三百七話 抗争の状況
スラムで抗争が起きている事を聞き、シルフィを召喚してスラムの状況を確認してもらった。どうやらブラストさんは劣勢のようで、籠城しているらしい。
「それで、どうするの?」
シルフィが俺に聞いてくる。どうするって言われてもな、心情的にはブラストさんを応援しているが、俺がシルフィにお願いして、ブラストさんを助けるってのも違う気がするんだよな。自分の身を守るためならともかく、抗争のお手伝いで大精霊が暴れる……なんか違う気がするな。どうしよう?
「裕太、あそこで外の様子を伺ってるのがいるわよ。昨日ジュードの周りにいた、取り巻きの一人じゃない?」
悩んでいると、シルフィが俺に注意を促した。たしかにスラムの路地からキョロキョロ外の様子を伺っているガラの悪いおっさんが二人。警備兵が近くを通ると慌てて顔を引っ込めている。
(シルフィ、あの二人、ジュードさんの周りにいた人なの? みんなガラが悪かったから、正直よく見てなかったんだよね)
むさい男達を凝視して顔を覚える趣味はないし、どうにもハッキリと顔が思い出せない。
「私も何となくしか覚えてないわ。けど、なんとなく見覚えがあるしそうなんじゃないの? とりあえず、裕太が顔を見せてみれば? 向こうが覚えているなら少しは反応するわよ」
それもそうか。
(じゃあ、見えやすい位置に移動するね)
なんだか雰囲気に流されて、悪い事をしているわけじゃないのにコソコソと移動する。別に隠れる必要はないんだけどな。外の様子を伺っている二人の男の前に姿を晒す。おっ、目が合った。
二人のガラの悪い男が、顔を見合わせたあと大喜びした雰囲気で俺の方に手を振ってくる。あんまり嬉しいシチュエーションじゃないな。でもまあ、俺の顔を知ってるって事は、シルフィが言った通りジュードさんの取り巻きの二人なんだろう。
少しげんなりとして手を振り返すと、身振り手振りでこっちに来いとジェスチャーをしだした。
(ねえ、シルフィ。あの二人、ものすごく喜んでいるみたいなんだけど、もしかして、スラムの外の様子を伺ってたのは、俺が目的だったりするのかな?)
「さあ? ま、行ってみれば分かるんじゃない?」
それはそうなんだけど、自分から行くのはともかく、あのガラの悪い人達に呼ばれて行くのは、嫌な予感がするんだよな。めちゃくちゃ必死に手を振ってるし……とりあえず行ってみるか。一応警備兵とかもいるから、ローブを着てフードを被っておこう。
着替えたあとに、警備兵の視線が途切れるタイミングでスラムの路地に走り込む。なんか背後で声が聞こえたけど、見つかっちゃったか?
「先生、助かったっす! こっちにきてくださいっす」
グイグイとローブを掴み、路地の奥に連れて行こうとするガラの悪い二人の男。
「ちょ、ちょっと待って。一体どういう事なのか説明してくれ。スラムで抗争が起こったって聞いて様子を見にきただけで、状況がまったく分かんないんだ」
「あっ、そうでした。すいやせん先生。自分達はジュードの兄貴に言われて、先生を捜しにきたんっす。どこを探せばいいのか困ってたんすけど、先生がすぐに見つかって安心っす。力を貸してほしいっす」
ちょっと聞き取り辛いぞ。もしかして、っすってつけたら敬語になるとか思ってるのか?
「とりあえず少し落ち着いて、ジュードさんがどうして俺を呼んでるんです?」
「そうだったっす。親分が大怪我したんっす。なんとか先生のお力をお借りしたいってジュードの兄貴からの伝言っす!」
「へ? 昨日治療したばかりだよね? なんでブラストさんが大怪我してるの?」
「ネッロの奴が襲撃にきたんっす! 親分がぶっ飛ばすって突撃したんっすけど、あいつら卑怯にもつえー助っ人を雇ってやがったんす。それで親分ボコボコっす!」
…………親分ボコボコっすって意味が分からないよ。
「まず、なんで親分が突撃してんの?」
「親分いつも言ってるっす。一番えれー奴が、一番最初に突っ込むんだよ! だから下の奴らも勇気が出るんじゃねえかって。親分カッコイイっす!」
親分カッコイイっす! じゃねえよ。それってどこの戦国武将の話ですか? 裏社会のボスにも当てはまる理論なの?
「でも、それで負けたら駄目だよね?」
「それは結果論っす! 親分はカッコイイっす!」
……とりあえずブラストさんが慕われているのは分かった。えーっと、要するに俺は突撃して返り討ちにあった親分の治療のために、力を貸してほしいって事か? なんか激しくやる気が出ないな。
「先生、親分結構ヤバいってジュードの兄貴が言ってたっす。早く一緒にきてくださいっす」
思い出したように焦るガラの悪い男達。関わり合いになりたくなくなってきたんだけど、結構ヤバいらしいブラストさんを見捨てるのも後味が悪い。……行くしかないんだろうな。
「分かりました。案内してください」
「了解っす!」
早く早くと急き立てる男達に案内され、スラムの細い路地を移動する。今までスラムの中でも大きな道を選んで歩いていたから、ガラリと変わる雰囲気に驚く。俺が通っていた場所はスラムの中でもマシな部分だったようだ。
石造りの家の半分が倒壊していて、その部分に木材を張り付けて無理やり家の形にしたものや、倒壊した石を再び無理やり積み上げたような家……地震が起きたら相当危なそうだ。
「こっちっす!」
奥の細い路地の突き当り、ボロボロの家の中に案内される。なんでこんなところに? ブラストさんは家にいないの?
家の中には、一応家具が揃っているようだ。男達はボロボロのソファーの裏に回り込むと、床板を剥がしはじめた。
「ここは親分の家までの隠し通路っす。親分の家は囲まれてるんで、ここから行くっす」
隠し通路か、漫画やラノベとかで見た事あったけど、まさか俺自身が通る事になるとはな。人生って何があるか分からないね。光球を浮かべて隠し通路を進む。一応板や石で補強はされているようだけど、ところどころ崩れていて、洒落にならないくらいに怖い。
隠し通路ってもしもの時の命綱だよね。せめて管理はしっかりしてほしい。逃げる時に土砂で埋まってたとか普通にありそうだ。ビクビクしながら速足で進む。ノモス、召喚しようかな?
「ついたっす! 先生、急ぐっす!」
ノモスを呼ばなくても無事に隠し通路を抜けられた。男達にせかされて階段を上る。
「ジュードの兄貴ー、先生をお連れしたっすー」
ローブを引っ張られながら騒ぐ男達に連れられて、ブラストさんの家の中を走る。たぶんブラストさんの部屋に向かってるな。
予想通りブラストさんの部屋の前でジュードさんが待機していた。
「先生、急におよび立てして申し訳ありません。親父がヤバいんです。力を貸してください」
頭を下げたあと、有無も言わさず部屋の中に連れ込まれた。
「先生、父を助けてください!」
ブラストさん娘さんのエレンさんが縋り付いてくる。この人、ヴィータに治療してもらって、体調がよくなったはずなのに、またやつれている。この人も大変だよな。
父親が毒で死にかけてようやく復活したと思ったら、次の日には助かったはずの父親がボコボコにされて死にかけている。それはやつれるよ。
ブラストさんを見ると、顔まで包帯でグルグル巻きになり、血がにじんでいる。かなり手酷くやられたらしい。
「ネッロが雇った元冒険者のパーティーが、親父をなぶりものにしたんです。その時にそのパーティーの弓使いが、どうやってあの毒から復活したのか聞いていました。毒の矢もあいつらだったんです。親父も気合で一人を道連れにしたんですが、力およばす……」
悔しそうにジュードさんが言う。こんなになっても一人を道連れにする根性はすごいけど、そこからどうやって戻ってきたんだろう? 心配そうに俺を見るジュードさんとエレンさん。とりあえずこの状況で見捨てるほど俺の心は強くない。ヴィータを召喚すると、シルフィが状況を説明してくれる。
「はは、昨日治療したばかりなのに、次の日にこの大怪我か。襲われたのならしょうがないかもしれないけど、嬉しくはないよね」
ヴィータが珍しく頬を引きつらせて言う。俺が思うに敵に突っ込んでなければ、もう少しマシだと思うんだけどね。まあ、せっかく治したのに簡単に怪我されたら嫌だろう。あとでしっかり釘をさしておくから勘弁してほしい。
「じゃあ、治療しますね」
前回と同じく右手をかざし、それに合わせてヴィータがブラストさんを治療してくれる。
「裕太、傷は治したし、体力も回復させたよ。血もある程度補ったけど、限界がある。安静にするように言ってね。まあ、敵に囲まれている状況らしいから、無理なのかもしれないけどね。それと、あんまり争いに関わりたくないけど、他にもケガ人がいるのなら治療するよ。裕太がいるって事は、こちら側を応援しているんだよね?」
まあ、ネッロって人に会った事がないから判断は難しいんだけど、周囲の評判を聞くとブラストさんの方が数倍マシそうだよね。俺は頷いてヴィータに目線でお礼を言う。
「ジュードさん、エレンさん、治療は終わったのでもう大丈夫ですよ。包帯も外して構いません。ですが、治ったばかりですので、無理をさせないようにしてください」
「先生、ありがとうございます」
俺にお礼を言って、ブラストさんの様子を確認するエレンさん。ジュードさんもホッとした表情だ。
「ジュードさん、争いがあったのならケガ人がいますよね。治療しますから人を集めておいてください」
「ありがとうございます。下に重傷の奴らを集めていますので、お願いします」
もともと頼まれる予定だったんだろうな。ジュードさんに案内されて、ケガ人の部屋に向かう。途中でなぜ包囲されているのに、攻め込まれないのか聞いてみた。
どうやらブラストさんが大暴れしている隙に、ジュードさん達が隠し通路を使って背後から奇襲を仕掛けたそうだ。それで、混乱してブラストさんとジュードさん達を逃がしちゃったから、相手も迂闊に手が出せなくなっているらしい。なんか本当に戦争って感じだな。
ジュードさんがケガ人を集めた部屋のドアを開ける。うわー、生々しいケガ人が沢山……血と汗の臭いが混じり、嫌な空気だ。急いでヴィータにお願いして一人一人の治療を済ませる。
「ジュードの兄貴、大変っす! 親分がネッロのところに殴り込むって準備を始めたっす。今、エレンお嬢が引き留めてますが、止まりそうにないっす!」
ケガ人の治療を終える頃、目覚めたブラストさんが動き出したらしい。もう殴り込む準備とか……あれだな。説教のお時間だ。一応、俺が治療した事になってるんだから、怒る権利があるよね? 問題は、会社の後輩にすら、あんまり効き目がなかった俺のお説教が、スラムのボスに通用するかだな……。
読んでくださってありがとうございます。




