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三百十話 ネッロの悪夢と盾の恐怖

「ボ、ボス、大変です!」


「あん? 騒がしいぞ。がたがた騒いでんじゃねえ」


「す、すいません。じ、じ、実は、ブラストの奴の毒が治ったそうで……」


「はぁ、そんな事あるわけねえだろ。あの毒は最上級の解毒薬か万能薬でもねえと治せねえって、盗賊野郎が言ってたんだぞ。義理だの筋だの言ってるブラストの野郎に手に入れる事なんか不可能だよ」


 現にブラストんところは必死で解毒薬を探しているが、中級程度を手に入れるのが精一杯だ。ブラストはいずれ死ぬ。今すぐ攻めて潰してやってもいいが、あいつ人望だけはありやがるからな。今攻めると親分を守るとか言って死に物狂いで抵抗する可能性がある。


 ブラストの野郎が死んで気落ちした奴らを潰した方が、手間が省けるってもんだ。高い金がかかったが、あの冒険者崩れを雇って正解だったな。これでスラムは俺の物だ。


「それが、なんか、すげえ腕前の神官ってのが現れたらしくて、ブラストの息がかかった住人の大半が、ケガや病気を治療してもらったそうです。ブラストも元気になって炊き出しなんかもやってると報告が……」


「……あん、なんだそのバカらしい話は。そんなことあるわけねえだろ。バカな噂に踊らされてるんじゃねえ」


 回復魔術を独占して、俺達でさえ引くような腐った奴らが、善意でスラムの住人の治療? 今時、あり得なさ過ぎて子供の絵本にもならねえな。


「それが、ブラストのところに潜り込ませた奴からの連絡で、本当に治ったらしいです。今は治ったばかりで安静が必要って事ですが、顔色も戻って飯も食ってたらしいです」


「冗談じゃ済まねえぞ。本気で言ってんのか?」


「自分も見てきやしたが、大規模な炊き出しをやってるのは事実でした。それと、ブラストの姿は確認できやせんでしたが、手下共は沈んでたのが一転、元気にはしゃいでやした」


「あの、冒険者共を呼べ」


 なんだ? 罠か? ブラストが死んで、それを隠すための空元気か? だが潜り込ませた奴の家族は人質にしてある。裏切って俺に逆らうなんてできねえはずだ。


 ***


「どうしたいネッロの旦那。いい気分で飲んでたのに、無理矢理呼び出すなんてひでぇじゃねえか。俺達は金で雇われてはいるが、なんでもあんたのいう事を聞く手下じゃねえぞ」


 元冒険者の盾役、リーダーのタリスが不満げに文句を言う。


「たしかにお前達は手下ではないが、大金を払ってるんだ。仕事はきっちりやってもらうぞ。……それで、ブラストの毒を凄腕の神官とやらが治したらしい。どういう事だ? 神官なら治せるのか?」


「ふひゃひゃ、俺の毒が神官に治せるかって? そうだな、治せるかもしんねえな、大司祭クラスの凄腕ならな。あいつらがスラムの住人のために回復魔術を使ったってか? おいおい、そんな奇跡があるのなら、俺は今から敬虔な神の信徒になるぜ! 冗談が下手だなネッロの旦那」


 馬鹿笑いする盗賊。冗談か。自分が聞いても下手な冗談で済ませるだろうな。


「ブラストのところに潜り込ませている奴からの連絡だ。今は安静にしているらしいが、飯まで食ってたそうだ。お前の毒は飯が食えるほど弱いのか? ちなみに潜り込ませている奴の家族は人質に取ってある。裏切りの可能性は低い」


「……たしかにあの毒は治療が不可能ってわけじゃねえ。だが、たとえ治療できたとしても、すぐに飯が食えるほど甘い毒でもねえぞ」


「じゃあ、どういう事だ? 毒にかかってなかったって事か?」


「いや、俺が用意した毒矢は、ヤルノが確実にブラストに打ち込んでた。毒を食らってねえ訳がねえ。事実、あいつらは解毒薬を探し回ってたんだよな?」


「ああ、あいつらは伝手がない店まで手あたり次第に声をかけていたな」


 ブラストの野郎が毒にやられてたのは確実だろう。


「……サッパリだな。俺が想像もつかねえような回復魔術を使える神官が、完璧に治療したか。あのブラストって奴がバケモノって事なんじゃねえか? その潜り込んでる奴が騙されてなきゃな」


 チッ、あの野郎がバケモノって事は否定できねえ。意味が分からねえ理屈で、意味が分からねえ力を発揮しやがるからな。そのせいで何度殺し損ねたか……。


「おい、もう一度潜り込ませている奴に連絡を取れ。ブラストの状況を確実に探らせるんだ。分かったな」


「はい」


「事と次第によっちゃあ、お前達にももうひと働きしてもらう事になる。準備をしておけ」


「おいおい、俺達はネッロの旦那の手下じゃねえ。命令されるいわれはねえぞ」


「契約はブラストの息の根を止める事だ。今の話が本当ならお前達の仕事はまだ終わってないはずだが? 毒を打ち込んだが、死ななかったで仕事が済んだ事になるのか?」


「……チッ。分かった。準備しておく」


 ***


「まじかよ。本当に生きてやがった。しかもピンピンしてやがったぞ。クソが!」


「おい、あそこまで追いつめておいて逃がすとは、どういうつもりだ。さっさと止めを刺しておけばよかっただろうが」


 ネッロの野郎が、ギャーギャー喚く。


「うるせえ! 最後にうちのダノンがぶっ飛ばされたの見てただろうが。ボロボロになろうが最後まで迂闊に手が出せる相手じゃねえんだよ。それよりもてめえの部下が、背後からの奇襲におたつきやがるから隙ができたんだろうが」


 あの、ブラストって野郎、本当に人間か? 切られて刺されて血を吹き出しまくって、なんであんなでっかい金棒を振り回せるんだよ。意味が分からねえ。


「チッ、まあいい、いくら何でもあれだけ切り刻んだんだ。しばらくは動けえねだろう。俺らも休憩するぞ。いいよな、ネッロの旦那」


「……まあいいだろう。だが休んだらまた戦ってもらうぞ。今度は確実にブラストを殺すんだ」


 自分では戦わねえくせに好きかって言いやがって。まあ、慎重に止めを刺せば仕事は終わりだ。まずはしっかり休まねえとな。


 ***


「おいおいおいおい、ネッロの旦那よ。俺達はバケモノ退治の依頼を受けたわけじゃないんだが? それとも双子……いや、毒の事を考えれば三つ子か? 人数を誤魔化すのは契約違反だぜ」


「知らん、ブラストが三つ子なんて話聞いた事がない。あいつは一人しかいないはずだ」


「なんでさっき切り刻んだブラストの野郎が、ピンピンして金棒振り回しながら出てくるんだよ」


「知るか。どうでもいいから今度こそあいつの息の根を止めてこい。分かったな!」


 チッ、簡単に言いやがって。こっちは一人減ってるんだぞ。とはいえ、金はもらっちまってる。あいつがブラストじゃねえって証明できねえ限り、逃げたら契約違反だ。冒険者の肩書を失った上に、裏の世界でも悪評が立っちまったら洒落になんねえ。今度こそあいつを殺す。それしかねえ。


「いいか手前ら、あのバケモノは俺が抑える。その隙に何としてもあいつを殺せ。コルン、この際バケモノをしとめるのが優先だ、毒や道具もガンガン使え。費用は俺が持つ」


「リーダー、費用を持ってくれるのはありがてえが、それ以前に俺は向こうの奴らにマークされてる。そっちをなんとかしねえと自由に動けねえよ」


「バケモノの相手をしながらそこまで面倒をみられるか。ネッロの部下を使ってなんとかしろ! チッ、もうきやがった行くぞ!」


 バカみたいにデカい金棒を叩き込んでくるバケモノの前に出る。クソがっ! 人間のくせにトロルよりも断然威力が上とかバケモノが。


 …………おいおい、なんだよ、どういう事だ? このバケモノ、周囲を無視して狂ったように金棒を俺の盾に叩きつけてやがる。クソ暑いこの国で背筋にゾッとする感覚が走る。まさか……俺を狙っているのか? ちくしょう腕が痺れてきやがった。


 ***


「ネッロの旦那、もう無理だ。撤退しようぜ」


「撤退?ふざけるな! 貴様等はさっさとブラストを殺せばいいんだ。俺との契約を破って王都で生きられると思うなよ! 逃げやがったら賞金首だ、嫌ならきっちりブラストを殺せ!」


 盗賊、たしかコルンとか言ったか? ふざけた事を言いやがって、この状況で撤退? 全面戦争だぞ、負けたら俺の影響力はがた落ちだ。絶対に負けられねえんだ。俺はスラムを支配して、いずれはこの国を裏から支配する絶対者になる男だぞ。


「じゃあ、最上級の回復薬を溢れるほど用意しやがれ。うちのリーダーは両腕ポッキリ逝っちまってんだよ。リーダーなしであのバケモノの相手をするくらいなら、賞金首の方がマシなんだよ。だいたい、向こうはブラストだけじゃねえ、たしかにぶっさした奴が血まみれの服で元気に戻ってきてんだぞ。どうやって勝つ気なんだよ。相手の倍いた人数が、もうこっちの方が少ねえぞ」


「ぐっ……」


 たしかにあいつらは、ケガしてもピンピンして戻ってきやがる。噂の神官が治療しているのか? だが、攻める前の情報では、ブラストのところには神官なんていないと連絡がきている……いったいどうなってやがるんだ。


「とにかく撤退なんてありえねえ。お前等には高い金払ってるんだ。その分の働きはしてもらうぞ!」


「話になんねえな。こっちは防御の要のリーダーと仲間が一人減ってるんだ。賞金首になろうがここで死ぬよりかはマシだ。俺達は引くぜ。賞金首にしたかったら好きにしな。まあ、この抗争のあとで、あんたが生きてたらな!」


「俺をコケにしやがって、許せねえ。おい、こいつらを殺せ!」


「ボス! ブラストがまた出てきました!」


 なに!


「はは、本当にバケモノだな。どうするんだネッロの旦那、俺達を殺そうとしている間に、あのバケモノが襲いかかってくるぜ! 今度はリーダーがいねえ、すぐだぜ!」


「クソが! てめえら、なにをやっても構わねえ、絶対にあのバケモノを殺せ! 殺したら金も女も思いのままだ。幹部にしてやるぞ!」


「まあ、せいぜい頑張りな! じゃあ俺達は消えるぜ!」


 あいつらの始末はブラストを殺してからだ。絶対にむごたらしく殺してやる。ゴガン!


「よお、ネッロ。久しぶりだな。会いたかったぜぇ」


「ひっ、ブラスト! なんでここに……」


 周りを見渡すと部下共が転がってうめいている。一瞬でこいつらをぶっ飛ばしたって事か?


「なんだよ、喧嘩を売ったのはてめえじゃねえか、わざわざ会いにきてやったのに連れねえなあ」


「ふざけんな、しぶとく生き残りやがって、何で死なねえんだよバケモノが!」


「おう、俺ぁ不死身なのかもな。そう言う訳でさよならだ。あばよネッロ」


 ブラストが野獣のような微笑みを浮かべ、金棒を振り上げる。ちくしょう、絶対に俺が勝ってたはずなのに、なんでこんな事になりやがった。納得がいかねえ。

本日8/25日、デンシバーズ様にて第5話が公開されます。

今回は水の大精霊が……大きい……どうぞよろしくお願い致します。

デンシバーズ アドレス

http://denshi-birz.com/seirei/


読んでくださってありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 天秤にかけて、撤退する殺し屋。現実味がある。
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