二百四十四話 バージョンアップ?
みんなでトマトの収穫をして、森の大精霊と下級精霊がじっくり育てた野菜の美味しさを知った。今度はお米にも挑戦したいな。
「ふー、美味しかったね」
トマトの収穫をしたあとに全員で朝食を食べた。今までのメニューに新鮮なトマトが加わっただけなんだけど、収穫で軽く運動したからか、やたらと朝食を美味しく感じた。
「ねえ師匠。あたし、あのトマトでケチャップを作ったら美味しいと思うんだ」
朝食が終わり、まったりと紅茶を飲んでいると、ジーナが良い事を言い出した。……なんとなく加工してしまうのはもったいなくも感じるが、トマトが美味しくなったのなら、そのトマトで作ったケチャップも美味しくなるのは道理だろう。
実際にはケチャップに向いたトマトとか、水分が少ない方がいいみたいな条件があるのかもしれないが、作ってみる価値は十分にあるな。
「うん、それも良さそうだね。ジーナとサラでケチャップを作ってみる?」
「せっかくの美味しいトマトだから、トルクさんに頼んだ方がいいと思う。あたしはまだケチャップを作った事が無いから、折角のトマトをダメにしそうだ」
そうなんだ。このトマトを作るには時間が掛かるんだよな。練習に使うのはさすがにもったいないか。……メルには失敗してもいいからって、ファイアードラゴンの牙とか渡しちゃったな。
ヤバいぞ。俺の中で価値観が崩壊している気がする。簡単にお金が手に入った影響か、食べ物の方に比重が傾いている。メルに貴重な素材で練習させる事に後悔は無いのに、トマトを使った料理での失敗は受け入れられそうに無い。
「……それならトルクさんにお願いしようか。その時にジーナとサラも一緒にケチャップ作りを習うといいよ」
「「はい!」」
二人ともいい返事だね。
「しかし、ケチャップを作った事が無かったんだね。調味料の作り方とかまだ習って無いの?」
「そうなんだ。調味料は無くなったら夜の間に作っちゃうから、朝には作らないんだ」
「……なるほど、確かに朝から調味料を作って料理するのは大変だな」
昼や夕方はお客さんが沢山で大変だろうし、夜しか作る時間が無いっぽい。まあ、今回の機会を生かしてジーナとサラには頑張ってもらおう。
食後の休憩も終わり、全員に動物の確保に向かう事を告げる。今回で泉の家周辺に居る動物を百匹以上にする。受け入れ先もヴィータのおかげで準備万端だし、捕獲も何回か経験しているし手早く済むだろう。
***
動物を捕獲し問題無く森に放した翌朝、それぞれ分かれて行動を開始する。ジーナ達はシルフィに頼んでアンデッド討伐に、ベル達はいつもどおり見回りと自由行動だ。俺はどうするかな? 予定通りならノモスが杖を完成させてくれるはずだし……それまで俺は公園のバージョンアップでもするか。
ロープを使って作れる遊具は……ブランコ、丸太渡り、斜面登り、ターザンロープってところかな? ターザンロープは滑車が必要だし、ちょっと作るのが難しそうだな。ノモスなら滑車ぐらい簡単に作ってくれそうだが、昨日から杖の改造を何度か中断させているから気まずい。
ターザンロープは準備だけしておいて、ノモスの手が空いたらお願いするか。あとは、ロープを網みたいにしたのも遊具として使えるが、編み込む自信が無い。今回はブランコ、丸太渡り、斜面登りを作ろうか。バージョンアップって言うよりも、小規模アップデートって感じだな。
作る場所は決まっているし、さっそく作るか。ブランコの数は……ジーナも楽しく遊びそうだし四台作っておくか。全員一緒に遊べた方が楽しいだろう。
***
「ふいーー、完成!」
……独り言を大きな声で発してしまい無性に寂しくなった。偶にベル達が遊びに来てくれてたんだけど、今は誰も居ない。ちょっとタイミングが悪かったな。
完成した遊具は、俺が遊んでもビクともしなかったし、強度的には問題無いだろう。今度迷宮都市で塗料を買って塗るのと、ロープの状態はこまめに確認するようにしないとな。
芝生に座り込み、自分で作った公園を眺める。土管の迷路以外は木で作ってあるから、なんとなく味がある雰囲気だけど、色合いが足りてない気がする。色付きの塗料があるなら、遊具をカラフルに塗り分けてみてもいいかもな。
あとは休憩できる場所が欲しい。単純に屋根付きの休憩所を作るよりも、ドリーに頼んで木陰ができる木を生やしてもらった方が良さそうだ。せっかく芝生が生えているんだから、木陰で寝っ転がる方が雰囲気が出るよね。さっそくドリーに頼むか。
「ドリー、お願いがあるんだけど公園の中に何本か木を生やしてくれないか? 葉が広く茂って大きな木陰ができる木がいいんだけど」
「精霊樹なら公園全体を覆う事ができますが、そう言う事では無いんですよね?」
コテンと首を傾げながら聞いてくるドリー。間違いなくそう言う事では無いよね。そんなに簡単に伝説っぽい木が生えたら困る。
「うん。そんなに大きな木じゃ無くて、子供達が休憩できるぐらいの木陰ができれば十分なんだ。場所は……遊具の動線を邪魔しない場所がいいな」
ドリーを連れて公園内を歩き、三ヶ所に丁度いい大きさの木を生やして貰う。俺が子供だったら間違いなく木登りをして遊びそうだな。高さはそれ程でもないが、横に広がる枝は太く葉っぱもしっかりと茂っている。木に詳しい訳じゃ無いけど、日本で見た事がない木のようだ。この世界の木なのかな?
「この木は小さな実が生るんです。甘酸っぱくて美味しいんですよ」
ヤマモモの木とかグミの木みたいな感じかな? 疲れたら木陰で休んで、木に登って木の実を摘まむ。マルコが喜びそうだな。一瞬掃除が大変そうだと思ったけど、そこら辺は洗浄でなんとかできるだろう。
「ありがとうドリー。俺も楽しみにしてるね」
ニコリと微笑むドリー。なんかドリーの笑顔ってホッコリするんだよな。コーヒーの木について確認したあとドリーと別れる。あとは遊具の使用感も聞いておきたいがジーナ達は討伐に行ってる。明日は休みにして新しい遊具を試して貰うか。
これですぐに手が付けられる事は大体熟したはずだ。あとはのんびりとベル達と遊んで英気を養うか。
***
「完成したぞ!」
のんびりベルと戯れていると、ノモスが六本の杖を持ってリビングに入ってきた。
「もう完成したの?」
三日って言ってたけど、夜ぐらいになると予想してたんだよな。思ったよりも早かった。
「うむ。聖域になったら大手を振って酒造りができるからな。少々張り切ってしまったわい。原料から何から儂等で仕込んで美味い酒を造るぞ! ああ、樽も作らねばな!」
……ノモスのテンションが高い。今までの蒸留酒作りも十分大手を振ってやってたと思うけど、ノモスの中では控えめなつもりだったんだな。大手を振ったらどうなってしまうのか少し不安だ。
「えーっと、それでどうしたらいいんだ?」
「うむ、まずは杖を設置して、そのあと儂が精霊王様に報告に行ってくる。玉を授かる事ができればここは聖域じゃな」
なんか簡単そうに聞こえる。楽な分には問題無いからいいけど……。
「ここからまた、なにか条件を付けられたりしないよね?」
「む? …………精霊は約束を破らん。条件を揃えたなら間違いなくここは聖域に指定されるじゃろう」
「なんか今、断言するまでに時間が掛からなかった? あと、ディーネと契約する為の条件が途中で変わった気がするんだけど?」
「あれは裕太が条件を揃える前じゃし、裕太も条件の変更を受け入れたじゃろ。今回は条件を揃えておるし。何か追加で条件を出して来たとしても、裕太が受け入れねばなんの問題も無い」
そういえば受け入れたな。条件の変更理由が契約が一番最後になるのが嫌って理由だったから、げんなりした事はハッキリと覚えてる。でも、精霊王様が追加条件を出したら俺に断れるんだろうか?
「じゃあなんでノモスは言いよどんだの?」
「……今更追加で条件を出すような方達では無いが、聖域指定にかこつけて遊びに来る可能性を考えただけじゃ」
なにその可能性。偉い人が……いや偉い精霊が遊びに来るとか言われても、どうしたらいいか分からんぞ。
「できればご遠慮願いたいとか、思っちゃったりするんだけど」
「そうは言ってもな。直々に聖域の結界を張ると言われたら、儂には断れん」
「どのぐらいの可能性でこっちに来そうなの?」
「分からんが……精霊王様と言えど、精霊である事には変わりがない。気まぐれで、気分屋で面白い事は大好きじゃの」
「……一応だけど、面白いものなんか何もないって伝えておいてね。実際にたいして面白い物なんてないんだから」
「うむ……まあ、死の大地に聖域ができる時点で、あれなんじゃがな……」
あっ、これって絶対に来るパターンだ。面白かろうが面白くなかろうが関係ないな。百パーセント来ると考えて準備しておかないと、あとで慌てる事になる。
「とりあえず、精霊王様達が来たとして、何かおもてなしをするべきなのかな?」
「む? もてなすのか? まあ、酒や食い物があれば喜ぶとは思うが、無かったとしても怒ったりする方達では無いぞ」
「まあ、準備だけはしておくよ」
例えそうだとしても、終わったら適当に帰ってくださいとか俺には言えない。精霊達って俺にとって生命線だからな。お酒と食べ物ぐらいは出すべきだろう。それ以外は何を準備したらいいのか分からん。
「うむ。ではそろそろ杖を設置するぞ」
「今日はシルフィもサラ達も出かけてるから、明日の朝からがいいな」
「むぅ」
ちょっと不満そうなノモスをなんとか宥める。せっかくのイベントなんだからみんなが居た方がいいよね。
***
「裕太、杖を設置するぞ!」
朝食を食べているとノモスが乱入してきた。一晩時間が空いてもまだテンションは高めらしい。グズグズしていると待ち切れなくなりそうなので、急いで朝食を掻き込み、全員で泉に移動する。
「ディーネ、水の上に立てるようにしてくれ」
「あっ、師匠! おれも水のうえにたちたい」
ディーネに頼むとマルコが食い付いて来た。前に水の上で遊んだのが楽しかったらしい。ジーナ達も何気に遊びたそうだし頼んでおくか。
「ディーネ、みんなも水の上に立てるように頼むよ」
「ふふー、まかせてー」
ディーネのおかげで水の上に立てるようになったので、全員で杖を設置する台座に向かう。楽しそうに水の上ではしゃぐジーナ達に触発されて、ベル達やフクちゃん達もテンションがマックスになってるけど、まあいいか。
戯れてくるベル達に構いながら、一本一本杖を台座に差し込み魔力を込めて杖を起動する。
火 四角錐 水 涙滴型 風 竜巻型 土 正六面体 光 球体 闇 正八面体
俺がノモスにお願いした通りに、杖から属性が出て固定される。ジーナ達やベル達も一つ一つ杖から属性が固定される度に、歓声を上げるので、ちょっと気分がいいな。マジシャンってこんな気持ちなのかもしれない。
一つだけ失敗だと思ったのは。俺が作った噴水が、完全に力負けしている。光ってたり闇だったり、燃えてたりしているファンタジー的な存在に、素人の作品が勝てる訳無いよね。でも、地味に悔しい。
読んでくださってありがとうございます。