二百四十九話 マルコ、ジーナの回想
「きょうの夕食もおいしかった!」
「うん! いっぱいごちそうがでてたのしかった!」
「そうね、今日はこの場所が聖域になったお祝いだったから特別豪華だったわね。でも、またお祝い事があれば、お師匠様なら今日のように沢山ご馳走を出してくださるわね」
「やったー。あとキッカね、ぷりんと、あいすと、くれーぷも大好き」
俺の言葉にキッカが豪華な食事を思い出したのか、楽しそうに騒ぐ。サラ姉ちゃんが、また食べる機会がある事を教えると、キッカは大喜びした後に、師匠が用意してくれたデザートの事も思い出したのか幸せそうに笑っている。
師匠に弟子入りしてから、キッカは思いっきり笑うようになった。俺も絶対にキッカを守るんだって気を張ってた頃に比べると、不安はなくなり毎日が楽しい。
「師匠にでしいりしてよかったよな」
ベッドに寝っ転がったまま、同じ部屋に居るはずのキッカとサラ姉ちゃんに声を掛けるが、返事がない。両サイドのベッドを確認してみると、キッカもサラ姉ちゃんもすでに寝てしまっていた。
「いつのまにか光球もきえてるし、ずっと考えこんでたのか?」
なんとなく、師匠に弟子入りしてからの事を思い返している間に、キッカもサラ姉ちゃんも眠ってしまったらしい。
お腹の上でスピスピと寝息をたてるウリを撫でながら、この場所が特別な場所だという事を再度自覚する。今までは気配しか感じる事ができなかったウリ。そのウリが目の前に現れた時、驚くと同時に大切な人とようやく会えた、そんな感じがした。
師匠が杖を集めたり祭壇を作ったりした結果、精霊王様達がこの場所に現れて、この場所が聖域って凄い場所になったらしい。説明されてもよく理解できなかったが、精霊王様達がこの場所を保護してくれるって事だそうだ。
師匠が俺達を拾ってくれて守ってくれるように、精霊王様達がこの場所を守ってくれるのなら、それは凄く安心できる事なんだろう。
「なんかそんなに前の事じゃないのに、師匠とはじめてあった時を思いだすな……」
俺とキッカはスラムでギリギリの生活をしていた。周りに手助けしてくれるサラ姉ちゃんや、ジーナ姉ちゃん、トルクさんやマーサさん、屋台のおっちゃんが居なければ、悪い事をしていたか、キッカと共に餓死していただろう。
周りに助けてもらっていたけど、それでも生きて行くのが苦しくて……でも、悪い事はしたくなくて、でもキッカを守りたかった。なにをどうしたらいいのかすら分からなくて、不安しかない毎日を送っていると、突然師匠が現れたんだ。
家に近づかないように言って話を聞いてみると、俺を精霊術師にしたいって言ってきた。詳しく話を聞いてみると、精霊術師は嫌われ者でその事が気分が悪いから、俺を弟子にして精霊術師の凄さを広めるつもりだって言ってたな。
話を聞くだけで胡散臭かったが、毎日お腹いっぱいに食べさせてくれるという言葉は酷く魅力的で、どうしたらいいのか分からなくなった。
ただ、スラムの子供を攫って、どこかに売り飛ばす危ない大人が居る事は知っていた。言葉だけを聞いてキッカと一緒に売られる訳にはいかない。
信用できるかを師匠に聞いたら、目の前にお金と財宝を並べられて、そのあとで空を飛ぶところを見せてくれた。
価値は分からないが、あれだけのお金と空を飛べる人間が、子供を攫って売り飛ばすような事をするとは思えず、少しだけ信用したんだ。
キッカが居る事も話したがすでに知っていて、まとめて面倒を見てくれると師匠が言ってくれた。スラムに居ても先が厳しいって分かってたから、思い切って師匠についていく決断をしたんだ。
そのあと、スラムで良くしてくれたサラ姉ちゃんも一緒に行く事になって、心底ホッとしたのを今でも覚えている。
でも、いま考えたら、人攫いよりももっと怖い事に利用される可能性もあったんだよな。人体実験とか……あの時はそこまで考えつかずに師匠についていったけど、考えついて師匠について行かなかったら、俺達はどうなってたんだろう?
未だにスラムでギリギリの生活をしてたか、悪事に手を染めていたかもしれない。もしかしたら誰か優しい人に拾ってもらい、普通の子供のように生活していたかもしれない。でも、今は普通の子供のように暮らせるよりも幸せだよな。
確かに冒険者ギルドに入ったら嫌な目で見られたり、師匠が詐欺師って呼ばれてたり、冒険者に絡まれたり、死の大地に連れて行かれたり、アンデッドと戦わせられたり、迷宮に連れて行かれたりと怖い事や嫌な事も沢山あった。
でも師匠は約束を守ってくれて、毎日俺達に腹いっぱい美味しい物を食べさせてくれた。精霊と契約させてくれて、ウリという相棒もできた。他の冒険者でも苦戦する、トロルやジャイアントトードにも勝てるようになった。
キッカにもマメちゃんって相棒ができて、よく笑うようになった。サラ姉ちゃんもスラムに居た頃はいつも辛そうだったのに、新しい料理を覚えたと楽しそうに話してくれる。
そうこうしているとジーナ姉ちゃんが師匠の弟子になった。俺達はスラムの頃からジーナ姉ちゃんに沢山お世話になっていて、そのジーナ姉ちゃんがずっと一緒って事がとても嬉しかった。
知識を持っていない俺でも、自分達が異常に恵まれている事は分かる。師匠が偶に、俺達の事を利用しているんだから、俺達も師匠を利用すればいいって言うけど、俺達が師匠の役に立っているのかすら分からなくて、不安になる事がある。
ジーナ姉ちゃんに相談すると、俺達が迷宮で活躍する度に師匠の目的が達成されているんだから、大丈夫だと教えてくれた。
なんか、俺達がジャイアントディアーとかを冒険者ギルドに卸して話題になった時、師匠は小躍りして喜んでくれたらしい。小躍りってどんな踊りなんだ? なんか眠たくなってきたな。明日もまた頑張ろう。
***
「ふー、今日の夕食もすげぇ美味かったな。トルクさんの料理の腕にアサルトドラゴンやワイバーンが使われてるんだから、当然といえば当然なのかもしれないけど、美味い物は美味いんだよな」
「わふー!」
「おっ、シバもそう思うか? 師匠が広めた料理なんだから、王侯貴族でもなかなか食べられない料理の数々なんだぞ」
あたしが部屋に戻って独り言を言うと、シバが相槌を打ってくれた。絵で見た事はあったが、この場所が聖域になった事で実体化したシバは、絵の何倍も可愛い。
シッポをパタパタと振りながら、綺麗な目でジッと見られると、我慢できずに抱きしめて撫で繰り回してしまう。
師匠がよく同じような動作を一人でしていたが、ようやく気持ちが分かった。精霊を撫で繰り回しているのは分かってたけど、あたし達から見たら一人で変な動きをしているようにしか見えないんだから、我慢すればいいのにって思ってたけど、これだけ可愛いと我慢できないよな。
師匠の契約精霊達も実体化したら、下級精霊達はもれなく可愛らしくて、あたしも抱きしめたいって思った。そして師匠と契約している大精霊達もハンパじゃなかった。
特に女性陣が異常だ。シルフィ様、ディーネ様、ドリー様、イフ様とそれぞれがタイプの違う、とてつもない美女で、目を向けているだけで引き込まれそうになった。師匠は気軽に会話してたけど、よくあんな美女達の前で平常心が保てるよな。女のあたしでもヤバいのに……。
ノモス様やヴィータ様の存在がなければ、師匠が精霊ハーレムを作ってるって、誤解してたのかもしれないな。
因みに精霊王様達はよく見ていない。ドラゴン、とてつもない美女、とてつもない美男子、玉兎、人型っぽいゴーレム、火の鳥が居た事は分かったけど、王様って聞いただけで気後れしてしまうのはしょうがないよな。
「わふ!」
「ん? ああ、手が止まってたな」
考え事をしていたらシバを撫で繰り回す手が止まっていた。シバがもう終わりなの? とつぶらな瞳であたしをみる……もちろん終わる訳がない。考え事は後にして思う存分実体化したシバと遊ぼう。
「…………やりすぎたか?」
シバが喜ぶポイントを重点的に撫で繰り回した結果、目の前でシバがお腹を晒してぐったりしている。
「シバ、大丈夫?」
シバは舌をだしてハフハフ言いながら目がトロンとしている。……ダメだな。このままだと可哀想だし、ベッドに寝かせよう。シバを抱っこして一緒にベッドに入る。
いつも寝る時間よりも早いから、まだ眠くならないな。師匠が宴会に混ぜてくれたらよかったんだけど……精霊王様達と飲むのは嫌だな。部屋に戻るように言ってくれた師匠に感謝しよう。
しかし、聖域か……よく分からないけど、相当すごい場所なんだよな? 死の大地に連れて来られた時は騙されたって思ったけど、案外居心地はいいし迷宮都市にも頻繁に行ける。
毎日美味しい物を食べて、知らなかった新しい料理に触れられる。その上、師匠の紹介でトルクさんから料理を習う事もできてるし、師匠に弟子入りしてよかったな。
ただ、肝心の精霊術師としての訓練が予想と全然違ったんだよな。強くなってるのは間違いないし、アンデッドや迷宮の魔物とも戦った。隊列や戦い方のアドバイスを受けたりもしたけど、基本的に精霊と仲良くする事が全てだ。
難しい呪文を覚えたり、特殊な訓練もまったく無かった。その疑問を師匠に聞いてみると、ちゃんとした精霊と契約するのが、一番大変な事だって説明された。
下級精霊と普通に契約する為にはBランクの魔力が必要で、大抵の人は浮遊精霊と契約する事になるらしい。浮遊精霊だと意識がほとんど無い精霊や、動物並みの意識しか持っていない精霊が多数らしい。
あたしが契約しているシバや、サラ達が契約しているフクちゃん達は、シルフィ様があたし達の為に意識がハッキリしている浮遊精霊を、わざわざ連れて来てくれたそうだ。
精霊術師になるのって、最初の契約に最大の難関があるんだよな。この説明を受けて精霊術師が嫌われている理由が少し分かった。動物の本能で指示を理解されたら、問題も起こるよな。
あたしもサラ達と同じで師匠に弟子入りできた事は、幸運だったんだろうな。サラ達に感謝しよう。
読んでくださってありがとうございます。