二百七十五話 大豆の脱穀
昨日は醤油作りの為に大豆をドリーに成長させてもらい、みんなで収穫した。その過程で枝豆も収穫したが、大精霊達はエールのツマミとしてたいそう気に入ったようだ。サラ達、ベル達、フクちゃん達は味というよりも、食感やサヤから枝豆が飛び出してくるのが面白くて気に入ったらしい。
ちなみにジーナも枝豆を食べた後、物欲しそうに大精霊達が飲んでいるエールを見ていたので、エールを追加すると滅茶苦茶喜んでいた。この世界でも枝豆はおつまみとして優秀らしい。
豆腐の事もあるし、トルクさんに言って作ってもらうか? 食材として教えるのは問題ないだろうけど、栽培の手配までお願いするとパンクしちゃうよな。俺からマリーさんかベティさんに話を通すべきなんだろう。
確かジーナがスープに入れるぐらいしか使い道がないって言ってたし、ヴィータが大豆は飼料として使われているって言ってたから、栽培はされているはず。枝豆を広めるならベティさんだな。牧場の計画もしているらしいから、飼料として使われているなら関りもあるだろう。丸投げだな。
大豆、枝豆の迷宮都市での使い方はそれでいいとして、あとは今日の予定だな。のんびり朝のコーヒーをすすりながら色々考える。朝にこの時間ができた事で、落ち着いて物事を考えられるようになったのは嬉しい。それでも基本的に行き当たりばったりだけど……。
まあいい、とりあえず今日は醤油と味噌の事についてルビーに相談に行こう。ついでに豆乳と豆腐、キナコの説明もしておくか。そうなると試したがるだろうし、行く前に大豆の加工も済ませておきたいな。殻の脱穀はシルフィに頼んだ方がいいだろう。ベルにもできるかもしれないし、一緒に試してもらうのもいいかもな。
今日はシルフィにジーナ達をアンデッドの巣穴に連れて行ってもらう予定だから、朝食が終わったらすぐにお願いするか。だいたいの予定が決まったので部屋を出る。定番となったベル達との朝の挨拶を終えて、リビングに向かいみんなで朝食にする。
「それで、大豆を脱穀したいのね? 私は構わないけど、ベルだとちょっと難しいかもしれないわね」
朝食を済ませて脱穀の事をシルフィに相談すると、ベルだと少し難しいとの返事が返ってきた。
「シルフィが作ってる風の玉みたいなのを、ベルが作ってるのを見た事があるんだけど無理なの?」
「脱穀まではできるでしょうけど、殻と大豆を分離するのが難しいのよね。風の繊細なコントロールには技術が必要なの」
「でも、レインは水でコーヒーの実と殻を別けてくれたけど?」
「そこは属性の違いね。どうしても属性によって得意不得意が分かれるわ」
なるほど、水と風では難易度が違うか。風で殻と大豆を別けるのは難しそうだもんな。シルフィがお米でやってた事って、実は神業だったっぽい。
「食材を無駄にするのはもったいないし、ここはシルフィに頼むよ。ごめんねベル」
「べる、できない?」
隣に浮かんで聞いていたベルが、首をコテンと傾げながら聞いてくる。ハッキリできないって言ったらベル、泣いちゃわないかな? まあ、ベルも外見は幼女だけど俺よりも年上なんだ大丈夫だよな。……もしベルが泣きそうになったら挑戦させて、殻と大豆を手作業でより分けよう。
「うん、ベルの技術だとまだ無理なんだって。できる事で手伝ってね」
「わかったー」
ドキドキしながら言ったのに、ベルはあっさりと納得してくれた。
「裕太、変な顔してどうしたの?」
変な顔はしてないはずなんだがな。
「ベルにできないって言うのに緊張しただけだよ。もし泣いちゃったらどうしようかと思ってね」
「むー、べるなかないー」
いかん、正直に言ってベルの機嫌を損ねてしまった。とりあえず謝って、撫で繰り回そう。
「ふふ、ベルも精霊なんだから、できないって言われたぐらいで駄々をこねたりしないわよ」
「そうかもしれないけど、どうしても見た目に引きずられちゃうんだよね。まあ、今後は気を付けるよ。じゃあそろそろ脱穀をお願い」
なんとなく旗色が悪いので、ベルを抱えたまま外に向かい、魔法の鞄から昨日収穫した大豆を取り出しシルフィの前に積み上げる。俺の気持ちが分かったのか、シルフィが苦笑い気味に頷き大豆を風で包む。
風は大豆を包み込んだまま浮き上がり、高速回転しながら大豆と殻をより分ける。うん、今までは簡単そうにやるものだから普通に見ていたけど、難しいって聞いてしっかりと見ると感心してしまうな。抱っこしているベルも「すごいー」っとはしゃいでいる。
「裕太、空樽をだして」
あっ、そうか。大豆だからそのまま置いたら、バラバラに散らばっちゃうな。慌てて空樽を用意すると風の回転がゆっくりになり、空樽に吸い込まれるように入って行った。樽の中を見るとびっしり満タンに大豆が詰まっている。うん、完璧だな。残りもこの調子でお願いしよう。
「お疲れ様。ありがとうシルフィ」
「どういたしまして。新しい調味料が完成するのを楽しみにしているわね」
「はは、正直作り方もほとんど分からないから、あんまり期待しないでほしいな。それでシルフィ、話は変わるんだけど、今日は醸造所の精霊がやたら飛び回ってるよね、どうかしたの?」
脱穀をしてもらっている間も東側の醸造スペースを、醸造所の精霊達が忙しそうに飛び回っていたから、気になってしょうがなかったんだよな。
「ああ、あれね。裕太が昨日枝豆を食べさせてくれたでしょ。その話をしたら醸造所の精霊達の満場一致で、エールを作る事が決定したのよ。だぶんディーネがエールには枝豆よーって幸せそうに騒いだのが、決め手になったんでしょうね」
なんのお酒をどんな風に作るかでもめていた精霊達を、エールと枝豆が結び付けたって訳か。呆れたら良いのか感心したら良いのか分からないな。ただ、止まっていた醸造所が動き出したんだ。楽園にもなにがしかの変化は起こるだろうな。
「ついに醸造所が動き出したんだね。でも、シルフィ達が喜んでくれてたのは知ってたけど、そんなに枝豆を気に入ってたんだ」
「ええ、枝豆はいいおつまみね。素朴な味がお酒の邪魔をしないし、食べ飽きないところが素晴らしいわ。いくらでもお酒が飲めそうよ」
……枝豆がなくても、シルフィ達ならいくらでもお酒が飲めそうだけどね。あっ、実体化した時は結構酔ってたし限界はあるんだったな。あの時のシルフィはレアだった。
「裕太……なにか余計な事を考えてない?」
「い、いや、なにも考えてないよ。また飲む時には枝豆をセットで出すね」
忘れるって約束したけど、心の中で思っただけで感じ取るの? 普通に怖いんですが。
「そうかしら? ……まあいいわ。じゃあ私はジーナ達を連れてアンデッドの巣に行ってくるわね」
俺に疑惑の視線を向けたが、証拠が無いからか追及は諦めてくれたらしい。
「うん、よろしく頼むね。ジーナ、サラ、マルコ、キッカ、今日はアンデッドの討伐だけど、聖域を出るとフクちゃん達は見えなくなるから戸惑わないように」
「そうだった、聖域から出たらシバが見えなくなるんだった。最近ずっと一緒に居たから、なんだか変な気分だな」
ジーナが抱っこしているシバの頭を撫でながらしみじみと呟く。聖域になって四六時中一緒に居るから、やっぱり違和感は出るよな。サラ、マルコ、キッカもフクちゃん達を撫でながら頷いている。
「そういう事だから、聖域の外に出たら聖域になる前の感覚をしっかりと思い出してね」
「うん、見えるようになったから、色々と隊列や作戦も考えられたし大丈夫だよ。慎重に頑張ってくる」
「うん、行ってらっしゃい」
話が終わったのでシルフィがジーナ達を連れて飛び去っていった。ジーナが慎重にって言ってたから無茶して、シルフィの手をわずらわせる事もないだろう。ちょっと安心だな。
「よし、じゃあ俺はルビー達に相談があるから、ベル達は楽園の見回りをお願いね」
……あれ? いつもならベル達は元気にお返事して見回りに出発するはずなんだが、ふよふよと俺の前に留まっている。どうしたんだ?
「おいしいものたべる?」
なるほど、ベルの質問で全てが分かった。ルビーのところは食堂だから、何かを食べるなら一緒に行きたいって事なんだろう。
「朝食を食べたばかりだし、なにも食べないと思うよ。もし何かを食べる時はベル達を召喚するね」
「まってるー」「キュキュー」「たべる」「ククーー」「しんめにゅーがいいぜ!」「…………」
「いや、もしなにかを食べるならだからね。たぶんなにも食べないだろうから期待しないでね」
「たべない?」
そんなに残念そうな顔をしないでほしい。朝ごはんは沢山用意したはずなんだが足りなかったか? 精霊に成長期って言葉は無いはずなんだがな。
「うん、俺はお腹いっぱいだからね」
少し残念そうなベル達。この調子だとちゃんと食べないって伝えてなかったら、ずっと召喚されるのを待ってただろうな。ちょっと残念そうにベル達が見回りに飛び立っていく。もう一回ぐらい朝ごはんを繰り返してもいいかと思ったが、キリがなさそうだ。
さて、朝からなんとなく大変だったが、本番はこれからだ。醤油と味噌……味噌の方は漫画で見た事があるから、なんとなく想像はつくが、醤油は難しいよな。大きな樽に入ってて長い棒でかき回していた事と、麹が必要な事ぐらいだもんな。先が長そうだよな。
まあ、第一歩の大豆を手に入れた。次は二歩目、頑張ってくれそうな精霊に相談だな。さすがに忙しいトルクさんにお願いするのは申し訳ないが、ルビー達なら睡眠時間は要らないし、新しい調味料の存在を知れば研究してくれるはずだ。よし、食堂に行こう。
食堂に到着する……前面が窓ガラスになってるから、中の様子が丸見えだ。その中には美味しそうに朝食を食べているエメ、サフィ、シトリン、オニキスが居る。奥の方にある調理スペースではルビーがまだ料理してるな。この調子だと、俺が訪ねなくてもルビーの方が料理を収納してほしいと頼みにきていただろう。
……どっちにしろ食堂に来る事になるんだから変わらないか。俺が外から見ている事に気づいたエメが手を振っている。ここに居てもしょうがないし中に入るか。醤油と味噌の魅力が伝わるようにプレゼン頑張らないとな。
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