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二百七十四話 エールと枝豆

 醤油を作る事を決意し、ドリーに話を聞くとあっさりと大豆が手に入る事が分かった。とりあえずしょっぱなからつまずかなかったのは幸先がいい。ディーネに枝豆の話を聞かれて、今晩はビールに枝豆が決定したが、俺も楽しみだし問題ないだろう。


「じゃあ、種まきをするからドリー、大豆の種をお願いできる?」


 畑の前でドリーにお願いする。お手軽にやるなら全部ドリーに頼めば簡単にやってくれるんだが、種まきと収穫ぐらいはみんなでやらないとな。そっちの方が食べた時に美味しく感じるはずだ。


「分かりました。こちらに用意しますね」


 ドリーがそう言って右手を地面に向けると、地面に光が集まり大盛の大豆が生み出された。毎回この光景を見て思うが、そのまま食品に加工したくなるよね。まあ、あんまり良くない事らしいからやらないけど。


「準備できましたよ」

  

「ありがとうドリー。じゃあ、何度もやってるから手順は分かってると思うけど、分からない事があったらドリーかタマモに質問するようにね。では種まき開始!」


 俺の号令にベル達、フクちゃん達が一斉に種に群がり、それぞれが持てる分量の種を持って畑に飛んでいく。こういう時は精霊達がさすがに素早いな。出遅れたジーナ達が遅れて種にたどり着き、大豆を持って畑に走っていく。


 しかしキッカの風の靴は凄いな。周辺に飛び回っている精霊が居るから、大袈裟に感じるかもしれないが飛ぶように地面を駆けている。やっぱり風の靴は全員分を集めたいな。とはいえ、買い揃えるとなると確実にジーナ達は遠慮する。迷宮の宝箱で発見できる事を祈るしかなさそうだ。


 みんな問題なさそうに地面に種を埋めているし、そろそろ俺も種まきに参加するか。ちなみに大精霊達はシルフィ、ディーネ、ドリーがテーブルに座り、紅茶を飲みながら優雅に見守ってくれている。


 ***


 これだけ人数がいると種まきもすぐに終わるな。でも、畑仕事は重労働だから、これくらい短時間で終わるくらいが楽しいな。


「ドリー、大豆を成長させてくれ。一列は豆が緑色の時に止めてくれたら助かる」


「マメが緑色ですか、サヤの中で一番豆が大きくなった状態で止めればいいですか?」


 枝豆のベストな状態は分からないが、豆が一番大きな状態なら問題ないだろう。


「うん、それでお願い」


「分かりました。では始めますね」


 俺達が見守る中で、ドリーが畑の側により右手を畑に向ける。毎回この瞬間はドキドキするな。畑を見ているとピョコンと土から芽が飛び出し、茎が伸び葉が茂り、あっという間にサヤができる。相変わらず栽培記録の早回しもビックリの成長速度だ。


 この光景には俺だけでなくジーナ達も毎回驚いている。ベル達とフクちゃん達は飛び回って楽しそうではあるが、驚いてはいないな。


 列の一つが緑色のまま止まり、残りの列はそのまま成長を続け、次第にからからに乾いてクリーム色になっていく。艶々の緑の葉が光る一列と見比べると違和感が凄いな。


「裕太さん、これで収穫して大丈夫ですよ」


 ニコッと微笑みながら言うドリー。とても凄い事をやっているはずなんだが、あっさりしているから、たいした事をしていないように見える。


「ありがとうドリー。じゃあみんな収穫を始めるよ。緑色の方は茎ごと収穫したいんだけど……トゥル、畑の土を柔らかくして、根っこから抜けやすくする事はできる? どうせならクリーム色の方も全部」


 大根じゃないんだから、いくら何でもベル達に根っこごと一気に引き抜けってのは無理があるだろう。


「できる」


 コクリと頷きながらトゥルが請け負ってくれた。小さいのに言葉少なに請け負ってくれる姿がカッコいい。トゥルが畑に両手をかざすと土がモコモコと動き出し、枝豆の根っこが少し露出した。これでだいぶ抜けやすくなっただろう。トゥルにお礼を言い、頭を撫で繰り回す。


「よし、トゥルが土を柔らかくしてくれたから引き抜きやすいはずだ。まずは緑色の方を抜いて、俺のところまで持ってきてね。では収穫開始!」


 ベル達、ジーナ達、フクちゃん達が元気に返事をして収穫に走っていく。収穫は引き抜くだけだし、種まきよりも早く終わるだろう。


「ゆーた、とってきたー」


 速攻でベルが枝豆を抱えて戻ってきた。収穫が嬉しいのか笑顔が眩しい程に輝いている。


「おー、ありがとうベル。一番乗りだな!」


「ふひー、べるいちばんーー」


 全力で喜ぶベルから慌てて枝豆を受け取り収納する。枝豆を振り回しちゃダメだよベル。ベルの頭を撫で繰り回すが、背後にはすでにレイン達が控えている。順番に枝豆を受け取り頭を撫で繰り回す。


「……一応撫でておく?」


「えっ? ……じゃあ一応」


 とりあえずサラ達も含め全員の頭を撫で繰り回したので、一応枝豆を持ってきたジーナにも聞いてみると、オッケーが出てしまった。前に似たような事があった時は断られたよな。それだけ信頼されたって事かな?


 撫でて良いらしいので遠慮せずにジーナの頭を撫でてみる。洗浄の効果か分からないが結構サラサラの髪だな。日本の手入れをしている女性には敵わないが、リンスもしてないのにこのサラサラ感は不思議だ。ベル達のサラフワは精霊だからで納得できるんだけどな。


「も、もういいんじゃないか?」


「おお、ごめん、なかなかの撫で心地だったからついね。じゃあ引き続き頑張ってくれ」


「ああ、じゃあ行ってくる」


 走っていったジーナの背後を見送る。なんか微妙に顔が赤かったが、あれは俺にナデポの力が目覚めたのか、子ども扱いされたのが恥ずかしかったのかどっちだろう?


「クククーー」


「ああ、タマモごめんね。ありがとう」


 タマモから枝豆を受け取り撫で繰り回しながらステータスを確認する。……残念ながらナデポのスキルは生えてなかった。そんなに上手くいかないか。ちょっとガッカリしながらも、皆から枝豆と大豆を受け取り続ける。この調子だと俺が収穫にいく時間はなさそうだな。


 予想通り次々と運ばれてくる大豆を受け取り収納、褒めて撫で繰り回すを繰り返す間に収穫は終わった。


「裕太ちゃん、枝豆食べましょー。エールはお姉ちゃんが冷やすわよー」


 まだお昼にもなってないのにもう飲む気らしい。だがそんな事は俺が許さん。やろうと思えばいくらでも堕落できる環境に居るからこそ、最低限は自分の身を律しなければ危険だ。まあ、そうはいっても自分を甘やかしちゃうんだろうけど……。


「ディーネ、エールと枝豆は夜まで出さないよ。みんな、お手伝いありがとう。収穫した枝豆は夜に出すからそれまでは自由時間だよ」


「えっ? 裕太ちゃん、自由時間じゃなくて、お姉ちゃんは枝豆でエールが飲みたいのよ?」


 ディーネがなかなかしぶとい。だが昼からエールは最高に楽しい行為だ、おいそれとは実行できないんだよ。さて、これからどうしよう? 俺としては大豆を脱穀して醤油への道筋を立てたいところなんだが、ディーネが諦めそうにないし、偶にはベル達と遊ぶか。


「ディーネ、それは夜にね。じゃあ自由時間だし、ベル、レイン、トゥル、タマモ、フレア、ムーン、一緒に遊ぼうか」


「あそぶー」「キューー」「たのしみ」「ククーー」「あそぶぜ!」「…………」


「よし、じゃあ公園に行こうか」


 喜んで引っ付いてきたベル達を装備して公園に向かう。背後から聞こえてくるディーネの声は、悪いが聞こえなかった事にさせてもらおう。


 ***


「ふー、楽しかったね」


「たのしかったー」「キュキュー」「だるまさんがころんだ、たのしい」「ククーー」「かったぜ!」「…………」


 お昼を挟んで今日はひたすらベル達と遊んだ。途中でジーナ達とフクちゃん達が合流したので、大人数になったが、なかなか楽しかったな。ただ、レベルが上がろうとも子供達の体力には敵わないんだよな。


 ましてや精霊が疲れたところを俺は見た事がない……いや、シルフィがベルとレインのお使いに付き添った時は疲れてたな。まあそれは別にして、結構早めに俺とジーナの体力が尽きて、大人数でのだるまさんが転んだ大会が開かれる事になった。


 これは体力をあまり使わないから楽だったんだけど、俺やジーナ達が入った事で、ムーンとプルちゃんに通訳が必要になった事はちょっとだけ誤算だったな。


 でも、鳴き声がある他の子達は何となく分かるんだけど、プルプル震えているムーンとプルちゃんの言葉を理解するのは、俺達には難易度が高すぎる。まあ、楽しかったし問題ないよね。全員でワイワイと騒ぎながら家に戻ると、玄関の前でディーネが仁王立ちしていた。


「裕太ちゃん。お姉ちゃんは待ちくたびれちゃったわー」


 ディーネがホホを膨らませているのが、ちょっと可愛らしい。その隣でシルフィとドリーが苦笑いしているのも、ちょっと面白い。しかしそこまでエールと枝豆が気になってたのか。精霊って相当長生きなはずなんだけどな……まあ、少し早いけどそろそろ準備するか。


「分かった、今から準備するから少し待ってね。みんなも夕食の準備をするから家の中で待っててくれ」


「師匠、手伝うよ」


「私もお手伝いします」


 特に難しい事をする訳じゃないが、人手はあった方がいいか。ジーナとサラに手伝ってもらいながら枝豆を茹でる事にする。といっても大きな鍋で、お湯に塩を入れて茎ごと茹でるだけなんだけどね。実際、このやり方が正解かどうかも俺は知らない。食べてみて違ってたら、次からは普通に茹でよう。


「お師匠様、これだけなんですか?」


 サラが困ったように聞いてくる。背後でジーナも一緒に困惑顔だ。お手伝いを申し出はしたが、簡単過ぎて拍子抜けしているらしい。


「うん、これだけなんだ。簡単でしょ?」


「えーっと、そうですね」


 納得したところでさっさと残りを茹で上げてしまおう。じっとこちらを見ているディーネが気になるからな。でも、枝豆のサヤってこんなに毛深かったかな? じゃっかん口当たりが悪くなりそうなのが、少しだけ不安だ。


「これで完成。じゃあ中に入って料理を並べて夕食にしようか」


 待ってたわーっとウキウキとした足取りで家に入るディーネ。そこまで期待されるほどの物ではないんだがな。家の中に入るとさっそくディーネにエールを要求された。サックリと樽を氷漬けにして準備は万端だな。こっちもさっさと料理を並べてしまおう。


「じゃあ食べようか。これが今日収穫した枝豆って言う食べ物なんだ。こうやって食べるんだけど、外側のサヤは食べられないから注意してね」


 枝豆の食べ方を皆の前で実演しておく。一応注意しておかないとちびっ子軍団はサヤまで食べてしまい……あっ、動物型の子達は自分で食べられないな。俺が豆を出して塩を振ろう。


「にがくないー?」


 作物を収穫したあとのベルの定番の質問だな。だが枝豆は苦くないから問題ない。


「ほら、ベル、こっちにおいで」


 警戒しているベルを呼び寄せ、枝豆を口にくわえさせプリっと豆をベルの中に押し出してあげる。口の中に飛び込んだ枝豆にビックリした表情をしたあと、ニコニコ笑いながら口をモグモグさせてコクンと飲み込んだ。


「おもしろいー」


 飛びあがって手足をワキワキした後、次の枝豆に取り掛かるベル。美味しいというよりもサヤから飛び出してくる枝豆が面白くて気に入ったらしい。トゥルとフレアも食べ始めるが、なかなか嬉しそうに食べているから問題ないだろう。


 俺はレイン、タマモ、ムーンの為に枝豆をサヤから取り出しながら、エールを飲んで枝豆を食べている大精霊達を観察する。


「これ、癖になるわー」


 ディーネが枝豆を口に入れ、モグモグした後にエールをグイッと流し込んでいる。


「うむ、なかなかじゃわい。豆の味とほのかな塩味がエールを進ませるの」


「食感もいいわね」


「そうですね。大豆がこれほど美味しいとは、恥ずかしながら知りませんでした」


「確かにな。俺もこの豆は気に入ったぜ。ある意味肉よりもエールに合いやがる」


「なんでこんな美味しい豆を人間は飼料にしているのかな?」


 ディーネに続いて、ノモス、シルフィ、ドリー、イフ、ヴィータもいい感想をくれる……っていうかヴィータ、大豆って飼料扱いなの? ……ま、まあ深く考えなくていいや。みんな気に入った、それだけで十分だ。俺もエールと枝豆を楽しもう。

読んでくださってありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
逆に裕太は社会科、特に地理の勉強をサボった疑惑がある。 中学、高校の授業でアメリカやヨーロッパの農業をやった時、同じ感想を持ったはず、何故緑の時に塩茹でして食べないのか?と。 諸外国からすれば、大…
[一言] 大豆を美味しく食べれる方法を知らないから、じゃないかな?
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