二百八十四話 村開きの為の会議
精霊の村の施設を一通り体験した。両替所、食堂、宿屋、雑貨屋、どれもいくつかの改善点は見つかったが、少し手を加えればなんとかなりそうだから大丈夫なはずだ。なによりもベル達とフクちゃん達が大喜びだったから、精霊の村に遊びにくる子達も十分に楽しめるだろう。
ベル達とフクちゃん達は何度も雑貨屋と宿屋を往復して、思いのままに自分が気に入った物をレンタルして、宿に飾っていた。まとめて借りてまとめて運ぶ事もできると教えたが、みんな一つずつ借りて一つずつ宿に飾る方が好きなようだ。その分エメに負担が掛かっているが、これはこれで忙しくて楽しいらしいので問題ないようだ。
ベル達とフクちゃん達が飾った宿の部屋は……なんというか混沌としていた。それぞれの独自の価値観を全力で主張した結果、鍋が並んでいたり(ムーン、プルちゃんが収まっている)、ボールが沢山床に転がって居たり(シバが全力で戯れている)と統一感がまったくない。
でも、それぞれ自分が選んだものが部屋に飾られているのが嬉しいのか、満足げに自分が借りてきた物を確認したり位置を直したりしていた。部屋の混沌具合はともかく、楽しければ問題ないだろう。
ベル達やフクちゃん達は午前中にしっかりと部屋を満喫したあと、昼食を再びルビーの食堂で取る。腹ごなしに精霊樹や公園、ローズガーデンで遊んだあとは、おやつの時間にまたもやルビーの食堂に到着し、プリンやアイス、クレープをしっかり楽しむ。
その後は自由行動のようで楽園の中を飛びまわったり、自分の部屋に手を加えたりと思い思いに楽しんでいた。今頃は夕食も終わり、宿の部屋で精霊同士で遊んでいるだろう。
村に遊びにくる精霊達もたぶん同じような行動になる。今後も店や施設を増やすにしても、今の状況でも最低限は楽しめるだろう。ジーナ達にも意見を聞いたし、俺と大精霊達とルビー達で今から会議だな。
***
「えー、精霊貨の買取制限は、お姉ちゃん必要ないと思うわー」
「そうじゃな。必要ないじゃろ」
「裕太の兄貴、なんでわざわざ制限する必要があるんだぞ? 儲けは考えてないから沢山食べて楽しんでほしいぞ?」
やっぱりここで引っ掛かったか。議題を最後に回したのは正解だったな。今日のプレオープンで発見した問題を話し合い、ここまでは順調に決まった。精霊石のなりそこないも、精霊がお金と交換する事から精霊貨に決定し、この議題があっさり通ればすぐに会議は終了できたんだけどな……。
「単純な話だけど、お酒がたりないよ。精霊が自分でお酒を造るにしても、人が造ったお酒も飲むだろ? 特に今はお酒を造り出したばかりだし、飲む人数が増えたら買い出しが追いつかなくなる。みんなお酒があればあるだけ飲むんだから制限は必要だよ。仕入れの状況や醸造所の生産量を考えながら、少しずつ緩和していく方が問題が少なくなると俺は思うな」
誰もお酒の事は口に出してないが、少なくともディーネとノモスが反対している理由は、お酒の事だろうから先に言っておく。だいたい大精霊六人で一晩で何樽も簡単に空にしてしまうのに、外からお酒を楽しみにやってくる精霊達の分まで無制限に用意するのは辛い。
今でさえ迷宮都市ではお酒を買い過ぎている。制限しないと色んな都市に行って、分散しながらお酒を買い集めないといけなくなりそうだ。それは面倒過ぎる。
「むっ、それなら醸造所の生産量が上がるにつれて、精霊貨の買取制限は緩んでいくんじゃな?」
「まあ、十分なお酒が用意できれば、購入制限は必要ないからね」
本当ならお酒自体の飲む量を制限したいところだが、そんな事をしたらあとが怖い。少しでも金銭面で紐を付けて、お酒の消費を緩やかにするのが精一杯だろうな。
それからは長い話し合いが始まった。精霊の村の問題点はそうした方がよさそうねって感じで決まり、精霊の村の村開きという結構重要なイベントでさえ、ルビー達の意見を加味して精霊宮の通達と合わせて五日後ぐらいでいいんじゃない?っとあっさりだったのに、お酒の話になると驚くほど細かい。
精霊の村にくる人数、醸造量、お酒の値段、緩和の条件等、侃々諤々と言っていい話し合いが行われる。
基本的に大精霊達は少しでも多くお酒が飲みたいので、味方が一人もいない。ルビー達も食べ物にはお酒を合わせるのが好きらしく、まったく頼りにならない。どちらかと言うと、俺も自由にお酒を飲みたい派なのに、なんで一人で頑張ってるんだろう?
孤独な戦いの結果、最初期に酒場が完成した時のルールはこうなった。
精霊貨の買い取り制限は一日五個まで。
酒の値段は蒸留酒を除いて、人里で購入したお酒は一杯五百エルトの分量に調整。楽園の醸造所で作られたお酒は、一杯二百エルト。
酒場の開店時期は醸造所でのお酒が完成して、精霊達に配るお酒以外に十分な量が確保できてから。
酒場を拡張する場合は一言俺に相談する事。職員以外に個人の部屋を酒場に作らない事。
決まったのは長い話し合いをしたのにこれだけだ。他の細かい内容は先送りになった。まあ、人里のお酒が倍以上の値段になった事で、量が飲みたい精霊は楽園で作られたお酒をメインにするだろう。俺としてはなかなか満足のいく結果だな。
目的がハッキリしたシルフィ達に、気合が入った事に若干の不安は覚えるが、醸造所のお酒が増えれば増えるほど人里で買ったお酒の消費量は減る。楽園の大半が酒場にならなければ、これ以上俺が口出しする必要もないだろう。
あとは五日後に決定した村開きの準備だな。お店に関してはルビー達が取り仕切ってくれるし、俺は何をしよう? 今の状況で急に何かを作っても上手くいきそうにないし、村開きの宴会の準備と、楽園全体の見回りでもしておくか。
とりあえず会議が終わったんだから酒だと言うシルフィ達と、一緒に飲むと言ってるルビー達の為にも酒樽を出す。
***
朝起きて、いつも通りコーヒーを飲んで部屋から出る。……なんかベル達のお出迎えがないと少し寂しいな。リビングに向かうと弟子達だけがリビングに集まっていた。他は……転がっている空の酒樽……よく考えたらこの光景も教育に悪いよな。
シルフィ達は村開きや醸造所の事で今日から動き回るって言ってたし、朝食には不参加なんだろう。なんか教育ママみたいな心境になってる気がするけど、今度から酒樽は端っこに寄せて、片付けるように注意しておくか。
「おはよう、ジーナ、サラ、マルコ、キッカ」
「師匠、おはよう」「おはようございますお師匠様」「おはよう師匠」「おはよ」
「なんか人間だけしかいないってのも、変な感じだね」
「そうか? あたし達は聖域になるまでは、気配しか感じられなかったから、あんまり違和感はないな。寂しいけど」
「フクちゃんとプルちゃんは大丈夫でしょうか?」
「ウリは強いから大丈夫だ」
「マメちゃんしんぱい……」
そういえば、ジーナ達は今みたいな光景が少し前まで当たり前だったんだよな。ただ、心配そうにしているジーナ達を見ると、俺のベル達に対する過保護が移ったようで申し訳ない。
「みんな、あの子達は精霊だから、心配しなくても大丈夫だよ。朝食を食べて帰ってくる予定だから、俺達も朝食を済ませて待ってようか。料理を並べるのを手伝ってくれ」
……五人分の料理……普段は大きなテーブルに所狭しと料理を並べるから、精霊がいないとこういう場面でも寂しさを感じるな。まあ、俺はベル達のお世話、ジーナ達はフクちゃん達のお世話がないからゆっくり食べられるだろう。久しぶりに弟子達とじっくり話すのも悪くないよな。
ゆったりとジーナ達と話をしながら朝食を取り、リビングでくつろぐ。何がしたいとか今の生活をどう思っているとか話せて、なかなかいい時間だった。これからもジーナ達とゆっくり話せる時間を、定期的に取ろう。いつの間にか俺もジーナ達も、子育てに追われる母親のような気分になっていたのを認識できたのは、いい収穫だった。
いい気分でゆったりしていると、玄関の扉が開きキャイキャイと楽しそうに騒ぐ声が聞こえてきた。ベル達が帰ってきたらしい。実体化する前はどこからでも入ってきていたが、実体化してからはちゃんと玄関を利用するベル達ってとっても偉いよね。
「ゆーたー、ただいまー」「キューー」「かえってきた」「クーー」「さんじょうだぜ!」「……」
玄関の方を見ていると、宿屋に一泊したベル達とフクちゃん達が元気に戻ってきた。明るい笑顔が楽しかったのを物語っているが……フレアには、ただいまの挨拶をしかたを教えるべきな気がする。
そもそもフレアはイフの言葉を多用してるんだから……イフ……どんなシチュエーションでその言葉を使ったんだよ。ヒーローか一昔前のヤンキーが使う言葉だぞ。
「みんな、お帰り。朝食は食堂で食べてから帰ってくる予定だったけど、ちゃんと食べられた?」
俺が起きた時には酒樽が転がってただけだから、ルビー達は無事に戻ってるはず。でも、ディーネが蒸留酒も飲むって騒いでたから少し心配だったんだよな。実体化してたらシルフィ達でさえ酔っぱらってたもん。
「たべたー」「キュキュー」「おいしかった」「ククーー」「かんしょくだぜ!」「…………」
ルビー達は無事に帰って料理もできたみたいだな。フクちゃん達もジーナ達に朝のご挨拶をしたあと、ジーナ達に顔を擦り付けている。今日は楽園の見回りの予定だったけど、まずはベル達のお話を聞いてからだな。よっぽどお泊りが楽しかったのか、話す気満々だ。
***
ベル達のお泊りから四日が経った。その間に俺は楽園の見回りをしながら、精霊の村の村開きに向けて、コツコツと準備をした。夜には一人旅の計画やシルフィ達が住む家の事なんかも考えた。先に楽しみがあると色々と頑張れるから不思議だ。
精霊の村の村開きに、一人旅に、メルとメラルの感動の御対面。シルフィ達の家の注文に迷宮の百階層到達。それにジーナ達が火山まで到達すれば、冒険者ギルドも精霊術師について見直さない訳にはいかなくなるだろう。まあ、ジーナ達はもう少し訓練が必要だろうから、先の話になるな。
村開きをして、しばらく様子を見るのは確定なんだけど、そのあとが問題なんだよな。一人旅とメルとメラルの感動の御対面……どっちを先にするかが難しいところだ。メラルは待っているだろうけど、こっちを先にすると迷宮都市にしばらく滞在する事になりそうだし……。
俺の欲望の為にメラルを長い事待たせるのも何となく嫌だな。でも、早く一人旅も楽しみたい。あっ、日帰りでメルとメラルを迎えに行けばいいんだ。
それで楽園でしばらく過ごしてもらって、俺はその間に一人旅に……お客を招待して、一人だけ別の場所で遊び呆けるのも問題か……もっとちゃんと考えないとな。メルとメラルの感動のご対面はゆっくり時間を取った方がよさそうだし、先に一人旅かな。それなら俺はもうすぐ夜の街に……ぐふっ。
「裕太、顔が気持ち悪いわよ。どうしたの?」
「シルフィ、せめて顔が気持ち悪いんじゃなくて、表情が気持ち悪いって言ってね」
「あら、ごめんなさい。それでどうして気持ち悪い表情をしてたの?」
シルフィの言葉に悪意はないんだろうが、いじる気は満々だな。表情があまり変わらなくても、それぐらいは分かるようになった。
「明日の村開きを考えてたんだよ。楽園が少しずつ発展していくのが嬉しくて笑ってたんだ」
「そうなの? それにしては儲けを考えているマリーみたいな表情をしてたわよ?」
……欲望に塗れた下卑た表情をしてたのか……今のところシルフィは俺の一人旅を健全なものと考えてるんだ。バレないように気を付けないとな。まずは話を逸らして明日の村開きの手順を再確認しよう。
読んでくださってありがとうございます。