三百三話 腰が抜けそうだ
歓楽街(高級路線)で一番高級そうな店に飛び込むと、長い歴史を持つ王都一の高級クラブだった。色々と難関があったが、クリソプレーズ王国の王様にもらった短剣を見せると、身なりを改めて個室なら店に入る事を許された。俺の予想では、支配人のジャンニノさんの機嫌が少しでも悪かったら、入店拒否されそうなくらいギリギリだったな。
「お客様、さすがに明日の夕方までに、フルオーダーの一着をあつらえるのは厳しいですよ」
ジャンニノさんに教えてもらった服飾店に行き注文を伝えると、速攻で難色を示された。ジャンニノさんの言ってた通りだな。
「ええ、難しい事はベリルの宝石のジャンニノさんに聞きました」
「ジャンニノさん? ベリルの宝石? それは支配人のジャンニノ様ですか?」
ジャンニノさんって知名度もあるんだな。それに店長さんの背筋がピシってなった。俺と話している時は面倒臭そうなのが、垣間見えてたのに……。
ジャンニノさんから服飾店への紹介状がもらえたらよかったんだけど、服をどう用意するのかも、お客様の技量の内ですって言われちゃったもんな。追試をくらった気分になったよ。あれは理由をつけて、俺が来なかったらいいのに思ってたな。なんか、逆に燃えてきた。
「はい。どうしてもベリルの宝石で遊びたいと言うと、その恰好では駄目だと言われたんです。明後日には王都を出ますので、なんとか明日の夕方までにお願いします」
また次に遊びにきた時でもいいんだけど、もはやそういう問題じゃないんだよね。俺は今回の旅で王都一番のクラブで遊ぶんだ。
「はは、ご冗談を。ジャンニノ様にお会いできる方は王都でも限られています。まず、その服を着ているだけで、ジャンニノ様に近づけません。それにベリルの宝石で遊ぶには、格好だけでは駄目なんですよ。あの店はベリル王国の男の憧れ、選ばれた方々だけが入れる楽園なんです。いずれ私も……」
店内なのに遠くを見ながら語る店長。すごくベリルの宝石が持ち上げられている。そこまですごいのか? 高級店って言っても飲み屋なんだから、他店とそこまでの差がつくとは思えないけどな。ついでに言うと俺だって楽園の主なんだぞ。
「失礼ですが騙されていませんか? ベリルの宝石に伝手があると詐欺を働く悪党もいますから、注意した方がいいですよ。もし、すでにお金を払ったのなら警備隊に訴えた方がいい」
……遠くを見ていた店長は、ふいに真顔に戻り忠告してくれる。俺が騙された事を確信しているようだ。うーん、やっぱり格好って異世界でも大切なんだな。店長も俺が店に入ったら微妙な表情になってたし、あれって、場違いな奴が入ってきたって意味だよな。
この世界にも服を買いに行くための服を買わないと駄目という、理不尽なシステムがあるのかもしれない。
「お金は払ってないので大丈夫です。それに、ちゃんとベリルの宝石の中に入り、応接室で話し合ったので間違いなく騙されてません。それよりも服を作ってください。ジャンニノさんが、この店には服飾関連のスキルを持った職人を沢山抱えていると聞きました。何とかなるはずです」
「……まあ、私共も商売です。作れと言われれば作りますがね。それはお代を頂けるとの確証があっての話です。しかもスキル持ちをフル稼働させるって事はその分、服の値段に上乗せされます。お客さんに払えますか?」
これだけ言っても分からないのかといった顔で、俺に道理を説くように話す店長。どうしても俺の事を認める気はないらしい。こうなったら、多少下品だがしょうがない。お金に物を言わせて説得しよう。バブリーな俺を見せてやるぜ。
魔法の鞄から金貨を取り出し、カウンターの上に金貨を積み上げる。驚く店長を見て、ちょっと楽しいと思う俺は、確実に性格が悪いんだろう。でも、白金貨を積むのは自制したんだから、少しはマシかな?
「足りませんか?」
「ささ、こちらでサイズを測らせて頂きます。素材は最高級の物を使用してもよろしいですか?」
……こういう人って嫌いじゃないな。そこはかとなく、マリーさんを思い出す。まあ、マリーさんはもっと、あれだけど。しかし、お金の力って効果てきめんだよな。すべての人に通じる訳じゃないだろうけど、お金の力に酔いそうになる。
大金を稼いで人が変わるって話を聞いた事があるけど、こんな感じで世間を渡れるなら性格も歪むだろう。俺の場合特に注意しないと、こんな事ばっかりやってたら、シルフィ達に見捨てられてしまう。
……シルフィ達がいなくなる事を想像したら、背筋が凍えた。何でもかんでも金に物を言わせる行為は慎もう。……でも、偶の休みのちょっとした贅沢ならいいよね? 服だっていい服を一着くらい持ってないと、困る事もあるかもしれないし、今回は必要経費だ。
「そうですね……ベリルの宝石で浮かない程度の素材でお願いします」
「……ベリルの宝石で浮かないためには、最高級の素材が基本になります」
何を言ってるんだって顔の店長。あはは、王国一のクラブハンパない。
「……では、それでお願いします」
***
店長と服のデザインや装飾の話を詰めた。店長は沢山の刺繍が入った、ゴージャスなデザインを勧めてきたが、俺には無理だ。いくつか見せてもらって結果、シンプルにジャケットとシャツとズボン、靴でまとめる事にした。
暑い大陸なので薄手の生地を使い、デザインに凝らないぶん、魔物素材の高級生地で贅沢に仕立てる。何より、ジャケットやスーツが何で異世界にあるんだろうね。
店長に聞いたら歓楽街が発展した頃に流行ったデザインらしい。もう、異世界人の関与は確定だな。異世界にいて歓楽街の発展に努めた異世界人……なんか楽しそうで羨ましいな。
でも、ウナギが放置されている事を考えると、その異世界人はウナギを食べる文化がない国から来た人かもしれない。日本人ならウナギがいれば、とりあえず手はだすよな? いや、ウナギが嫌いな人もいるから確定はできないか。
その後、店長が奥に行き、三人の男性を連れてきた。えっ? 何が始まるの?
隅々まで……本当に隅々まで調べられました。もう、お婿さんに行けない。っていうか、さっき店長が採寸したのはなんだったんだ? 仮縫いどころか、仮採寸?
「あの三人がお客様の服を作成します。特殊なスキルを持っておりますので、完璧な着心地をお約束します」
……あー、なるほど。三人の服飾関係のスキル持ちが、いま採寸した結果を元に俺の体にあった服を作ってくれるって事なんだな。日本だとフルオーダーでスーツとか作るとかなり時間がかかるんだけど、こっちは三人で一日か……スキルってすごいな。
考え事をしていると店長に小物を勧められる。注文した服だけだと、素材がよくてもクラブで遊ぶと考えると地味すぎるそうだ。本格的な小物は専門店に行った方がいいが、ある程度まではこの店でも揃うらしい。
小物か……魔法の鞄の中に財宝が山のように眠っているんだよな。うーん、服に合わせるセンスがあれば、普通に使えるっぽいし、買うのももったい。それっぽいのを選んでおいて、服が完成したら店長にアドバイスしてもらったほうがいいな。
店長と細かい打ち合わせをして、服飾店を出ると……俺の足がガクガクと震えている。手付金を払った時に費用の概算を教えてもらったが、総額六百万エルト……腰が抜けそうになった。資金的には何の問題もない額ではあるが、装備でもなんでもないただの服がエゲツナイ値段に……金貨を積み上げた時の度胸なんて吹き飛んだよ。
話を聞いてみると、やっぱりスキル関係の特急料金と、魔物の素材が高いらしい。シャツに使われるのはシルクスパイダーの糸を加工した生地で、なんたらかんたらと語りだしたので逃げ出したが、高い理由は分かったからもういいんだ。心臓に悪いからできる限り早く忘れよう。
***
……よし! 忘れた! よさげな車が買えそうなくらいの服を買った事は忘れた。もう、ベリルの宝石で遊ぶ目途は立ったんだ。次はジュードさんに教えてもらった、今の姿でも入れる高級歓楽街に行くぞ!
とりあえず、いったん歓楽街の入り口に戻った方がいいな。歓楽街をキョロキョロしながら移動して入り口に戻って、教えてもらった通りに左に曲がり、大きな建物の隣だからか若干薄暗い道を奥に進む。なんで光球を浮かべてないんだ?
薄暗いのは気になるが、なるほど、さっきは馬車や最高級の歓楽街に圧倒されて気がつかなかったけど、俺とおんなじ方向に進む人が結構いる。何となく足取りが軽いし、グループで遊びにきている人達はテンション高く騒いでいる。みんな、楽しみにしているんだな。この感じだと期待が持てそうだ。
周りの雰囲気につられて俺のテンションも上がる。ワクワクしながら速足で進むと薄暗い道を抜け、一気に視界が広がり賑やかな歓楽街が飛び込んできた。うわー、これはテンションが上がる。もしかして、薄暗い道もこのための演出だったのか?
高級路線の歓楽街ほど煌びやかではなく、地元向けの歓楽街ほど猥雑ではない。程よく上品な雰囲気を感じさせながらも、どこかほどよく怪しい……ここはここで別物だな。ベリル王国の王都には歓楽街が三ヶ所あると考えた方がいいっぽい。
どの歓楽街にもそれぞれの魅力がある。二泊三日じゃ全然足りなかったな。一ヶ月くらい王都でのたくっていたいが……さすがに無理だろうし、定期的に遊びにこられるように計画を練ろう。
……こんなところで、次の予定を考えている場合じゃないな。今は全力でこの場所を楽しむんだ。決意を新たに、キョロキョロと楽しそうな店を探しながら歩き回る。
むーん、難しい。難しいぞ。歓楽街! とりあえず本番のお店は泊りにする予定だから、その前に一軒くらい、軽く飲みながら楽しめる店を探したんだけど、どの店も店の前にいる客引きの口が上手すぎる。決められない。決められないよ。
気になったところを全部回ろうかとも思ったが、セクシーな感じの飲み屋を一軒楽しんだあとに、本番に行かなければ、何がとは言わないが、爆発してしまう。
至高の一軒を選び取り、そこで気分を最高潮に盛り上げたあとに、本番に直行。それが久しぶりな俺の、限界であり、最高のフィニッシュになるはずだ。
だからこそ精神を集中し、勘を働かせろ。
ケモミミ達の饗宴。舞い踊る愛の煌めき。大きさこそ正義。乙女達の戦い。THE純朴。
選び取るんだ。この中から最高の一軒を!
読んでくださってありがとうございます。