二百四十一話 グァバード2
ノモスに話を聞いた結果、六本揃った杖の設置場所を決定した。どうせならカッコいい方が良いと、自分で手間を増やしてしまったが、後悔はしていない。泉の上に浮かぶ精霊王様の玉とか観光の目玉クラスになるはずだ。観光客なんて居ないけど。
だいたいやるべき事は決まったな。まずはディーネの協力が必要だ。ディーネはシルフィ達と蒸留器の前で楽しそうに話しているな。ちょっと声を掛け辛いが、待っていても話しが終わる気配が無い。声を掛けるか。
「えーっとディーネ、楽しそうなところ悪いけど、ちょっといい?」
「あら裕太ちゃん、お姉ちゃんに何か用事?」
「うん、ちょっと力を貸して欲しいんだ」
「あらあら、お姉ちゃんの力が必要なのねー。任せてちょうだい!」
ディーネが機嫌よく請け負ってくれた。仕事がある事を喜んでくれているようだ。こういうところが、なんとなくベル達と同じで子供っぽく感じるんだよな。
「それで、何をするの?」
「泉に杖を設置する場所を作りたいんだ。泉の噴水から少し離れた場所に、等間隔で円形に六本の岩の柱が立つ事になるけど、大丈夫かな?」
「どのぐらいの大きさなの?」
「柱の太さは一メートルぐらいで、高さは水面から五十センチぐらい出ている感じかな。水の循環に問題が出たりしない?」
「んー、それぐらいなら大丈夫ねー」
「助かったよ。じゃあ柱の準備ができたら声を掛けるから頼むね」
「お姉ちゃんに任せなさい」
ドンと胸を叩いて請け負ってくれるディーネ。これで問題無いだろうと、みんなに手を振って外に出る。柱を作るのは石を積み上げるだけだし、開拓ツールで形を揃えるだけでいいよな。
……もし崩れたら聖域が崩壊って事もあり得るのか? なんか怖いから柱が完成したら、ノモスに固めて貰おう。ついでに俺が今まで作った水路とかの隙間も接着してもらうか?
いや、あれは多少の水漏れが地面を潤してるって、ノモスもドリーも言ってたからな。今回作った柱と土台部分だけでいいか。装飾する訳じゃないし手早く頑張ろう。
***
「じゃあ、お願いね」
「うふふー、りょうかい!」
ディーネが手を振るとズザザザッっと水が盛り上がり両サイドに割れる。久しぶりに泉をじっくり見たけど、藻みたいな植物がいっさい生えてないな。
「ディーネ、泉には生きている水が流れ込んでるのに、いっさい植物が生えて無いのはどうして?」
「お姉ちゃんが綺麗にしているから泉に植物は生えないわよー。裕太ちゃんが泉は綺麗なままにして、水路や池に生態系を作るって言ってたでしょ。ダメだった?」
そう言えばそんな事を言った気がする。まさかそこまで徹底して管理してくれていたとは。
「いや、ダメな事なんて全然ないよ。俺が思ってた以上に完璧な仕事をしてくれてて驚いただけ。ありがとうディーネ」
「うふふふー、お姉ちゃんに任せたら安心なのよ!」
ちょっと不安そうな顔から、一瞬で満面の笑みに変わるディーネ。ちょっと頼りないと思ってたけど、やっぱり大精霊は凄いんだな。
「うん、頼りにしてるよ」
ディーネにお礼を言って、逆ピラミッドの泉の底を下りる。中央の噴水から少し離れてた方がいいよな。中心から約三メートルぐらい離せばいいか。あとは等間隔で円形になるように六本の柱を積んでいくだけだ。
見せる相手がいる訳ではないが、この拠点の顔になる部分だから無様な真似は許されない。雑貨屋で買ったロープで慎重に距離を測り、土台の場所を決めてノモスを召喚する。
「ああ、岩の位置が決まったんじゃな。倒れぬように土台を補強して、柱と接合すればいいんじゃったか?」
「うん、ガッチリと頼むよ。柱を出すね」
ズンっとノモスに一本に固めて貰った岩の柱を、決めた位置に取り出す。
「ほれ」っとノモスが右手を振ると、土台と柱が溶けるように一体化する。たぶんこの場所が遺跡になって後世に発見されたら、巨大な一枚岩から削り出された柱が! とか言われるんだろうな。まあ、聖域だし遺跡になるって事も無いか。残り五回も同じように作業を繰り返し、杖を設置する柱が完成する。
「ノモス、ありがとう。あとは杖を設置するだけだから、改造の方も頼むね」
「うむ、任せておけ。では儂は戻るぞ」
ノモスを見送り、俺も泉から出る。
「ディーネ、ゆっくり水を戻してくれ」
「はーい」
ディーネに頼むと左右に分かれていた水が、ゆっくりと元の場所に戻る。前と違っているのは六本の柱が水面から出ている事だな。自画自賛だけどなかなか雰囲気がある光景だ。
「ありがとうディーネ、今日はもう終わりだから、のんびりしてて」
「どういたしまして。ねえ裕太ちゃん、今日のお姉ちゃんはとっても頼りになったわよね?」
ディーネがいつもと違う雰囲気で声を掛けてくる。
「え? あ、ああ、とっても頼りになったな」
「うふふ、そうよねー、お姉ちゃん、とっても頼りになったわよねー」
ディーネはどうしたんだ? ちょっぴり顔を赤らめてモジモジしだしたぞ。
「裕太ちゃん、お姉ちゃんは蒸留酒が飲みたいなー」
だよね! 色っぽい展開になんてなる訳ないよね。
「……今朝まで宴会してたのに、まだ飲むのか?」
「蒸留酒は別腹なの!」
デザートなら聞いた事はあるが、蒸留酒が別腹だって話は聞いた事がないな。
「だって裕太ちゃん。お姉ちゃんは宴会で蒸留酒を飲んでないのよ。だから蒸留酒が飲みたいの!」
凄く必死な目をしている。内容はどうかと思うが、こう真剣にお願いされると断り辛いな。それにここまで必死に頼むって事は、蒸留したお酒を勝手に飲んだりしてないって事なんだろう。
「分かったよ。でも一瓶だけだよ。それと他の大精霊達も飲みたいって言ったら、皆にも一瓶だけ渡していいからね」
「やったー、ありがとう裕太ちゃん!」
踊るようにクルクルと回りながら、蒸留所に文字通り飛んで行くディーネ。それだけ喜んでもらえたら蒸留酒も本望だろう。
俺はどうしようかな。ノモスが杖を改造するのに三日ぐらい掛かるって言ってたし、そのあと杖を設置してノモスが精霊王様に報告に行くって流れだよな。聖域になったらなったで忙しくなりそうだから、今の内にやるべき事をさっさと済ませておくか。
トマトの収穫は……明日の朝にみんなで収穫しよう。そのあとに動物を捕まえに行けばいいかな? コーヒーの実は今から手を出しても、収穫と加工でとても手が回らないから、残念だけど後回しだ。
今思いついてすぐに手が付けられるのは、グァバードのヒナの観察、額縁作り、公園のバージョンアップってところだな。まずはヒナを観察に行こう。可愛いと良いなー。ちょっとだけドキドキしながら鳥小屋に向かう。
「グァグアッ」「グアー」「グアグア」「ガーー」「グアッ!」「グアグア」「ガーー」「グァグアッ」「グアー」「グアッ!」「グアー」「グアグア」」「ガーー」「グァグアッ」「グアー」「グアッ!」「グァグアッ」」「グアグア」「ガーー」「グアッ!」「グアグア」「ガーー」「グァグアッ」「グアー」「グアッ!」「グアー」「グアグア」」
……命の大精霊であるヴィータが管理してくれているんだから、問題は無いと思ってたけど、ものすごく元気になってる。ここに連れて来た頃はあんなにアグレッシブに動いてなかったよな。なんか羽毛の状態も完璧だし、動きもキビキビしている。
「やあ裕太、どうしたの?」
「ヴィータか……えーっとグァバードの様子を見にきたんだけど、ずいぶん元気だよね」
「そうだね。怖い事があったのかストレスが溜まっていたから、リラックスできるようにしたんだ。そうしたらかなり元気になったよ。卵もドンドン産むようになったし、これから順調に数が増えると思うよ」
そう言ってほがらかに笑うヴィータ。この癒しの波動がグァバード達にも効果的だったりするのかな? いや、それ以前に体調が悪くてもヴィータならその場で治療ができるか。順調に数が増えるなら、卵を食用に回せるようになる日も近いかもなしれない。
「助かるよ。何か俺の方でも手伝う事はない?」
「そうだね、いずれ頼もうかと思ってたんだけど、鳥小屋に小さくてもいいから池を作ってくれないか? グァバードは陸地でも飼う事ができるけど、元は水鳥だから泳げる環境の方がストレスが溜まらないんだよね」
……そんな事あの村の人達は一言も言ってなかったぞ。もしかして、俺に早く帰って欲しくて説明を省いたのか? あの村ではちょっとやらかしちゃったもんな。
……グァバードの見た目はアヒルやカモに近いし……あっ、グァバードの足が思いっきり水掻き仕様になってる。言われなくても気づけよって事なのかもしれない。
「それだったら鳥小屋から水路に行けるようにしようか? そっちの方が広々と泳げて楽しそうだ」
「今、水路や池は生態系を作ってる途中なんだよね? グァバード達を水路に放すと水草や生物が食べられちゃうけどいいの? 僕はもう少し水生生物が増えてからにした方が良いと思うんだけど」
ここでエサをたっぷり食べさせていてもダメなのか? ……ダメなんだろうな。目の前に新鮮なエサがあれば我慢する理由は無いだろう。
「ここに池を作っておいた方が良さそうだね」
グァバードのヒナを見にきたら、仕事が増えてしまった。まあ、生き物が相手なんだから、できるだけ早く環境を整えた方がいいだろう。なんかものすごく元気だから必要無い気もするけど、飼い主の責任としていい環境を整えよう。その方が卵も美味しくなるはずだ。
「ありがとう。この子達も喜ぶよ」
ヴィータが優しい目をして、グァバードを見ながら言う。……心の中で色々と頑張る理由を探して、面倒な作業から逃げださないよう、心を奮い立たせている俺とは凄い違いだ。軽く凹む。
今までもさんざんやった作業だし、開拓ツールがあれば簡単な仕事だ。サックリ水路と池を作って可愛いヒナ達を愛でよう。遠目でも親の後ろをピョコピョコとついて回るヒナの姿はとても可愛い。あの子達なら触る事ができるかもしれないな。
魔法のシャベルでサクサクと地面を掘り、U字に切った岩を埋める。傾斜は水が溜まったらトゥルに調整してもらおう。池は小さなのでいいんだから……二メートルの岩ブロックをくり抜けばいいか。
池と言うか水浴び場だけど、池や水路に生き物が増えるまでは我慢してもらおう。あとは柵も作っておかないと逃げ出してしまう可能性もあるな。
一時間ちょっとで作業を終える。慣れて考えたり戸惑う時間が減ったからか、想像以上に手際が良くなっているな。
読んでくださってありがとうございます。