二百五十六話 焙煎
ノモスの意外な悩みを聞いた後、ジーナ達に少し大変な訓練を課してみた。上手く行けば楽園に綺麗な広場ができるし、ジーナ達と精霊達の仲も一段と良くなるだろう。
さて、俺はコーヒーの種を加工して、立派なコーヒー豆にしよう。まずやる事は……脱穀だな。脱穀と言えば俺の中ではシルフィの出番だ。今は醸造所の方に行ってるけど召喚するか。
「裕太、どうしたの? 何か用事?」
「うん、ちょっと頼みがあるんだ。いま召喚して大丈夫だった? ノモスの話では少し大変な状況みたいだけど……」
「問題ないわ。まあ確かに議論は活発だけどね」
苦笑いしながらシルフィが教えてくれた。まだまだ意見が統一されるのは遠いようだ。
「はは、みんなが熱くなり過ぎたら止めてあげてね」
「そうね、注意しておくわ。それで、頼みってなんなの?」
「ああ、この種の殻を外してほしいんだ。頼める?」
種をシルフィの前に並べてお願いする。
「いいわよ。この殻を取ればいいのね。殻と種は分離しておいた方が良いかしら?」
「ああ、そっちの方が助かる」
「分かったわ」
シルフィが右手をかざすと種が風の玉に包まれ、高速回転しだす。風の玉の中でパラパラと種から殻が剥がれていく。レインの時も水の玉だったし、こういう時って球体が効率が良いのかな?
脱穀が終わったのかシルフィが風の球を解くと、テーブルの上に殻を剥かれた種と殻が分かれておかれている。この緑色の種を焙煎すればコーヒー豆になるんだよな。
「ありがとうシルフィ」
「どういたしまして。他にもやる事はある?」
「この種を焙煎した後に細かく砕きたいから、その時にまた手伝ってほしい。あと、焙煎する為にノモスの力を借りたいんだけど、いま召喚しても大丈夫かな?」
ついでにシルフィに頼んで熱風で焙煎してもらう事も考えたが、金属のドラムを回転させながらジャラジャラと焙煎をしてみたい。余計な手間かもしれないが風情は大事だよな。
コーヒーミルもできれば作りたいところなんだけど、構造がサッパリなんだよな。金属と金属で挟んですり潰す可能性が高いとは思うんだけど、石臼みたいな感じでいいんだろうか?
「裕太は遠慮し過ぎね。ノモスは裕太の契約精霊なのよ。用事がある時は呼び出していいの、私達も来れない時は拒否できるんだから」
それは分かってるんだけどね。でも、議論してるのが分かってるんだから、遠慮はしてしまう。
「それに、どうせすぐには纏まらないんだから、気を使って待っててもいつ頼めるか分からないわよ」
……ものすごい説得力だ。
「うん、いまから召喚する事にするよ」
「それがいいわ。私は一緒に居た方が良いかしら?」
「いや、大丈夫だよ。醸造所の方も色々あるみたいだし、あっちを見ててあげて。あとノモスの用事が終わったらイフも呼ぶから、伝えておいて」
「分かったわ。そのコーヒーって言うのが完成したら私にも飲ませてね」
「ああ、美味しくできたらね」
シルフィが醸造所に戻るのを見送り、ノモスを召喚する。
「なんじゃ?」
特に不機嫌と言う事もないし大丈夫そうだな。
「ああ、ちょっと作ってほしい物があるんだ」
紙に図を描きながらノモスに焙煎機の説明をする。
「ふむ、金属のドラムを回転しながら熱するのか。ドラムには種が落ちないぐらいの大きさの、無数の穴を開けるんじゃな。ドラム自体の大きさは?」
「えーっと、大きさは、あの種の倍ぐらいの量を焙煎できるようにしたいから、少し大きめがいいな。樽ぐらいの大きさがあればいいと思う」
「うむ、分かった。金属は何がある?」
「えーっと、ミスリルとアダマンタイト、後は鍋や魔物が落とした武器とかの銅と鉄かな」
「ミスリルとアダマンタイトを使うのは、さすがにもったいないじゃろう。火を使うならドラム部分は銅が良かろう。他は鉄で十分じゃな。銅と鉄をだせ」
……ミスリルはともかく、アダマンタイトは凄い量があるから、ある意味銅や鉄の方が手持ちで言えば貴重なんだけどな。ミスリルとアダマンタイトの焙煎機か……悪趣味だ。鉄と銅でいこう。
「これで足りるか?」
テーブルの上に銅と鉄を並べて聞く。
「これだけ有れば足りるじゃろ。ちょっと待っておれ」
ウネウネと金属が動き出し、液体のように絡み合う。これが金属なんだよな。これだけ自由に金属が扱えるのなら車ぐらい作れそうだ、俺に知識さえあれば……。異世界で産業革命……竹トンボの時みたいにシルフィ達に止められそうだな。
「ふむ、こんな物じゃろう。試してみろ」
目の前にはかなり大きめの焙煎機がある。焙煎したコーヒー豆を魔法の鞄に収納できるとは言え、大き過ぎたか? ちょっとやり過ぎた気もするが、迫力があってカッコいいから問題ない。試してみよう。
取っ手を握り、グルグルと焙煎機を回転させる。油を差している訳でも無いのにスルスルと回転する。変なブレや引っ掛かりもないな。
「ありがとうノモス。完璧だと思う」
「そうか? まあ、使ってみて問題があれば調整してやる。それと取っ手が熱くなるから、木材でもハメておけ」
「了解、助かったよ」
「うむ、では儂は戻るぞ」
「あっ、ちょっと待ってくれ。悪いけど、こういう道具も作れないか? できれば陶器で作って欲しいんだが」
あぶないあぶない。コーヒー豆が完成しても、コーヒーを淹れる道具がないと片手落ちだ。何度も呼び出すのは悪いから、今の内に作ってもらっておこう。
必要なのはお湯を注ぐためのポットと、ドリッパー。それとドリップしたコーヒーを受けるポットも必要だな。フィルターは目の細かい布で代用すれば大丈夫だし、ついでにコーヒー用のカップも作ってもらおう。
「ふむ……この三角のやつが、ポットの上に固定できるといいんじゃな?」
「うん、三角の方はドリッパーって言うんだけど、ポットと接する部分に下が覗ける穴を開けて欲しい」
「分かった。これぐらいなら簡単じゃわい」
言葉通りに簡単に各種道具を作ってくれるノモス。ガラスの時も思ったけど、熱を加えなくても陶器ができるって意味が分からないよね。
「では、今度こそ戻るぞ」
「ああ、助かったよ」
醸造所に戻っていくノモスを見送り、さっそく焙煎機を試してみたいが先に取っ手を付けないとな。
木材を取り出し、ハンドオーガーで取っ手と同じ大きさに穴を開ける。あとは木材を円柱に削って取っ手に被せれば完成だ。自画自賛だけど、ずいぶんと手際がよくなった。じゃあさっそくイフを召喚して焙煎を始めるか。
火力的にはフレアでも十分焙煎できるんだろうけど、あの子は燃やすの大好きだからな。深煎りどころか炭になりそうだから、最初はイフに頼もう。
「おう、手伝いだってな。何をするんだ?」
「えーっと、この機械、焙煎機って言うんだけど、これでコーヒーの種を煎りたいんだ。俺がこのドラムをグルグル回すから下から、一定の炎であぶってくれ。火の強さは……」
焙煎の火の強さなんて知らんぞ。とりあえず考えられるのは弱火でジックリ。中火で普通に。強火で一気にだな。種を三回に分けて全部試してみるか。
あとは豆の色を決めておかないとな。深煎りすればするほど苦みが強くなるはずだ。茶色から黒に近づいたらすぐに焙煎を止める感じなら大丈夫か? まあ、イフに相談しながらやってみるか。
「なんか面倒だがまあ良いか。三回試すんだな。まずはどれで試すんだ? 強火か?」
「うーん、中火から試してみるよ」
最初は弱火が無難かとも思ったが、中火でやった方が焦げやすければ弱火に、時間が掛かれば強火にするだけでいいから、一回分お得だ。
「じゃあ、頼むね。俺がドラムを回し始めたら、マメが燃えないように注意して、中火であぶってくれ」
「あいよ、いつでもいいぜ」
焙煎機に三分の一の種を入れてゆっくり回転させると、イフがドラムの下に火を付けてくれた。いよいよ焙煎か……何気に時間が掛かったな。まあ、ドリーの協力がなかったらまだコーヒーの実すら手に入ってなかった事を考えると、十分に早いか。
グルグルとドラムを回転させてしばらく経つと、中からパチパチと音がしだした。種が熱で弾けてるのか? なんかものすごく不安になる。
「なんか音がしてるな」
「うん、ちょっと火を止めてくれ。中を確認してみる」
「あいよ」
イフに火を止めてもらいドラムの蓋を開けて中を覗き込む。……まだまだ全然だな。俺が見た事があるコーヒー豆の色じゃない。
「まだ全然だった。もう一回頼むよ」
「おう」
再び焙煎を開始する。またしばらく経つと今度はドラムから煙が出てきた。燃えてしまったかと慌ててドラムを開けるが、焙煎具合はまだ足りてない。……コーヒーの焙煎ってあせる。
……………………
「ふー、これぐらいが丁度良いはず」
ドラムの蓋を開けてコーヒー豆をお皿の上に取り出す。なんか香ばしい匂いがしてドキドキしてきた。焙煎一発目で成功しちゃった?
「これが本当に美味い飲み物になるのか?」
「焙煎が成功してたらだけどね。俺の世界だと沢山の人達が毎日コーヒーを飲んでたんだ」
「へー、それならちょっと楽しみだな。ん? 裕太、まだ余熱で火が通ってるんだが大丈夫なのか?」
「えっ? マジで? いや、ダメだよね。冷やさないと!」
えーっと、ディーネを召喚して氷を……いや、さすがにコーヒー豆を凍らせるのはダメだろう。あせるな、落ち着け! そうだ、シルフィだ!
「コーヒー豆ができたの?」
「ああ、シルフィ。それなんだけど、あの豆を風で冷やして欲しいんだ。できるだけ早く」
「とりあえず急ぎなのね」
それだけ言うとシルフィの風がコーヒー豆を包み込む。素早い対応ありがとうございます。しかし余熱でコーヒー豆に火が入るのか。今度からは余熱を見越して焙煎するか、シルフィに待機してもらわないとな。
「裕太、どのぐらいまで冷やすの?」
「ああ、コーヒー豆が常温になるまでお願い」
「そう、それならもういいわね」
あっ、もう冷めてたんだ。凄いな大精霊。改めて常温まで冷めたコーヒー豆を観察する。なかなか良さそうだよな。中火で結構時間が掛かったし、次は強火で試してみるか。弱火だと相当時間が掛かりそうだし、中火と強火の豆で淹れたコーヒーを試して、両方ダメだったら弱火に挑戦してみよう。
「シルフィありがとう。もう一度焙煎するから悪いけどシルフィも付き合ってね。イフ、今度は強火でお願い」
シルフィとイフにお願いして、今度は強火での焙煎に挑戦する。念願のコーヒー飲み放題まであと一歩だ。油断せずに頑張ろう。
読んでくださってありがとうございます。