二十四話 おつかい
ふぅ。裕太も心配性ね。精霊を傷付けられる存在なんて精霊ぐらいしかいないのに。精霊の存在を揺るがすほどの危険は力を使い過ぎて消滅する事。
ベルとレインが重い荷物を持って何十日も旅をしたら、消滅の危険があったから、採取は否定したけど種を運ぶぐらいなら何の問題も無い。
裕太はどうも見た目で精霊の事を判断しているようだ。精霊を見る事が出来る人間なんて、本当に極稀でしかもこの世界の人間だったから、精霊の力を理解していて、何の問題も無かった。
でも裕太は精霊の事を殆ど知らないから、ベルとレインを保護するべき対象として扱う。そのうえで討伐に力を貸してもらっているので、ジレンマに陥っている様子がちょっと面白い。
今回の事も物質を抱えているから速く飛べないだけで、能力的にも精神的にも何の問題も無いと説明したのに、幼い子供を心配するようにオロオロしていた。
あの時、気分のままに空を飛んでいると、ベルが私を呼びに来た時は驚いたわね。精霊が見えて話せて触れる人間がいるなんて、実際に確認するまで信じられなかったわ。
あら。ベルとレインが追いかけっこを始めちゃったわね。あっちに行ったりこっちに行ったり遠回りしているわ。
四日で帰ってこられるって言ったのは問題だったかしら? 四日を過ぎたら裕太の心配が爆発しそうで怖いわね。
楽しそうに遊びまわりながら空を飛ぶベルとレイン。私がついて来ていると知られると、あの子達の経験にならないから、出来れば口出ししたくないんだけど……どうしようかしら?
ちょっとハラハラしながらベルとレインを追跡する。遊びながらでも方向は分かっているのか少し遠回りした程度ね。これなら大丈夫かしら?
下級精霊の動向なんて裕太と行動を共にするまで、気にもしてなかったのだけど、自由奔放なのね。私が下級精霊だった頃もあんな感じだったのかしら? ……もう少し知的だったわよね。
***
はしゃいだベルとレインが逆走したり、何故かグングンと上昇していったりと、振り回されながらもなんとか目的の森に到着する。
何だかここ数百年で一番大変だった気がするわ。あの子達ってなんであんなに落ち着きが無いのかしら?
森に着いたベルとレインが大きな声で、私が訪ねるように言った森の大精霊の名前を連呼する。
「どりー」
「キュー」
「どりー。いるー?」
「キュー?」
「どりー。あそびにきたー」
「キュイキュイキュー」
ベル。レイン。あなた達は遊びに来たんじゃないのよ。お使いに来たの。忘れないでね。
「あら。可愛い子達ね。遊びに来てくれたの?」
「そー。しるふぃいってたー」
「キュー」
「あら。シルフィのおつかいなのかしら?」
「んー。ちがうー。ゆーたのにんむー」
あれね、しっちゃかめっちゃかって奴ね。ここからどうなるのかしら? 驚くほど不安だわ。いけない私に気付いたドリーがこっちを見ている。
何とかわたしが居る事を話さないように身振り手振りで伝える。軽く頷いてくれたので大丈夫だろう。
「任務なのね。どんな任務で来たのかしら?」
「たねー。たべれるやつっていってたー」
「キュー」
「食べられる種が欲しいのかしら?」
おしいけど違うわ。食べられる植物が生える種でしょ。困った表情でドリーがこちらを見てきたので、必死で違うと首を横に振る。
「そう?」
何で疑問形なのよ。違うわよ。ちゃんと教えたでしょ。聞いてなかったの? いいえ。復唱させたし聞いてたのは間違い無いわ。ここに来るまでに忘れちゃったのかしら?
同じ下級精霊なのにベルとトゥルの違いが気になるわ。環境が違うのかしら? 属性の違いだとは信じたくないわね。
「もう一度ちゃんと思い出してみて。シルフィはなんて言ってたの」
「どりーにあうー」
「キュー」
「そう。それから?」
「んー。たべれるくさがはえるたねー」
そう。よく覚えてたわね。ドリーがこっちを見たから、正解だと頷く。
「そうなのね。食べられる植物の種が欲しいのね」
「ほしいー」
「キュー」
「じゃあ案内してあげるわ。こっちにいらっしゃい」
「やったー。ありがとー」
「キュー」
「ふふ。ちゃんとお礼が言えて偉いわね。そういえばお名前は何て言うのかしら?」
「べるっていうのー」
「キュキュー」
「れいんはれいんっていうのー」
「そう。ベルちゃんとレインちゃんね。何処で植物を育てるのか分かるかしら?」
「しのだいちだよー」
驚いてドリーがこっちを見てきたので頷いておく。驚くのは分かるけど、バレないようにしてほしいわ。
「そ、そうなの。じゃあ暑さに強い植物の種を選びましょうね」
「はーい」
「キュー」
ドリーにアドバイスを貰いながら、幾つかの種類の種を葉っぱに包んで持たせてもらうベルとレイン。これで最大の試練を乗り越えたわね。
「もてる? 死の大地は遠いわよ。ちゃんと帰れるかしら?」
「だいじょうぶー」
「キュー」
「そう。気をつけてね」
「またねー」
「キュイー」
ベルとレインが手を振りながら飛び去っていく。ゆっくり飛んでいくから直ぐに追いつけるわね。ドリーと話してから追いかけましょう。
「ごめんねドリー。迷惑を掛けたわね」
「ふふ。大丈夫ですよ。元気で可愛い子供達でしたから。それでいったいどういった、いきさつなんですか? 死の大地って言ってましたけど大丈夫なんですか?」
相変わらず。真面目な話し方ね。ベル達には崩した言葉だったけど、ドリーは精霊には珍しく敬語が基本だ。もう少し気楽に話してくれたら嬉しいんだけど、性格なのか無理なのよね。
「ええ、その事でドリーに話があるのよ。実は今、死の大地で異世界人と行動を共にしているの」
「あら。異世界人なんて珍しいですね。でも何で死の大地になんて行ったんですか? あそこには何もありませんよね?」
「それが違うのよ。死の大地に行ったわけじゃなくて、死の大地に転移してきたみたいなの。しかもかなりの奥深くにね。その異世界人をベルが見つけて、私に知らせてきたのよ」
「そうだったんですか。あんな所に転移したら大変でしょうね。でも精霊と親和性が高くて良かったです。ベルちゃんとレインちゃんと契約しているみたいですし、なんとか生き抜けそうですね」
「その異世界人は親和性が高いどころじゃないのよ。私達が見えて、話せて、触る事が出来るの。それに特殊な力を持っているから、現在死の大地を開拓中よ。あの植物の種は育てる為に貰いに来たの」
「精霊に触れるなんて……聞いた事ないですが本当なんですか? しかも開拓? あの場所を? シルフィ。私を担いでいませんか?」
「あなたの気持ちもよく分かるのだけど、全部本当の事なのよ」
私も自分で言っていて嘘くさいと思っちゃうから辛いのよね。
「そんな事が可能なんですか? シルフィの言う事でも信じきれません」
「まあ私でもあなたの立場だったら、同じ反応をすると思うわ。でも事実なのよ。今のところ魔力の問題で私と契約出来ないから、簡単なアドバイスしか出来ないのだけど、異世界人。裕太って言うんだけど、裕太は頑張って開拓しているわ」
「大精霊のあなたが異世界人とは言え人間と契約する気なんですか?」
「ええ。私だけじゃなくてディーネも契約する気みたいね」
「ディーネもいるんですか?」
「ええ。契約するかどうかは分からないけどノモスもいるわ」
「大精霊が三人も……いったい何がどうなってるんでしょう?」
「うーん、簡単に言うと、まずは裕太が頑張って死の大地で井戸を掘って、私がディーネを呼んできたわね」
「まず死の大地で井戸が掘れること自体が信じられないのですが?」
「特殊な力を持っているって言ったでしょ。開拓に特化した力なのよ。まあ物理攻撃にも特化しているけど」
あの攻撃力は凄いわよね。この世界のトップクラスの魔法や技には及ばないかもしれないけど、切れ味や破壊力を考えると、範囲攻撃以外はかなり近い所にいる気がするわ。本人はよく分かっていないみたいだけど。
「そうなんですか」
「そう。そうしてその後、出てきた水を利用して、畑を作ったの。色々やって畑を何とかして、ギリギリだけどノモスに合格を貰ったの」
「死の大地に畑を……しかもギリギリとはいえノモスが認める畑……夢なのかしら?」
「夢じゃないわよ。それで畑で育てる植物を育てる為に、裕太が契約しているベルとレインが種を貰いに来たの。私は裕太があまりにも心配するから、あとをつけて来たのよ」
「ふふ。精霊の心配を人間がするのですか」
「ええ。過保護なぐらいにベルとレインを猫可愛がりしてるわ。それで、ドリーから貰った植物の種の芽が出たら、呼びに来るからあなたも来ない? 直ぐに裕太と契約できる下級精霊も連れてきてほしいわ」
「……とても信じられない話ですが、シルフィが自信満々に言うって事は本当なんでしょうね。行くのは構いませんが、滞在するかは現地を見てから決めますよ?」
「それで問題無いわ。ノモスも一度目はまだダメだって言って帰っていったもの。二度目で何とか合格したんだけどね。でもまあ、死の大地にあなたが森を復活させるの。ちょっと面白いと思わない?」
「それはとても素晴らしい事ですね。次にシルフィが呼びに来るのを期待して待っています」
「芽が出たら迎えに来る予定だけど、ドリーが渡した種で最短どのぐらいで芽が出るの?」
「比較的早いのが葉野菜の類いで、土の状態が良ければ三日で発芽する種を持って行ってますね」
「そう。流石に死の大地だからそこまで早くはないでしょうけど、失敗しない限りある程度早く迎えに来る事になりそうね」
「ふふ。分かりました。準備しておきますね」
「ええ。お願いね。そろそろあの子達を追いかけるわ。じゃあまたね」
「ではまた。お待ちしています」
ノモスと違って結構早く納得してくれて助かったわ。さて、あの子達を探さないと。最短ルートを飛んでいれば見つけやすいんだけど……あの子達の場合期待出来なさそうよね。
結局、あの子達を見つけ出すのに苦労したわ。見つけたら見つけたではしゃぐあの子達にハラハラして、落とした種を探すあの子達をバレないように導いたり、拠点が見えた時は心底ほっとしたわ。あの子達のおつかいにはもう当分付き添いたくないわね。
読んで下さってありがとうございます。