二百八十話 ルビー達の頑張り
ちびっ子軍団+ジーナとルビー達、ヴィータの協力を得て味噌を仕込んでから数日が経った。味噌の仕込みは思った以上に楽しいイベントになったので、これはこれでいい思い出になって良かった。
一方、次の日に仕込んだ醤油は大変だった。何しろ俺は醤油の仕込みについて、悲しくなるぐらいにしか知識がなかった。その結果、ルビー達に尋問にも近い質問を受けた。
俺が全力で絞り出せた知識は、基本の大豆と塩と麹、悩みに悩んだ末にモロミの存在を思い出せたぐらいだった。結果、ヴィータの菌に関する知識を総動員して、現物の醤油から逆算するような方法で仕込みをおこなった。主にヴィータとルビー達が……俺は言われるがままに動いただけで、なにをどうしたのかもよく分かってなかった。
正直、楽しくはなかったが、なんとか醤油の仕込みが無事に終わったので感謝しかない。やっぱり日本人だと醤油を使った料理が多いもんな。醤油が完成したら何を食べよう。食べたい物が多すぎて選べない。やっぱり醤油だったら魚介系かな。海辺で貝をとって醤油を垂らすだけでご馳走になる。牛丼、肉じゃが、煮つけにウドンにソバ……ワクワクするな。
醤油を仕込んでからは大きな出来事もなく平穏に時間が過ぎた。ヴィータから動物達に近づく許可をもらい、意気揚々とエサをあげに行ったら脱兎のごとく逃げられたり、毎日ルビーが大量に作る料理を収納しに行く事になったり、醸造所周辺を精霊達が飛びまわり、一面が麦畑になってたりはしていたが……平穏だったはずだ。
唯一頭を抱えたのがジーナ達に与える新たな課題だ。もう一ブロック与えて大精霊の力を借りずに何かを作らせようかとも思ったが、何を作ってもらうかが問題だ。もう一つ広場を作るってのも芸がないしどうしたものか。
シルフィとジーナ達はアンデッド討伐、ベル達は昼食を終えて公園に遊びに行った。ディーネ達は醸造所でエールの仕込みで忙しそうだ。なんだかポッカリと時間が空いてしまったので、柔らかなソファーに身を沈め、お昼のコーヒーを飲みながらまったりと考え事をする。
死の大地に突然飛ばされた頃に比べると、ずいぶんと優雅な事ができるようになったな。まだまだ足りないものも多いが、一歩ずつ確実に生活が豊かになっていく感覚が楽しい。さて、急を要する事もないし、旅行計画でも煮詰めるかな。
「裕太の兄貴ーー!」
ぶっ……危ないな、危うくコーヒーを吹き出してしまうところだった。なぜルビー達がリビングの窓に張り付いてるんだ? ……そっか、いま家に誰もいないから、入れなかったんだな。
「みんな、入っていいよ。でも、ドアノッカーが付いてるんだから鳴らしてくれればいいのに」
俺が手招きしながら声を掛けると、ルビー達が実体化を解き窓を通り抜けながら入ってきた。
「ドアノッカーは沢山鳴らしたんだぞ! ベル達に聞いたら裕太の兄貴は家に居るって言ってたのに出てこないから、窓から覗いたんだぞ!」
……どうやらドアノッカーは鳴らされていたようだ。優雅な気分に浸りながら考え事をしていたので、まったく気がつかなかったな。
「ごめんごめん、考え事をしてたんだ。とりあえず座ってよ。飲み物を用意するけど何がいい?」
「気にしてないんだぞ! 裕太の兄貴は何を飲んでるんだ?」
「俺が飲んでいるのはコーヒーだね。あれ? 飲ませた事がなかったっけ?」
「飲んだ事がないんだぞ!」
そういえばコーヒーを飲むのは家でのんびりしている時が基本だから、家の契約精霊とジーナ達ぐらいにしか飲ませてなかったな。いい機会だし、興味もあるようなのでコーヒーを紹介しておこう。
ベルのように興味津々で俺のコーヒーを覗き込んでいるルビー達に、コーヒーの事を一から説明する。コーヒーを加工するための苦労なんかも少し盛って話してしまったが、まあ、問題はないだろう。ルビー達の感心したような視線が心地良い。魔法の鞄からコーヒーとカップを取り出しルビー達に注ぐ。
興味津々でコーヒーを観察し、香りを嗅いで真剣にコーヒーを吟味している。ジーナとサラもそうだったけど、やっぱり食べ物に興味があると集中具合が違うな。シルフィ達と比べると、ルビー達の方がしっかりと味わってくれてちょっと嬉しい。
コーヒーをブラックで味わった後は、俺が教えたように砂糖やミルクを入れながら、自分の好みの味を探している。
「裕太さん、この飲み物は落ち着くわね。特に色がいいわ。あとで分けてもらえる?」
「食堂にも欲しいんだぞ!」
ひとしきりコーヒーを味わった後、オニキスが嬉しそうに聞いてくる。ルビーはともかくオニキスの……色がいいって、黒いからか? 闇の精霊は黒が好きなのか?
「ああ、あとで渡すね。そういえば何か用事があってきたんじゃないの? 朝、料理を収納したけど、また収納する料理が溜まったの?」
「そうだったんだぞ! そろそろ裕太の兄貴に教えてもらった料理のレシピも慣れたし、エメ達も自分の店を把握したから、精霊の村にお客さんを連れてきても大丈夫だぞって言いにきたんだぞ!」
そういえば、精霊の村開きはルビー達待ちだったな。優雅にコーヒーを飲んで、旅行計画を考えるつもりだったが、俄かに忙しくなってしまったな。まあ、村開きが終わって、楽園が落ち着けば旅行にも出発できるんだ。いい知らせだよな。
「了解、それなら今晩、シルフィ達を交えて話し合いをしようか。精霊達が沢山待っているみたいだから、すぐに村開きをする事になりそうだけど、本当に大丈夫?」
「んー、メニューも決め終わったし、エメの雑貨屋もサフィの宿屋、シトリンの両替所も準備万端なんだぞ。それに、オニキスのサポート体制も話し合ったから大丈夫なんだぞ!」
料理を作っているだけじゃなかったんだな。さすが上級精霊、目に見えないところでしっかりと準備は進めていたらしい。何度か相談を受けたから知ってはいたんだけど、実際に行動しているところを見てなかったから、油断してた。ごめんね、料理を作る事と食べる事しか興味がないのかと思ってたよ。
「じゃあ、今晩は俺達がルビーの食堂にお客としてお邪魔しようかな。そこで一通り営業の流れを確認した後、シルフィ達と村開きの事を話し合おうか?」
一応、お客さんがいる状態でも確認しておいた方がいいだろう。俺やシルフィ達とジーナ達は問題ないにしても、ベル達とフクちゃん達は強敵っぽい気がするんだよな。
「お店の練習! 楽しそうなんだぞ!」
予行練習の提案にルビーが喜ぶ。急な話だけど今晩でも問題はなさそうだな。
「裕太の兄貴、練習なら雑貨屋や宿屋、両替所もお願いしたいんだけど、ダメ?」
エメが追加の予行練習をお願いしてきた。サフィやシトリン、オニキスも頷いているって事は、予行練習をしておいた方がいいか。そうなるとジーナ達やフクちゃん達が帰ってくるのは夕方になるし、時間が足りないな。
「分かった。じゃあルビーには悪いけど今晩はなしにして、明日一日、ベル達、ジーナ達、フクちゃん達に村に遊びに行ってもらう感じにしようか。村全体の予行練習になるしそっちの方がいいよね?」
ルビー達が頭を寄せ合って相談した後、コクリと頷いた。これで明日は精霊の村のプレオープンって事になるな。ベル達も屋台巡りをしているけど見ているだけだし、自分で買い物ができるなら喜ぶだろう。
そうなるとちゃんと精霊の村での流れを再現したいから、ベル達とフクちゃん達には、精霊石のなりそこないを今晩の内に作っておいてもらうか。シルフィの話では浮遊精霊でも、ある程度簡単に作れるらしいし大丈夫だろう。
でも……精霊石のなりそこないって、長いよな。なりそこないって言葉の印象も悪いし、これも話し合いで名前を決めてもらおう。
ルビー達はしっかりと打ち合わせをしたあと、気合十分で戻っていった。今から予行練習の予行練習をするそうだ。四軒しか店と呼べるものはないし、そこまでやる事はなさそうだが事前準備は大事だよな。
***
「おかいものーー!」「キューー!」「かいもの!」「クーー!」「かうぜ!」「…………!」「「ホーー!」」「プギャーー!」「ワフーーン!」「…………!」
……帰ってきたベル達とフクちゃん達に明日の事を伝えると、テンションが爆上がりした。自分達でも気持ちが抑えられないのか、リビングを縦横無尽に飛び回ったり手足やシッポを無意味に動かしまくったりと大混乱だ。
「ベル達とフクちゃん達だけでのお泊りになると思うけど、ついでに精霊の村の宿屋にも泊まってみる?」
大混乱の中に、更に燃料を追加してみた。予想通り更にテンションが上がるベル達とフクちゃん達。喜ぶとは思ってたけど、ここまで喜ぶとは思わなかったな。普段寡黙なトゥルも、ほっぺを赤らめて興奮している。精霊にとってお買い物とお泊りって結構大きなイベントだったらしい。
普段一緒にいて、食事なんかも一緒に食べている、ベル達やフクちゃん達がこの反応って事は……精霊宮に押し掛けた子達の反応が怖いな。ルビー達は大丈夫なのか?
「裕太、急な話だけどルビー達は大丈夫なの?」
シルフィが少し心配そうに言うが、俺とシルフィの心配は別な感じだな。
「料理を作る以外にも準備はしっかり進めていたらしいし、今日もルビー達で予行練習をするって言ってたから大丈夫だと思うよ。明日はシルフィ達も参加してくれる?」
「……そうね、私達は問題ないけど、醸造所の精霊達は手が離せないわ。それで問題ないかしら?」
醸造所の精霊達は不参加か……忙しいんだろうな。そろそろ俺も醸造所の見学に行っておいた方がいい気もする。しかし、経験を積むと考えると、プレオープンに参加する人数が減るのは残念だな。まあ、最初だし、手順を確認するには俺達だけぐらいがちょうどいいか。ベル達もフクちゃん達も大興奮だからな。
「ああ、問題ないよ。じゃあ、ディーネ達にも伝えておいてくれる?」
「ええ、伝えておくわ」
精霊の参加者はこれで確保した。あとは反応が薄めのジーナ達だな。ジーナ達は迷宮都市で普通に買い物をしているからか反応が少し薄い。でも、楽しみにしてないって事もないようだ。
「師匠、あたし達も普通に参加すればいいのか?」
「うん、メインは精霊達だけど、一緒に参加して気がついた点があったら教えてあげてね。特にジーナは食堂の娘だし、色々とアドバイスしてあげて」
「分かった。食堂の雰囲気は全然違うけど、気になる点があったら教えとくよ!」
確かにジーナの実家の食堂はスラム近くで、雰囲気は全然違うな。サラ、マルコ、キッカも、ルビーの食堂で何を注文するか話し合ってるし、平和な日常の小さな刺激にはなりそうだな。
読んでくださってありがとうございます。