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二百九十六話 治療2

 スラムに侵入し通行料の代わりに、スラムの住人の治療をする事になった。まずは俺の実力が知りたいらしく、ちょっと前にあったという抗争でケガをした、ガラの悪い男達をヴィータに治療してもらう事になる。


 俺もヴィータも一般的な回復魔術のレベルを知らなかった事で、ちょっと誤解が生じそうになったが、ケガ人を確認してもらう事で何とかなったはずだ。なぜかヘラヘラしたおじさんが、怖いくらいに真剣な顔で俺の方に歩いてくるけど……。


「一つ聞きたいんですが、毒物の治療はできますか?」


 ヴィータを見ると、できるよっと簡単に答えてくれた。そうだよね死んでなければ何とでもなるって言ってたもんね。


「ええ、毒物に関しての治療も問題ありません」 


「神官さん、いえ、神官ではありませんでしたね。先生、今までのご無礼、本当に申し訳ありません。どうか先生のお力で、私共の親分をお助けください」


 ヘラヘラしたおじさんが完全に敬語になり、俺の事を先生と呼んで深々と頭を下げた。それにつられたのか、周囲を取り囲んでいたガラの悪い男達と、先ほど治療したばかりの男達も深々と頭を下げる。……なんか逆に怖い。


 しかし、治療するのは親分なのか。密かにヘラヘラしたおじさんが親分で、あとで実は俺が親分だったんですよ的なパターンかと思ってたけど、違ったらしい。実はあなたが親分なんですよね、俺は分かってますよ的な事をドヤ顔で言わなくてよかった。いらぬ恥をかくところだったな。


「えーっと、とりあえず頭を上げてください。別に敬語を使わなくても約束通り治療はしますから、安心してください」


「ありがとうございます。親分のところにご案内したいのですが、休憩は必要ありませんか?」


 ……敬語は継続されるんですね。このおじさん、ヘラヘラ成分が抜けると、目つきも鋭くなって普通に怖い。できれば元に戻ってほしいんだが、周りの空気的にもヘラヘラしてくださいとは言い辛い。


 この真剣な様子を見ると、おじさん的にはすぐにでも親分のところに向かいたいんだろうな。チラっとシルフィとヴィータに目線を送る。


「私は早く終わった方が嬉しいわね」


「僕も特に休憩の必要はないよ」


 シルフィとヴィータは休憩の必要はないそうだ。俺も手をかざして詠唱しただけなので疲れてないし、面倒は早く済ませて気楽に遊びたいから、休憩は必要ないな。


「休憩は必要ないので、案内してください」


「ありがとうございます。どうぞこちらに」


 元ヘラヘラしたおじさんはもう一度頭を下げて、俺を案内して階段を上がる。やっぱり親分がいる部屋は上の階なんだな。


 ***


「ジュードです。入ります」


 元ヘラヘラしたおじさんが、ノックしたあとにそのまま扉を開ける。返事を待たずにそのまま開けたら、ノックの意味がない気がする。あと、思わぬところで元ヘラヘラしたおじさんの名前が分かった。


「失礼します」


 ジュードさんに続いて部屋に入ると、少しやつれた未亡人っぽい雰囲気を漂わせた美女が、疲れた表情で出迎えてくれる。その奥の大きめのベッドには、髪に白髪は混ざっているが、ガタイのいいおじさんが横になっている。あの人が親分で、この美女はもしかして愛人?


「どうしたんですか?」


「ああ、親分の治療をしてくれる先生が見つかった。素晴らしい腕をお持ちの先生だぞ」


「本当ですか! 父は助かるんですね。あなた、その先生はいつ診察にいらしてくれるんです?」


 未亡人っぽい女性がジュードさんに詰め寄る。だが待ってほしい、色々と一気に情報が飛び込んできてプチパニックだ。


 えーっと、親分の愛人っぽかった未亡人風の女性は、実は親分の娘さん。その親分の娘さんはジュードさんの奥さんって事だな。…………うん、俺の邪推がなければ結構単純だった。ごめんなさい。


「ああ、こちらの方が先生だ。失礼のないようにな」


 ジュードさんが奥さんに俺を紹介するが、奥さんは俺を見て困惑している。それはそうだよね。だって俺、冒険者丸出しのかっこうだもん。


「あの、先生、どうか父をお願い致します」


 困惑はしたがジュードさんを信頼しているのか、気を取り直して俺にお願いをするジュードさんの奥さん。この人も親分の介護で疲れているのか体調が悪そうだよな。親分の前に治療しておくか。親分が治ったら騒ぎになりそうだもんな。


「できる限り頑張りますので、安心してください。あと、あなたも体調が悪そうですので、先に治療しておきます。動かないでくださいね」


 ヴィータに目線を送り、「えっ?」っと驚く奥さんに向けて右手をかざし詠唱すると、ヴィータが奥さんを治療してくれる。


「心労から睡眠不足に陥ってたみたいだね。内臓も弱ってたから、消化にいい食事をとってゆっくりと休むように伝えてくれるかな。体力は回復させたけど、無理は禁物だからね」


 ヴィータが癒した内容を教えてくれたので、そのまま奥さんに伝える。俺の役割は完全に通訳ですな。


「すごいです、重かった体が軽くなってスッキリしました」


 表情と肌が艶めき未亡人っぽい雰囲気が薄れた。ヴィータの回復魔法って美容にも効果がありそうだよな。エステを開いたら儲かりそうな気もするが、大精霊をエステティシャンとして働かせるのはさすがに違う気がする。それ以前に普通に病院でも開いたほうが儲かりそうだ。


「治療は終わりましたが無理は禁物です。奥さんのお父上もちゃんと治りますから、先ほども言ったように消化のいい物食べて、しっかりと睡眠を取るようにしてください」


「はい、先生、ありがとうございます。父の事もどうかよろしくお願い致します」


 うん、美女に感謝されるのってやっぱり嬉しいな。人妻だけど。ジュードさんにもお礼を言われたので、問題ないと伝えて親分のベッドの前に移動する。


「先生。親分は見回りの時に、敵対している組織に襲撃されました。弓で手傷を負ったのですが、それにはどこから手に入れたのか、強力な毒物が塗ってありました。上級の解毒薬でも症状を遅らせるのが精いっぱいの状況で、意識も戻りません。クリソプレーズ王国で話題になっている、最上級の万能薬が手に入れば何とかなるんでしょうが、あいにく私共には伝手がありません。どうか、親分をお願いします」


 なんか物騒な毒が使われたらしい。敵対組織って、スラムの覇権でも争ってるのか? まあ、俺には関係ない話だな。でも、意識が戻らないのにどうやって栄養補給していたんだろう? 解毒剤を飲ませる事はできたみたいだし、栄養がある物を流し込んでたのか?


 あと離れた国のスラムにまで、クリソプレーズ王国の話が伝わっている事に驚く。いきなり俺が関係しているって気づかれる事もないだろうけど、用心して冒険者ギルド周辺には近づかないようにしよう。まあ、上級の解毒薬でも無理な親分を治療するんだから、無意味な気もするな。


 絶対に秘密にしてとか言ったら、逆に広まったりする。そんな奴いねえよ的な噂が広まるのが、一番嘘くさくてごまかしやすい。俺のちゃんとした噂が広まる前に、すごい噂を流してもらおう。


「このくらいの毒なら問題ないですね。ああ、一つ言い忘れましたが俺はあんまり騒がれるのが好きじゃないんです。俺が治療した事は、誰も信じないような嘘くさくボカして噂を広めてください。構いませんか?」


「それくらいなら何の問題もありません。どんな内容の噂を流せばいいのか教えて頂ければ、今日の内に手配しておきます」


 ウナギが問題なく買いにこられて、夜遊びできればいいんだから、たぶん大丈夫だろう。


「ありがとうございます。じゃあ治療しますね」


 ベッドで寝ている親分に右手をかざし詠唱すると、ヴィータが親分の治療を始める。


「ん? 裕太、この人間、毒以外にも右膝と腰も悪くなってるね。治した方がいいかな?」


 ……どうしよう。別に治さなくても毒だけ抜けば問題ない気もするが、どうせなら恩を売っておいた方がいい気もする。


(ちょっと聞いてみるね)


「この人、右膝と腰も悪いようですが、治療しておきますか?」


「ぜひお願いします」


 ジュードさんが間髪入れずに答える。親分の右膝と腰が悪いのを知ってたみたいだな。治療した方がいいみたいなので、ヴィータに視線を送ると、再び親分を光が包む。


「うん、これで治ったよ。体力も回復させておいたけど、数日は安静にするように伝えて。まあ、この人はかなり鍛えているみたいだから、多少の無茶はなんて事なさそうだけどね」


 ヴィータに感謝の気持ちを込めて頷き、ジュードさんにヴィータから教えてもらった事を伝える。


「おお、先生、ありがとうございます」


「先生、ありがとうございます」


 ジュードさん夫婦が喜んでお礼を言ってくる。素直に感謝されるのもなかなか気持ちがいいな。ほぼヴィータのおかげなんだけど、俺がいないとそもそも治療ができなかったんだから、少しは感謝されてもいいだろう。


「むぅーん」


 気にしないでください。俺にとって簡単な事ですからとか、気持ちよく調子に乗っているとベッドからうなり声が聞こえた。親分が目を覚ましたようだ。


「オヤジ!」「お父さん!」


 ジュードさん夫婦がベッドに駆け寄る。ジュードさん、俺には親分って言ってたけど、素ではオヤジって呼んでるんだな。義理のお父さんなんだから間違ってないけど、いままで親分って言ってたから少し違和感がある。


「おう、どうしたエレン、ジュード。もうガキじゃねえんだからどっしりと構えろよ」


 奥さんはエレンさんって言うのか。そのエレンさんが親分に縋り付いて泣いている。その横でジュードさんが状況を説明しているようだ。扉の陰で覗いていたガラの悪い男達も、歓声を上げていてしっちゃかめっちゃかだ。


「なんだと! ……そういえば襲撃を受けたな。チッ、たかだかあれくらいの奇襲で、手傷を負うなんて鈍っちまったもんだ。ジュード、狙ってきたのはネッロの部下か?」


「捕らえたやつらを拷問したところ、ネッロの関与は濃厚です。しかし、ネッロが手を出したとという証拠がありません。それと腕の立つ冒険者崩れが関わってるようです」


「はん、あのこすっからいネズミが証拠なんざ残すかよ。構いやしねえ、ネッロのところに乗り込むぞ!」


 なんという事でしょう。治療した患者が復活したとたん、ネッロとか言う人のところに殴り込むとか言い出しています。


 ジュード夫婦は慌てて親分を止めているが、聞く耳を持っているようには見えない。……俺の存在は完全に忘れ去られているようだ。なんか面倒そうだし、気配を消しておこう。ごめんねシルフィ、ヴィータ、もう少し時間がかかりそうだよ。飲みそこなった分以上の補填はするから勘弁してほしい。

読んでくださってありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 「はん、あのこすっからいネズミが証拠なんざ残すかよ。構いやしねえ、ネッロのところに乗り込むぞ!」 ユウタに全く関係ない話ですね。勝手に乗り込んだらいいのでは。
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