二百七十九話 仕込み完了
味噌の仕込みを始めた。今のところ作業は順調でちびっ子軍団も楽しそうにお手伝いをしてくれているので、イベントとしてはやって良かったと思う。これで味噌が完成すれば、次はいよいよ醤油って事になる。醤油が完成すれば食べられる料理の幅がかなり広がるから、異世界での生活が楽しくなるよな。
さて、大豆を潰したし、次は大豆に塩と菌を混ぜ込む作業だな。保護者席に座っているヴィータに手を振ると、目の前まで飛んできてくれた。
「ヴィータ、味噌を発酵させてくれる菌を、潰した大豆の中に植え付けてくれ。それと発酵に悪影響を及ぼす菌が居たら別の場所に移してくれたら助かる」
悪影響を及ぼしそうな菌なら消滅させてもらった方が助かるんだが、命の精霊には言い辛いよな。
「分かった、じゃあ始めるね」
ヴィータがそういって右手を桶の方に向けると三つの桶に光が集まる。眩しいと言うよりも柔らかで優しい光が潰した大豆を包み込んでいる。その光が消えると、潰した大豆の表面は霜が降りたように薄っすらと白くなっていた。
「裕太、終わったよ」
「ああ、ありがとうヴィータ、助かったよ」
お礼を言うと、笑顔で手を振って保護者席に戻るヴィータ。簡単そうにやってたけど、目で見て確認できるぐらい菌を集めるって相当凄い事だよな。とくにここは死の大地で元々は土壌の菌すら死滅していた土地だ。森の土を運んできたとは言え、他に比べると菌の数は少ないはずだもんな。
もしかして命の大精霊クラスになると菌ぐらいなら作れるとか? ……なんか深く考えると怖い事を想像しそうだ。味噌の仕込みに集中しよう。菌を植え付けてくれたんだから、あとは塩を混ぜる分量だな。
事前にルビーに相談したところ、味噌を舐めた感覚からある程度の塩の割合を導き出してくれた。でも、塩が結構な量なんだよな。……減塩味噌も売ってたし、元々味噌は塩を多めに使うのかもしれない。素人が想像でやるよりも、長年料理をしてきたルビーの舌を信じるべきなんだろう。
不安は残るものの、ルビーが割り出してくれた塩の分量で味噌を作る事に決める。理由もなくなんとなく俺の勘で作っても失敗するだけだろうからな。三つの桶にルビーに確認してもらった塩を入れる。
「じゃあ今度はこの桶の中の大豆と菌と塩をしっかり交ぜ合わせてね。組み分けは今まで通りでお願い」
俺の言葉にちびっ子軍団+ジーナがそれぞれの桶にはしゃぎながら移動する。三度目だし慣れたものだな。今回も俺は大豆を煮こんでいる三つの鍋を管理しながら、みんなの様子を見守る。
……うん、楽しそうとしか言いようがないな。味噌の仕込みというよりも砂遊びとか泥遊びって感じだけど。あれだけ全員でこねくり回せばムラなく混ざるだろう。大豆と菌と塩がムラなく混ざった事を確認し、次の段階に進む。
「次はこの大豆を丸めてお団子にして、樽に空気が入らないように隙間なく詰めるんだ」
「おだんごー?」
ベルがコテンと首を傾げる。お団子ってこの世界にはないのかな? いや、ジーナ達は分かってるみたいだし、ベルが知らないだけか。
「こうやってギュって握って塊にするんだよ」
ベル達の前でお手本として大豆を両手で握り、塊にしてから見せる。
「キュキュー」「クーー」「…………」
レイン、タマモ、ムーンが両手を前に出し俺に何かを訴えている。……うん、そうだよね。さすがにその両手だとお団子を作るのは難しいよね。そうなると、フクちゃん達は全滅って事になるな。組み分けを考え直そう。タマモやウリ辺りは精霊の力を使えばなんとかなる気もするが、まあ、今回は他の動物型の子達と一緒でいいだろう。
「お団子を作るのが難しい子達は樽に味噌を詰める作業をやってもらうね。ベル達の組は今まで通りでいいとして、ジーナとマルコは、フクちゃんとマメちゃんとプルちゃんと交代してお団子を作ってあげて」
即席で組み分けをおこなうが、まあ、自分の契約精霊との共同作業だから何の問題もないだろう。それぞれ自分の契約精霊と作業の打ち合わせをしているし、最初っからこの組み合わせでも良かったかもな。なんとなくいつもまとめて呼んでいるから、簡単に組み分けしてしまった。まあ、今からでも十分一緒に楽しめるだろう。
「おだんごー!」「かためる」「つくるぜ!」
「キュキュー」「ククー」「…………」
ベル達のは打ち合わせと言って良いのか分からないが、意思疎通はできているみたいだし大丈夫か。なんかベル達って独特の意思疎通方法があるのか、息はピッタリなんだよな。
「じゃあ作業開始! あっ、ルビー達は樽の中の大豆が、しっかり空気が抜けてるかを確認してね」
「分かってるんだぞ!」
ルビー達が請け負ってくれたのなら安心だ。今回は俺もベル達と一緒に参加しよう。大豆を煮ているだけだと寂し過ぎるからな。すでに大豆を握り始めているベル達の中に混ざり俺も大豆を固める。
「ゆーた、みてー、まんまるー」
「お、本当にまん丸だね。ベル、とっても上手だぞ!」
ベルが自慢げに俺に見せてくれたのは、小さいがしっかりと丸まった大豆の塊。手が小さいから大きく作るのは難しいだろうが、ちゃんと空気も抜けているようだし完璧だな。普段なら褒めて撫で繰り回すところだが、今は両手に大豆を持っているから無理だ。
「できた」
褒められて得意満面のベルを愛でていると、トゥルも上手にできたと大豆の塊を見せてくれる。……土の精霊って事が関係しているのか、もはや完全なる玉だ。日本でも泥団子を凄いクオリティで作る人が居るけど、艶と言いテカリといい完璧だな。ただ、今回は味噌の仕込みなんだけど……。
「トゥル、とても凄いよ。でも今回はそれを樽に入れて潰さないとダメだから、ちょっと頑張り過ぎてるかも。もう少し手を抜いても構わないよ」
「そう?」
首をコテンと傾げて不思議そうにするトゥル。真面目なんだね。もう一度、味噌の仕込み方を説明して、そこまで完璧な玉を作らなくてもいいって事を納得してもらう。
「できたぜ!」
なんとかトゥルに納得してもらい、一安心したところでフレアから声が掛かった。フレアの方に視線を向けるとそこには……自分の顔程の大きさの大豆の塊を自慢げに掲げるフレアが居た。これはどうなんだ? 褒めるべきなのか? あっ、端っこがボロって崩れた。
「フレア、大きさは凄いけど、空気をちゃんと抜かないと美味しい味噌ができないから注意してね」
「だめか?」
フレアが残念そうに俺を見上げる。……対応を間違えるとガッカリさせてしまいそうだし難しい。
「うーん、大きいのがダメって訳じゃないんだけど、しっかり空気が抜けてないと困るんだ。もっとギュって固めて作れるかな?」
「よゆうだぜ!」
フレアはそう言って大豆の塊をちっちゃな手でパチパチと叩きだした。大きさを変えるつもりはないらしいが、沢山叩けば空気も抜けるだろう。後はレイン達、樽班に期待だな。しかし、遠目で見ていると楽しそうで混ざりたかったが、実際に混ざってみると意外と大変だ。
俺も大豆を固め終わったので、樽の前で待機しているレインに渡す。「キュキュー」っと嬉しそうに大豆の塊を受け取ったレインは、樽に頭を突っ込み樽の底に大豆の塊を置く。その後に器用にヒレで団子を叩き、空気が抜けるようにすでに置かれている大豆と一体化させる。樽班の方は問題がなさそうだな。
レインのあとにタマモが飛び込み大豆を更に踏みしめ、最後の仕上げにムーンが大豆の上に乗り、高速振動で大豆を平らに均している。
コンクリートを固める時に、高速振動する棒をコンクリートに差し込んで空気を抜いたりするけど同じような効果が期待できるかな? まあ、チームワークは抜群だし、問題ないだろう。とりあえず褒めまくっておこう。
ジーナ達やフクちゃん達も楽しそうにやってるし、補佐のルビー達も居るから問題ないだろう。後はこの工程を繰り返すだけだな。樽がいっぱいになれば綺麗な布を掛けて上から重しを置くんだっけか? 重しを置くのはお漬物だった気もするが、確か味噌にも置いてあった気がする。一応、石を載せておこう。
***
「終わったーー」
味噌蔵の中に三つの大豆が詰まった樽を置いて、終了の声を上げる。これで一年近く寝かせておけば味噌が完成するはずだ。ヴィータが菌の管理をしてくれるらしいし、もう少し早く完成するかもな。
「おわったー」「キュキューー」「おわった」「ククーー」「かんせいだぜ」「…………」
俺の言葉に反応してまとわりついてくるベル達に、お手伝いのお礼を言って褒めながら撫で繰り回す。
「ゆーた、これなにー?」
ひとしきりベル達と戯れた後、ベルが小さな指で味噌樽を指差し聞いてきた。……一応、作る前に説明はしたんだが、よく分かってなかったらしい。味噌って言っても説明が難しいよな。
「調味料だよ。完成するのはだいぶ先になるけど、味噌が完成すれば美味しい料理が作れるようになるんだ」
ヴィータが手伝ってくれるって言ってたし、ほぼ間違いなく味噌は完成するはずだ。期待させるような事を言っても問題ないだろう。
「おいしー?」
「うん、ベル達が好きな味かは分からないけど、俺は大好きだよ」
お味噌汁はもちろんだけど、サバの味噌煮とかたまらないよね。サバっぽい魚はレインが捕まえてきてくれた魚の中にもいたから、問題なく作れるはずだ。ホカホカの白いご飯にサバの味噌煮とか想像するだけでヨダレが出そうだ。
「ゆーたがすきなら、べるもすきー」
ベルがニパっと嬉しい事を言ってくれるが、俺が好きなものでベルが食べられないものは結構あるからね。特に苦みが強い物は無理だよね。嬉しいから言わないけど。ベルを抱っこしつつ、みんなを促し味噌蔵から出る。俺の異世界生活に、また一つ必要な物が完成しそうだ。
6/22日にデンシバーズ様にて、精霊達の楽園と理想の異世界生活の第三話が公開されております。どうぞよろしくお願い致します。
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