二百六十一話 精霊の村の買い物終了
精霊の村を作る為の資金稼ぎと、雑貨や家具をそろえる為に迷宮都市に日帰りでやってきた。マリーさんとの交渉の結果は、単価を抑えてもらったにもかかわらず、四百八十万エルトと結構な高額買い取りになった。
「頼みたい事ですか?」
「ええ、実は今、俺が関りがある小さな村に雑貨屋を作ろうかと思ってます。その雑貨屋で売りに出す商品を、まとめてマリーさんのところで集めてもらいたいんです」
「雑貨屋ですか……裕太さんに関りがある村でしたら、ポルリウス商会の支店を出しましょうか? 裕太さんには迷宮に潜って頂けた方が助かりますし、採算を度外視でやらせて頂きます!」
んー、色々と俺に便宜を図って、関係を深めようって考えだろうな。全部やってくれるのなら助かるけど……死の大地を片道百日なんて想定してないのは確実だ。
たぶん片田舎の寒村での商売。多少の赤字も俺が迷宮の素材を卸せば、余裕で取り戻してプラスだって計算っぽいよな。その上で俺に恩を売って迷宮素材でウハウハだって考えが透けて見える。
「いえ、過酷な場所にありますので、普通に店を出すのは難しいんですよ。俺が魔法の鞄で大量に物資を運ぶのが、一番楽だと思います」
「そうなんですか」
マリーさんが残念そうにしている。結構な面倒事に首を突っ込もうとしてた事に、まったく気づいてないようだ。でも、聖域の存在を知れば、死の大地を気合で走破しそうなところが怖い。精霊樹があるって知ったら、魔物も餓えも渇きも蹴飛ばしてしまいそうだ。
「それで用意してもらいたいのは、各種調味料、玩具、調理道具、食器、それと生活に必要な細々とした小物ですね。小さな村ですので各種数点ずつで構いません」
「各種商品の品質は、どのぐらいの物をご用意すればいいですか?」
品質か……雑貨屋のメインは精霊達が遊ぶ玩具で、他は基本的に雑貨屋のにぎやかしになるんだから、一般的な物で十分だよな。村に来る精霊達の楽しみの一つが食事みたいだし、調味料は良い物を用意してもらおう。
「一般的な品質で構いません。調味料だけ高品質の物をお願いします」
調味料は迷宮都市に来た時に継続的に仕入れればいいし、玩具も精霊の様子を見て買い足せばいい。食器はノモスが陶器製の物を作ってくれるから、少しあれば問題ない。
ああ、忘れてた。ノモスに金属、鉄や銅が必要だって頼まれてたんだ。メルに相談した方が確実だけど、今回はメルのところに顔を出すつもりはないし、ダメ元でマリーさんに頼んでみるか。
「マリーさん、鉄や銅は手に入りますか?」
迷宮五十六層からの山岳でミスリルが採掘できたんだから、鉄や銅も探せば見つかりそうな気がする。時間がある時にでも探してみるか。
「鉄や銅ですか? 商業ギルドを通せば手に入りますが、どのぐらい必要ですか?」
迷宮で採取できるならそれまでの繋ぎ程度で十分だし、そんなに量は要らないよな。しかし商業ギルドか、ちょうどいいから通貨に関してもお願いしてみよう。
「鉄と銅、両方とも十キロ程お願いします。それと、商業ギルドでは両替はやっていますか?」
「両替ですか? 商業ギルドにはそのようなサービスもございますが、少額でしたらポルリウス商会でも対応は可能ですよ?」
「実は先ほど言った村なんですけど、通貨が流通してないんですよ。それで雑貨屋を切っ掛けに通貨を流通できればと思いまして。さしあたり二十万エルト分の銅貨と、十万エルト分の大銅貨が欲しいんですが、ポルリウス商会でなんとかなりますか?」
「少し量が多いですね。支店からも搔き集めればご用意できますが、素直に商業ギルドに頼んだ方が間違いがなさそうです。銅と鉄を仕入れに行くついでに換金してきますね」
それはそうだよね。二十万エルトで銅貨二千枚。十万エルトで大銅貨百枚だ。支店からでも搔き集めたら集まるのが素直に凄い。
「お手数をお掛けして申し訳ありません」
「商業ギルドでなら普通に両替できますから、たいした手間ではありません。気にしないでください」
「ありがとうございます。全部を揃えるのに、どのぐらいの時間が掛かりますか?」
「そうですね。雑貨はこの店の物を集めれば時間は掛かりません。商業ギルドを通して鉄と銅を仕入れるのに多少時間が掛かりますが、昼前には集まると思います」
「費用の方はどのぐらい掛かります?」
「そうですね。百五十万エルト前後だと思います」
百五十万エルトか……最初にこの店で一通り揃えた時は、確か十八万だったな。最初に結構道具を揃えた覚えはあるが、約八倍の資金で小さいとはいえ店を始められるほどの雑貨が揃うのか?
「だいぶ安いと思うんですが、大丈夫なんですか?」
「ふふ、お得意様にサービスをするのは当然の事です。それに少しは利益が出ますので、心配しないでください」
やっぱり安くしてくれてたか。原価に近い値段で卸してくれたようだ。今回は精霊達の資金での買い物だから、安くしてくれるのは助かる。ありがたくお言葉に甘えておこう。
「ありがとうございます」
「裕太さんには儲けさせて頂いてますから、頭を下げるのは私の方ですわ。それでも感謝してくださるのであれば、今夜にでもお食事を致しませんか?」
少し色っぽい表情で誘ってくるマリーさん。ここ何回か会った時には、こういう感じにならなかったのに、思い出したように誘ってきたな。
……思い出したように……そういう事か。大きな儲け話が目の前に転がってる時はそちらに集中して、本気で俺の事を忘れてたんだろう。
今日みたいに落ち着いた話し合いで自分を取り戻すと、途端に利益の源泉をゲットしようとする。なかなかアグレッシブな人だ。ここまで分かりやすいと、ある意味好感すら覚えるよ。食べられるのはゴメンだけど。
「今日の夜には迷宮都市を出ますので、すみませんが時間が取れそうにありません」
「あら残念ですね。次に迷宮都市に来られるのはいつ頃なんですか?」
「お店を作る目的もありますから、いつ頃かは分からないですね。あっ、他にも買わないといけない物が有るんでした。お昼過ぎに荷物を受け取りに来ますので、まとめておいてもらえますか?」
ソニアさんが背後でコッソリとマリーさんを応援しだした。このままだと面倒な事を言われる予感がするから、さっさと退散しよう。なんか利用するだけ利用して、都合が悪くなったら逃げ出す悪い男のような心境だ。でも俺の場合は、ちゃんとマリーさんの利益になっているから許されるはずだ。たぶん。
「分かりました」
マリーさんに一礼して、ソニアさんに案内されながら応接室を出る。途中でソニアさんが何かを言いたそうにしていたが、気付かないふりをしてなんとかやり過ごした。あそこで会話が始まってたら、いつの間にかマリーさんとのお食事会が決まってそうだからな。
(これで目的の大半は消化できたね)
背筋を伸ばしながら小声でシルフィに話しかける。
「そうね、精霊石のなりそこないも結構なお金になったし、雑貨と金属の購入と通貨の両替もマリーが手配してくれたわね。あとはベッドや簡単な家具を買って、お酒とお肉を調達すれば目的は達成かしら?」
(それと、野菜も仕入れないとね)
ベル達と同じぐらいの子達らしいから、野菜の人気はそれ程ないだろうが、それでもまったくないのは寂しい。
「ああ、野菜もあったわね」
シルフィも忘れていたと頷いている。精霊は野菜を取らないと体に悪いって事もないから、野菜の印象が薄いんだろう。
(今回は中級精霊、下級精霊、浮遊精霊の為に大きな部屋を作るんだったよね。ベッドは何台ぐらい買った方がいいの?)
「そうね、みんな同じ部屋で寝かせるつもりだから、一人で寝る事はないわね。体の小さな子が多いから、とりあえず十台ほど買っておけば十分ね」
そういえばベル達もフクちゃん達もみんなで団子になって寝てたな。来客用の子供部屋みたいな物だが、こちらも相当微笑ましい光景が見れそうだ。タイミングを見計らって様子を見に行こう。
(分かった。じゃあまずは家具屋に行こうか)
「あら? メラルがこっちに来るわよ」
(メラルが?)
メラルが来るのは珍しいな。普段なら俺達が来ているのに気がついていても、工房に顔を出すまで待ってるのに。
「裕太、聖域ができたんだよな。俺とメルも連れてってくれ!」
挨拶もそこそこに真剣な表情でお願いしてくるメラル。たぶんメルと会って話したいんだろう。
(メルとメラルなら連れて行くのは問題ないよ。でもメルはファイアードラゴンの短剣を加工してるよね。完成したの?)
「いや、それはまだ完成してない」
(メルは次に俺が来た時までに完成させておくって張り切ってたから、いまから行くと間に合わなかったって凹むと思うんだ。俺としてもメルとメラルは聖域に連れて行くつもりだから、次の機会まで我慢してくれ)
「確かにメルは頑張ってるな……分かった、裕太、よろしく頼む」
(ああ、次にメルのところに行った時に話をするから、安心してくれ)
早くメルと話したいという気持ちもあるようだが、メルの気持ちが第一のようで比較的簡単に納得してくれた。軽く雑談をした後、改めて家具屋に出発する。あのおばちゃん話が長いから、巻き込まれないように注意しないとな。
***
行きつけの家具屋で、とりあえずワラのベッド十台購入した。豪腕トルクの宿屋で使っているクラスのベッドを十台購入しようとしたが、ベッドは受注生産なのを忘れていた。注文だけしておいて完成したらワラのベッドと交換だな。
ベッドを購入した後はそのまま迷宮都市を巡り、屋台で軽く昼食を取りつつ、食材とお土産のお酒を購入する。本来ならお金が余ったらお酒を買うはずだったんだけど、シルフィの案内で歩いてるといつの間にか酒屋に入ってたんだよな。俺に違和感をまったく感じせずに、酒屋に誘導した手腕は見事としか言いようがない。
途中でお昼になったのでマリーさんの雑貨屋に戻り、集めてもらった雑貨と銅と鉄、両替してもらった銅貨と大銅貨と残金を受け取った。二千枚の銅貨……結構な量になるんですね。そしてここで誤算が生じた。
(そういえば牛乳が売ってない。精霊達がせっかく遊びにきて、プリンやアイスやクレープがなかったら、悲しいよね?)
トルクさんに分けてもらうか? そんなに量がないだろうし、泊まらずに牛乳だけ分けてもらうのもなんか気まずい。
「そうね。確かに悲しむと思うわ。光の精霊王様の大好物って広まってるから、噂を聞いた子達は楽しみにしているはずよ」
(だよねー)って言うか、光の精霊王様の大好物って広まっていい話なんだろうか? 世間体を気にして、味をみてやるとかなんとか言い訳しながら食べてたんだけど……まあ、広まってしまったのならしょうがないか。今はなんとかして牛乳を手に入れないと。
村に牛乳を買い付けに行きたいところだが、確か商業ギルドと料理ギルドが牛乳を管理して、なんちゃらかんちゃらってトルクさんが言ってたはずだ。
そのまま買いに行っても売ってくれなさそうだし、商業ギルドに行って紹介状を書いてもらうか。ベティさんに会えれば何とかなるはずだ。……結局商業ギルドに行く事になるのなら、マリーさんの手をわずらわせずに、銅と鉄の仕入れと両替は自分でやるべきだったな。
幸いな事に商業ギルドですぐにベティさんに会う事ができた。紹介状を準備してもらう間に、ベティさんに色々と話を聞いたが、結構大きなプロジェクトが進行中だそうだ。
王様にデザートの献上。牧場を含めた新たな村の建設計画。商業ギルドと料理ギルドが組んで、牛乳を広めシェアの独占まで考えているそうだ。ベティさん、なんかそれって機密っぽいけど話して大丈夫な事なのか? そんな心配をしつつも紹介状を受け取り、牛乳を買いに村に向かう。
村に到着すると牛乳の村の村長さんにメチャクチャ感謝された。どうやら俺のお陰で牛乳が商品になった事を、商業ギルドから伝えられていたらしい。この調子なら紹介状がなくても牛乳を売ってもらえた気がする。
二樽分の牛乳を購入し、その牛乳を搾ってもらう間に迷宮都市に戻り迷宮に突撃。六階と十六階でラフバードとオークを乱獲する。これで元々魔法の鞄の中に眠っていたお肉を含めると、当分お肉類は困らないだろう。
そろそろ牛乳の準備も終わっているはずだから、牛乳の村に行って牛乳を受け取ってから楽園に帰ろう。そこまで忙しい予定じゃなかったんだけど、牛乳の事を忘れていたせいで、せわしない一日になっちゃったな。
読んでくださってありがとうございます。