二百七十一話 火が付いたかも?
昨晩はついにファイアードラゴンのステーキを食べた。聞いていた通りかなりの美味しさだったが、他のお肉とあまりにも肉質が違ったので、他のお肉が無駄になる事はなさそうなのでちょっと安心した。
朝食を済ませ、ソファーにもたれ掛かり少しまったりする。今日はどうしよう? マルコ達はすでに広場を完成させちゃったし、お休みかアンデッド討伐……昨日はみんな頑張ったんだし今日はお休みでいいか。そうなるとベル達には楽園の見回りのあとに自由時間って感じだな。
楽園も聖域になったから、わざわざ見回りをする必要もないんだが……ベル達も楽しんでるし、お散歩がてら続けてもらおう。
そうなると問題は俺だな。精霊のお客さんが来るのはまだ少し先の話だし、楽園内部はおおまかに目途がついた。また新しい施設を作る計画でも持ち上がらない限り、やる事はあんまりない。
もしかして、今が休みの取り時なんじゃなかろうか? シルフィに他の町に連れていってもらって、一人でゆっくりと羽を伸ばす。ちょっと大人なお店なんかにも行っちゃったりしても、いいんじゃなかろうか?
今なら俺が三日ぐらい離れても何の問題もない「裕太の兄貴! 料理が沢山できたんだ、収納してほしいんだぞ!」……あったな問題。
そっか、ルビー達の存在を忘れていた。今はレシピの再現に夢中になってるし、俺が遊びに行きたいから料理をするなとはとても言えない。でも、一人で羽を伸ばしたい気持ちに火が付いちゃったからな。どうにかしたいところだ。
開拓ツールの魔法の鞄を渡せれば簡単なんだけど、それは無理だしどうしたものか。氷室に料理を保存しておくにしても限界がある。凍らせておけば三日ぐらいなら平気で持ちそうな気もするが……俺の遊びのために料理の味を落とすのも気が引ける。
俺が遊びに行っている間に完成した料理は、ここに残っている大精霊達やちびっ子軍団+ジーナや醸造所の精霊達のノルマにするか?
……俺に醸造所の精霊達に命令をする権限なんてないし、ちびっ子軍団+ジーナやシルフィ達に無理をさせる訳にもいかない。特にシルフィ達に一人で羽を伸ばしたいから、ルビー達が作る料理を全部食べてくれって言ったらお説教が始まりそうだ。
「裕太の兄貴?」
「ごめん、ちょっと考え事をしてた。料理だったね、今から取りに行くよ」
「ありがとう、裕太の兄貴! さっそく行くんだぞ!」
「ちょっと待って、みんなに今日の予定を伝えておくから。えーっと、シルフィ達とジーナ達は今日はお休み。ベル達は楽園の見回りをして、終わったら自由行動ね」
予定を皆に伝え、ルビーに急かされるように食堂に向かう。
「ルビー、どうしてそんなに急いでるんだ?」
「料理が冷めちゃうんだぞ。裕太の兄貴が起きる時間までは温めなおせる料理ばっかり作ってたんだけど、いい時間になったから揚げ物やナポリタンとかカルボナーラとか作ってみたんだぞ。あれは冷めて温めなおすのは良くないんだぞ」
なるほど、一応気を使って温めなおせる料理ばかりを作ってたのか。それで俺が起きてから揚げ物や伸びやすい麺料理に挑戦してみたと……前回のシルフィのお説教がよっぽど怖かったのかもしれない。
「なるほど、そういう事ならしょうがないね、急ごうか」
俺も少し速足になって食堂に向かう。せっかくの揚げ物やパスタが冷めたりしたらもったいないからな。食堂の中に入ると、満面の笑みで料理を食べるエメ、サフィ、シトリン、オニキスと、食堂のテーブルの上に大量に置かれた料理の数々。昨日の夕方からずっと料理を作り続けていたっぽいな。
ある程度の料理ができるまで五日掛かるって言ってたけど、遠目で見るともう結構完成度は高そうだ。サフィ達が俺に気づいて朝の挨拶をしてくれたので、俺も挨拶をしてルビーにどの料理を収納すればいいのかを確認する。
「エメ達が座っているテーブル以外の料理は、全部収納してもらえたら助かるんだぞ」
「了解」
テーブルに並べてある料理を片っ端から収納する。各種揚げ物やパスタが所狭しと並んでいるが、見た感じ結構料理のクオリティが高い。エメ達の食べる様子を見ると味も間違いないみたいだし、やっぱりルビーって結構な凄腕料理人?
「全部収納したよ。しかし一日で結構な量の料理を作ったね」
「うん、知らない料理が沢山だったから張り切っちゃったぞ。エメ達も美味しいって言ってくれたし、裕太の兄貴も味見してほしいんだぞ!」
「あー……朝食をガッツリ食べちゃったから、今から味見は辛いな。お昼でいい?」
「いいぞ、じゃあそれまでデザートを作るんだぞ!」
ルビーがワクワクした表情で氷室に走っていった。寝てないのに元気だな……精霊だから寝る必要がないんだった。そう考えると精霊って趣味に全力投球できるんだよな。人間が寝る時間も有効に使えて、そのうえ長生きとか。まさしくチートだ。ただ、無趣味だったら地獄だな。
「裕太の兄貴、少しお話しようよ」
人間と精霊の差を考えていると、エメから声を掛けられた。……家に戻っても誰もいないだろうし、少しエメ達とお話するのも楽しいかもな。……中学生の集まりに混ざるようでちょっと腰が引けるけど。
「じゃあ、ご一緒させてもらうね」
テーブルの空いている椅子に座るとサフィが紅茶を出してくれた。
「ありがとうサフィ。それで、みんな俺が渡したレシピの料理を食べてたみたいだけど、どうだった?」
「美味しかった。あたしはクリーム系の料理が好き! デザートも楽しみだよね!」
「私はトマトソースが好きですね。ケチャップ、あれはいい物です」
「オークカツ最高……」
「私は魚介のフライの方が好きだったわ。特にエビフライが気に入ったわ」
エメ、サフィ、シトリン、オニキスが順番に感想をくれる。それぞれ好みに違いはあるようだが、とりあえず好評だったようだ。しかし料理を見て分かってはいたが、ルビーはレシピを片っ端から作ったみたいだな。
気に入った料理の感想や改良点などを話題に会話をする。よかった、共通の話題があって、見た目女子中学生との会話なんて、何を話したらいいのかすら分からないよ。
それにしても食べるのが趣味な精霊の集まりだけあって、話が結構深い。揚げ物の油の温度の考察まで話題にされたら、ついていけないんですけど。
「あっ、今思い出したんだけど、揚げ物には二度揚げって技法があったな」
「どんな技法?」
揚げ物がお気に入りのシトリンが興味深そうに質問してきた。人見知りの恥ずかしがりやなはずなのに、料理に関しては積極的なのか。料理についての話題で慣れていけば、普通に仲良くなれるかもな。
「あんまり詳しくは知らないんだけど、油が入った鍋を二つ用意して、片方を低温、もう片方を高温にするんだったと思う。中まで火が通り辛い厚切りの食材なんかは低温の油で時間を掛けて揚げた後に、高温の油に移して一気にカリッと揚げるんだったと思うよ。温度とかタイミングとかは詳しく分からないから、研究が必要だと思うけどね」
漫画で得た知識だから詳しい事は分からない。でもまあ、油の温度なら何度か試せば、ちょうどいい温度が見つかるだろう。
「ありがと……」
シトリンはお礼を言った後に、すぐに黙り込んでしまった。まだまだ興味がある事以外で会話を続けるのは難しいようだ。森の動物達と同じように、根気よく慣れていくしかないんだろうな。
「あっ、裕太の兄貴! 畑をやりたいんだけど大丈夫かな?」
「うん? 畑? ……俺に聞かれてもちょっと分からないな。精霊の村の事は基本的に精霊達で決める事になってるから、シルフィ達や醸造所の精霊達との相談が必要だと思うよ」
エメが畑をやるのか。森の上級精霊が畑をやる、しかも仲間に土と水の上級精霊が居るんだから、かなり上質な作物が収穫できそうだ。
でも、俺に言われても困る。俺は手を貸してくれって言われた事をやるだけだ。まあ、精霊達が俺の力を借りる事なんてないだろうなーっとかのんきに構えてたら、結構巻き込まれている気もするけど。
「あら? 裕太の兄貴がこの聖域の主なんでしょ。精霊で決めてしまってもいいの?」
オニキスが首を傾げながら聞いてくる。この子って中学生ぐらいの見た目で、ドキッとさせる色気を持ってるから心臓に悪い。
「主って言われても形だけだよ。精霊用のスペースは精霊達で運用してもらって、俺は困った事があったら手を貸すぐらいだね」
人間相手ならさすがに権利を主張しておかないと怖い事になりそうだが、精霊相手なら任せっきりでも問題ない……拠点全体が醸造所に侵食されないかだけ心配していれば大丈夫だろう。
「そうなの、じゃあシルフィに相談してからね。また怒られたくないでしょ?」
オニキスがエメ、サフィ、シトリンに言うと三人とも顔を蒼ざめさせながら激しく頷いた。そこまで怯えさせるシルフィのお説教ってちょっと興味があるな。自分で受けたいとは思わないけど。
「まあ、スペースも余ってるし、今なら畑を作る許可も出ると思うよ。ただ村を大きくしていくつもりなら、畑の場所は考えた方がいいかもね」
「そっか、店の隣に畑を作るつもりだったけど、ここら辺にお店を集めてるし、シルフィの姉貴達にも計画があるよね。分かった、よく相談してみるよ。ありがとう裕太の兄貴」
「どういたしまして」
しかし、ルビー達には完全に裕太の兄貴って呼び名が定着してしまったな。まあ、ボスや親分って呼ばれるよりかはマシだから構わないけど。
そこからはまったりとお茶をしながらエメ達の話を聞く。さすが精霊の中でも変わり者に分類される子達なので、エピソードが結構面白い。
精霊は聖域でもないかぎり、契約者が居ないと自由に力を使う事ができない。そこで、力を使う事が許されている自然のバランスを修復する仕事を、上手に利用して食材をゲットしていたようだ。
違法スレスレのグレーゾーンって感じなんだけど、力を使う時にウッカリと欲しい食材を巻き込むのがポイントだそうだ。もはやウッカリとは言えない気がするが、そうでもしないと食材が手に入らなかったんだろう。
涙ぐましい努力にちょっとホロリとくるが、この子達はそんな苦労も感じさせずに、どこそこの魚が……っとか明るく話をしている。……うん、応援しよう。露骨にやるとシルフィに怒られそうだけど、お土産として少しばかり食材を増やすぐらいなら問題ないだろう。
「完成したんだぞ!」
話をしていると、ルビーがデザートをお盆に載せて運んできた。エメ達の視線が一瞬でルビーに集まる。この食い気がこの子達をグレーゾーンに突っ走らせたんだな。
「裕太の兄貴も食べる?」
「いや、お昼のあとに頂くよ。デザートは一日一個までって決めてるんだ」
「そっか、お昼が楽しみなんだぞ」
「俺だけだとなんだし、俺の弟子達とかも連れてきていいか?」
「もちろんなんだぞ! 沢山感想がもらえる方が嬉しいんだぞ!」
「そっか、じゃあみんなも誘ってみるよ。いい時間だし俺はそろそろ戻るね」
ルビー達に手を振って家に戻る。みんなはお休みにしたけど、結局お昼は食べるんだから問題ないだろう。ただ、大精霊達は醸造所に行ってそうだし不参加かな? あっ、お休みについて何も考えてなかった……忙しさにかまけて先送りにしないように、しっかり計画を立てよう。
読んでくださってありがとうございます。