三百十二話 ベリルの宝石
ブラストさんのところの抗争も片付き、ケガ人の治療も終わったので、宴会の誘いを断り服屋に直行した。店長さんの言葉で、小物にも気を配ろうと思います。モテたい。
「これは、派手すぎですかね?」
金に大粒の宝石がゴロっとついたブレスレットというか、筋トレに効果がありそうな腕輪を店長に見せる。
「派手というか、王宮の宝物庫にありそうな品物はちょっと……」
かなり派手だと思ったが王宮の宝物庫クラスの品物なのか。まあ、迷宮の深い場所から出た財宝だから、それくらいの価値があってもおかしくないんだろうな。価値がありすぎて使い辛いけど。
「じゃあ、こっちの大きな宝石がついたネックレスはどうです?」
「それは女性用ですね。あと、ついている宝石が大きすぎます」
むー、難しい。どうすればいいんだ? 王都一のクラブに身に着けていけない宝石って、意味がないよね。王族とか貴族のパーティーとかで使うのか?
「とりあえず、これらの品物は鞄に戻してください。高価すぎて使えません。王族や大貴族が晴れの日に身に着ける品物です。こんなのを普段使いしているとむしろ引かれますよ。っていうか本当になんでこんな品物をゴロゴロ持ってるんですか!」
ゴッソリと取り出した財宝が、半分キレぎみの店長にセレクトされて削られる。気合を入れて取り出したら、大半が使えない品物だったらしい。日本では、高級腕時計をつけて飲み屋に行くとモテやすいって聞いた事があったが、宝石の場合はTPOも考えないと駄目らしい。
「とりあえず、俺の身分とかそういうのは気にしない方向でお願いします。それで、装飾品なんですが、結局どれなら大丈夫なんですか? いま残ってるやつを片っ端から?」
モテるのなら成金と言われようが全然平気です。
「いえ、ベリルの宝石に勤めている女性達は目利きも一級ですが、様々な見識を持つ知識人でもあります。お金がある事は大切な魅力の一つですが、アピールするにしても露骨なアピールは下品だと嫌われますね。ベリルの宝石クラスのお店ですと、お金があるのは当然、その上でいかに粋に会話を熟すかが重要になります」
……なにそれ、難しいんですけど。なんか俺の想像していた飲み屋と方向性が違う気がする。おそらくだけど、豪華な部屋で気分よくおもてなしされる感じじゃなさそうだ。
粋に会話を熟すってどういう事? インテリっぽく経済の話をすればいいって事じゃないよな? 少しテンションが下がったが、ここまで準備して行かない選択肢はない。とりあえずは遊びに行って肌に合うか合わないかの確認はしておこう。
「もう、分からないので、ちょうどいい塩梅で選んでください」
たぶん、ファッションに情弱な俺が気合を入れても恥をかく世界だな。ここはプロに丸投げしよう。
***
「こんにちは。これなら問題ないですよね!」
ベリルの宝石のガードマンに自慢げに話しかける俺。昨日は止められて仕事を探しにきたと思われたが、今日は服装もバッチリで予約もしてある。完璧だな。
「え、ええ、気品漂うお姿ですね。ですが……」
あれ? なにか言い辛そうにガードマンが俺を見ている。服屋の店長さんのコーディネートになにか問題が?
「えーっと、なにか失敗しました?」
「こういうお店に不慣れなご様子……失礼かとも思いますが、ご忠告させて頂いても?」
おそるおそるといった感じで発言するガードマン。昨日も止められはしたが、話にも付き合ってくれたし悪い人じゃなさそうだよな。忠告ならばぜひ聞かせて頂きたい。
「お願いします」
「分かりました。えー、そういった身なりで高級店をご利用なさる場合は、馬車をお使いください」
……なるほど、ごもっともです。異世界にきてからシルフィに運んでもらう時以外は、基本的に徒歩だったからスッパリ頭から抜けてたよ。
「ご忠告感謝します。とりあえず今日はこのまま中に入っても?」
周りを走り回っている馬車を見ても、いっさい自分で利用しようとは思わなかったもんね。そもそも馬車ってどこで借りるんだ? それ以前にこういった店にくる人達って自前の馬車っぽいよね。いまから馬車を借りろとか買えって言われたら、さすがに辛い。
「どうぞお入りください」
ドアを開けてくれるガードマン。よかった、追い返されなくて。中に入ると支配人のジャンニノさんが出迎えてくれた。……歓迎されているというよりも、警戒されているように感じるのは俺だけなんだろうか?
「どうぞこちらに」
挨拶したあとにジャンニノさんに案内されて、店の中を進む。
「……あの、なんで誰にも会わないんですか? 他のお客さんは?」
「当店の個室は人目を気にせずにご利用いただくために、他のお客様と出会わない作りになっております」
なるほど、立場のある人がお忍びで遊びにくるわけだな。そして俺は、完全に信用できないが、無視するには危険な短剣を持っていたから隔離されたという事か。納得しました。隔離するなら服装とかどうでもいいじゃんって言いたいところだが、ジャンニノさんの気持ちも分かるから、黙って従おう。
***
「あら、もしかして緊張されてますか?」
「え、ええ、まあ、少しだけ?」
ジャンニノさんに案内されて豪華な部屋に入ると、二人の美女に出迎えられた。でも、美女ならうちの大精霊達に慣れている俺が、そこまで緊張するはずがない。緊張するはずがないんだが、さすが王都一の最高級クラブの女性……シルフィ達には感じた事がない、生々しいまでの色気を感じる。
ゴージャスだが下品さの欠片もない部屋。煌びやかなドレスに身を包み、一部の隙も感じられない身だしなみ。ほのかな香水の香り。優雅に笑う二人の美女。座っているから大丈夫だが、立っていたら小鹿のように足が震えていただろう……はい、僕、マックスで緊張しています。
ジャンニノさんが基本は二人だが女の子を増やす事もできると教えてくたれが、断ってよかった。一瞬大人数の女の子にちやほやされたいって思ったけど、今の俺を考えるとそんな事をしてたらビビって小さくなってただろう。
「ふふ、では、リラックスするためにも、なにかお飲みになりませんか?」
そうだな。自分でも分かるくらい緊張してるし、お酒を飲んで緊張から解き放たれよう。こういう店だしエールで乾杯ってのは違うよな。
「では、白ワインをお願いします」
熱に浮かされたようにふわふわとした心地で、お酒を頼みグイっと一気飲みする。一気ってのも店の雰囲気に合ってないんだろうけど、リラックスするためだから許してほしい。
ふー、アルコールが入って少し落ち着いたな。よく考えればこの店に出禁になったからって死ぬわけでもない。ただ、高級クラブが肌に合わなかったってだけの話だ。どうせなら普通に楽しもう。
そう考えるとふわふわしていた気持ちが落ち着き、霞がかっていた視界が視界が開けた。ちょっと自棄になっている気もするが、緊張しまくっているよりもマシだろう。
「落ち着きました。俺だけ飲んですみませんね。二人も自由に飲んでください」
「ええ、いただきますね」
「どうぞどうぞ、えーっと……」
「私の事はクリスと呼んでください」
優雅に微笑みながら名前を教えてくれるクリスさん。金髪碧眼での、泣きぼくろ付きの色気ムンムンのお姉さんだ。たぶん、俺の方が年上だけど。クリスさんの自己紹介のあとにもう一人も自己紹介してくれる。
ロミーナと言うらしい。銀髪のロングに銀の瞳。氷の女王様って感じのクール系美人。なんていうか、北欧風のスタイリッシュ美女って感じだ。たぶんだけど、人間じゃないな。サキュバスのお姉さんとは雰囲気が違うけど魔族なのかもしれない。これぞ異世界って感じの美女だ。
二人とも王都一のクラブに勤めているだけあって、それぞれに魅力的なんだけど、昨晩は大きさこそ正義なお店に行ったからか、母性の象徴部分が物足りなく感じる。二人とも十分なサイズはあるみたいだから、変なところに後遺症が出ているようだ。
「俺の事は太郎って呼んでくれ。高級な店は初めてだから、変な事をしたら注意してくれると助かるよ」
しょっぱなから完全に空気に飲まれたから、カッコつけるのはやめだ。ついでに敬語も使わないでおこう。だってこの人達相手に敬語でしゃべってたら、下手に出過ぎて更に恥をかく予感しかしない。
「ぷふっ」
ぶっちゃけたらなぜか、銀髪クールビューティーのロミーナさんに笑われてしまった。さっそくおかしな事を言ったのか? 不思議に思ってロミーナさんを見つめる。
「あはは、うん、ごめんなさい太郎様」
様付け? ……そういえばこの店って偉い人が沢山くるんだったな。そう考えると様付けがデフォルトなのかもしれない。
「別に笑うくらい構わないけど、なにが面白かったの?」
冷静そうなロミーナさんが笑った事で、なんとなく気が楽になったし本当に構わないんだが、笑った理由は気になる。
「ん、んん。ごめんなさいね。別に太郎様をバカにした笑いじゃないのよ。でも、初めての高級店がベリルの宝石に一人でって……ふふ、どうなったらそういう流れになるのかしら?」
あー、なるほど……普通だとベリルの宝石には来れないし、この店に初めてくる時は普通、誰かの紹介だから一緒にくるんだろうな。まあいい、この世界のハイソな話なんて俺にはできないし、逆に話題ができて助かったと思おう。
「あはは、まあ、どうせならいい店で飲みたいって思って、昨日この店に飛び込んだんだ。でも、ジャンニノさんにその恰好じゃ駄目だって言われて、急いで服を仕立てて頑張ったんだよ」
ドヤ顔で苦労話をしてみる。確実に高級店でする話でもないが、笑ってくれるなら頑張っちゃうよ。笑わせているって言うよりも、笑われている気もするが、そこらへんは気にしないでおこう。
「ぷふっ、もう駄目。それで支配人が困った顔をしてたのね。あの人を困らせるなんてすごい事なのよ」
そこまで笑いが取れる話ではないと思うんだが、ロミーナさんが大笑いしだした。どうやらツボにハマってしまったらしい。クールな見た目から想像できないくらい笑っている。
「ちょっとロミーナ、落ち着きなさい」
さすがに不味いと思ったらしく、クリスさんがロミーナさんをなだめにかかる。うーん、確かに高級店だとこんな感じの笑いは駄目なのか? でも、日本だとおじさんのくだらない話を、一緒に笑っていい気分にしてくれるイメージなんだよな。まあ、想像していた流れとは違うが、しっかり楽しもう。
読んでくださってありがとうございます。