二百五十一話 楽園
宴会が終わり、シルフィ達も復活したので聖域に関する話し合いを始めた……が、ちょっとお酒の飲み方に関して話がそれてしまい、改めて仕切り直して聖域の話し合いを始める。
「ねえねえ裕太ちゃん。酔っぱらったお姉ちゃんは可愛かった?」
あざとく首を傾げながら聞いてくるディーネ。その話は無かった事にしたいんだけど……無理っぽいな。
(酔っぱらったディーネも可愛かったと思うぞ)
「えっ? なに? お姉ちゃん、聞こえなかったわー」
くっ、これがわざとじゃなくて天然なのがディーネの怖いところだな。シルフィを気にしながらもう一度小声で伝える。ふぅ、モテる男は辛いぜ……むなしくなってきたから聖域の話を進めよう。
「それで、実際に聖域になった事で、どんな影響があるか教えてくれ」
「あはは、僕が説明した方が良さそうだね」
「あ、ああ、頼む」
場の雰囲気を察したヴィータが説明役を買って出てくれた。さすがヴィータ、頼りになります。
ヴィータの説明を纏めると概ねこんな感じらしい。細かいところまで説明すると時間がいくらあっても足りないので、何かあった時に追々に説明してくれるそうだ。
一 精霊の実体化
聖域になった事で結界の範囲内であれば、精霊達は自由に実体化できるようになった。実体化するとこの世界との繋がりが深くなり、普通の生物に近くなり、自由に力を振るえない制限もある程度緩和される。
二 聖域の結界
聖域の結界は泉の中心にある力が込められた玉によって維持されている。今のところ結界内に入るには、俺か精霊王様達の許可が必要で、それ以外は精霊ですら入れない仕様になっている。
三 結界の範囲
精霊王様達に頼めば、結界の範囲はある程度広げる事もできるが、俺が開拓した場所限定と制限がつけられているらしい。
四 聖域内の生物
清浄な魔力に満ちた空気が、結界内にいる動物の警戒心を薄めてくれる。植物成長にも好影響で、実の生る植物は品質が良くなる。
五 俺や弟子達に対する精霊からの契約申し込みの禁止
この場所が聖域になった事で、精霊側から俺にアプローチする事が禁じられた。元々シルフィ達がコントロールしてくれていたらしいが、それが正式になったって事だそうだ。
大まかにはこんな感じだそうだ。聖域内には清浄な魔力で満ちているそうだが、あんまりよく分からないな。
「精霊が普通の生物に近くなるって事は、その分怪我をしたり変な人を聖域内に入れたら、誘拐されたり傷付けられたりするって事なのか?」
精霊達って可愛いから、ガチで攫われそうだ。
「その可能性はあるね。派手に転んだりぶつかったら怪我をするけど、危なくなったらすぐに実体化を解けばいいんだから大丈夫だよ。それに怪我をしても実体化を解いて属性に溶ければ直ぐに治るからね。あと誘拐は聖域を出た精霊は、実体化が強制的に解かれるから心配はない。ただ、即死の場合は精霊も消滅してしまうから、迂闊に人を入れない方がいいのは間違いないよ」
……実体化を解けば治るとは言え、遊びに行っているベル達が少し心配になってきたな。はしゃいで無茶をしなければいいが。あと即死とか怖すぎるぞ。今のところ人を連れて来る予定はないけど、もし連れてくる事になったら、真剣に吟味しないとな。出島みたいな場所を作る可能性も考えておかないと。
「了解。人を入れる予定はないけど、注意しておくよ。それで、人はともかく精霊が許可なく聖域に入れないのはなんでなんだ? 危ない精霊がいるのか?」
「あはは、ある意味危ない精霊が居るのも間違ってないけど、迂闊に精霊を出入り自由にしたら、大混乱になるからね。大抵の精霊は好奇心が強く、楽しい事に目がない。他の聖域は大切な場所を保護する意味合いがあって、聖域内では慎重な行動が求められるんだけど……ここはある意味自由に動けるからね。そんな所に精霊達を野放しにしたら、どうなると思う?」
「あー、とっても良く分かったよ」
パンクしそうなぐらいに精霊が押し寄せてくる未来が見える。実体化するって事は普段感じる事ができない事も、感じる事ができるようになるらしいし、楽しいんだろうな。シルフィ達も酔っぱらってたし。
「じゃあ、俺や弟子達に精霊側からのアプローチが禁止ってのも、似たような理由って事だよな?」
「そうだね。裕太や君の弟子達と契約すれば、聖域で遊べるからね」
とっても説得力がある答えだ。
「聖域を広げる事に制限が付いている理由は? 精霊としては死の大地が復活するのは、嬉しい事じゃないのか?」
「嬉しい事なのは間違いない。でも、だからと言って精霊が気軽に自然を復活させる訳にもいかないんだよ。力の制限もあるし、人には失った物の大切さと、元に戻る為にはどれ程の苦労が必要なのかを、理解してもらわなければならない。だから裕太が開拓した場所だけって制限があるんだ」
なるほど、簡単に自然が戻ったら、人間はまた簡単に自然を壊すか。気持ちは分かるけど、死の大地ができて相当長い年月が経ってるよね。未だに各地で戦争をしている人間が凄いのか、それでも待ち続ける精霊の気の長さが凄いのか、微妙なところだ。
「了解。じゃあ、この場所が狭いと感じるようになったら、開拓して場所を広げるって考えでも問題ないんだよね?」
「そうだね、その考えで問題ないよ」
あくまでも俺のペースで開拓しなさいって事みたいだ。たぶん、この拠点がゆっくり広がって、いずれ死の大地に自然が満ちる、その一助になる事を期待されてるんだろう。たぶんずっとずっと未来の話なんだろうな。気が長い話だ。
「分かった。最後に動植物に対する影響を教えてくれ」
「悪い影響はないよ。ただ、そうだね、自分の家の中に居るような安心感が、この聖域の中全体に広がっていると言えばいいのかな? とにかくリラックスできるから、飢えさえしなければ、動物は穏やかになり、植物はよく実るって感じだね」
なるほど。警戒心が薄れるって事は、俺が動物達に受け入れられやすくなるって事だな。そこで俺がエサを貢げば、姿を現した瞬間に全力で逃亡される事がなくなるって事だろう。素晴らしい。
「大体分かったよ。また分からない事ができたら質問するから頼むね」
「うん、気軽に聞いてもらって構わないよ」
「うむ、話は終わったようじゃな。裕太、ここからは相談じゃ。この聖域に精霊を招く権限を儂等にくれんか?」
話が終わった瞬間を見計らってノモスが声を掛けてきた。じっと黙って待ってるから、どうしたんだろうと思ってたけど、目的は聖域の説明の後にあったようだ。
「俺に精霊の選別なんてできないから構わないよ。酒造りに関係した精霊を呼ぶつもりなんだろ?」
それ以外に想像できないからな。
「うむ、その通りじゃ。裕太が新しく作ってくれた、外側の五周は儂等が自由に使って良いんじゃよな?」
「ああ、そのつもりで開拓したからな。あんまり無茶な事をされるのは困るが、自由にしてもらって構わないぞ」
「無茶な事等せんよ。酒造りの原料と酒蔵を作るだけじゃからな。蒸留所も外側に移すぞ」
「まあ、シルフィ達と相談して、上手にやってくれ」
相談しながらなら、シルフィ、ドリー、ヴィータがストッパーになってくれるだろう。お酒の事だとこの三人にも暴走の危険があるが、ディーネ、ノモス、イフに任せるよりも随分マシなはずだ。
「うむ。任せておけ」
「しかし、他にも聖域で遊びたいって精霊は居るよな。酒造りの人員だけを受け入れるので大丈夫か?」
「……大丈夫ではないかもしれんな」
だよね。ヴィータの話では、俺と契約して聖域で遊ぼうって考える精霊を、けん制する取り決めがあったもんね。ここに遊びにきたいって精霊は多いはずだ。
「俺は精霊達の生活に詳しい訳じゃないからあれだが、揉め事になるような事はしないでくれよ」
「むう、酒ができれば喜ぶ者達も多いが、それだけで独占すると確かに騒ぐ精霊は出るじゃろうな。酒造りの準備ができるまでと通達した方がよいか?」
「そうね。事前にある程度報告をしておいた方が無難ね。浮遊精霊や下級精霊の子達も、裕太が作った公園で遊びたがるはずよ。ちゃんとルールを決めてから動き出した方がいいわ。保護ではなく発展する聖域なんて、精霊の好奇心を直撃するわよ」
おお、シルフィが会話に入って来てくれた。仮面みたいな表情も消えたし、機嫌が直ったんだな。このままそっと話を進めて、シルフィが怒った事なんて無かったって事にしてしまおう。
「そうじゃな。確かに遊びたがるじゃろう。人数と期間を決めておいた方が無難じゃろうな。すぐに酒造りに取り掛かりたいんじゃが、難儀な事じゃ」
「ルール作りの前に、ちゃんと決めておかないといけない事がまだあるわー」
バーンと胸を張ってディーネが話に入ってきた。凄く得意げだ。目線が俺に何を決めるのか聞けって言ってるし、聞いてみるか。
「えーっと、何を決めるんだ?」
「この聖域の名前よー。聖域になったんだから、場所の呼び名がないとみんなが困るわー」
「泉の家って呼んでるし、泉の家の聖域じゃダメなのか?」
「泉の家は家だもの。聖域には相応しくないわ!」
「確かに聖域に注目する精霊は多いわ。泉の家の聖域だと、なんだかショボいわ。裕太、何か聖域に相応しい名前を考えるのよ」
「えー、俺が考えるの?」
「当たり前でしょ。聖域になってもこの場所の主は裕太なんだから」
言いたい事は分かるんだが、名前を決めるのって大変なんだよな。でも、シルフィとディーネ以外の大精霊達も、名前を考えるのに賛成なようだ。
「……分かったよ。良い名前を考えてみる」
「頑張ってね。私達も聖域のルールを考えておくわ」
手伝ってくれないんだな。人の名前を考えるのも大変なのに、場所の名前ってどうしたらいいんだよ。
……日本だとその地の特徴を地名にしたりしてるよな。……死の大地、乾燥、アンデッド、強い日差し、なんかろくでもない言葉しか思い浮かばないな。
この場所の特徴って他になんだ? 精霊王様達の力が込められた玉は他の聖域にもあるし……精霊樹と泉ぐらいかな?
「ねえ、精霊樹と泉がこの場所の目玉になると思うんだけど、他の聖域にも精霊樹と泉はあるのかな?」
ルールの話し合いをしているシルフィに聞いてみる。
「両方ともあるわね。特に精霊樹なんて、太古の昔から保護されているから凄いわよ」
「そうなのか」
シルフィが凄いって言う事は、歴史が浅いこの場所の精霊樹では、太刀打ちできないだろうな。うーん、難しい。こういう時はシンプルに考えるべきだな。
この場所の特徴は……酒だろうな。これからノモス達が頑張るだろうから、蒸留酒だけじゃなくて更に酒の種類も増えるだろう。……もうあれだな、酒飲み達の楽園でいい気がする。ここにお酒があるってすぐに分かる良い名前だろう。
「そう言えばシルフィ、他の聖域って何て名前なんだ?」
「サンクチュアリ。グレートフォレスト。セイクリッドレイクね」
横文字なのか。そうなるとドリンカーズパラダイスって事になるのか? 英語がよく分からんが、なんとなく間違ってる気がする。さすがにあやふやな名前を聖域に残すのは恥ずかしいよな。いつか英語が分かる転移者がこの事を知ったら、えげつない程笑われそうだ。英語の辞書が切実に欲しい。
もういいや、あれだ。俺が作った場所なんだから日本語でいいよな。この場所は酒飲み達の楽園、決定だ。なんか名前が場所っぽくないけど、目的はよく分かるから問題ないはずだ。
「名前が決まったぞ。酒飲み達の楽園。良い名前だろ」
「うむ、なかなか良い名前だ。儂は気に入ったぞ」
ノモスがすぐに賛成してくれた。
「さすがにそれは恥ずかしいです。聖域の名前はずっと残る物ですし、裕太さんがその名前を付けた理由って、精霊がお酒が好きだからですよね? その切っ掛けが私達なのは……」
お酒が大好きなドリーのまさかの反論。体裁を考えたのか、シルフィもドリーの意見に乗っかってしまった。すったもんだの議論の末に、この場所は精霊達の楽園と決定し、通称、楽園と呼ばれる事になった。なんか納得いかないが裕太の楽園よりかはマシだろう。でも、自分が開拓した場所を楽園って呼ぶのはちょっと恥ずかしい気がしてきた。
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