二百八十九話 精霊達の帰還
精霊の村の村開き、プレオープンでは発見できなかった問題も浮上したが、全員一丸となってなんとか乗り越えた。初日を乗り切った後には慰労会を開き、少し愚痴が漏れたものの楽しく気力を回復する。ウインド様とライト様は途中でアルバードさんに追い返されていたけど……。
村開き二日目、こちらは初日の経験もあって、何とか無事に一日を終える事ができた。二日目になって子供達のテンションが少し落ち着いたのも助かった。落ち着いたのはほんの少しだったけど……それでも大騒ぎの回数が減ったのは大助かりだ。
二日目の夜にはアルバードさんに酒樽を差し入れして苦労をねぎらったが、一人で飲むよりもみんなで飲む方がいいという事で結局宴会になる。まあ、アルバードさんがいいなら、それが一番ストレス解消になったんだろう。
現に二泊三日の滞在を終えたアルバードさんの表情は、清々しく晴れ渡っているように見える。宴会の効果か、大変な子供達のおもりからもう少しで解放されるからかなのか、微妙なところだけどな。
「アルバードさん、お疲れさまでした。帰ったら人数の増員の件はお願いします」
「ああ、シルフィ達やルビー達とも話を詰めたし、精霊宮の精霊達の中でも付き添いを望む声は多い。十分な数が揃えられるだろう」
それなら安心だな。手が掛からない中級精霊の割合が増えて、付き添いの人数が増えれば次からはかなり楽になるだろう。俺達が楽になれば一人旅にも出やすくなるし、いい感じだな。
「次は一日開けて明後日の予定だよね。間に合うかな?」
「付き添いはすぐに集まる。幸い、今回の様子を見て次の子供達を決める予定だったから、中級精霊を増やすのも段取りはしやすい。問題ないだろう」
なるほど、先に次のメンバーが決まってたら、枠の関係上、中級精霊が入る事で後回しになる子達が出る。楽しみにしている浮遊精霊や下級精霊の子達に、後回しだと伝えて泣かれたりガッカリした表情をされたら、洒落にならないぐらいに心に刺さりそうだ。
そういえばベル達やフクちゃん達が、泣いている姿を見た事がないな。精神的には子供なんだし泣いてもおかしくないが、泣かせたいとは思えないので試してみるわけにもいかない。もし俺が選抜する立場だったら、枠を広げてもらえるように土下座する案件だな。
「決めてなくてよかったね」
「ああ、本当によかった」
アルバードさんも同じ気持ちだったのか、実感のこもった声で答えてくれる。もしかしたら立場上、アルバードさんがその事を伝える可能性が高かったのかもしれない。
「では、そろそろ出発するか。今回は世話になった、次も頼む」
「ああ、といってもこっちができる事はあまり変わらないから、精霊宮の方でしっかりと対策してくれ」
「そうだな、教えてもらった班別に行動すると言う意見は参考にさせてもらおう」
「どれほど効果があるかは分からないけど、子供達が一ヶ所に集中しないだけ、楽になると思うよ」
まあ店の種類が少ないから、バラけてもたかが知れているんだけどな。店の種類を増やしたり、遊べる施設が増やせたら村ももっと充実するんだろうが、そのぶん大変になる。次はあまり手間がかからない、付き添い用の家や宿を準備するくらいだろう。
それと、そろそろノモス達が酒場の建設に着手しそうな気配だ。ただ、酒場は何も言わなくても精霊達でしっかりと管理するだろうし、精霊貨の交換上限もある。暴走しないかだけを監視しておけばいいだろう。
「さて、そろそろ帰るぞ。こっちに集まれ」
アルバードさんが、帰る前に団子になって別れを惜しんでいる子供達に声をかける。あっ、アルバードさんがたじろいだ。まあ、確かにそうなるよな。
声に反応したベル達、ジーナ達、フクちゃん達、三十の様々なちびっこ精霊達に悲しそうな顔で見られたら、俺ならもう一泊する? くらい言いそうだ。
あの集団はある意味、中途半端な兵器よりも質が悪いな。赤ん坊に幼女、少年、小動物がもみくちゃになって戯れてるんだ。見ているだけで癒されてしまう。ジーナとか体中に精霊達をまとわりつけて恍惚としてないか? あの子にはトゥルほどモフモフ属性はなかったはずなんだが。
「……集まれ」
心なしか声に力がなくなっているが、アルバードさんがもう一度声をかける。少し残念そうにしているが素直に集まる子供達。まだ遊ぶ!っとかワガママを言わないぶん、罪悪感が増すな。
「ほら、またここに遊びにくる機会はあるんだ。落ち込むな。それよりもお前達の面倒をみてくれた、裕太やシルフィ達、ルビー達にもお別れのご挨拶をしないとな。ちゃんとできるよな?」
アルバードさんが子供達に促すと、ちゃんとできると言いたげに俺達に突撃してくる子供達。俺やシルフィ達、ルビー達に言葉が話せる子達は口々にお礼を言い、言葉が話せない子達は鳴き声をあげながら頬ずりしたり、ピトっと抱き着いたあとに離れていく。うん、これはヤバいな。可愛らしすぎる。
「では裕太、世話になったな。次も頼む」
そう言ったアルバードさんは、風を巻き起こし子供達を包む。シルフィみたいにあの風で子供達を補助しながら帰るんだろう。
俺とシルフィ達、ルビー達とちびっ子軍団+ジーナが手を振るなか、アルバードさん達は帰っていった。
「ゆーた、みんなかえったー」
ベルがふよふよと俺の前まで飛んできて、悲しそうに言う。この二泊三日の間、基本的にずっと一緒に遊びまわってたから寂しいんだろう。レイン達やジーナ達、フクちゃん達も寂しそうにしている。特にフクちゃん達はジーナ達にくっついてスリスリと甘えている。
ベルに出会った頃は一人で死の大地にいたし、たまに見る精霊達もそれぞれ気ままに一人で飛び回ってたから、精霊は別れには慣れてると思ってたな。
「また来るって言ってたから、先の話になるだろうけどまた会えるよ」
「またくるー?」
「うん、時間は掛かるだろうけど、また遊びにくるって言ってたから、かならずくるよ。それに、明後日にはまた新しい子達が遊びにくるんだよ」
「あたらし?」
「そう、これから沢山の精霊達が楽園に遊びにくるんだ。だからみんなには、遊びにきた精霊達の案内をしてもらいたいんだ。できるかな?」
すぐに別れる事になっちゃうけど、楽園が落ち着いて発展すれば一度に遊びにくる人数も増える。そうなったら何度でも遊べるようになるだろう。
「がんばるー」「キュー」「もふもふ」「クー」「まかせな!」「……」
ベル達の少し落ち込み気味だった表情が明るくなる。新しくやる事ができれば気分が変わるんだな。特にトゥルは、すでに新しく来る子達をモフりたおすつもりのようだ。がんばる!っと張り切りだしたベル達を撫で繰り回し、こっそり俺も癒される。
「ルビー達もお疲れ様。これからもこんな感じでお客さんが来るけど大丈夫?」
「大丈夫なんだぞ! あたいが作った料理をみんな喜んで食べてくれて、楽しかったんだぞ!」
心なしかつやつやしているルビーが、満面の笑みで答えてくれる。思いっきり料理をして、その料理をエメ達以外の精霊に食べてもらえたのが嬉しいんだろうな。
「そうだよね、雑貨屋も面白かった! みんな真剣に商品を選ぶんだ。ねえ、裕太の兄貴、今度買い物に行く時は、色がついている商品を増やしてほしいな!」
エメも雑貨屋が気に入ったようだ。仕入れについてリクエストまでもらってしまった。しかし、色がついている商品か……そういえば、ベルも自分の髪と同じ色の雑貨を好んで集めてたな。自分のテリトリーを自分が好きな色で染めたいのかもしれない。一瞬カラスが光物を集める光景を想像したが、あながち間違ってないっぽい。
「宿屋も面白いわ。今まではあまり小さい子と関わる機会がなかったけど、子供達の頑張りで宿屋の中がどんどん変わっていくの」
ああ、確かに。俺も二日目に宿屋を覗いたけど、子供達は真剣に自分のスペースをいじくってたな。俺には様々な個性がぶつかり合って、ゴチャゴチャしているようにしか見えなかったけど、サフィの感覚では面白かったらしい。
「ルビーとエメ、サフィは問題なさそうだね。シトリンとオニキスはどう?」
「両替所は普通? ……やる事あまりない」
俺が話しかけるとシトリンが一歩後退したが、俺は傷つかない。オニキスの背後に隠れられなかっただけ、慣れたって証拠だもんな。
「両替所は今だと一度に全員が両替しているから、空き時間が結構あるよね。しばらくしたら精霊が増えて忙しくなるとは思うけど、それまでは忙しいところのフォローをお願いしてもいい?」
「……分かった」
「私は食堂と宿のフォローがメインだったけど、問題ないわ。でも、私が酒場を始めるとルビーは大変になるわ」
「酒場は俺がやるから、オニキスはフォローに集中していいぞ」
オニキスのしれっとした酒場をやる発言に、イフがしれっと待ったをかけた。沈黙のまま見つめ合うイフとオニキス……なんかホンワカした雰囲気だったのに、ひやっとした空気をたれ流すのはやめてほしい。
関わり合いになりたくないので、離れた場所に移動しよう。ちびっ子軍団+ジーナの近くは、俺が巻き込まれた時に悪影響になるし……ディーネとノモスのところがいいな。
「ディーネとノモスは立候補しなくていいのか?」
シルフィは一緒にいてもらわないと困るし、ドリーとヴィータは自分から立候補するタイプじゃない。でも、ディーネとノモスは立候補しない方が不思議だよな。
「お姉ちゃんは、常連さんになるのよー!」
「儂は酒を造るんじゃ」
ディーネは自慢げに、ノモスは当然の事だと答えてくれる。なるほど、ノモスは酒造り、ディーネは酒場に入り浸るつもりなんだな。
あっ、なにか話し合っていたイフとオニキスがこっちに来る。確実に巻き込まれるパターンだな。
「裕太、酒場は俺に任せるよな?」
「裕太の兄貴、五人の中で私だけお店がないのは不思議よね?」
やっぱり巻き込まれた。二人が喧嘩をする事はないだろうが、ある程度の方針を示さないと納得しないだろうな。自分の契約精霊をヒイキするのが正しいのか、スカウトした相手の便宜を図るのが正しいのか、難しい問題だ。
こういう場合は、どこぞの政治家みたいだが先送りに加えて玉虫色の回答だな。情けないが、俺に酒が絡んだ女性精霊二人の対立を、ズバッと解決するのは無理だ。
しかし、初めてのお客さんを送り出して、達成感とか充実感とかそんなのを味わう場面のはずなのに、なんでこんな事で悩まないとダメなんだろう。
読んでくださってありがとうございます。