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二百九十二話 ベリル王国

「おはようシルフィ!」


「ふふ、おはよう裕太。楽しみなのは分かるけど、少し落ち着きなさい。裕太にしがみついてるベル達は寂しがってるのよ」


 シルフィがしょうがない子ねって顔で俺を軽く叱る。うん、まあ確かにいつもの朝の挨拶と比べて、しっかりと俺にしがみついているな。……今日出発だからって浮かれ過ぎていたらしい。


「さみしーー」「キュキュー」「がまんする」「ククー」「へいきだぜ」「…………」


 うう、ベル達の健気な言葉に罪悪感が……。俺はこんな可愛い子達をほったらかしにして、遊びに行っちゃっていいのか?


 これってあれか? 子育てで疲れた奥さんが、息抜きの旅行をプレゼントされて出発する時の気分に近いのかもしれない。まあ、俺の場合は自発的なんだけど……。


 うーん、後ろ髪を引かれるが、だからと言ってここで我慢しても、俺の中のなにかが……主に下の部分が爆発してしまう。今日の出発のために色々と考えて、準備を整えてきたんだ。ここはなんとかベル達に機嫌を直してもらってから、出発するしかないな。


「みんな、俺一人だけ出かける事になってごめんね。でも、お土産を買ってくるから少しだけ我慢してね」


 一人一人、しっかりと頭を撫でながら説得する。物で釣ろうとする俺……うん、俺の父親もなにか気まずい事があると、よくお土産を買ってきてくれたな。こんなところで血の繋がりを感じるとは、不思議な気分だ。


「おみやげ?」


 コテンと首を傾げるベル達。まあ、頭にへばりついているムーンは死角で見えないし、見えても首がどこか分からないんだけど。


「そう、お土産だよ。お留守番してくれるみんなのために、なにか美味しい物か楽しい物を買ってくるから、楽しみにしててね」


 俺の言葉にベル達が、むーんって感じで考え込んでいる。今までお土産とかもらった事がないだろうから、想像がつかないんだろう。とりあえず最低でもウナギが手に入る予定だから、かば焼きができないにしても、ベル達を喜ばせる事はできるはずだ。ここはお土産は楽しい事だって畳み込む場面だな。


「みんなはどんなお土産だったら嬉しい?」


「おいしいのー」「キュー」「モフモフ?」「クーー」「さけだぜ!」「……」


 元気に答えてくれるベル達……あれ? レインとタマモとムーンのリクエストは、あとでベルに通訳してもらうにしても、トゥルのリクエストは難しそうだ。モフモフが増えるのは俺としても嬉しいんだが、お休みの時に動物を捕まえに行くのは辛いです。


 あと、フレアのリクエストは、イフを意識しているだけだろうから却下だな。どっちにしろ大精霊達へのお土産はお酒なんだから問題ないだろう。国が変われば、同じ種類のお酒でも味が変わるだろうし、文句を言われる事はないはずだ。逆にお酒以外をお土産にした方がガッカリされるんだろうな。


「ま、まあ、なにがあるか俺にも分からないけど、みんなが喜ぶような物を探してくるから楽しみにしててね。でも、動物を捕まえに行く予定はないから、トゥルのモフモフはちょっと難しいと思う。ごめんね」


「……だいじょうぶ」


 トゥルは少し残念そうに頷いた。少し心が痛むがモフモフなお土産を期待させて、まったく違うお土産を買って帰るよりもマシだ。ベル達の意識もお土産の方に向いたし、今の内に朝食を食べてさっさと出発しよう。


 ***


「じゃあ、みんな、二泊三日の予定だけど、楽園の事は頼んだよ。あと、精霊の村に遊びにくるお客さん達の事もよろしくね。あっ、ジーナ、サラ、マルコ、キッカ、今回の課題は急がなくても問題ないんだからね。シルフィ達やベル達としっかり相談して、フクちゃん達と頑張ってね。危ない事はしちゃ駄目だよ」


「師匠、心配しなくても大丈夫だよ。いきなり試したりしないし、実際に試す時はシルフィさん達に一緒にいてもらう。それに最初は部分的にしか試さないよ」


 ジーナがしっかりと請け負ってくれたから大丈夫だよね。うーん、課題を伝えるタイミングを間違えた気がしないでもない。急ぎじゃないんだから、旅行から帰ってからにすればよかったな。ジーナ達になにを作ってもらうか思いつかなかったから、別方向の課題を出してしまったのが、少し不安だ。


 朝食が終わり、いよいよ一人旅に出発する時間になったんだけど……急に不安になる。テンションは上がってるんだけど、家の鍵を本当に閉めたのか不安になる時の気分だ。


「裕太、そこまで心配しなくても、ジーナ達も精霊の村は大丈夫よ。特に精霊の村は前回で十分人数が足りていたのを確認したでしょ」


 細々とした事をベル達やジーナ達に注意する俺に、シルフィが呆れたように言う。まあ確かに前回の精霊達の精霊の村訪問はものすごく楽だった。付き添いが五人に増えた事ももちろんだけど、中級精霊の子達が浮遊精霊と下級精霊の子達の面倒をしっかりと見てくれたから、平和なまま時間が過ぎた。


 五組に班分けして、班毎に付き添い一人と中級精霊が一人、残りは浮遊精霊と下級精霊で行動したのはいい感じだったな。少し中級精霊の子達に負担がかかり過ぎるかとも思ったけど、ちびっ子たちを引き連れていても、しっかり自分達も楽しんでいたようだから、問題はないだろう。


 そうだよな、精霊の村も楽園も大丈夫なんだ。俺が一人旅を楽しんで、スッキリ気分爽快で帰ってきた方が、元気いっぱいで働けるから悪い話じゃないはずだ。うん、大丈夫。


「シルフィの言うとおりだね。よし、じゃあそろそろ出発しようか」


 このままだといつまでたっても踏ん切りがつかない。最後にベル達を撫でくり回して、シルフィに出発を告げる。


「ただ旅行に行くだけなのに、なんで命を懸けた戦い行くみたいな雰囲気を出してるのよ。さっさと行くわよ」


 シルフィが少し面倒そうに俺を風の繭で包む。言いたい事は分かる。まあ、次からは大丈夫なはずだから今回は勘弁してほしい。行ってらっしゃいと送り出してくれるベル達、ジーナ達、フクちゃん達に手を振り出発する。




 ***




「裕太、見えたわ、あれがベリル王国の王都よ」


「おお、ホントだ。シルフィが言った通り、湖に隣接してお城が建ってる。それにお城も城下町も湖も、俺が想像してたよりも全然大きい!」


 まだ距離があるのに、ハッキリと王都の姿が確認できる。湖も俺が想像していたよりも断然大きく透明度も高い。それにちゃんとした船が行き来しているのが見える。……あれって帆船だよな。そっか、帆船が必要な規模の湖なのか。空から琵琶湖を見た事はないけど、こんな感じだったのかもしれない。


「ふふ、驚いたでしょ」


「うん、驚いたよ。すごいねベリル王国」


 シルフィが満足そうに頷いている。ここまで飛んでくる間に、色々と質問したんだけど微妙に話を逸らされてたんだよな。たぶん、いきなりこの景色を見せて驚かせたかったんだろう。


「裕太、少し歩くけど、下りるのはあの森の側でいいかしら?」


 ボーっと王都を観察していると、シルフィが下りる場所を聞いてきた。そうだった、俺はあの王都に遊びにきたんだから下りないとな。精霊術師って事も隠すんだから、当然飛んだまま城門前に下りる訳にもいかない。


 シルフィが指定した場所は、少し王都から距離はあるが、道からも離れているし人目もなさそうだ。俺が頷くと、ゆっくりと高度が下がり目的の場所に着陸する。


「ありがとう、シルフィ」


「どういたしまして。それで裕太、ここで別れる? それとも王都まで一緒にいく?」


「うーん、いきなり盗賊が出たりしないよね?」


 せっかくの一人旅。速攻で盗賊に襲われるとか勘弁だ。今更盗賊に負けるとは思わないが、俺だとうっかり殺しちゃいそうなんだよな。落ち込んだ気分で二泊三日とか嫌すぎる。人殺し……結構魔物とか殺しまくってるし、ゾンビやスケルトンとも戦ってるから案外平気な気もするが、いま、試す必要もないはずだ。


「下りる前に、ここら一帯を探ってみたけど人はいなかったわ。王都からもそこまで離れてないし、盗賊は出ないでしょうね」


 ちゃんと調べててくれたのか。助かります。


「それなら、ここから一人でいくよ。旅って言うには短い距離だけど、少しは一人で歩いたほうが一人旅の雰囲気が出るよね。シルフィはどうする?」


「そうね……裕太が置いて行ってくれた酒樽が心配だから、送還してちょうだい」


 俺の質問に真顔で答えるシルフィ。一人だけ遊びにいくのが気まずかったから、十樽ほどリビングにおいてきたな。シルフィが戻るまで飲まないように約束させてたけど、それでも心配なのか。


「分かった、じゃあ送還するね。みんなによろしく」


「ええ、裕太も何かあったら遠慮なく召喚しなさい。無理しないのよ」


 俺は一応頷きシルフィを送還する。冒険者ギルドに行く予定はないし、もめそうなのは夜の歓楽街だよな。夜のお店でボッタくられたら、さすがに自分で頑張るしかないだろう。まあ、王都だし、お金はあるんだから、高級店で遊べば変な事に巻き込まれないはずだ。


 でも、猥雑とした雰囲気も結構好きだから、ちょっと安めの店も見学にはいこう。予定を考えながら、軽い足取りで城門に向かう。出発前はベル達と離れるのが辛かったが、一人になると解放感があるな。


 なんだか申し訳ない気持ちもあるが、大人の男としてはこのワクワクは止められない。スキップしそうになる気持ちを抑えて足早で城門を目指す。二泊三日しかないんだから、目的の夜遊びチャンスは二回しかない。効率的に動かなければ。


 ***


「おまえ、そんな恰好で旅してきたのか? 一人なのか?」


 長い行列に並び、ようやく城門にたどり着くと門番に不思議そうな目で見られた。うん、俺も並んでいる間にちょっと失敗したと思ったよ。戦う予定なんかなかったし、普通の私服できちゃったもんね。明らかに浮いてる。


 魔法の鞄から装備を出して身に着けようかとも思ったが、世間知らずの田舎者という事で王都に入る予定だから、魔法の鞄に装備バッチリは違和感しかないからしょうがない。


「一人ですがなにか変ですか? 村から出たばかりなのでよく分からないんです……」


 説教された。田舎ものだろうと旅をするなら身を守る武器を持たないでどうする!だそうです。ごもっともすぎて頷く事しかできない。ペコペコと頭を下げて、身分証を持っていない事を告げる。ブツブツと言われながらも、犯罪者でないかを水晶で確認して入場料を支払う。


「その入場証の滞在期限は三日だ。それまでに身分証を用意するか、王都から出なければ手配される。注意しろよ。当てがないなら冒険者ギルドにいけ。いいな」


「あっ、はい。えーっと、買い物をしたら村に戻るので大丈夫です。ありがとうございました」


 再びペコペコと頭を下げてようやく王都に入る。偽造の身分証を用意した方が楽だったかもしれない。まあその前に、次からは武器くらい装備しておこう。よし、反省終わり。あとは精一杯楽しむだけだ。

読んでくださってありがとうございます。

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