二百八十一話 プレオープン
ルビー達がお店の準備ができたそうなので、精霊の村のプレオープンをする事になった。その事を伝えた時のベル達やフクちゃん達の、テンションの爆上がり具合に少し心配になったが、まあ、問題をあぶりだすには特殊な状況の方が分かりやすいはずだ……たぶん。
目覚めに一杯のコーヒーをすすり、今日の予定をしっかりと考えたあとに部屋から出る。いつも通りベル達に出迎えてもらい朝の挨拶を交わす。でも今日のプレオープンにワクワクしているのか、いつもよりも元気いっぱいだ。
楽しそうにしがみ付いてくるベル達を装備したままリビングに向かい、すでに集まっていたシルフィ達、ジーナ達、フクちゃん達とも朝の挨拶を交わす。今日は頼んだ通り、大精霊達も全員集合しているな。
「ゆーた、ごはんだぜ!」
リビングのソファーに座りまったりしていると、フレアが忘れちゃダメだろって感じで言ってきた。普段は朝の挨拶をした後に、朝食の準備をするから忘れてると思ってるみたいだな。幼女に困った奴だって目で見られると、結構心にくるものがある。
「今日は朝食も精霊の村で食べるから、もう少しあとだね。フレアは我慢できる?」
「……もちろんだぜ!」
朝食から精霊の村で食べるのは予想外だったのか、少し驚いたあとに嬉しそうに頷き、ベル達のところに報告に向かった。シルフィ達と戯れていたベル達は、フレアの話を聞いてテンションが爆上がりする。昨日の再現だな。
「ゆーた、はやくいくー」「キューー」
レインに乗ったベルが突撃してきて、満面の笑みで早く行こうと急かしてくる。でも、約束の時間までまだ少しあるんだよな。目の前に浮かんでいるベルとレインを撫で繰り回しながら、もう少し待ってから出発だと伝える。
話を聞いたベルとレインはトゥル達に報告に戻っていく。朝から元気いっぱいだな。そういえば、ベル達とフクちゃん達に確認しておく事があったんだ。
「みんな、精霊石のなりそこないはちゃんと作った? 楽園の両替所で交換しないとお買い物ができないからね」
「つくったー」「キューー」「だいじょうぶ」「ククーー」「よゆうだぜ!」「……」「「ホー」」「プギュ!」「ワフ!」「……」
お、おう、分かったからそんなにいっぺんに見せにこないで。ベル達とフクちゃん達がお団子みたいに密集して、それぞれの精霊石のなりそこないを見せてくれる。ちゃんと言われた通り一人二つずつ作ってあるな。これなら問題ないだろう。
ワクワクしてはしゃぐベル達とフクちゃん達をなだめながら、約束の時間までリビングで待機し、約束の時間に合わせて出発する。四軒しかお店がないし、みんなの期待に応えられるか少し不安になってきたよ。
「じゃあ、みんな、朝は一通り一緒に動くから、はぐれないようについてきてね」
精霊の村に到着し、全員に声をかける。シルフィ達もいるから子供に声をかけるように話すのは若干違和感があるが、メインはベル達とフクちゃん達だからしょうがないだろう。
「まずは両替所だね。ここで精霊石のなりそこないをお金と交換するんだ。ちゃんと順番に並ぶんだよ」
元気に返事をするベル達とフクちゃん達。みんなとってもいい子達だから、テンションが高いところを除けば心配いらないだろう。軽く手順を説明したあと、全員で両替所の中に入ると、店の奥のカウンターにはシトリンがポツンと座っていた。
「……いらっしゃい」
シトリン、声が小さいよ。どこぞの居酒屋だったら研修のやり直しレベルだよ。まあ、精霊同士だし、そこまで気合を入れる必要はないか。ベル達とフクちゃん達がいそいそとシトリンの前に並ぶ。
「こうかんーー」
ベルが嬉しそうにシトリンの前で両手を開く。右手と左手に一つずつ精霊石のなりそこないを握っていたらしい。
「……精霊石のなりそこない二つ。六千エルトと交換する」
シトリンはベルから精霊石のなりそこないを二つ受け取ると、布袋に銅貨を六十枚ざらざらと流し込む。先に銅貨を三十枚ごとに分けて置いてあるみたいだな。それにお財布代わりの布袋まで用意してある細やかな心遣い……シトリンなかなかやるな。
あとたぶん大銅貨を使ってないのは、ベル達やフクちゃん達なら硬貨が沢山あった方が喜ぶって考えなのかもしれない。布袋にジャラジャラと銅貨が入るさまを、ベルや後ろに並んでいたレイン達やフクちゃん達も嬉しそうに見守ってる。シトリンの狙いはドンピシャで当たってるな。
ただ……やっぱり精霊石のなりそこないって名称は不便だ。今夜の話し合いで、新しい名前を付ける事を絶対に提案しよう。
「ゆーた。べる、こうかんしたー」
シトリンから沢山硬貨が詰まった布袋を受け取ったベルが、満面の笑みで報告にくる。しっかりと両手で布袋を握り締めるベルの姿が、なんとなく微笑ましい。俺も子供の頃、初めて財布を貰った時はあんな感じだった気がするな。
マジックテープが使われたカラフルな安物財布だったけど、滅茶苦茶嬉しかったのは覚えている。何度も財布を開け閉めして、カード入れには厚紙で作った訳の分からないカードとか入れてた気が……思い出すとなんだか恥ずかしくなってきたな。とりあえず今は、俺の目の前に誇らしく布袋を掲げるベルを褒めまくろう。
ベル達とフクちゃん達の両替は進み、俺は報告にくる契約精霊達をこれでもかと褒めまくる。隣ではジーナ達も、両替を終えたフクちゃん達をメチャクチャ褒めまくっている……あれは俺の影響なんだろうか。
それぞれに誇らしげに銅貨が詰まった布袋を持つベル達とフクちゃん達。シトリンは布袋にも工夫をしてくれていたのか、紐で財布を首から下げられるようになってたり、ムーンみたいなスライムタイプには、体に結び付けられるようになっている。本当に芸が細かいな。
ベル達とフクちゃん達の交換が終わったあとは、一応、シルフィ達大精霊も両替をしている。こちらはさすがに騒がないが、心なしか嬉しそうなのが印象的だな。特にディーネがなにやらウズウズしているように見える。
……まあ、大精霊でも通貨を使うのは面白い事なのかもな。全員の両替が終わったところで、シトリンに別れを告げて両替所から出る。
「じゃあ次は、みんなお待ちかねの朝食だよ」
俺の言葉にちびっ子軍団のテンションが上がる。サラ達も食堂での食事を楽しみにしてたんだな。料理の内容はそこまで変わらないけど、それでもルビー独自の工夫や味付けがあるから、何気ない日常に刺激が加わる。精霊の村が大きくなればなるほど、楽しみも増えるだろう。
精霊の性格上、非合法に近いような商売はしないだろうし、治安がいい楽しい村になるかもしれない。でも、俺が望む人の欲望を発散するような施設は無理だろうな……そこがちょっと残念だ。
「じゃあ、食堂に入るけど、ルビーとオニキスの指示にちゃんと従うようにね」
元気にお返事をするちびっ子軍団を引き連れて食堂の中に入る。
「いらっしゃいませなんだぞ!」「ふふ、いらっしゃい」
扉を開けて中に入るとルビーは元気よく、オニキスは飲み屋のお姉さん的な雰囲気で出迎えてくれた。こっちはこっちで二人のギャップが大きすぎる。特にオニキス、中学生ぐらいの外見で、飲み屋のお姉さん的な雰囲気を出すのはやめてほしい。
「じゃあみんなここに並んでね」
オニキスが厨房横のカウンターに移動し、ちびっ子軍団を手招きする。この場所でも先陣を切ったのはベルだな。好奇心が強いから躊躇いなく突撃していく。そんなベルに引っ張られるようにレイン達とフクちゃん達も続き、綺麗に列ができる。ジーナ達以外は全員飛んでるから、俺的には違和感が少しあるけど……。
「ベルちゃんが一番ね。メニューはこれよ。絵が描いてあるから大体は分かると思うけど、質問があったら聞いてね」
「わかったー」
オニキスの説明を聞いたベルが、メニューをみながらも「たくさんあるー」っとテンションを上げている。さっきまで綺麗に並んでたんだけど、みんなメニューを確認したいようで列が完全に崩れている。しれっとジーナもメニューを背伸びして覗き込んでるのはどうしたらいいんだろう?
ジーナって年齢的に大人の扱いをするか、子供の扱いをするか微妙な年齢なんだよな。この世界だと確実に大人なんだが、日本で考えると成人してないし……でも外見は素晴らしい美女……悩ましい。
「みんな、列が乱れてるよ。自分の番になったらメニューをしっかり確認できるから、いまはちゃんと並ぼうね」
俺の呼びかけに素直に並びなおす、ちびっ子軍団+ジーナ。みんな素直でいい子達だ。
「んーー、べる、これたべるー」
嬉しそうにちっちゃな指でメニューを差して注文するベル。注文する行為自体が楽しいのか空中で足踏みしている。可愛らしいぞ。
牛乳が少ない事もあるし、デザート類はおやつの時間に限定してもらったけど、それがあったら更に大興奮だっただろうな。
「オーク丼定食ね。五百エルトだから、銅貨五枚よ」
ベルが選んだのはオーク丼か。お米がある楽園の食堂ならではの新メニューだ。お米を使った料理のレシピを聞かれた時に教えたんだけど、初見のメニューを選ぶベルの好奇心の強さを改めて感じる。
「ごひゃくえるとー」
いそいそと革袋を広げて、銅貨を数えながらカウンターに置くベル。ものすごく楽しそうだ。よく考えると人生初のお買い物って事になるのか? ならば契約者として、しっかりとこの光景を記憶に保存しておこう。
「確かに。じゃあこの番号札を持って好きなところに座っててね。料理ができたらこの番号を呼ぶから料理を取りにきてね。この番号は一番、忘れないでね」
最初だからか説明が多いな。ファーストフードのやり方を教えてみたんだけど、最初は戸惑うか。でも、みんながこのシステムに慣れれば問題はないだろう。精霊には文字が読めない子が多いから、ちゃんと説明しておかないといけないのが難点といえば難点か。
シルフィに聞いたところ、文字とかに興味を持つお年頃は、中級精霊になってからだそうだ。だからこそ絵を多用したメニューになってると思うんだけど、俺もまだ絵を見てないんだよな。サフィが絵が得意だって言ってたけど、どんな感じなんだろう?
「わかったー」
木製の札をオニキスから受け取り、なぜかみんなの前で掲げるベル。その事に歓声を上げるちびっ子軍団+ジーナ……なぜそうなるのか俺には分からないが、楽しそうだからいいか。
ただ、このままだと注文に時間がかかるな。前もって案内役の人にシステムを説明しておいてもらうのと、注文カウンターをもう少し増やす必要があるかもしれない。今夜の議題で提案しておこう。
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