二十五話 拠点拡張
落ち着かない。ベルとレインがおつかいに旅立ってから、気持ちがまったく落ち着かない。まさか自分がここまで心配性だったとは。驚きの発見だ。
「なあ、ディーネ。大丈夫だよな?」
「ベルちゃんとレインちゃんの事? 種を運ぶだけなら疲労も少ないし、シルフィもついて行ってるんだから大丈夫よ」
「そうか。そうだよな。ありがとうディーネ」
「ふふ。どういたしましてー」
ディーネのお姉ちゃんが優しく見守ってますみたいな視線が、若干気に障るが、お世話になっているので、ここは流しておこう。
「えーい! 鬱陶しいわい。ウロウロしとらんで何か作業でもしておれ」
「あー、悪いノモス。だが水撒きも終わったし、今のところやる事がみつからなくてな」
「植物の種を貰って来て、いずれは森の精霊を呼んで来るつもりなんじゃろ。森を作る場所でも整備しておけ」
……森を作るのか? 俺が? そう言えばトゥルが森の精霊の協力が必要だって言ってたな。そうか。森を作るのか……なんか生活環境を良くしたいって思っていただけなのに、ドンドン大袈裟な事になっている気がする。
逆に考えると、大袈裟な事をしないと、死の大地での生活環境は良くならないのか。なんで転移先がこんな地獄なんだよ。納得がいかない。
「森を作るのか……。もしかしてこの場所って狭いか?」
百メートル四方のスペースには今や、大きな泉にプール。拡張した畑、移動式の家がある。畑には食べられる植物を植えたいし、森まで作ったら手狭な気がする。
「狭いぞ。やる事がみつかって良かったな。さっさと拡張してこい」
「お姉ちゃんも森があると嬉しいわ。裕太ちゃん頑張ってね」
なんか俺の思っている異世界生活と違う気がする。町に行けば思っていた異世界生活になるんだろうか? まあいい。手持無沙汰も解消されるし気も紛れる。いっちょ頑張ってみるか。
まずは岩で四角く囲んだ拠点の外に、拠点と同じ大きさのスペースを作るか。森を作るんだから畑を作ったみたいに、穴を掘って岩を敷き詰めないと駄目だろうな……大工事だ。
まず岩が足りない。外に出て岩山を切り崩してこないと。昼間でも一人で出かけるのは不用心だよな。トゥルにはついて来てもらうとして、シルフィの変わりにディーネかノモスについて来てもらいたい。
……ノモスだな。ディーネは世話になっているし、悪い奴では無いんだが……天然部分がどう作用するのか分からなくて怖い。
「ノモス。岩の入手で外に行くんだが付き合ってくれないか?」
「むー。裕太ちゃん。なんでノモスちゃんに頼むの? シルフィちゃんがいないならお姉ちゃんの出番でしょ?」
出来れば避けたかった水の大精霊が関わって来た。しかもノモスもちゃん付けなんだな。衝撃だよ。
「ん? トゥルとは初めて外に出るし、同じ系統のノモスの方がトゥルもやりやすいだろ?」
「お姉ちゃんに任せれば大丈夫! シルフィちゃんに頼まれたのは私なんだから、私が行くの」
何が大丈夫なのかまったく分からないが、引く気は無いようだ。契約していないからアドバイスしか貰えないんだよな。そこを天然に任せるとなると、激しく不安なんだが……。まあ、岩を切り出しに行くだけだし問題無いか。
「トゥルはディーネが一緒で大丈夫か?」
「……だいじょうぶ」
契約してから話してくれるようにはなったが、相変わらず寡黙だ。でも、やる気はあるみたいだから良いか。
「じゃあ行くか。ディーネ。トゥル。よろしくな」
拠点を出て、岩山に向かう。この拠点の不便な所は、はるか昔、湿地帯だった時の影響で近くに岩山が無い事だ。まとめて石材を切り出しておけば良いので、偶の不便なんだが、切り出しに行く時には不満を覚えてしまう。
テクテク岩山を目指して歩いていると、目の前にデスリザードが現れた。
「おい、ディーネ。なんで教えてくれないんだよ」
「え?」
何言ってるの? って顔をしているディーネは放っておこう。慌ててハンマーを大きくして構える。幸いいきなり突っ込んで来る事も無く、ジリジリと威嚇しながら近づいて来る。これなら余裕があるな。
「トゥルの使える魔法が見たい。あいつを倒せるか?」
トゥルをみるとコクンと頷き、両手を前に出した。
「土葬」
トゥルが呟くと、デスリザードの周辺の土が盛り上がり、あっという間にデスリザードを飲み込んだ。
「おお、トゥルの魔法も凄いな。でもトゥル。今度から出来るだけ魔物の死骸を残して倒してくれるとありがたい。魔石を確保したいからな。ああ、俺がピンチの時は魔石とか気にしないで倒してしまって良いからな」
「……わかった。次からはだいじょうぶ」
トゥルは俺が言った事を忘れないように呟きながら復習している。あれだな真面目な子なんだな。
「それでディーネ。なんで魔物の接近を教えてくれなかったんだ? まあ俺も油断して気を抜いていたのは悪かったが、出来れば接近前に一言貰えるとありがたい」
「お姉ちゃん魔物の接近なんて分からないわよ?」
首をコテンと傾げてディーネが言う。美人だからグラッとは来るが、今は確かめる事がある。
「えーっと、ディーネ。ディーネは索敵できないのか?」
「うーん。水があれば出来るけど、地面の上はお姉ちゃん分からないわ。だって水の精霊だもの」
なるほど納得は出来るが納得したくない。
「じゃあ、何の為に付いて来たんだ?」
「シルフィちゃんに言われたから?」
駄目だこいつ。自分が何が出来るかとか、まったく考えずに付いて来やがった。あれだシルフィに言われたんだから、お姉ちゃん頑張らないと的な発想で来ただけだ。
「そ、そうか。分かった、ありがとう」
シルフィが説教を諦めた気持ちが、とても良く分かった。さて、索敵が出来ないとなると、岩を切り出す間も周りに注意を払わないとな。ペースは落ちるが安全が第一だ。気を引き締めて行くぞ。不意に袖を引かれて下を見るとトゥルがいる。
「どうかしたか?」
「じめんの上ならさくてきできる」
「おお、トゥルは索敵が出来るのか。死の大地で飛ぶ魔物はゴーストやレイスぐらいしかいないから、昼間なら何の問題も無い。魔物が来たら教えてくれ。頼むぞトゥル」
嬉しくてついついベルやレインにするように頭を撫でてしまった。トゥルは一瞬ビクッとしたが、直に力を抜いて撫でられてくれた。別に頭を撫でられるのは嫌じゃないみたいだな。
「わかった」
それからは偶に現れる魔物を俺がハンマーで潰したり、トゥルが魔法で倒したりしながら、六つの岩山を半日かけて綺麗に切り出した。これで足りるかな? まあ足りなかったらまた切り出しに来よう。
ちなみにトゥルに見せてもらった魔法は。
鉱弾 土の中の鉱物を凄い勢いで飛ばす。
鉱槍 地面から鉱物の槍が飛び出し敵を貫く。
土葬 地面を隆起させ敵を飲み込む。
土というより地面全部が魔法の対象みたいだ。鉱物を分離して素材に出来るか聞いたところ、今はできないらしい。鉱槍も敵を倒したら消えてしまうし……勿体ない。
素材を抽出できるようになるのは、中級精霊かららしい。ただトゥルでも鉱脈の場所は特定出来るそうなので、いずれ採取に行くのも良いかもしれない。今は加工出来ないから後回しだ。
***
ふあー。昨日は仮眠を取っただけだったから夜直ぐに寝てしまって、生活が元に戻ってしまった。夜中のレベル上げも行き詰まってたし、土の精霊も来たからいい機会だったかもな。
朝食にノモスとトゥルも誘ってみたが、ノモスは不参加だそうだ。大精霊クラスになると焼いた魚介類なんかは食べ飽きているのかもしれない。
トゥルは寡黙ながらも時折笑顔を見せながら食べてくれたので、ホッコリする。ベルとレインがいればもっと賑やかになるだろうな。ちょっと寂しい。
レインがいないので、畑に水を撒いてから拠点の拡張を始める。まずは南側を拡張するか。南側に今の拠点と同じ大きさの正方形のスペースを作る。
スペースが足りなくなったら、同じように正方形を継ぎ足して行けば、最終的には泉を中心とした大きな正方形の形になる。まあ、その前に町に辿り着きたいな。さて、まずは魔物の侵入対策に壁の設置だな。トゥルをつれて外に出る。
「なあトゥル。いままでは地盤沈下とか手が回らないから考えて無かったけど、土魔法で何か方法は無いか?」
「いわの下の土をかためることはできる」
固まった場所は沈まないか……ドミノ倒しみたいにその下が沈む気もするが……やらないよりはやったほうが良いだろう。
「なら、岩を置いて行くから下を固めてくれ。俺は岩を置くだけだから疲れないが、トゥルは魔法を使うんだ。辛くなったら無理をしないで休むんだぞ」
「わかった」
コクリと頷くトゥル。なんか心配だな。寡黙な子だしとても真面目だ。うん。無理をするタイプだな。無理していないかの確認は頻繁にしておこう。
岩をドンドン並べ拠点と同じ広さのスペースを確保する。トゥルの様子は何の問題もなさそうだ。次に行くか。今回は森を作るそうなので、新たに出来上がったスペースを五メートル五十センチ掘り下げる。
開拓ツールがあるとはいえ流石に時間が掛かりそうだな。俺はひたすら地面を掘り下げ、トゥルは俺が掘った後の地面を固める。岩を設置しやすいように、しっかり平らに均してくれるのが助かる。
俺の方が精神的に先に疲れて休憩を取る。トゥルの様子を見るとまったく疲れていないようだ。下級精霊でも能力は凄いんだな。日が暮れる頃には何とか掘り抜いたスペースに、しっかり岩を並べ終えて穴を開けて終了。
土を入れるのはノモスと相談して、畑の状態を見ながらにするそうだ。畑に微生物が増え、しっかり馴染んでからでないと、死の大地の土に負けるらしい。相変わらず怖いよ死の大地。
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