表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
300/754

二百九十八話 臨時治療院

 スラムの親分の治療を終えると、スラムの住人が治療のために大量に集まっていた。無料の効果ってすごい。とりあえず顔だけは隠して、親分の家の一室を借りて臨時治療院を開設してなんとかするか。


「準備完了です。症状の重い人から一人ずつ連れてきてください」


 準備って言ってもローブを着てフードを被っただけなんだけどね。ジュードさんにお願いすると、さっそく一人目が板に乗せられて運ばれてきた。症状が重い人からって言ったけど、いきなりこれは辛い。


 明らかにこんな重体の人を運んできたら駄目でしょ。どう考えても絶対安静だよ。ガリガリに痩せていて、青白い顔を通り越して紫っぽくなってる。すでに意識がないのかピクリとも動かない。


「おかあさんをたすけてくれるの?」


 おうふ、ピクリとも動かない女性に気を取られていると、小さな女の子にいきなり話しかけられた。お母さんって、この意識がない女性の事だよね。


 キッカと同じ年頃の女の子が泣きそうな顔で俺を見ている。一発目から重病人と幼い子供とか反則だよ。特に最近はジーナ達やベル達の影響で父性が暴走しがちなのに、このシチュエーションは辛い。でも、病気の母親と小さな子供でどうやって生きてきたんだろう? スラム内でも助け合いがあるのかもな。


 あれだな、最初は症状の軽い人からお願いしたら……いや、あとから運ばれてきたら、外に長期間放置していた事になる。それはそれで罪悪感が洒落にならん。とりあえず、俺を見ている女の子を安心させよう。


「うん、お母さんは、俺がしっかり治すから安心していいよ」


「ホント?」


「ホントホント。すぐに治すからちょっと待っててね」


 安心するように女の子の頭を撫でる。あれ? この子も腕に細かい擦り傷がついてるな。母親のあとに、この子も治療してもらおう。それ以前に安心させたいなら、さっさと女性を治せって感じだな。


 寝かされている女性に右手をかざし詠唱すると、ヴィータが女性の治療を開始する。光が女性を包み、悪かった顔色が正常な状態に戻る。


「裕太、病は治したし体力も回復させたけど、栄養が足りてない。僕の治療でしばらくは大丈夫だろうけど、食事をできるだけ取るように伝えて」


 ヴィータがちょっと辛そうな表情で言う。スラムの現状で食事を取るのが難しいって分かってるんだろうな。乗りかかった船って事で、今日くらい炊き出しくらいしておくか?


 炊き出し……素晴らしい行為なんだけど、自分がやると考えると違和感がすごい。無料治療院に炊き出し、露悪趣味はないし、いい事をして褒められたら嬉しく思う性格ではあるんだけど、ここまで善行を行うとなると、微妙に逃げ出したくなる自分の性根が悲しい。

 

 まあ、すでに聖者扱いされてるし、こうなったら神様クラスを目指してみるか? シルフィ達の力を借りればカリスマ教祖くらいにはなれそうな気がする。その名も精霊教! ……本気でできそうだから逆にビビる。俺は拝まれるよりも、エッチなお店でデレデレしている方が好きだ。身の丈に合った生き方が大事だよな。


「お母さんは治ったし、もう少ししたら目が覚めるから、もう心配しなくてもいいよ。君も怪我をしているみたいだから治しておこうね」


 ホント!っと騒ぐ少女に右手をかざし、ヴィータに治療をしてもらう。その少女はお母さんに夢中なので、自分のケガが治った事に気がついてない。


「すみません、この女性が気がつくまで安全なところに寝かせてあげてくれますか。それと、炊き出しをしたいので、お手伝いに料理ができる方と場所を貸してほしいです」


「いいんですか?」


「ええ、今回限りですけど、とりあえず十分な食事が必要な方が多そうですからね」


「分かりました。準備します」


「ありがとうございます」


 お母さんの様子を見ている少女に、時間がかかるけど炊き出しがあるからお母さんが目が覚めたら、一緒に食べて帰るように伝える。元気に手を振って出ていく少女に手を振り返し、次の患者を呼んでもらう。この調子だと大変な一日になりそうだ。


 ***


「先生、この子達で最後になります」


「分かりました。みんな、ここに並んでおとなしくしててね」


 俺が言うと中に入ってきた子供達はおとなしく横一列に並ぶ。さて、これで最後だ、頑張ろう。一人一人に右手をかざして詠唱をすると、ヴィータが治療をする。


「裕太、この子達も擦り傷と打ち身、それと栄養不足だよ」


 ヴィータが症状を教えてくれる。


「これで治ったよ。みんな炊き出しは食べた? まだだったらしっかり食べるんだよ。足りなかったらお代わりをしてもいいんだからね」


 なおった! おかわりする!っと騒ぐ子供達を部屋から送り出し、椅子に座り一息つく。炊き出しの料理はたっぷりと材料を提供したから大丈夫だろう。オーク肉に各種野菜を大放出。病人の事も考えてスープを作ってもらったから、相当な量になったはずだ。


 しかし、思った以上に早くすんでよかったな。最初の症状が重い人達が意外と少なかったから、精神状態もなんとか大丈夫だ。


 まあ、症状が重い人が少ないのは、満足な治療が受けられないからすぐに死んでしまうのが理由って聞いて、ちょっとブルーになったけどね。治療の中盤以降はそこまで重い症状の人もおらず、安全が確認できる人達なら複数で部屋に入ってもらったので、治療のペースは上がった。


 しかし、スラムという土地柄の影響か、病人よりもケガ人の人数が圧倒的に多かった。ガラの悪い男がボコボコにされていたのは納得できるが、子供でも殴られたようなケガをしている子が結構いる。どうやらベリル王国のスラムは、迷宮都市のスラムよりも生き辛い場所のようだ。


 迷宮都市は迷宮で採れる食材のおかげで、食料が多くて安いから、その恩恵がスラムまで及んでたんだろうな。


「お疲れさまでした。かなりの人数を治療されましたが、先生は大丈夫なんですか?」


 ジュードさんが心配そうに聞いてくる。途中でこんなに魔力が続くなんてありえないとか呟いてたから、全然平気ですって言うのは化け物確定だよな。まあ、冷静に考えなくても、あの人数を魔法で治療したんだ、異常なのは俺でも分かる。


 スラムに現れた謎の凄腕回復魔術師とか、スラムの奇跡とかそんな感じで大げさに噂を流してもらおう。そうすれば、そんな噂を信じる人は少ないはずだ。


 うん、実力を隠ぺいするわけでもなく、派手な噂をバラまいてその中に真実を紛れ込ませて、信じられないようにする。上手くいくかは分からないけど、策士な感じでなんとなく気分がいい。


「まあ、少し疲れましたが大丈夫ですよ。ですが、一人で少し休憩させてもらってもいいですか?」


「分かりました。扉の前に部下を立たせておきますので、なにかありましたらお声をおかけください。それと飲み物をお持ちしましょうか?」


「飲み物は自前のがあるので大丈夫です。休憩が終わったら声をかけますね」


 一礼して出ていくジュードさんを見送る。扉の前に部下を立たせるって、護衛と考えればいいんだろうか? ……まあ、監視の役割の方が強そうだから小声で話そう。ローブを脱いで体の力を抜く。


(シルフィ、ヴィータ、ありがとう。今日は本当に助かったよ)


「ふふ、どういたしまして」


「生命を癒す事は、僕にとって大切な事だから、なんの問題もないよ」


 シルフィとヴィータそれぞれ好意的に返事をしてくれる。飲み会を邪魔しちゃったし、一人で大丈夫だよって一人旅に出た手前、初日から頼っちゃって微妙に気まずかったから、問題ないって言ってもらえて気が楽になったな。まあ、裕太は手がかかるな、くらいは思われてそうで微妙に恥ずかしいけど……。


(ありがとう。そういえば、ディーネ達は飲んでるんだよね。ベル達やジーナ達の様子はどうだった?)


「そうね、私が召喚される前は、外で飛び回って遊んでいたわ。心配しなくても楽しそうにしていたから問題ないわよ」


「そうだね。お昼もルビーの食堂で食べるってはしゃいでたから、大丈夫だよ」


 ……それはそれで複雑だな。あれ? これってもしかして、子離れしていく事を寂しがる親の気持ち? いかん、いかんぞ。枯れかけている若さを取り戻すのが目的なのに、父性を強くしてどうする。元気ならいいと考えて、旅行を楽しむんだ。


(それなら安心だね。シルフィ、ヴィータ、助かったよ。そろそろ送還するけど、お土産をたくさん買って帰るからって、みんなに伝えておいてくれると助かる)


「あら、スラムから出るまで付き合うわよ?」


「僕はどっちでもいいよ」


(ありがたいけど、一応一人旅だから、できるだけ自分で頑張るよ。案内人も見つかったしたぶん大丈夫だと思う)


 案内人の存在は現地ガイドを雇ったって感じなんだし、一人旅としてはセーフだよね?


「分かったわ。でも、危なくなったら一人旅にこだわらずにすぐに召喚しなさい。いいわね」


「僕の方も治療が必要な人がいたら遠慮しなくてもいいからね」


(その時は頼むよ。なにも起こらなかったら明後日に召喚するね) 


 シルフィとヴィータに手を振り送還する。色々と予定外の事があって回り道しちゃったけど、ようやくウナギをゲットできる。もうすぐ日が暮れそうだし急がないとな。日が暮れたあとが本番って事を忘れたら駄目だ。


 さて、さっさと行動しよう。まずは扉の前に立っている人に、ジュードさんを呼んでもらうか。


 ***


「お待たせしました」


「いえ、全然待ってませんよ。それで、案内をお願いしたいのですが大丈夫ですか?」


 ジュードさんを呼んでもらってから2分もかからずにやってきたから、早いくらいだ。


「大丈夫です。目的があるとの事でしたが、どちらにご案内いたしましょう」


「どこに行けばいいのか分からないのですが、俺の目的はウナギを手に入れる事なんです。王都の魚屋で聞いたら、こちらで取り扱っていると言われました。手に入りますよね?」


「はっ? ウナギ? あんなもん、スラムでも自分の食い扶持がないやつらの食いもんですぜ? そんなもんの為にスラムに入ってきたんですかい?」


 驚いたのか、ジュードさんの口調が崩れる。ジュードさん、色々なキャラを持ってるな。しかし、ウナギの評価がスラムでも底辺とか、どんな食べ方をしてるんだ?


「えーっと、ウナギってスラムではどんな食べられ方をしてるんですか?」


「煮るか焼くかですが」


 煮たウナギ……ヌメリとかどうしているんだろう? 焼いたウナギで忌避されているって事は、丸焼きに近い料理っぽいな。特にスラムだと調味料の種類も少なそうだから、下処理に失敗するとウナギは不味そうだ。あと、今思い出したが、たしかウナギは泥抜きをしないと駄目だったはずだ。


 泥抜き……きれいな水でウナギを2~3日放置するんだったよな。……ヤバい。今日手に入れたのでギリギリじゃん。〆て魔法の鞄で保存ってのができなくなる。そもそもスラムの人達はウナギを生かしているのか?


 取ってすぐに〆てたら泥抜きすらできない……シルフィに頼んで生きたまま持って帰る事になりそうだ。


 顔を上げると、ジュードさんが俺の事を可哀そうな人を見る目で見ている。ゲテモノ好きだと思われている気がするな。少し腹立たしいが、ウナギの評価が低ければ低いほど、俺のウナギ料理が輝く。


 俺にとっては都合のいい展開……輝かせるには料理法を教えないと駄目だった。俺、ウナギを捌く自信なんてないぞ。……まあいい、とにかくウナギを手に入れてから考えよう。

読んでくださってありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ