二百五十七話 コーヒー生活
焙煎機をノモスに作ってもらい、イフに火であぶってもらいながら焙煎した。最初は中火で試し、二度目は強火を試した。強火の方は少々深煎りになってしまった気がするが、色的には許容範囲内のはずだ。
いま、俺の目の前には完成したコーヒー豆がある。心なしか輝いているように見えるが、たぶん自分で作ったから、ひいき目なんだろうな。まだ本当に飲めるコーヒーが完成したのか分からないんだ。さっそく試飲をしてみよう。
「シルフィ、試飲してみるから、この中火と強火で焙煎したコーヒー豆を、砕いて粉状にしてくれる?」
「いいけど、粉状ってどのぐらいの大きさなの? 小麦粉ぐらい?」
小麦粉って相当細かいよな。あれだけ細かかったら代用フィルターでは素通りしそうだ。
「小麦粉だとちょっと細かすぎるから、砂粒ぐらいの大きさでお願い」
「分かったわ」
シルフィが頷くと、風の玉がコーヒー豆を包み込み回り出す。脱穀の時と同じかと思ったが、コーヒー豆が細かくなっていく過程で違いに気づく。風の玉の中に無数の風の刃が内部に設置されていたようだ。
「こんなものかしら? ちょっと細かいのが出来ちゃったから確認してみて」
「分かった、ちょっと確認してみるよ」
シルフィが挽いてくれたコーヒー豆を確認する。……確かに細かい粉みたいな物も少しだけ有るが、ほぼリクエスト通りに砂粒ぐらいの大きさで揃っている。十分だとシルフィに伝え、強火で焙煎したコーヒー豆も挽いてもらう。
「じゃあちょっと淹れてみるね」
ノモスが作ってくれたドリッパーに洗浄を掛けた布を敷き、中火の方のコーヒーの挽いたコーヒー豆を入れる。魔法の鞄からお湯を取り出し、こちらもノモスに作ってもらったポットに移し、ゆっくりと回すようにお湯を注ぐ。
インスタント専門だからドリッパーを使ってコーヒーを淹れた事がないんだよな。最初にお湯を入れてちょっと蒸らす事と、お湯を注ぐのはゆっくりが基本って事ぐらいしか分からないが、まあ何とかなるだろう。
「なあ裕太、黒い水が落ちて来てるんだが、それを飲むのか?」
イフが大丈夫なのか? って顔で聞いてくる。確かにコーヒーを初めて見たら、そう思うのもしょうがないな。
「大丈夫なのは大丈夫なんだけど、色が薄いんだよね。俺が知っているコーヒーはもっと黒々としているから、中火の方は失敗したかもしれない」
「うへ、それからまだ黒くなるのかよ。美味そうに見えないな」
「あはは、ハマったら癖になるんだけどね」
コーヒーは初見の人にはハードルが高いのかもしれない。
「でも、香りは良いわね。色は黒いけど焦げてる訳じゃないのね」
シルフィが良い所に気づいてくれた。色は薄いけど、ちゃんとコーヒーの香りはしてるんだよね。味がかなり気になる。急ぐ気持ちを抑えながらゆっくりとコーヒーを淹れる。
ポットに十分な量のコーヒーが溜まり、カップに移す。……やっぱり色が薄いし香りも弱いな。
「じゃあ、試飲してみるね」
シルフィとイフに注目されながらコーヒーをすする。……これは失敗?
「どうなの?」
「うん、俺が知ってるコーヒーとは違うね。香りが弱いし苦みよりも酸味が強い。たぶん焙煎が足りなかったんだと思う」
これはこれで飲めない事もないんだけど、ミルクと砂糖を入れたら完全にコーヒーが負けてしまう。
「失敗か」
「うん、失敗だね。もう一つの方を試してみるよ」
こっちは焙煎し過ぎかなって思ってたけど、中火の豆の失敗を考えると期待できる。ポットとドリッパーに洗浄を掛けてコーヒーをセットし、再び時間を掛けてお湯を注ぐ。
インスタントだとお湯を注ぐだけで済むんだけど、こうやって淹れるとコーヒーも手間がかかる。味が分かる人は、こっちの方が好きなのかもしれないが、俺はインスタントで十分だな。どこにも売ってないけど。
「おお、かなり黒いな」
「ええ、香りもさっきと比べるとかなり強いわ」
イフとシルフィが言うように、ドリッパーから落ちてきたコーヒーは、一回目と比べても断然コーヒーっぽい。これは期待できるぞ。
「じゃあちょっと試飲してみるね」
ポットからカップに注いだコーヒーを見る。うん、誉め言葉かどうかは分からないが、黒々としている。これぞコーヒーって感じだな。大成功の予感を感じながらコーヒーをすする。
「……うん、俺が知っているコーヒーだね。強い苦みと僅かな酸味、芳醇な香りが素晴らしいよ」
「裕太、言いたい事は分かるけど、そんなに顔を歪めてたら説得力がまるで無いわよ」
「ああ、どう見ても不味そうだな」
「いや、これは間違いなくちゃんとしたコーヒーだよ。ただ俺はコーヒーには砂糖とミルクを入れる派なんだ」
ブラックで飲むと顔が渋くなるのはしょうがない。
「とりあえず、本当にこれがコーヒーなんだ。ブラックは俺には合わないけど、シルフィとイフには合うかもしれないから試してみてよ」
新しいカップにコーヒーを注ぎシルフィとイフの前に置く。
「……ちょっと躊躇うわね」
「ああ」
……俺の渋い顔が、シルフィとイフの警戒心を呼び起こしてしまったらしい。
「でも裕太の世界の料理って美味しいのよね。試さないのはもったいないから、ちょっと飲んでみるわ」
シルフィが意を決したようにカップを手に取り、ゆっくりコーヒーを口に含む。
「どう?」
「うまいのか?」
「……そうね、悪くないわ。確かに苦みが強いけど、鼻に抜ける香りと僅かな甘味……気分転換に良い飲み物だと思うわ」
おお、意外と高評価。シルフィの舌は大人なようだ。
「それなら、俺も飲んでみるか」
シルフィの評価に安心したのか、イフがコーヒーをすする。俺の予想としてはイフが先陣を切って口を付けると思ってたけど、シルフィの様子を確認してからなのが意外だ。性格は戦闘狂でも、飲食物はスタンダードな物が好きなのかもな。
「うーん、確かに飲めねえこともないが、あんまり美味いとは思わねえな。香りは好きなんだが」
イフは一口飲んだ後、眉をしかめている。たいして好きな味ではなかったらしい。
「まあ、コーヒーのブラックは好き嫌いが分かれるからね。ここから自分好みに調整するんだ」
テーブルに砂糖と牛乳を取り出しながら説明する。自分好みに味を調整するって言葉に興味が湧いたのか、興味深げに聞いてくれるシルフィとイフ。
「そうね、私の場合は甘味はそんなに必要ないから、牛乳を入れてみようかしら」
「でもそれだと、香りが飛ぶんじゃねえか? 俺は砂糖だけがいいと思うぞ」
意外と楽しそうに、コーヒー談義をしだすシルフィとイフ。シルフィはともかく、イフはちょっとコーヒーが苦手そうだったから意外な反応だな。香りは良いって言ってたから、味の調整ができるのなら問題ないらしい。
コーヒーの評判が悪いままだったら、最終手段でコーヒーのカクテルを作る事も考えてたからな。切り札を切らないで済んで良かったよ。
別に俺以外の全員がコーヒーを好まなくても、俺一人で楽しめばいいって話ではあるが、結構頑張ったんだし、みんなにも気に入ってもらえた方が嬉しいよな。
最終的にシルフィは牛乳を垂らす程度、イフは砂糖をスプーン一杯のコーヒーを気に入ったようだ。俺の場合は砂糖をスプーン二杯に、牛乳を少しでかなり美味しく飲めた。
でも毎回ドリッパーで淹れて飲むのは大変だから、大量にコーヒーを淹れて、魔法の鞄に収納しておきたいな。昼食後にでも他のみんなにコーヒーを御馳走したいし、今のうちにたっぷりとコーヒーを用意しておこう。
「シルフィ、イフ、手伝ってくれてありがとう。俺は家に戻ってコーヒーを大量に淹れるから、自由にしてていいよ。あと昼食にはディーネ達も来るように誘っておいて。コーヒーを試してほしいんだ」
最近は食事の時に大精霊達も集まりが良かったんだけど、醸造所の件があるから声を掛けておかないと来ない可能性が高い。
「分かったわ、ディーネ達を誘っておくわね。じゃあ醸造所に顔を出してくるわ」
「俺も行ってくる」
シルフィとイフを見送り俺も家に戻る。昼食まであと二時間ってところか、時間は十分だな。
***
全員が集まった昼食が終わり、いよいよコーヒーのお披露目の時間がやってきた。
「これが俺が故郷でよく飲んでいたコーヒーって飲み物なんだ。みんなも試してくれ」
大精霊達にはブラック。ベル達、ジーナ達、フクちゃん達には牛乳たっぷり、お砂糖たっぷりのコーヒー牛乳を置く。
大精霊達へのコーヒーの説明はシルフィとイフに任せて、俺はベル達とジーナ達、フクちゃん達に説明しよう。ジーナはシルフィ達の説明で問題なさそうだけど、まあ、まきぞえでコーヒー牛乳から初体験してもらおう。
「ゆーた、これおいしー?」
ベルが両手でカップを持ち、期待した表情で聞いてくる。コーヒー牛乳は大抵の子供が好きだよね? 偶に牛乳がダメって子も居るけど、ここにいるメンバーは牛乳が入った料理を、美味しそうに食べている。問題ないだろう。
「ああ、とっても美味しいよ。飲んでごらん」
「のむー」
ベルの言葉が合図になったのか、レイン達、ジーナ達、フクちゃん達も一斉にコーヒー牛乳に口を付ける。
「おいしーー」「キューー」「あまい」「ククーー」「うまいぜ!」「……」「「ホーー」」「プギュー」「ワフ」「……」
ベル達とフクちゃん達には大好評だな。ジーナ達は……ジーナとサラは何だか真剣に味を確認してるな。考え方や行動が料理人寄りになってる気がする。マルコとキッカは嬉しそうにゴクゴクとコーヒー牛乳を飲んでいる。気に入ったようだ。
「ゆーたの、いろちがうー」
ジーナ達の様子を見ていたら、いつの間にかベルが俺のカップを覗き込んでいた。自分の分はすでに飲んでしまったようだ。
「おいし?」
「このコーヒーのこと?」
「そうー」
「美味しいけど、ベルにはちょっと苦いかな?」
砂糖が二杯入っているし、牛乳も入っている。コーヒーとしては飲みやすいはずだが、ベル達にはまだ早いだろう。ものすごく興味深そうに俺の持っているコーヒーを見ているけどね。
「にがいの、おいしくないー」
ベルが俺の事を何言ってるのって目で見ている。地味にショックが大きい。
「大人はね、少しぐらい苦い方が美味しく感じたりするんだよ」
「んーー、べる、おとなーー」
ベルは大人じゃないよ。年齢は俺よりも上だけど、少なくとも舌は子供だ。だから興味深げに俺のコーヒーを覗き込まないで。これはあれか? 子供の頃に大人達が食べている料理が、妙に美味しそうに見える感じのあれか?
「ベル、飲んでみたいの?」
「のむー。べる、おとなーー」
……こうなったら飲ませないと納まらないか? 結果は見えてるし、ベルにはまだ早いって言えば諦めてくれそうなんだが、そう言う場合はずっと気になっちゃうんだよな。俺も子供の頃はビールにものすごく興味があったし……。大人だけで美味しいジュースを独り占めにしていると思ってた。
「じゃあ、少しだけ飲んでみる?」
「のむーー」
嬉しそうに俺のカップに飛び付いてくるベル。……とりあえず拭く物を準備しておくか。
「じゃあ、少しだけだよ」
「わかったー」
ベルは嬉しそうに俺のカップのコーヒーを口に含み、そのままだらっと口から吐き出した。予想通り過ぎて驚く事すらできない。素早くタオルでベルの口元を拭い、新しいコーヒー牛乳をベルに渡す。
「にがいー」
ゴクゴクと甘いコーヒー牛乳を飲み干した後、涙目で俺に訴えかけてくるベル。ごめんね、俺はこの結末を予想してたんだ。
「ベルはまだ子供だったね」
頭を撫でながら真実を伝える。
「べる、こどもだったー」
ちょっと残念そうに、でも納得はしたのか、ベルは素直に頷いてくれた。ちなみに背後で興味深そうに見守っていた、レイン達とフクちゃん達はベルの惨劇を見て、俺から目を逸らした。ベルが美味しいって言ってたら、あの子達も飲みたがったんだろうな。
大精霊達のコーヒーの試飲も、ブラック派、砂糖牛乳派、砂糖派、牛乳派と好みは分かれたが、おおむね気に入ってくれた。頑張ってコーヒー豆に挑戦して良かったな。これで今日から俺は、毎日コーヒーが飲み放題だ。
読んでくださってありがとうございます。