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二百七十三話 醤油

 旅行計画の為にシルフィに話を聞かせてもらっていると、悩ましい情報を手に入れてしまった。ウナギ……大半の日本人にとっては魅惑の食べ物。でも味醂が、味醂がない。酒と醤油と砂糖で何とかなりそうな気もするけど、挑戦するべきなのか?


 ふーー、難しい。とても難しい選択だ。ウナギのかば焼きを諦めるか、貴重な日本の調味料を無駄にする可能性を無視してでもウナギのタレを作りに挑戦するか……。


「ちょっと裕太! 裕太ってば、聞いてるの?」


「えっ? ああ、シルフィ、どうしたの?」


「どうしたのじゃないわよ。話している途中にいきなり黙り込んじゃって、どうしちゃったの?」


 ああ、そういえばシルフィと話している途中だったな。ウナギの事で頭がいっぱいになって考え込んでいたらしい。シルフィの表情は分かり辛いが、微妙に膨れっ面になっている気がする。ちゃんと謝らないとな。


「ごめんシルフィ、さっき言っていたウナギの事で、頭がいっぱいになっちゃったんだ」


「あの蛇みたいな魚がそんなに美味しいの? ベリル王国では人気がない魚なのよ?」


「うん、俺が居た国では捕りすぎたのか分かんないけど、数が少なくなって高級魚扱いだったよ。見た目は気持ち悪いかもしれないけど、すごく美味しい魚なんだ」


「それならなんで悩んでたの? 食べたいのなら連れて行くわよ?」


「うん、まあ、悩んでたのはウナギの美味しい食べかたで、俺の世界の調味料を使ってタレを作らないと駄目なんだ。でも一つ調味料が足りなくて、上手にそのタレが作れるかが疑問なんだよね」


「ああ、異世界の調味料を無駄にする可能性があるから悩んでたのね」


「うん、醤油は作り方すら分からないから、無駄にするのは絶対に嫌なんだよね」


 シルフィがなるほどと頷いている。どうやら俺の悩みを理解してくれたようだ。


「そういう事なら力になるのは難しいわね。裕太の世界の貴重な調味料なんだから、裕太がしっかり悩んで決断しなさい。中途半端は後悔するわよ」


「だよね。悪いけど少し考える時間をもらえるかな?」


「いいわよ。しっかり悩みなさい」


 よく考えないと後悔するのは間違いない。でもウナギなんだよなウナギ……諦めるには惜しい食材だ。ウナギのタレを最小限に作るとして、どのぐらいの醤油を消費するんだ? 確か焼いたウナギの頭や骨も一緒に煮込んだりするんだよな。小皿にちょっと醤油を使うって訳にもいかないのは間違いない。


 お酒で割るにしてもコップ半分ぐらいは使う事になる。それにウナギのタレが成功したとしても、俺だけが食べるのは有り得ない。一人でコッソリと食べても許してくれるだろうが、どうせならシルフィ達にもベル達にもジーナ達にもフクちゃん達にもウナギの美味しさを味わってほしい。


 一人一食だけだとしても十七人前……ルビー達もウナギに興味を持ったら二十二人前……とてもじゃないが足りるとは思えない。すぐにウナギのタレに飛び付くのは危険だな。……ならどうする、諦めるのか?


「……シルフィ、とりあえず俺の世界の調味料を使うのは断念するよ。まずは醤油の開発をルビーにお願いしてみる」


 醤油と味噌を見せて味をみてもらって、おおまかというには大雑把な知識だけど、分かる事は全て伝えよう。それでダメだったら、醤油と味噌は超大切に保存する。まずはドリーに大豆の確認だな。


「分かったわ。じゃあベリル王国に行くのは止めておく?」


 そうだった、本来の目的は旅行だったな。ウナギのタレは我慢するにしても、先にウナギだけでも手に入れておくのは悪くない。ウナギがある事でタレに対する誘惑も強くなりそうだが、醤油に対する原動力にもなるはずだ。


「いや、ウナギの一番美味しいと思う食べ方は難しいけど、他にも美味しい食べ方があるからウナギは手に入れておきたい。休みが取れたらベリル王国に連れてってくれ」


「ええ、分かったわ。私達の方はなんとでもなるから、裕太が都合がよくなったら行きましょうか」


「ああ頼むよ。俺はそれまでにドリーに醤油の材料を確認してみる。材料が見つかったらルビー達に協力を頼むつもりなんだけど、契約してないとダメなのかな?」


「聖域になってなかったらルビー達に頼み事をするのは難しかったでしょうけど、聖域なら精霊はある程度自由に力が使えるわ。あの子達に頼んで協力してくれるって言うのなら、何の問題もないわね。まあ、異世界の調味料なんだから、放っておいても関わってくると思うわよ」


 聖域になるように頑張って良かったな。醤油や味噌が、聖域に絡んでくるとは考えてなかったけど、結果オーライってやつだ。


「分かった。じゃあ頑張ってみるよ」


「ええ、頑張りなさい。ウナギが美味しいって言うのはにわかには信じられないけど、裕太の世界の料理はどれも美味しかったから楽しみにしているわね」


「うん、ビックリさせるから期待しててくれ」


 シルフィ相手に大ぶろしきをぶちかましてみた。醤油ができなかったらどうしよう? 期待してるわと笑うシルフィと別れ、自分の部屋に戻る。今更だけど調子に乗っちゃったな。


 ……あれ? ウナギに夢中になったおかげで、怪しまれずにベリル王国に行く事が決定した気がする。よし! 完全に結果オーライだが、このチャンスを確実に生かさなければただのアホだ。ウナギ推しでベリル王国を目指すぞ!


 ***


 シルフィに旅行計画について相談した翌朝、全員で朝食を取った後にドリーに話があると残ってもらった。


「裕太さん、お話ってなんですか?」


「うん、実は調味料の原料が欲しくてね。ドリー、大豆って知ってる?」


 今まで結構遠回りしていたけど、翻訳があるんだから普通に直接聞けば一番簡単なんだよね。コーヒー豆の絵を見せるとか、面倒な事をしなくても良かったんだよな。


「大豆ですか? それはサヤの中に幾つかの豆が入っている植物の事で間違いないですか?」


「たぶんそれで間違いないと思う。実が生った時は緑色で、枯れた後はクリーム色っぽくなってカラカラになるよね?」


「ええ、そうなりますね」


 よし、あるっぽい。味噌や醤油を作るのも難関だから、原料の大豆探しで躓かないのは助かるな。


「悪いけど現物を見たいんだ。種を生み出してもらえる?」


「分かりました。ちょっと待ってくださいね」


 そういってドリーが右の掌を上に向けると光が掌に集まり、大豆らしき物がドリーの掌に生み出された。ドリーがどうぞと渡してくれたので、じっくりと観察する。


 大豆なんて豆まきの時くらいしか見ないから確実とは言えないが、見た事がある形だ。これは大豆で間違いないだろう。枝豆、豆腐、夢が広がる。そういえば枝豆の状態ですり潰して砂糖を混ぜたら、たしかデザートになったよな。色々とできる事が増えるな。


「うん、ありがとう。これが欲しかった植物で間違いないよ」


「そうだったんですか。あまり食料としては人気がないんですが、裕太さんの世界ではよく食べられるんですか?」


 ……大豆、人気がない食料なのか? 枝豆とかメチャクチャ美味しいのに……保存するために乾燥させてるのかな? しかし俺の世界か……日本では間違いなく大切な食品だけど、外国ではどうなんだろう? 


「俺の世界っていうか俺が住んでた国では欠かせない植物だね。ドリーなら畑ですぐに成長させる事ができるよね?」


「ええ、この植物は強いですから問題なく成長させる事ができますよ」


 よし、今日は大豆の収穫だな。一部は枝豆の状態で収穫して塩振ってエールだ。そういえば枝付きのまま茹でると美味しいって聞いた事があるな。枝付きの枝豆を手に入れる機会なんてなかったけど、今回はいい機会だから試してみよう。


「ドリー、今日は大豆を沢山育てたいからよろしく頼むね」


「構いませんが急ですね。何かあったんですか?」


 ドリーが不思議そうに聞いてくる。そうだよね、俺も醤油はある程度残っているから、そこまで焦ってなかった。俺がいきなり大豆だ何だと言い出したら不思議だろう。


「醤油が大量に必要な食材の情報をシルフィに教えてもらったんだ。だから急いで醤油の研究にとりかかろうと思ってね」


「ふふ、裕太さんは食べ物で動き出す事が多いですね」


「否定はできないけど、精霊も結構お酒で動くよね?」


「ふふ、私も否定はできませんね」


 俺の言葉に少し驚いた表情をした後、上品に少し笑って認めるドリー。こう、なんかすべてが上品だよねドリーって。


「じゃあそういうことで、みんな今日は大豆の種まきと収穫だよ。手伝ってねー」


 朝食が終わりリビングでまったりしていた全員に声を掛ける。しかし種まきと収穫を同時に言うのは違和感があるはずなんだが、もう慣れたな。


「しゅうかくー、ゆーた、おいしいものつくる?」「キューー」「おてつだい」「ククーー」「やるぜ!」「……」


 俺の呼びかけにベル達がビュンっと集まってきた。この子達も結構農作業を手伝ってもらってるから、畑仕事を喜んでくれるんだよね。まあ、収穫した作物を食べる時は結構警戒するんだけど。最初の小松菜が長く尾を引いているらしい。俺にとっては最高に美味しかったんだけどな。


「うん、美味しい作物を作るよ。楽しみにしててね」


「たのしみー」「キュキュー」「うれしい」「ククーー」「たべるぜ!」「……」


 ワイワイと喜び合いながらはしゃぐベル達。枝豆で喜んでくれるんだろうか? 苦みはないし食べる分には問題ないよな?


「なあ師匠、大豆を育てるのか? スープに入れるぐらいしか利用方法はないし、あんまり美味しくないぞ?」


 ジーナが大丈夫なのかって表情で聞いてくる。ドリーが言った通り大豆は人気がないみたいだな。味としてはそこまで際立つものがないから、しょうがないかもしれない。


「大豆って緑の豆の時に食べてる?」


「緑の豆? いや、食べる時はクリーム色で乾燥して固くなってるな」


 やっぱりか、乾燥した大豆は味としたらちょっと単調になるよな。キナコにしたら美味しいけど、キナコってオモチ以外に使い道がよく分からないんだよな。牛乳とかに入れるって聞いた事はあるけど、あんまり食欲はそそらない。


「大豆は緑の豆の時に茹でて、塩を振って食べると美味しいんだよ。エールに最高のおつまみになるよ」


「裕太ちゃん、本当なの?」


 グイッとディーネが食い付いてきた。お酒の事に関しては凄い耳をしてるよな。ここでウソをついてもしょうがないし正直に言うか。今夜はエールを出す事になるだろうけど。


「美味しいよ」


「きゃふーー、今日はエールで乾杯よーー」


 グルグルと踊るように回りながら騒ぐディーネ……予想通りだ。


「えーっと、ジーナ、そういう事なんだ」


「あ、ああ、よく分かんないけど分かったよ。とりあえず楽しみにしてる」


「う、うん、楽しみにしてて」


 微妙に気まずい雰囲気になったが、とりあえず話はまとまったので全員で畑に移動する。なんか朝からちょっと疲れたな。

更新チェック中の一覧が更新されていないと、教えて頂きました。サイトのサーバーに負荷が掛かり、接続障害が起きているのが原因のようです。ご迷惑をおかけしております。


読んでくださってありがとうございます。

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