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二百八十二話 食堂

 精霊の村のプレオープン。順調に両替所で精霊石のなりそこないとお金を両替し、喜ぶちびっ子軍団を引き連れて食堂に向かった。ファーストフード形式の食堂になっているが、ベルは無事に注文を済ませる事ができた。少し問題点も浮き彫りになったが、予行練習の大切な部分だ。今後に生かせるように、しっかりと問題点を把握しよう。


 ベルは無事に注文を終え、報告にきたあと、嬉しそうに渡された番号札を眺めている。

「いちばんー、よばれたらいくー」っと何度も繰り返しているので、料理の受け取りは大丈夫だろう。


 ベルに続くレイン達もオニキスの話を聞いて、真剣にメニューを観察し料理を選んでいる。レインもメニューが決まったようで、興奮気味にメニューの絵をヒレでパタパタと叩いている。


「ふふ、焼き魚定食ね。食べやすいように、ワンプレートの方にしておくわね。代金は五百エルトよ」


 レイン……焼き魚定食でそんなに興奮してたのか。結構頻繁に家でも焼き魚を出してるから、味はだいたい一緒のはずなんだが……まあ、環境が変われば感じる味にも変化があるか。


 レインは布袋ごとオニキスに渡している。オニキスは五枚の銅貨を見えるように取り出し、レインに返す。精霊の姿によって盛り付けやお金の受け取り方も違うのか、手間がかかるな。


 色々と思う事はあるが順調に注文が進む……と思ったがここでディーネが声を上げた。ソワソワしていたからなんとなく心配だったんだが、ここで騒ぎ出したか。


「裕太ちゃん、お酒がないのよー。お姉ちゃんとっても悲しいわー」


 そんな事だと思ってたよ。でもなんで大声で俺に言うんだ? 目の前にオニキスがいるだろ。……さすがのディーネでも後輩にはワガママ言えないのか? それで、契約者ならそこら辺は問題ないってのがディーネの基準なのかもな。あと、ノモスとイフ、お酒がないって聞いて露骨にガッカリしないでほしい。


「食堂だからね」


「でも、町の食堂ではお酒も出るわよー。お姉ちゃん、知ってるもの!」


 ベルのように、一生懸命な雰囲気で訴えかけてくるディーネ。俺がベル達に弱い事を学習したのか? でもディーネなら、色っぽく迫られた方が俺は負けると思うけどな。


「町は町、精霊の村は精霊の村です。酒場ができるまで待ちましょう」


「ぶぅ」


 なんかお母さんみたいな事を言ってしまったが、ディーネも子供みたいに頬を膨らませているからちょうどいいだろう。


「ほら、早く頼まないと、ノモス達が注文できないだろ。急いでくれ」


 渋々と注文に戻るディーネ。なんとなく酒場の建設が早まりそうな予感がする。


「オーク丼定食完成なんだぞ! 一番さん取りにくるんだぞ!」


「べるよばれたー」


 ルビーの声に待ち構えていたベルが猛スピードで突撃する。今日は俺達だけしかいないから大丈夫だけど、次からは店内でゆっくりと飛ぶように注意しておいた方がいいな。


 普段ならぶつからなくても料理とか持ってたら、避けきれずにぶつかってしまう可能性がある。新たに出た問題、これも今晩の会議に提案しよう。廊下を走るな的な内容だが、大事な事だ。


「ゆーた、もってきたー」


 おおう、お盆に載せたオーク丼定食を運ぶベルの姿が、不安定でハラハラする。ファーストフード形式はちょっと失敗だったか? ドキドキしながら見守っているなか、ベルは無事にテーブルの上にオーク丼定食を運び終えた。


 ベル自身も緊張していたのか、腕で額の汗を拭うような仕草をして、やり切った感を出している。こういう作業も、楽しみの一つになるかもしれないな。


「ベル、先に食べてていいからね」


「みんなわー?」


 コテンと首を傾げて質問してくるベル。普段は同時に食べ始めるから不思議なんだろう。


「お店だと料理が出てくるのにバラツキがあるから、待ってたら冷めちゃうんだよ。冷めたらせっかく熱々を作ってくれたルビーに申し訳ないから、先に食べてもいいんだ」


 なるほどっと頷くベル。偉い人と一緒だと待つ必要もあるが、精霊なら必要ないから食べてもいいだろう。


「べる、おいしくたべるー」


 むんっと気合を入れてフォークを握るベル。その周りでは早く自分も呼ばれたいと、ソワソワしだすちびっ子達。なかなか面白い光景だ。おっと、俺も注文しないと朝食を食いっぱぐれてしまう。


「焼き魚定食完成なんだぞ! 二番さん取りにくるんだぞ!」


 ルビーの呼び出しにレインが突撃する。……あれ? レインはどうやって定食を運ぶんだ? 気になってルビーとレインが話しているところに近づく。


「自分で運ぶのが難しいならオニキスに頼むか、このキッチンワゴンを使うんだぞ。レインはどうする?」


「キューー」


 レインは右ヒレでビシッとキッチンワゴンを指し示す。自分で運びたいんだな。しかし、キッチンワゴンか……よく思いついたな。木材の組み合わせだし、作ったのはエメか?


 塗料は塗られてないが、西洋で貴族のお茶会の時なんかに使われてそうな、木の車輪がついたワゴン。もしかして、この世界でも似たようなものが使われてるのかもしれない。


「三つしかないから、運んだら返しにきてほしいんだぞ」


 ルビーの言葉に頷き、意気揚々とキッチンワゴンを押すレイン。キッチンワゴンで運ぶのが焼き魚定食な事に違和感を覚えるが、ここは異世界、問題ないと考えよう。そもそもキッチンワゴンを押しているのが、空飛ぶイルカな時点で、今更の話だ。


 テーブルまで運べば周りにいる精霊が料理をテーブルに載せてくれるだろう。おっ、テーブルとキッチンワゴンの高さが同じなようだから、お盆を押し出して料理をテーブルに載せられる訳か……考えられてるな。ルビー達の印象がこの食堂でガラリと変わったよ。さすが上級精霊だ。


 感心しながら見ていると、フレアがレインの押すキッチンワゴンに釘付けになっている。羨ましそうにレインの周りを飛び回りながら、キッチンワゴンを観察するフレア。あの調子だと、フレアは自分の手で運べても、キッチンワゴンを使うんだろうな。


 いかん、朝食を注文しないと。俺以外は全員番号札をもってるって事は、注文してないのは俺だけって事だ。急いでカウンターに向かい、オニキスにメニューを見せてもらう。


 ……想像以上に上手な絵だ。サフィが描いたんだろうけど、写実的で料理の特徴がよく捉えられている。白黒なのがちょっと残念だな。精霊って絵を描く機会がなさそうなんだが、どこでこのスキルを手に入れたんだろう……あとでサフィに聞いてみるか。


「裕太の兄貴?」


「ああ、ごめん。絵が上手だったから見入っちゃったよ」


「あらあら、サフィが喜ぶわ」


 オニキス、中学生ぐらいの外見で、あらあらとか色っぽく言わないでほしい。なんか緊張するぞ。さっさとなにを食べるか決めてしまおう。朝食だし今日はお肉の気分じゃないな。レインと同じ焼き魚定食にしておくか。


 ……なんか納豆が食べたくなってきた。大豆もあるし、ヴィータが納豆菌を知ってれば作れるよな。でも、醤油がないと、納豆の美味しさが完璧に味わえない。できればカラシとネギも……これも豆腐と同じで醤油が完成してからか。


 オニキスに焼き魚定食を注文してお金を払い、番号札を受け取る。この作業はスムーズだな。注文するお客がいなくなると、オニキスは厨房の手伝いや配膳をするのか……なんとかこの二人で食堂を回せるかな?


 エメ達も客足次第ではヘルプに入る事も可能だろうけど、シフトを組む時間帯も考えないとな。時間をズラして一斉に食堂にくる客を減らすか、ご飯時は他の店を一時閉店にするのもいいかもしれない。


 ***


「おみせでたべたー」「キュー」「おいしかった」「クーー」「つぎはさかなをたべるぜ!」「…………」


「金を払って食べるのも面白いものじゃな。店が開いていて、金があれば気が向いたら食いにこれる。これで酒があれば最高じゃ。酒場の建設を急がねば!」


「そうね、酒場の人員は増やしましょうか。一日中酒場が開いていれば、時間ができた時にすぐに飲めるわ」


「当然だろ、なんだったら俺が店主でもいいぜ!」


「お姉ちゃんも大賛成ーー」


 微笑ましいベル達の感想と、すでに食堂の事から酒場に意識が移っているノモス、シルフィ、イフ、ディーネ。ドリーとヴィータも頷いているので同じ意見なんだろう。大精霊達の好きにさせたら、酒場がたまり場になりそうだ。


 別に体を悪くする事もないんだから放置でもいい気もするが、そうするとなんとなくとんでもない事になりそうな気がするんだよな。精霊達が知らない間に集まって酒場が増築されたり、精霊王様達の執務室ができてたり……。


 両替所の換金の上限を決めるように提案しよう。ここら辺は抵抗勢力が大きそうだが、楽園の主として威厳をもって挑むべきだな。


 微妙に疲れた気分になったので、ジーナ達とフクちゃん達のやり取りを見て心を癒す。フクちゃん達は一生懸命に鳴き声やボディランゲージで訴え、ジーナ達は笑顔でフクちゃん達の話を聞いている。


 キッカもマメちゃんが甘えるような行動を、優しい眼差しで受け入れているし、なんかお姉ちゃんみたいな感覚になっているようだ。ちなみに、サラは両サイドからフクちゃんとプルちゃんの話を聞いて大変そうだ。


 でも、それだけ食堂でご飯を食べた事が楽しかったんだよな。食事を食べ慣れているベル達やフクちゃん達があの興奮なんだ。遊びにくる子達も喜んでくれるだろう。……ちょっとどうなるか想像できなくて怖いくらいだ。……そろそろ次の店に行くか。


「次は雑貨屋かな」


「雑貨屋に行く前に先に宿に行った方がいいわよ」


 ポツリと俺が呟くと、声が聞こえていたのか、オニキスが話しかけてきた。


「宿が先? なんで?」


「ふふ、行ったら分かるわ」


 ……なんかいたずらっぽい表情でオニキスが言う。よく分からんが、店はルビー達が管理してくれてるんだ。言われた通りに行動しておこう。


「じゃあ次は、オニキスが言ったように宿屋に行って部屋を……ベル達とフクちゃん達が使うベッドを借りるよ」


 子供用の宿屋には部屋がなかったよな。でも、サフィも宿屋に手を入れたって言ってたし、オニキスも自信があるようだ。期待しよう。


 自分達だけで宿屋に泊まるという行為が嬉しいのか、騒ぎ出すベル達とフクちゃん達。ちょっと違うかもしれないが、子供の頃に友達の家に泊まりに行くような感覚なのかもしれない。


 俺も小学校や中学校の頃は結構テンションが上がるイベントだったもん。大人になるにつれて、友達の家に泊まりに行く事が、たいしたイベントじゃなくなって……自分が歳を取ってしまった事を強く認識してしまった。俺もベル達と一緒に楽しんで心を若返らせよう。

読んでくださってありがとうございます。

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