二百九十九話 子供達への依頼
大量に集まった患者を治療し終わり、ジュードさんにウナギの事を質問した。どうやら、ウナギの評価はスラムですら低いらしく、ちょっと悲しい。まあ、評価が低い方が驚きが大きくなるから、それはそれでありだ。
「えーっと、とにかくウナギは俺の大好物なんです。ウナギを扱っているお店に案内してください。それと、ウナギは生きたまま売られてますか?」
「……ウナギを扱っている店ってのはないんです。基本的にウナギ取りは子供達の仕事で、ベリル湖からウナギを罠で捕ってきた子供達が、余った分を路上で売るぐらいですね。今からだと難しいかもしれません。それと、ウナギは取ってすぐに〆ますので、生きているウナギは手に入らないですね」
まじか、初日でウナギが手に入らないのはかなり痛い。泥抜きとかを考えるともう、生かしたまま持って帰るしかなさそうだな。そうなると、ウナギを捕っている子供達にお願いするしかないか。
「ウナギを捕っている子供達に仕事を頼みたいので、案内してもらえますか?」
「そこまでしてウナギが必要なんですか? なんだったらベリル湖名物の鮭を用意する事も可能ですが……」
「鮭は十分に手に入れましたから、大丈夫です。俺が今必要なのはウナギなんです」
「分かりました。ご案内します」
熱く語る俺に、少し引いた表情で返事をするジュードさん。理解されないって辛いな。ジュードさんの案内で親分の屋敷をでる。
屋敷の前の広場には、いまだに人が沢山集まっている。そこら中でスープを食べているので、炊き出しを食べている人が結構残っているようだ。たぶん俺が治療した人以外も来ているんだろう。食器は持ち出しだけど、食べられていない人はいないようだ。親分の屋敷からも食器を出すって言ってたから、そのおかげかもな。
「ああ、ちょうどよかったです。あそこに集まっている子達が、メインでウナギを捕ってますね」
「大人はいないんですか?」
「はい。あの子達は親を失い、スラムに流れてきた子達です。親分が家を貸すなど援助して、集団生活をさせています。まあ、親分としても、あんまりヒイキするわけにもいかないので、最低限の援助ですがね」
あの親分、やっぱり人情に厚いタイプの人らしい。ここに集まっている人達も親分や、その子分達を怖がってないみたいだし慕われているようだ。起きて速攻で殴り込もうとしていた人だから、ちょっと信じられない。
ジュードさんと一緒に広場の隅っこで、むさぼるようにスープを食べている子供達に近づく。十人以上いるようだ。中学生くらいの子から、幼稚園児くらいの子まで様々だ。
「みんな、おじさんからお願いがあるんだけど、ちょっといいかい?」
……ジュードさん、子供相手にはヘラヘラした胡散臭い雰囲気に戻るんだ。
「あっ、ジュードの兄貴! 俺達になにか用ですか?」
ジュードさんが声をかけると、集団の中で一番年齢が高そうな、中学生くらいの男の子が返事をした。たしかあの子は、いろんなところにケガしてた子だよな。
やんちゃな子なんだろうなって思ってたけど、あの集団をまとめているんだったら、子供達を守るために頑張ってたのかもしれない。いかん、ちょっとホロッてきた。まだ、涙ぐみやすい年齢にはなってないはずなんだけどな。
あと、ジュードさんが自分でおじさんって言ってるのに、兄貴って返す気遣いが素敵だ。俺があの年頃だったらおじさんって呼んでそうだよな。
「ああ、こちらの先生……お兄さんが、お前達にお願いしたい事があるそうなんだ。少し話を聞いてくれるとおじさん、助かっちゃうね」
先生って言ってから、俺がフードを被っていたのを思い出して、言い直した感じだな。でも、そこまで言って言い直したら、逆に怪しいよ。
「……外の人が俺達に用事?」
なんか、警戒されている。それに、よく俺が外の人間だって分かったな。
「ああ、無茶な事を頼むつもりはないから、安心してほしい。君達の普段の仕事に少し手を加えるだけなんだ」
「俺達は殺しはやんねえぞ!」
……普段の仕事って何をしているんですか? 少し手を加えると、殺しになるような事? 思わず、ジュードさんを凝視してしまう。
「いや、まあ、こんな場所ですから、色々あるんですよ。色々……」
ジュードさん、色々って言葉が怖すぎるよ。義理人情に厚そうって言っても、怖い事はやってるんだね。まあ、ここよりも条件がよさそうな迷宮都市のスラムでも、犯罪は結構あったみたいだし、俺が口を出す事じゃないな。
「えーっとね、俺はウナギがほしいんだよ。普段の仕事って言うのは、ウナギ漁の事なんだ」
「ウナギ? ……ウナギなら漁の結果次第だけど、余れば分けてもいいぞ」
警戒心マックスだった少年はキョトンとしたあと、大した事ではないと理解したのか、分けてくれると言ってくれた。
「ありがとう。それで、一応だけどウナギを見せてくれないか? 俺が知ってるウナギか確認したいんだ」
まあ、シルフィが言ってた感じからしたら大丈夫だとは思うが、俺が知ってる日本のウナギじゃなくて、大きい南国とかにいそうなウナギだったら残念だ。それでも食べてみたいし何匹かは買って帰ろう。
「分かった。ちょっと待ってくれ」
中学生くらいの少年が、一緒にいる子供達に指示を出すと、二人が走り出した。たぶんウナギを取りに行ってくれたんだろう。なんか統制が取れてるな。しばらくたわいもない話をしながら待っていると、子供達が戻ってきた。
「これだよ」
戻ってきた少年がウナギを俺に見せてくれる。……がっつり素手で鷲掴みしているのには驚く。……死んでいて美味しそうには見えないが、俺が思っていたウナギそのものだ……いや、そこまでハッキリとウナギを見た事がないから確信は持てないけど、たぶん問題はないよな。
「うん、俺がほしいウナギだね」
「なら、余った分を分けるのは大丈夫だ」
「ありがとう。そこで、少し手を加えるって話に戻るんだ。俺が必要なのは生きているウナギでね。捕まえたウナギを綺麗な水に入れて、こまめに水を入れ替えながら生かしておいてほしいんだ。できる?」
「生かす? ……水を入れ替える事はできるけど、ウナギを生かしておく入れ物がないから無理だ」
「入れ物はこちらで準備するよ。俺が王都を離れるのが明後日の昼過ぎ。上限はないから、それまでに捕れるだけ捕ってくれ。生きたウナギ一匹につき千エルトで買い取るからね」
「一匹千エルト! ホントか!」
「ああ、間違いなく払うよ。十匹でも百匹でも上限なしだ。稼ぎ時だね!」
自分で言っておいてなんだが、胡散臭い。
「おにいさん、さすがに高すぎますよ。同情なのかもしれませんが、ハンパな同情はこの子達にとってもよくない」
ジュードさんが困ったように口を挟んできた。
「同情ではありませんよ。生きているウナギにはそれだけの価値があると思っているからです。むしろ安いくらいですね。子供達に大きなお金を持たせるのが危険なら、ジュードさんのところで管理してもらえますか?」
まあ、日本の値段で考えると天然ウナギが一匹千円。激安で申し訳ない気がするくらいだ。ただ、この世界だとかなりいい値段なんだろう。
「そういう事なら……しかしウナギにそんな価値があるんですか?」
「ええ、それだけの価値はあると思いますよ。今はウナギを捕る権利をスラムが確保しているんですよね? ウナギの価値が広まれば、下手したらその権利を侵害される可能性もあります。今の内にしっかりと、利権を確保しておいたほうがいいかもしれませんよ。ああ、その場合は子供達の権利もしっかりと保護してください。ウナギ捕りができなくなって子供達に迷惑がかかるのは気まずいですから」
「……なかなか、信じがたい話ですね」
ウナギが美味しいって広めない方が、俺にとっては有利なはずなんだけど、ウナギが不味いって思われているのも、それはそれで何か嫌だ。複雑な心境だな。
「本当に一匹千エルトで、何匹でも買い取ってくれるのか?」
少年が期待半分、疑惑半分の表情で聞いてくる。前金を渡した方がいい気もするが、漁だから前金以上にウナギが捕れなかったら、この子達からお金を返してもらう事になる。それはそれで気まずいし、余ったお金をあげるってのもジュードさんに止められそうだよ。
「買い取るけど、ちゃんと代金が支払われるか不安なんだよね。じゃあ、ジュードさんに代金を預けておくよ。これで少しは安心できる?」
「あ、ああ。それなら安心できる」
少し挙動不審だが、納得してくれたようだ。少年の目の前で百匹分、十万エルトをジュードさんに渡す。
「分かった。必ずウナギを沢山捕っておく。明後日の昼だな」
お金を見て実感が湧いたのか、真剣な表情で請け負ってくれる少年。これでウナギはなんとかなりそうだ。
「よろしくね。とりあえず、ウナギはこれに入れてくれ。捕れた日が分かるように管理してくれたら助かる」
そういって、魔法の鞄から空樽を五樽取り出す。水の入れ替えが大変だろうけど、入りきらないくらいに捕まえてくれたら嬉しい。
空樽を見て気合が入ったのか、いまだに炊き出しを掻き込んでいる子供達に向かって指示を出す少年。どうやら、今から罠を量産して収入アップを狙うようだ。ぜひとも頑張ってほしい。
少年が指示を出し、慌ただしくなった広場の片隅。その様子を見守っていると、トコトコと小学生低学年くらいの少年が近づいてきた。
「おじちゃん、ケガなおしてくれて、ありがと」
ヤバい、涙腺が崩壊しそうだ。あれだな、おじちゃん呼びも気にならない破壊力だ。思わぬところで純粋なお礼を言われると不意打ちも相まって危険だ。
「どういたしまして。ケガが治ってよかったね。でも、なんで俺がケガを治したって分かったの?」
「こえ?」
首をひねりながら答えてくれる、少年。そういえば特に声を変えたりしてなかったな。まあ、別に絶対に隠したいって訳じゃないから構わないか。少年の頭を撫でて、集団に戻るように促す。
ウナギの受け取り時間や、場所、注意点等を確認して子供達と別れる。今日中にウナギが手に入らなかったのは気分的に痛いが、やる気を出した子供達が沢山の生きのいいウナギを集めてくれる事になった。結果オーライってやつだな。
「先生、次はどうしますか?」
……先生呼びに戻ってしまったな。まあ、自己紹介もしてないし、しょうがないか。次って言われても、スラムでの目的はウナギだけだし、あとは夜遊びだけだ。
そういえば、遊ぶ場所の情報をまだ手に入れてなかったな。ちょうどいいからジュードさんから情報収集しよう。裏社会に近い組織なので、夜の街にも詳しいはずだ。
「ここでの用事は終わったので帰るだけですね。ですが、今日は夜遊びするつもりなので、王都の夜の街の情報をもらえませんか?」
「……本当にウナギが目的でスラムに入ってきたんですね」
ものすごく呆れられてる。まあ、明後日にはウナギの価値を見直す事になるだろう。その時になったら、大慌てで利権の確保に動く事になるんだぞ。覚悟しているといい。
「ウナギは美味しいんですよ。それよりも夜の街の情報をお願いします」
「夜遊びですか。先生は自分の情報を隠しているんですよね? 夜の街はそれなりに裏に通じる奴らも混じっています。あれほどの力をお持ちの先生です。教会からも狙われているでしょうし、身元がバレる可能性もあります。先生はスラムの恩人です。我々が精一杯歓待しますから、それでどうでしょう?」
……なんか教会から狙われている事になっている。変な噂を流すように頼んだし、ジュードさんの中で、俺は逃亡者のような認識になっているようだ。
「えーっと、身元は隠していますが、教会に狙われているといった事はありません。それならここに顔を晒して入ってきませんし、治療やウナギ等の目立つ行為はしませんよ。身元を隠しているのは大げさな事ではなく、個人的な事情と考えてください」
たんに世間の目を気にせずに夜遊びがしたいだけなんです。そのためだけに遠くの国に遊びにきたんです。身元を隠しているのは、本当にそれだけの理由なんです。ごめんなさい。
読んでくださってありがとうございます。