウナギを確認する。
……ふっ、見てもウナギの目利きなんてできない事が分かった。まあ、綺麗な水でウネウネ動いているから問題ないだろう。この八匹を調理してみるか。
「うん、ありがとう。俺が望んだとおりだよ。もう、報酬は受け取った?」
少し不安そうにしている少年に声をかける。
「まだもらってない。お兄さんの確認が終わってからだって」
「そうか、ジュードさん、彼らに報酬を渡してください。できれば細かくして渡してくれると助かります」
「準備してあるので大丈夫です。では報酬を支払いますね」
ジュードさんが子供達に八万八千エルトを支払い、俺に一万二千エルトを渡す。かなり頑張ってくれてたみたいだし、ボーナスとして一万二千エルトも渡していいんだが、たぶんジュードさんに止められるからやめておこう。子供達は八万八千エルトを手に入れ、大はしゃぎしている。
「ジュードさん、彼らがお金を持っていると、危ない目に遭ったりしませんかね?」
「大丈夫ですよ。あの子達も自分が価値のある物を持っていても危ないって理解してます。当面の必要なお金以外は、この家に預けるでしょう」
スラムって無法地帯かと思ってたけど、中に入ると結構助け合いもやってるんだな。さて、支払いも終わったしいよいよウナギに取り掛かるか。ジュードさんに料理をしてくれる女性達を紹介してもらう。
全部で五人か。四人のおばちゃ……女性と、その中心にブラストさんの娘さん……えーっと、エレンさんがいるな。心配事が減ったからか、表情が少し明るくなってるように見える。まあ、昨日はブラストさんが切られたり刺されたりしていたから気が気じゃなかっただろうけど……。
「では、みなさんにはウナギの捌き方を教えます。注意点としては手にケガをしている人はウナギを捌く事を控える事。ウナギの血には毒があるので、血の付いた手で目や鼻や口などに触らないようにしてください」
注意事項におばちゃ……女性達が問題ないとの返事をくれる。なんか度胸が据わってそうな女性達が多いから心強い。なんとなくだけど、スラムの中で立場がある人の奥さんで、しかも旦那を尻に敷いてる気がする。
……考えると悲しくなりそうだし、とりあえず準備をするか。昨日買ったウナギを捌くのに必要な道具を魔法の鞄から取り出して並べる。といっても目打ち用の鉄串と木のまな板と金槌だけだけどね。
「あの、まな板なら新品を使わなくても、そこに準備してありますよ。あと、料理に金槌を使うんですか?」
「ええ、あの串でウナギが動かないように頭を止めるんですよ。金槌は串を打ち込む時に使います」
エレンさんが教えてくれるが、鉄串で穴を開ける事になるから人の家の物を使うのは気まずい。俺が用意したまな板を使ってもらおう。
「じゃあ、手順を説明します。まずウナギを…………」
できるだけ詳しく漫画知識を女性達に伝える。背開きと腹開きをどうしようかとも思ったが、俺にはどちらがいいのか判断できないので、両方教えてやりやすい方法を選んでもらった。あとは肝と中骨を取り外すんだけど、詳しくは分からないから、女性陣の腕前に期待しよう。
「えーっと、適当ですみませんが、こんな感じでお願いします。質問はありますか?」
「やってみないと分からないね。その都度質問するって事でいいかい?」
女性陣のなかで一番貫禄がある人が発言した。もっともだな。
「分かりました。じゃあ始めましょうか。まずはウナギをまな板に載せて、鉄串を頭に打ちつけてください」
女性陣が俺の言葉で動き出す。樽の中からズムっとウナギを掴みだし、ドンっとまな板に載せる。バタバタと暴れまくるウナギ。元気いっぱいだな。
そういえばウナギを捌く前には氷水で冷やして大人しくさせるって書いてたような……一応、魔法の鞄にはディーネに作ってもらった氷が入ってるが、スラムだと入手が難しそうだし、このまま慣れてもらおう。頑張ってください。
読んでくださってありがとうございます。