二十八話 抜け道?
昨日はなんか良い日だったな。ベルとレインがおつかい任務を達成。種まき。紅茶と日本のお菓子。いっぺんに喜びを味わい過ぎたかもしれないけど、なかなか良い一日だった。
今朝もベルとレインとトゥルと食卓を囲んで楽しく魚介類を味わった。いずれ、あまり食事に興味がない大精霊たちも毎日一緒に食事が取れるようにしたいな。
美味い酒を出せば断っても乱入して来そうな事は昨日分かったが、酒の力を借りるのは最終手段にしておこう。
さて、今日は何をしようかな? 皆帰って来たしそろそろ魔物の巣に特攻する事も考えないとな。
「おお、裕太。今日は何か予定はあるのか?」
「レベル上げかなって考えてたけど、何かあるのか?」
「うむ。あれじゃ。小魚やら海藻やらを混ぜた肥料を作っておけ」
前に言ってたな。森を育てるためのスペースに撒く奴か。
「ああ、あれか。急ぎなら直ぐに行って来るが、どうする?」
「うむ。量も必要じゃし、早めに動いた方が良さそうじゃな。種の芽が出たらシルフィが森の精霊を呼ぶと言っておったから、直ぐに必要になるじゃろう」
芽が出るのに四日から五日って言ってたな。直ぐに来るって事はそれだけしか時間がないって事だ。芽が出たとはいえ、植物を育てる場所が無いなら来ては貰えないだろう。そうなると久々の野菜が遠のく事になる。気合入れないとな。
「量はどのぐらいだ? 広いスペースを使うから、どのぐらい用意すれば良いのか分からないぞ」
「ふむ。畑に入っておった肥料の濃さを考えると、それの最低五倍。出来れば八倍と言った所かの」
うわー。八倍とか行けるのか? 海の家に泊まって、ただひたすら作りまくればなんとかなるか? ただなー。今もベルとレインは自分が埋めた種の様子を見ている。芽が出る前には帰って来たい。
「今から行って泊りで作れば量は揃えられるんだが、ベルとレインとトゥルについて来てもらうと、水撒きが出来なくなる。せっかくの種が台無しになると辛いな」
「そんなの簡単じゃろ。ディーネが水をやれば良いんじゃ」
「力を使った協力は契約していないと駄目だろ」
「もっと頭を使わんかい。水やりを頼むからいかんのだ。ディーネが毎日拠点に水を撒く気分になれば良いだけじゃろうが」
そういう事か。でもそんなんで良いのか? 言い訳にしても幼稚過ぎる。面目さえ立てばいい感じなのか?
「そうか。ディーネが毎日拠点に水を撒く気分になれば良いのか。それが偶々畑に掛かっても、まったく問題にならないよな?」
チラッと隣で話を聞いているディーネに目線を向ける。露骨にやらないとディーネは天然だからな。伝わらないかもしれない。
「そうじゃ。ディーネが勝手に水を撒く気分になれば何の問題も無いんじゃ」
ノモスも声を張り上げた後チラッとディーネをみる。苦笑いしながらディーネが席を立ち、泉から水の塊を空に打ち上げる。少し経つと雨粒のように水が拠点に降りそそいだ。
「ふー。スッキリしたわー。死の大地って乾いているから、見ていると気になるのよねー」
ディーネの白々しい声が聞こえる。空気を読んでくれてありがとう。
「問題は解決したが、これで良いのか疑問になるな。大丈夫なのか精霊?」
「失礼なこと抜かすな。そもそも前提が間違っておるんじゃ。お主以外の誰が普通に精霊と話せるんじゃ。契約を結んでおらん精霊と普通に会話。一緒にお茶。そもそもこんな状況、想定もされておらんわ」
なるほど。あれか。良くない事だけど、新しく始まった事なので法整備が整っていなくて、抜け道が沢山あるみたいな状況なんだな。
「あれ? それならわざわざベルとレインにおつかいに行ってもらわなくても、種が畑に落ちていれば良いなーって、叫んでいれば何とかなったって事なのか?」
ベルとレインをおつかいに出すのはかなり心配だったし、気合も必要だったんだけど……もっと早く知りたかったな。
「種は無理じゃろう。森の精霊なら種を持っておっても不自然は無いが、ここにおる精霊が種をばら撒けば完全に罰則に値する。何せ職分に関係ない物をわざわざ持ち歩いた上に、不自然にばら撒くんじゃからな。肝心なのは職分から逸脱していない事じゃ」
だからディーネが水撒きなのか。もし俺がノモスに相談せずに、畑の種が心配だなーって聞こえるように呟いていれば、土の管理に必要だからと水を撒いてもらえてたかもしれないな。
「なら、森の精霊が来たら、領分なんだから種とかいっぱい持っているのか?」
「ふむ。大精霊なら負担にもならんから種を持っていてもおかしくないな。違反にもならんだろう」
という事は……シルフィが今まで呼んできたのって大精霊だし、森の精霊も大精霊だろう。種を持っていてもおかしくない大精霊。植物が生えてもおかしくない土地……白々しい呟きで何とかなるかも。
「なあ。そもそも罰則ってどうなるんだ? 裁かれる事はあるのか?」
「あるぞ。そもそも罰則は力を持つ精霊が好き勝手に行動出来んように、神が定めたと言われておる。力を奪われて降格する事も、消滅も有り得る。なにせ神が定めた罰則じゃからの回避すら出来ん」
なんか思った以上に強烈だった。消滅とか怖すぎます。
「まあ、あれだ。なるべく無茶は言わないようにするよ」
「賢明じゃの」
「っという事でシルフィ。海に肥料を作りに行くけど良い?」
「いいわ」
小魚と海藻を洗う為にたらふく真水を収納して、ベルとレインとトゥルに声を掛ける。みんなー、海に行くぞー。
***
「海だー」
「うみだー」
「キュキュー」
「……うみ」
ベルとレインはテンションが高く、トゥルは若干恥ずかしそうに小声で俺の叫びに付き合ってくれた。ちなみにシルフィは、しょうがないわねって感じで静観している。
「さて。ベル隊員。レイン隊員。トゥル隊員。任務を申し渡す」
「いえっさー」
「キュキュッキュー」
「イ、イエッサー?」
「ベル隊員。レイン隊員は小魚の確保だ。今回は前回以上に大量の小魚が必要となる。出来るな?」
「ゆーた。たくさんいるの?」
「任務の時は隊長というように。いいな」
「いえっさー」
「とても沢山いるから頑張ってね」
「いえっさー」
「キュキュッキュー」
「よし。トゥル隊員は海藻の確保だ。こちらも大量に必要となる。頑張ってくれたまえ」
「イ、イエッサー」
トゥルはテレがあるようだな。俺はもう開き直ったけど。
「では、いけ!」
ベルとレインは楽しそうに。トゥルは戸惑ったように海に向かう。ごめんねトゥル。もう少し説明しておけば良かったね。
「裕太。あなた、このノリ止めるんじゃ無かったの?」
シルフィが、呆れている。その気持ちはとても良く分かる。
「止めたかったけど、ベルとレインも気にいっちゃったし、もう開き直ったよ。あれだね人間恥を捨てると妙な爽快感があるよね」
「大事な物なんだから恥を捨てたら駄目よ。まあ精霊達あいてなら問題無いでしょうけど、人が居る場所では注意しなさいよ」
人が居る場所か。そもそもそこに重大な問題があるんだよな。
「なあ、シルフィ。俺は精霊と人間を見分けられるのか?」
シルフィが驚いた顔をしている。いや、何言ってんのこいつって顔の方が近い。
「いや、だって、ふわふわ浮かんでたり、動物の形とかなら分かるよ。でもシルフィとディーネはとんでもない美女だけど人間との違いは良く分からないし、ノモスも俺の世界でお話に出て来るドワーフにそっくりだし、精霊って言われても、何処に違いが? っとしか言えないんだけど」
「ちょっと裕太。おちついて。あなた結構恥ずかしい事を口走ってるわよ」
……確かにちょっと恥ずかしいな。ディーネに聞かれてたら、悶絶しそうだ。
「コホン。……まあ、そういうことで、見た目で判断がつかないんだけど、どうしたら良いの?」
「そう言われても、人間と区別がつかないほど、私達をハッキリみられる人なんて初めてだし、どうしたら良いのかしら? ……まあ、あれよ下級精霊や中級精霊は飛んでいる事が多いし、上級精霊や大精霊はめったにいないから、大丈夫よ」
「そうなのか? まあ人間を見た事が無いし、町に行ったら見分けられるかもしれない。出来るだけ迂闊な行動を取らないようにするよ」
「ええ、それが良いわね。そういえば裕太は海藻を取らないの?」
なんか話を逸らされているような……でもトゥルだけに押し付けるのも問題だな。
「そうだな。行ってくるよ」
パン一になりトゥルと一緒に海藻を採取する。大きな岩を取り出し、海藻と小魚を山盛りにする。それをレインに真水で洗って貰い、岩の上に並べて乾燥させつつ小魚と海藻を更に採取する。しかし魚の首を折る作業が地味に辛いな。
流れ作業で海に来ているって感じがまったく無い。透き通るような綺麗な海なんだけど、やっぱり水着で戯れる美女や屋台なんかも必要なのかもな。
ある程度量がたまるとベルには小魚と海藻を乾燥するように風を吹かせてもらう。
「ふー。もう暗くなるから、海の家に戻ろうか」
「にんむかんりょー」
「キュー」
「ベル。レイン。まだまだ必要だから任務完了じゃないぞ。明日と明後日も任務続行だ」
「にんむぞっこー」
「キュー」
「トゥルも大変だろうけど頼むな」
「だいじょうぶ」
コクンと頷くトゥルをみて、思わず頭を撫でてしまう。それを見ていたベルとレインも参戦してきて、もみくちゃになって戯れる。なんか幸せかも。
海の家に戻ったら小魚と海藻の加工だ。洗って切り刻んですり鉢で粉にする。昼は採取。夜は加工を残り二日も繰り返し、何とか要求通りの量を揃える事に成功する。同じ作業を続けるのって結構疲れるよね。
読んで下さってありがとうございます。