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二十七話 種まき

 いよいよ死の大地に植物の種を植えるという、他の人が聞いたら頭が大丈夫か心配されるレベルの、偉業を成し遂げる日が来た。


 これはただ死の大地に来たぜ。植物の種持ってるし植えちゃう? っとか言う軽いノリでは無く、井戸を掘り、岩で囲いを作り、肥料を作成した。そう真っ当に努力を重ね辿り着いた偉業。


 しかもその種はベルとレインが一生懸命に運んで来たものだ。俺は今。猛烈に感動している。


「ちょっと裕太。いきなり固まっちゃってどうしたのよ。種を植えるんじゃ無かったの?」


「ああ、すまないシルフィ。なんか結構苦労して植物の種を埋める所まで辿り着いたと思うと、ジーンと来たんだ」


「そ、そうなの。そうよね。裕太は頑張ったもんね。でもここからが本番のはずよ。種を植えて育てて食べるの。そうでしょ?」


 なんでシルフィは半信半疑での表情で良い事言ってるんだ? まあいい。シルフィが言っている事は間違ってない。これからが大事なんだ。


「そうだった。食べないとな。しっかり育てて食べてこそ苦労が報われるんだよな」


「え、ええ。報われるの」


「むくわれるー」


「キュー」


「よし。じゃあ種を植えるぞ。ノモス。トゥル。指示をくれ」


「やれやれ。とんだ茶番劇を見せおって。日が暮れるかと思ったぞ。ほれ、トゥル。四つ畝を作ってやれ、あとは適当に埋めろ」


 ヤバい。俺とノモスの温度差が果てしなく広がっている。トゥルが前に出てえいって感じで手を振ると、モコモコと土が動き。四つの畝が出来上がった。


「トゥル。種はどうやって植えれば良いんだ?」


「指の第一関節ぐらいの深さに種を一粒。後は軽く土を被せるだけ」


「そうか。ありがとう。さあ種を植えるぞー」


 せっかくなので全員で種を植える事にした。俺。シルフィ。ディーネ。ベル。レイン。ノモス。トゥル。それぞれが種を植える。契約してないから種を植える事は出来ないとか言われなくて良かった。


 ベルとレインの喜びは凄まじく、自分が植えた種の場所をじーっと眺めている。


「ベル。レイン。じーっと見てても直ぐに芽は出ないぞ。まだ沢山種があるんだからな。手伝ってくれ」 

「はーい」


「キュー」


「ねーゆーた。めっていつでるの?」


「ん? いつだろう? ノモス。分かるか?」


「ふむ。専門じゃないから、断言は出来んが、いま埋めておる種が四日から五日ぐらいで芽が出そうじゃな。ちゃんとした場所ならもう少し早いんじゃが、この地じゃと少し遅れるじゃろう」


 やっぱり、ちゃんとした場所には敵わないんだ。まあ、種が植えられる所まで来た事を喜ぼう。


「ベル。四日から五日ぐらいで芽が出るんだって。楽しみだね」


「たのしみー」


 全員で一粒一粒気持ちを込めて種を植える。一種類につき百粒ほど入っていたようで、四種類。およそ四百粒の種を全員で植え終えた。仕上げはレインに頼んで湿らす位に水を撒いてもらう。


「よし。今日はめでたい日だ。豪華とは言えないが、異世界のお菓子を皆で食べよう」


「いいの裕太。貴重な食料でしょ?」


「あはは。皆のおかげで種を植える所まで来たんだ。皆で分けるから少ししか食べられないが、そこは勘弁してくれ」


「おかしー」


「キュー」


「異世界のお菓子。ちょっと興味あるわねー」 


 今回は何を出そう? 小分けにパッケージ分けされている小さな枝を模したチョコレート菓子にしよう。あれはいっぱい入っているから、セコイけど半分はしまっておこう。


 大きな岩のテーブルを出し、お湯を沸かして大きなドンブリに入れる。そこに紅茶のティーバッグを投入。まさかコーヒーより先に、紅茶を入れる事になるとは思わなかったな。しかし、異世界だとティーバッグの紅茶を淹れるのも一苦労だ。


 マグカップを七個だし、紅茶を注ぐ。ドンブリからは注ぎ辛いな。今度、ティーポットみたいなのを作ってみよう。木でだけど。


 ティーバッグはまだ使えるから収納しておこう。何回まで再使用出来るんだっけ? 香りがしなくなるまでは再使用してやる。


「あら異世界にも紅茶があるのね」


「紅茶がこの世界にもあるんだ。これは簡易的に淹れる物だから、本来のものには敵わないかもしれないけど、勘弁してね」


 本来の淹れ方で淹れた紅茶を飲んだ覚えが無いから、どうなのかまったく分からない事が寂しい。しかし紅茶があるのか。そうなると紅茶を自由に楽しめるなら、ティーバッグを比較的気軽に使う事が出来る。


 さてメインのチョコレートの登場だ。せこく半分残したから少しだけど楽しんで貰おう。


「これが異世界のお菓子? 食べられるの?」


「あっ、ベルちょっと待った」


 シルフィの質問に答えようとしたら、ベルがパッケージごと口に入れようとしていた。


「ベル。ちょっと待ってね。これは袋だから食べられないんだよ。こうやって開いて中身を食べるんだよ。一つ開けてあげるね。レインも少し待って」


「こうね。……裕太ちゃん。これって食べられるの? なんだか黒い棒? なんだけど」


「この世界にはチョコレートは無いんだね。俺の故郷では人気のお菓子だから食べてみて。美味しいと思うよ」


 チョコレートが無いのなら、食べるのは勇気がいるかもな。シルフィもディーネも食べるのを躊躇っている。絶対に食べたら美味しーってなるはずなんだけど、食べて貰えなかったら難しいよな。


「ゆーた。これおいしいのー?」


 ベルがお菓子を持ったまま首をコテンと傾げている。


「俺は大好きなお菓子なんだけどね。無理そうだったら食べなくても良いからね」


「ゆーたがすきなら、べるもすきー」


 そう言ってベルがチョコレートを口に入れた。理屈は分からんがベルの勇気に感謝だ。俺も含めて全員が、口をモムモムさせているベルに注目する。


「あまーい! ゆーた。おいしー!」


 満面の笑みでベルが叫ぶ。気に入ってくれたみたいだ。良かった。日本のお菓子のクオリティは信じていたけど、見た目の問題は考えて無かったからな。一番最初に小さな枝を模したチョコレートはハードル高かったかもな。


「キュキュキュー」


「あっ。ごめんレイン。今開けるからね。はいどうぞ」


 チョコレートの袋を開けて、掌に乗せてレインの口の前に出すと、躊躇わずに食い付いた。


「キュキュー。キューキュー」


「あはは。美味しかった?」


 レインがうんうんと頷く。気に入ってくれたようだ。


「ベルちゃん。レインちゃん。そんなに美味しいの?」


「おいしー。べるだいすきー」


「そう。お姉ちゃんも食べてみるわね」


 ディーネが気合を入れてチョコレートを口に運ぶ。ポキッっと食べるディーネ。半分な所が恐怖を現しているな。


「あらー。これ美味しいわー。サクサクで濃厚な甘さとわずかな苦み。たまらないわー」


 不安そうな表情だったディーネの顔が、みるみるうちに笑顔に変わる。残りの半分を口に入れ頬に手を当てて幸せそうに微笑む。こういう姿を見るととても美人なんだよな。


「本当ね。とても美味しいわ」


 いつの間にかシルフィも食べている。気に入ったようだ。あっ。トゥルもコクコクと頷きながら食べている。気に入ったみたいだな。


「ふむ。不味いとは思わんが、儂は苦手じゃな」


「あー、ノモスは甘い物が苦手だったか。悪いな」


「気にするな。珍しいもんが食えたんだ感謝している」


「ノモス。食べないなら私が食べてあげるわ」


「べるがたべるー」


「キュキュー」


 シルフィがノモスの残りを食べようとしたところ、ベルとレインが参戦してきた。


「こういうもんは子供が優先じゃ」


 ノモスはそう言って残り三本をベルとレインとトゥルの口に放り込んだ。なんてカッコいい解決法だ。ノモス恐るべし。


 さて俺も食べないと。チョコレートを口に含み噛み締めると、久しぶりの甘さが全身に押し寄せる。結構な期間、まったく嗜好品を食べていなかったから、久しぶりのチョコレートは強烈だ。


 じっくりチョコレートの余韻に浸っていると、レインに引っ張られた。袋を開けて欲しいらしい。


「直ぐに開けるよ」


 袋を開けてレインに差し出すと、直ぐに噛り付く。美味しそうに喜んでいるレインを見て思う。チョコレートってイルカが食べて良い物なのか? ……まあ、あれだ。イルカじゃなくて精霊だから大丈夫か。


「おいしかったわー」


「そうね。とても美味しかったわ」


 ディーネとシルフィが幸せそうに微笑む。ノモス以外はみんな幸せそうだから出して良かったな。まだお気に入りのお菓子は残っているから、節目節目に出して行こう。


「ノモスには悪かったな。そうだなノモスは酒は好きか?」


 ドワーフっぽいから酒は好きそうなんだが、どうだろう?


「酒か! 異世界の酒があるのか?」


「お酒!」


「お酒!」


 ノモスだけでは無く、シルフィとディーネも食いついてきた。精霊はお酒が好きなのか?


「ああ、そうだな。今のところ俺の最大の目標はシルフィと契約する事だから。契約出来るようになったら故郷の酒をお祝いで出そう」


「ふむ。楽しみにしておる。裕太、頑張るのじゃぞ」


「裕太ちゃん。お姉ちゃんも飲んで良いのよね?」


「裕太。私と契約するんだから、私も飲んで良いわよね?」


「一升瓶だから。四人で何杯かぐらいの量しか無いけどみんなで飲もう」


 ケチケチしないで酒を全部放出すれば、喜んでもらえるかもしれないが、長生きする予定だから日本の物が無くなると辛い。お守り代わりに出来るだけ残しておきたいからな。


 大精霊の三人がぼそぼそと囁き合っている。漏れ聞こえてくる言葉は微妙に物騒だ。内容はこんな感じだ。


 シルフィ。もう精霊を連れて来るんじゃないぞ、取り分が減る。もうドリーに声を掛けちゃったわよ。何じゃと……五人になってしまうな。裕太ちゃんが命の精霊にも興味を持っていたわよ。ふむ。あ奴がここに来るのは当分無理じゃろう。火の精霊も来そうじゃない? 断固阻止じゃ。


 お酒のせいで助けを期待出来そうな、精霊の来訪が拒否されてしまいそうです。そんな事をしたらお酒は無しだと言ったら、冗談だと言っていましたが、不安です。

読んで下さってありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 酒に敏感なのはドワーフっぽい方だけかと思いきや、シルフィさんも酒蒸しに食いついていましたっけ。酔った美女二人も見てみたいものです。
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