二十三話 トゥル
徹夜明けのハイテンションで、土の大精霊ノモスを出迎えるのも何なので、キッチンで仮眠を取らせてもらう。来たらシルフィが起こしてくれるので、大丈夫だろう。
「裕太。裕太。くるわよ起きて」
「ん? なんだ?」
「ノモスがもう直ぐ到着するわよ」
「忘れてた。ありがとうシルフィ」
急いで体中に浄化を掛け、外に出る。
「ゆーた。おはよー」
「キュー」
「おはよう二人とも。ノモスは?」
「あそこー」
ベルの指さす方向を見ると、豆粒みたいな何かが近づいてくる。あれがノモス達か。凄いスピードだ。もう直ぐ到着するな。
「おう、裕太。またせたか?」
「いや。大丈夫だ。わざわざ来てもらってすまんな」
「気にするな。死の大地に畑が出来るとあれば、むしろ儂の領分じゃからの。さっそく畑を見せてもらおうか」
そう言ってノモスはスタスタと畑に向かって歩いていく。下級精霊も後ろに続く。俺はまだ彼の声を聞いた事が無い。たぶん俺と契約出来るように連れてきているんだろうが、大丈夫なのか?
まあ、畑が不合格だったら契約もくそも無いんだ。今はノモスに注目しよう。
ノモスが土を手に取りじっと観察する。ドキドキするよ。
「ふむ。足らんもんも多いが何とかなると言ったところかの」
「それは合格という事で良いのか?」
「まあ、儂らの力を削らん最低限の出来じゃが。場所が死の大地と考えれば、褒めてやっても良いくらいじゃ。しかし、最低限じゃからの。色々頑張らんと儂も見限る」
合格したー。なんかお情けの合格っぽいけど、合格したのなら色々変わってくるはずだ。
「わかった。努力はするが土の事は全く分からない。色々教えてくれ」
「うむ。まずはさっさとこの土を混ぜてしまうかの」
「うん? 何に混ぜるんだ?」
「そんなもん、お主に言っておいた畑の拡張の為に土を混ぜるに決まっておろうが。さっさと壁になっておる岩をどけて、穴を掘った土を出さんか」
決まってねえよ。ヤバいノモスって言葉が足らないタイプだ。みんな分かってると思ってどんどん進んでいくからな。注意しとかないと何が何だか分からなくなる。
「わかった。ここに全部出せば良いのか? 結構な量だぞ?」
「構わん。その方が混ぜやすい」
よく分からんが岩を収納して、隣に穴を掘った時の土を全部取り出す。結構大きな山になったがどうするんだ?
「ふん」
ノモスが右手を軽く振り下ろすと、畑の土と放出した山になった土がうねうねと動き出し、回転して混じり合い竜巻のように登っていく。よく分からないけど凄いな。
全部の土が竜巻状になり、そのまま俺が掘った穴に何の音もさせずに埋まっていく。意味が分からんが精霊って凄いな。
「これで良いじゃろう。後はこの土壌を基盤に少しずつ広げていけばええ」
「ありがとう。だが、契約してないのにこんなにしてもらって良かったのか? 契約していない相手の為に直接力を振るうのは駄目だと聞いているんだが」
「ああ。そういう決まりもあるの。じゃが今回は死の大地の土が復活する案件じゃ。儂が裕太に協力したのではなく、裕太が儂に協力したんじゃ。何の問題も無いわい」
そうなのか? なんかどこぞの政治家が言い出しそうな、論理のすり替えが行われている気がするんだが……まあいい。俺にとっては良い事なんだからそういう事にしておこう。
「分かった。そういう事ならよろしく頼む」
「おう。そうじゃ忘れておった。裕太。そこの下級精霊と契約しておけ」
俺も忘れてたよ。土の下級精霊を手招きする。
「あー、君は俺と契約して構わないのかな?」
コクンと頷く。なんだろうまだ幼いはずなんだが、熟練の職人のような雰囲気を感じる。この子もいずれお髭がふさふさになるんだろうか?
「名前を付ければ良いのか?」
再びコクンと頷く。ブレないな。さて何て名前が良いんだろう。目的が収穫だからハーベスト。なんか厳つい気がする。寡黙な精霊なのに厳つい名前は駄目だよな?
そのまんま大地でアースはどうだろう? そのまんま過ぎるか。じゃあ肥沃……ファートゥル。うんこれが良い。
「決めたよ。君の名前はファートゥル。俺の世界の言葉で肥沃。つまり豊かな土って意味だ。これからトゥルって呼ぶけど構わないか?」
コクンと頷く。これで契約成立したんだよな。毎回思うんだが拍子抜けだよな。
「ファートゥルのトゥル。良い名前。ありがとう」
「お、おう。よろしくな」
初めて声を聞いたが意外と可愛い声だった。厳つい名前じゃなくて良かった。あと気に入ってくれてとても嬉しい。
あっ。様子を見ていたベルとレインが契約が完了したからか、トゥルに突撃した。キャイキャイ。キューキュー言いながら自己紹介をしている。トゥルも嫌がっていないし、仲良くやれそうだな。
「うむ。ファートゥルか、良い名前じゃ。契約成立じゃな。基本的にこの土の管理はトゥルがする。トゥルは要求があったら裕太に言え。良いな」
コクンと頷くトゥル。そしてこちらをジッと見てくる。周囲でベルとレインが戯れているのに、気にせずこちらを見てくる。
「えーっと。何か必要な物があるかな?」
「……できるだけはやく、森の精霊のきょうりょくがほしい」
いきなり精霊のリクエストが来ました。森の精霊か……植物を育ててくれそうだから良いのか?
「ここは森の精霊が滞在する環境は整っているかな?」
「だいじょうぶ……だとおもう」
おうふ。なんか自信なさげ。
「この地には森がひつよう」
まあ確かに森があれば土壌は豊かになるよね。でもいきなり森を作るのか? 流石にこの場所にそんなスペースは無いぞ。
「ぶあはは。トゥルよ、流石に何の植物も生えておらん場所に、森の精霊は厳しいぞ」
やっぱりそうなんだ。土が良くなるからって流石に無理があるよね。
「だめ?」
くっ。そんな目で見られると困る。なんか下級精霊って純粋なのか、瞳で訴える力が強い。
「ノモス。森の精霊に来てもらうには、最低限植物が生えていないと厳しいんだよな?」
「まあそうじゃの。この畑を管理して整え、種を植えれば芽ぐらい生えるはずじゃ。最低限そこまでは必要じゃな」
管理はトゥルがやってくれるとして、植物の種が必要なんだな。どうしたものか。しかし土の精霊が居着いてくれたと思ったら、直ぐに次の精霊か……精霊密度が高すぎるんじゃないのか?
「シルフィ。どう考えても植物の種が必要みたいだ。シルフィと直ぐに契約出来るようになれば良いんだけど、レベルが上がり難くなった現状、先が読めない。植物の種だけベル達に運んでもらうとしたらどうなる?」
「うーん種だけなら負担は少ないけど、行くのは半日程度で帰りは三日から四日掛かるわね」
おうふ。幼女精霊とイルカの精霊に四日間も旅をさせるのか? 何か別の方法は無いもんだろうか?
「それはキツイね。どうしたものか?」
「まあ、そのぐらいなら精霊にとってはたいした事無いし、試しにやらせてみたら良いんじゃない?」
シルフィが気軽に言う。採取の時は反対してたのに。種だけで四日間なら許容範囲なのか? いや、でもなー。俺が悩んでいるとシルフィが耳元に口をよせ小声で話しかけてきた。
(そういえば森の精霊と話がしたいと思っていたのよね。私も森に行ってくるわ。少しゆっくりしてくるから数日戻ってこないわね)
これは、シルフィがこっそりついていってくれるって事だよな? 初めて子供がお使いに出る時にこっそりついていく的な……それなら大丈夫か。シルフィには世話になりっぱなしだな。
(ありがとう)
(ただ散歩がてら昔馴染みに会ってくるだけよ)
パチンとウインクして離れていくシルフィ。いやシルフィさんマジでカッコいいっす。ちょっと子供っぽいとか思ってたけど、マジですみませんでした。
……そうなるとトゥルには土の管理をしてもらうから、ベルとレインにお使いに行ってもらう事になるな。恥ずかしいけどこういう場合、任務で気合をいれるか。
「ベル。レイン。話があるからちょっとこっちにおいで」
トゥルと戯れているベルとレインを呼び寄せる。
「なにー」
「キュー」
キャッキャッと楽しそうに飛んでくるレインとベル。うう。こんな可愛い子達を過酷な旅に出すのか? ヤバい、心が折れそうだ。シルフィをみると頷いている。ここまで来たらいくしかないか。
「ゴホン。ベル隊員。レイン隊員。重大任務を申し渡す! これまでとは比べ物にならない過酷な任務だが達成する覚悟はあるか?」
「いえっさー」
「キュキュー」
「そうか。ではシルフィに森の場所を教えてもらい、そこで植物の種を入手してくるのだ。出来れば食べられる物が望ましい」
いかん。大変な旅だとか。心配だとか言ってたのに、いざとなったら、自分の欲望も混ぜ込んでしまった。シルフィを見ると苦笑いしている。申し訳ない。
「いえっさー」
「キュキュー」
「本当に大変な旅になるけど出来る?」
いかん、素が出てしまった。
「できるー」
「キュー」
「よし、見事任務を達成してみせよ。よいな」
「いえっさー」
「キュキュー」
ベルとレインがシルフィに突撃して情報収集している。暫く話をして情報が集まったのか、こちらに手を振りながら飛び去っていった。少し時間を空けてシルフィが後を追って飛び去る。全力で拝んでおいた。
「裕太ちゃんも心配性ね。荷物が多いのなら兎も角、種ぐらいなら時間が掛かるだけでケロリと帰ってくるわよー」
「シルフィもそう言ってたけど、あの子達は見るからに幼いからな。心配になるんだ」
「ふふ。裕太ちゃんの方がベルちゃんやレインちゃんより年下なのよ。ベルちゃんとレインちゃんを信じてどっしり待っていると良いわ」
なん……だと……。いや。浮遊精霊から下級精霊に進化した事を考えれば、その可能性もあるのか?
「たとえそうでも、精神的に幼いからな。心配するのは当然だ」
「ふふ。そうね」
ディーネになぐさめられるとは……不覚。
読んで下さってありがとうございます。